静岡県内・県外の政治・経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2020年12月

表示件数:

函南は「箱根の南」の意味です。

 大晦日の早朝、テレビの言葉に目覚めたのでした。
 迷惑も顧みず妻は「所さん!贈り物です」という番組をつけっぱなしで起床し、お蔭で私は目が覚めた。
 全国各地の自慢物産を紹介する番組でしょう。特に「函南」の言葉に目覚め、暫らく、寝ぼけまなこでこれを聴いていたが、番組の中では最後まで「函南の地名の由来」についてはありませんでした。
 夏目漱石の「坊ちゃん」の初版本には「箱根」を「函根」と記載していると物の本で読みました。その「函根」を「箱根」に変えたのは、観光地として登場するにあたって、「函」では「はこ」とは読めない、判りやすく「箱」の文字を使用した方が「観光地」に相応しいと関係者が勝手に変更したと遥か昔、物の本で読んだ覚えがあります。
 さてその「箱根」と逆の道を選んだのが「函館」です。「五稜郭の戦い」の舞台となった箱館(はこだて)は明治政府に嫌悪されることを嫌い、その地名を今日の「函館」に改変したのは明治10数年のことでした。以上、余談ながら。
 新しき年がみなさまの幸運の日々でありますように。

2020/12/31

函南は「箱根の南」の意味です。

2020/12/31

「出島松造翁」物語は来春、刊行致します。乞うご期待!

 漸く、私自身が納得できる「出島松造物語」を発刊する段取りができました。
 恐らく、皆様も、御読みになっていただければ納得される内容と信じています。
 刊行するにあたって、多くの関係者からご援助を戴いての出版ですので、当然のことながらこれまで心して準備し、間もなく印刷の段階に入ります。
 ご案内のように、松造は本市の歴史上、第一の傑物であると信じます、
 全く無名の「出島松造」であれば、そして本市を代表する「傑物」を知れば、誰もが納得してくれるはずです。 どうぞ、暫しのお待ちを!

2020/12/30

また驚きの新聞記事。

今朝の静岡新聞は多くの市民に驚きと落胆を与えた内容の記事でした。
 そのタイトルは「JⅭHO」と桜ケ丘病院が清水駅東口に移転する協定を結んだと新聞の一面に掲載。
 勿論、これまでも田辺市長をバックアップに奮闘してきた静岡新聞ではあったが、この記事は日頃の鷹揚さも見ることなく、記事の中に筆者の疑問を感じさせる内容でした。
 正直、「あなた!どうなったの!」との感慨を多くの市民にもたらせ、当面する市政に多大な疑問を投げかけることでしょう。
 この取引、誰が見ても「本市の大損害」な協定であります。
 殊に静岡市が差し出す用地はJR清水駅前であれば、清水区の将来の発展に欠くことのできない土地であり、貴重な用地であって、そこに病院を建設してどうするそこでしょう?
何を考えているのやら・・・。
 桜ケ丘病院の現在の施設の裏手は広々とした公園です、その公園を利用して企画すれば、遥かに環境の整った病院が企画されるでしょう。
 尾身茂という著名人に極めて弱い田辺市長の悲しき人間性の表れと感じた次第です。

2020/12/22

引き続き続いて、静岡市政の「姿勢」について

2020/12/22

「病膏肓に入る」・・・全てに不信の静岡市長。

 昨日のコロナウイルス対策における田辺市長の発言は、周辺からの厳しい批判に翻弄された結果からでしょうが、彼が何を言いたいのか「記者会見」からは全く見えてこなかった。
 「名簿非提出ならクラスター発生施設名を公表」と公表基準を見直しと新聞にはあります。しかも施設の利用者名簿を提出した上で、公表に応じなければ公表しない。」という。「嫌ならいい」のこの対応に只々、驚きます。
 ご案内のように議会も田辺市長の優柔不断な姿勢に些か愕然とする最中、この発言からは一層、リーダーたる姿勢を微塵も感じないところです。
 勿論、私の批判には耳を貸さないこと、承知の上ですが、誠に以って、県都の首長としてはガッカリです。

2020/12/08

何も言えませんでした。来年春の「市議会選挙」に・・・。

 一昨年の「市長選挙」を以って、半世紀に及ぶ「私の長い戦い」にピリオドを打ったものと考えておりました。
 処がご案内のように来春は「統一地方選挙」の年、静岡市は「市議会選挙」が行われます。
 その選挙戦に私の長男が挑戦することになり、正直、戸惑っていましたが、愈々、12月に入り、戦線は拡大、私も渋々協力する処となりました。
 長男の名前は「正剛(せいごう)」、ご存知ないでしょうが、、太平洋戦争の最中、早期終戦を訴え、東條内閣に対抗し、」最後は「割腹自殺」した「政治家中野正剛」こそ、高校生の私をして「将来は政治家」に走らせる切っ掛けをなした政治家であり、それゆえに私の最初の選挙直前、昭和42年1月に誕生した息子の名前を「正剛」としましたが、まさか、この世界に挑戦するとは考えもしませんでした。
 本人極めて真面目に、真剣であれば、これを「制する」ことも出来ず、今のところ、小さな相談ごとに対処しています。
 勿論、選挙協力はこれが最後でしょう。
「老兵は消えゆくのみ・・・」

2020/12/03

現在地:トップページ天野進吾のコラム