静岡県内・県外の政治・経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2020年08月

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お世話になった方々に挨拶状を差し上げました。

 早くも昨年の市長選挙以来、1年4カ月が経ち、最近、お世話になった方々に家内が「挨拶状」を出しては、という提案から、家内の手紙と一緒に、以前、私の書き溜めていた分厚い文集から「NHKの大河ドラマ」に因んで「今川一代記」を選んで、添付させて頂きました。
 実はこの試み、思いのほか、皆さんには好感を以って読まれたようでした。
 そんなところからこの際「郷土の偉人・出島松造記」をもこの際、同様に発信してみようかと考えているところです。
 「出島松造伝」の出版についてはあれこれ考慮してきましたが、何せ貧乏人ゆえに結論でず、更にはこれ以上、手を 拱(こまね)いても、如何かと思い、出版を決意しました。恐らく数百部の発行となるでしょうが、一先ず区切りをつけておきたいと考えます。
 勿論、家計からの出費は厳しい我が家ではありますが、これもまた、生きてきた証と実行してまいります。

2020/08/31

「IR」汚職事件の全貌が見えてきた。

 連日、IR汚職事件が新聞を賑わしていますが、ここにきて事件を計画し、日本の「IR」構想を壊滅させようとする中国側の意図がここにきて鮮明になってきました。
 ご案内のように数年前、我が国の「IR」認可の空気が高まり、「大阪」を始め、複数の都市では「堂々とカジノ誘致」を宣言、自ずと「カジノ解禁」の気風は高まる中、これを憂いた国、その代表が「韓国」でした。
 仮に日本でカジノが解禁となったなら、韓国にある10数か所の賭場は壊滅すると云われてきました。
 ご案内のように、韓国民は「出入り禁止」、現在は1カ所だけが許可されておりまが韓国のカジノのお客は中国人と日本人、10数か所の店の前途は真っ暗闇です。
 そんな折、日本が「カジノ解禁」にもなれば一溜りもなく壊滅するでしょう。
 実は日本の「カジノ解禁」を恐れた国は韓国ばかりではありませんでした。
 「マカオ」はラスベガスを凌ぐ「新興勢力」でありますが、バックに「中国企業」が歴然としている。そんな状況下にあって日本のカジノ解禁はマカオにとっても大問題です。
 この度の事件は「日本のカジノ認可」を阻止する中国側の作戦としか思われません。
 逮捕された秋元議員の程度の低さに愕然としますが、中国側の「醜い策」にはまる日本人にはがっかりします。

2020/08/27

浜松の「ビーチ・スポーツ構想」に驚く。

 今朝の静岡新聞に「浜松ビーチスポーツ施設」の基本構想が報道されていました。
 思えば中田島砂丘と云えば浜松市の「一大お荷物」と聞いておりましたが、近年のマリンスポーツの振興のお陰でこの「中田島砂丘」にも確かな光が当たってきた処です。
 それにしても、近年の浜松市は色々なことを模索し、試みており、驚くばかりです。
 率直に言って、決して「品の良い性」とは言い難い処ですが、長い間、「遠州のかっら風」から育てられた「遠州魂」を以って、「自助努力」してきたこれまでの歴史に私も素直に首(こうべ)を下げます。
 面白い計画「浜松のビーチスポーツ施設」に大いなる期待。

2020/08/25

「 静岡市、長期構想策定へ」に一言。

 15日の静岡新聞に「草薙・東静岡地区」の未来像として、市は長期構想(グランドデザイン)を策定すると掲載されておりました。そのテーマは「学び」、確かに常葉大学が丹精こらした草薙校舎が建設され、草薙周辺の未来を文化・学園を予測させるものとして期待したい。
 処で、10年以上前になるでしょうか、年一回の「市長と県議との懇親会」の席で「ポーラ化粧品」が移転するに伴って、当該地を静岡市が譲り受けてみては、「1万5千坪」の用地があればサッカー競技場であれ、アリーナであれ市民の期待に応えられるから、是非、本市が購入しては如何、聞けば30億円と聞いている、と私は直接、市長に提案した。
 処が、「金がない」の一言、「高が30億円ですよ、それがなければ、ふるさと納税を導入しては如何でしょう・・・」と云えば
 「私はふるさと納税は嫌いです」の一言、以って「市長と県議の懇親会」は終了したのであります。明日の静岡はどうなるでしょうか。

2020/08/18

今日は終戦記念の日、思い出すのは平成元年の式典。

 私の自室の本棚に、いつの頃からか、「市長自筆文集」とのタイトルで「厚手のファイル」が殆ど手つかずのまま、置かれています。
 先日、何気なく、引っ張りだして、つぶさに繙けば、中々面白い昔の事々が顧みられました。
 実はそのファイルは平成初期(遥か昔)に、市長として折々の祝辞や頼まれた各種機関紙への投稿、更には市長としての講話、或いは「名士への弔辞」など、またPTA連絡協議会への祝辞など、全て私が書いたものを秘書課の職員が「密かに纏め、辞任した私に」寄贈してくれたものでした。
 恐らくこんな例は他市にはないことでしょう。
 さて、その分厚い「文集」の中に、平成3年8月15日の「戦争犠牲者追悼式」の「市長の式辞」が収められていました。
 それまでの市長の式辞は毎年同じ文句、そんな時、2期目の初年度の終戦記念の式典であればと思い、前の夜、「決まり文句の式辞ではなく、「自分の言葉」で式辞をと書き出したのでした。
 「それ故に人をつかわして誰がためにかの弔鐘が鳴るかを訊ぬるなかれ、そは汝が為に鳴る・・・」
 それは、ヘミングウエーの「誰がために鐘は鳴る」のエピローグですが、この時思いついたエピローグをそのまま「式辞」に利用させていただきました。
 恐らくこの半世紀の間で、たった一度だったでしょう、当局の作成した「追悼文」が読まれなかった平成2年の「終戦記念日のの式典」でした。

2020/08/15

報道するなら今一度、調べてみては・・。

 8月15日の終戦記念日は将に「10年1日のごとく」式典は遂行されていきます。
 今年は残念ながら「コロナ」を恐れ、出席者を絞っての「式典」と思います。
 さて、昨日の毎日新聞の記事の中で、今年の長崎の原爆慰霊祭に際し、総理の挨拶文の中で「93%」が同じ言葉、更にそれは「過去の言葉」とも類似しているとしてこれを非難しておりました。
 更に「使い回し」か「コピペ」と表現せざるを得ない言葉があり、更に「お追従」でしょうが被ばく団体などからも、「馬鹿にしている」という声があがったとこの記者は記載しているのです。
 処で、この記事を書いた記者は恐らく「総理の式典での言葉」が昨年同様であり、さらに単なる「イベント」用の言葉と感じ、十分な調べもせず、剰え、両市の被ばく者団体から「馬鹿にしている」との声が上がったと新聞に掲載しているのでした。
 処で、終戦記念日の式典が全国各地で開催されますが、当日の首長の式辞は、遥か以前から使用されてきた文章であって、昨日今日、誰かが書いたものではありません。そのことの是非については申し上げませんが、、事実です・・・。

2020/08/11

清水庁舎移転に絡む「住民投票」の認識の浅薄さ。

 8月4日に行われた「清水庁舎」移転にかかる「住民投票」の審議は市長サイドに立つ自民党、志政会、公明党の「反対」を以ってこれを否決した。
 勿論、署名運動に協力した殆どの皆さんは住民の心が届かぬことを予期しながら、「自分たちの街」の将来を憂いて住民運動に参加したのであって、そのことに市議会は先ず「心すべき」ではなかったのではありませんか・・・。 
 殊に近年、県内各地の自治体は積極的に「町作り」に首(こうべ)を巡らし、英知を絞り、浜松を筆頭に、様々な「地域の活性化のための描き」が行われれています。
 今、エコパ前のお濠を破壊し、堀の中に訳の分からない鉄骨の「舞台」を建設していますが、嘗ては「陸鷹」交番があったこの地域は「駿府の歴史を」築いた地域であれば、些かその発想に戸惑う処であります。
 一方では「今川・徳川」の歴史を展示すべく「葵文庫」跡地に歴史館を建設する企画も何故か取ってつけた「行政」にも思えるところです。
 

2020/08/10

この5月、コラムに書いた「カラスの巣」は昨日、撤去されました。

 昨日の朝、この5月に連絡のあった「カラスの巣」の件は今日撤去致しますと電話があり、午前中の内に跡形もなく「巣」はなくなっていました。
 5月に連絡し、早速、来てくれた、担当者は電動のエレベーターで巣を見たところ、詳細は聞いておりませんが、「ハンガー」を材料とする特有の「巣」の中には卵か雛か、これを見た担当者はこれを撤去するに忍びず、「連絡を戴きながら」と丁寧な言葉で状況説明をされました。
 そして、昨日、「ハンガー」を利用し作られた「カラスの巣」は一掃されました。
  

2020/08/09

「ⅠR」事業に絡む汚職事件は中国政府の企み。

2020/08/07

昨日の「登呂」から連想してこの市に「津波」は来ないという考え。

 私の主張・・・「この町は津波は来ない」・・・?。あれほど報道で「警戒警報」を発しているのに、「津波は来ない」などと「よくもいえる、この偽善者」と非難されるところでしょうが、私は以前より遠慮なく主張してきました。
 それは昨日の「登呂はアイヌ語」の中で披露しましたが、登呂遺跡が形成された時代、即ち紀元後1世紀の住居や生活様式、丸木舟、農業の痕跡が色濃く残存しており、これ即ち、紀元後の2000年の間、大きな「津波」がなかった証ではありませんか。
 2000m以上の深海である駿河湾の分厚い海水は「怒涛の津波」を創造し難いとことでしょう。何といってもこの駿河湾沿岸には津波に惨禍は殆ど聞いたことはありません。
 あの東日本大震災の際も、県下では浜松に凡そ1㍍の津波を観測したといわれ、この界隈では津波の観測はありませんでした。
 以前より海岸近く住む人々に、「そんなに恐れなくてもいい」と宮沢賢治の言葉を引用しております。
 政治の世界を去った今、私は兼好法師に真似し、「思う事云わざれば腹ふくるる思い」と、今日も素直に掲載させていただきました。

2020/08/05

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