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天野進吾のコラム

2020年06月

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いい加減にせよ、大河ドラマの歴史考察。

 過日の大河ドラマ「麒麟が来る」に極めて不快な思いを禁じ得ませんでした。
 ご存知、織田信長の奇襲によって今川義元は敗れたが、テレビの中では今川勢の先陣を務めた松平元康(家康)は戦う前から、「今川義元」に「見下り半」を突き付けたような筋書き、そこで一言、「ありゃなんだ」、来週の「麒麟」はどう展開させるのか、だんだん阿保らしくなってくる「大河ドラマ」に私はただ、唖然としたところです。
 処で、横内町に「来迎院」という寺が、寧ろ「横内幼稚園」の方が今では有名ですが、このお寺、「駿府城」を築城し、ここを終の棲家をした「家康」は、桶狭間での「義元の訃報」を知って、敵中を何とか潜り抜けて、故郷「岡崎」の「大樹寺」に逃げ込む。ここで大樹寺の住職から自立することを説教され、そこから新たな、しかし壮大な人生に挑戦するのであって、「義元を軽んじ、信長に尻尾を振った」元康ではありません。
 このあたりの歴史は多くの人の知る処であれば、いい加減な、出鱈目なドラマはいけません。
 全国の「大河ドラマ」ファンの溜息を無視してはいけません。
 さて、全くの余談になりますが、この「来迎院」は家康が2代将軍「秀忠」に「将軍職」を譲り、駿府城を終の棲家としたとき、自身の窮地を諭してくれた岡崎の「大樹寺」の住職への返礼として「来迎院」を建立され、その裏庭には「家康、お手植えの李(スモモ)の木」があります。更にその木の下に設えた「小さな池」に今、子供を連れた「カルガモ」が元気に活動しているとのことです。
以上、報告終わり。

2020/06/12

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