静岡県内・県外の政治・経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2019年11月

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香港の選挙、民主派の躍進を歓迎する。

 最終結果は未だ出ていませんが、香港では「民主派」が圧倒しているようです。当然の帰結であると考えますが彼方ながら拍手を送ります。
 率直に言って、現在の中国に組することを願う人間など、ながら皆無だろう皆無と考えます。
 ”全てが統制された社会”からの脱皮は圧倒的国民の願いと私は信じます。
 それにしても、最近の習近平政権の権謀は看過できるものではない。
 話変わって、今朝の静岡新聞の片隅に、親中派のタクシー運転手の嘆きが掲載されていましたが極めて抹消的意見の開陳であり、「共同通信社」らしい記事そのままで残念でした。
 いずれにせよ、習近平体制の早期終局を私は期待しております。
 


 
 

2019/11/25

今朝の散歩の途中、そこに流れる「小川」に不図思いつきました。

 殆どが暗渠になった上足洗の住宅地ですが、それでもあちこちに、蓋のない細い水路が縦横に見られます。
この周辺は私たちが幼いころは一面が水田、その後都市化され、小川は暗渠となるも、住民は湧水を自宅に引き、生活用水として使用しているお宅は少なからず、お蔭で近くを散歩すれば、湧き水の音が快く聞こえてきます。
 もとより水田がそこそこに残され、その脇には細い水路があり、今朝は水面に「みずすまし」の泳ぐ姿を見てきました。水量は僅かですが、そこに生物の逞しさを発見して、ほっとしたところでした。
 幼いころにはこうした小川を住家とした「ザリガニ」や「もろご」「フナ」などの小魚と戯れたそんな時代を思い出し、懐かしく思ったところでした。
 その時、私の脳裏に浮かんだ小さな企画がカエルやフナなどの再生案でした。
 如何でしょう、細やかな試みですが、一緒にやってみませんか!
 ところで、どうしたら、何処へ行けば「フナやドジョウ、ザリガニ」が入手できるのでしょうか、どなたか教えて下さい。更には私と一緒にやる気のある方、ご一報下さい。

2019/11/20

「冬来たり」を窓の外にはっきり見ます。

 実は6月頃から緑町にある娘のマンションに夫婦で転居、既に半年にもなろうとしております。
 月日の経過は過ぎてみれば想定以上に早く、間もなく半年も経過する処となりました。
 今日のコラムの切っ掛けは、何気なく見た「富士山の景観」に驚くとともに「季節の経過」を知り、恰も詩人になった思いで私はパソコンに向かったのでした。
 先月の終わりごろ、窓辺に映る霊峰富士の頂きに細やか乍ら雪が覆い、「冬遠からず」と思ったのも束の間、今朝の富士は本格的な雪山の姿を見せておりました。
 同時にこの部屋、眼下には広大な水辺が広がり、夏の睡蓮は枯れたものの、とって変わって松や竹、柿の木など、味のある風景が眼下に画かれています。更に鬱蒼と茂るそれらの樹木の間を名も知らぬ野鳥が口笛を吹いて飛び回っているのでした。
 カエルの声はいずこにか・・・。
 

2019/11/12

悲しい哉、文在寅大統領、卑怯なり、文在寅。

 最近では国内の支持率も急降下し、更にはアメリカ大統領にも愛想が付かされ、四面楚歌の状況下にあって、この度は安倍総理に「だまし討ち」と思われる「無断写真」を実行、愕然とするところです。
 タイで開かれているアセアン諸国連合の首脳会議前にして、文大統領から「一寸、話しを」と云われ、近くのソフアーに腰を掛けたところ、いきなりスマートホォンで「二人の話合い」の写真を撮ったという。
 その写真を韓国の公式サイトに、日本側には何の連絡もなくも勝手に、この写真を掲載し、恰も和気藹々の写真を掲載したのでした。
 日本では如何なる理由も許されない、国民への【だまし】です。
 文大統領の「悲しき姿」は愈々、鮮明に表れてくる処です。

2019/11/09

紳士の国「イングランドの醜態」に呆れる。

今朝の静岡新聞の一面は、昨日のW杯の決勝戦で勝利した南アフリカチームの喜びの記事ばかりかと思いつつ、広げてみれば、勝利チームの写真は掲載されているものの、破れたチーム・イングランド選手の「銀メダル」を拒否した「スポーツマンシップ」に反する記事は全く報道されてはいません。誠に驚くばかりです。
 確かにこの試合中、イングランドチームには主要メンバーの怪我による退場などアクシデントもあり、欲求不満もありましょうが表彰式で見せる態度ではないでしょう。そのイングランドに日本の報道機関が「おべっか」に等しい態度に正直言って寂しさを禁じ得ません。
 日頃、何かと「正義」と「中立」」・「公正」を掲げ、スポーツマンシップを後生大事とする報道機関の些か頂けない「姿」でした。

2019/11/03

残念だった「首里城」の全焼。

 私にとって「沖縄」は忘れがたい言葉です。
 私の青春時代の入り口である「高校時代」の「払拭できない思い出」は「沖縄」から生まれたのでした。
 その時代、「蛍雪時代」という「受験生」向けの月刊誌が「旺文社」から出版され、私も定期購読しておりましたが、ある日、読者の投書欄に「首里高校生」の論文が掲載、これを読んだ私は愕然としたのでした。「ここに日本人と名乗れない日本人がいる・・・そんな馬鹿な・・・」
 爾来、私は「沖縄の日本復帰」という命題に翻弄され、高校時代に、そして大学入学後の弁論大会においても、「沖縄の日本復帰」は」一環とした弁論のテーマであり、口角泡を飛ばして訴え続けたのでした。
 将に「沖縄の日本復帰」は私の青春時代の一大テーマでもありました。
 政治家への道を選んだ私の原点でもありました。
 それ故に、この度の「首里城」の全焼は誠に残念至極、「淋しい」限りであります。

2019/11/01

残念だった首里城の全焼。

2019/11/01

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