静岡県内・県外の政治・経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2019年09月

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たった今、川勝知事の率直な静岡市政批判が放映された。

 静岡市議会での当面の課題、清水区役所の駅前移築・桜ケ丘病院の移転問題など、市民からキツイ反対の声にも拘わらず、お世話になった自民党市議団に媚び、どんな根拠があってか、田辺市長は反対する市民サイドには全く耳を傾けないのであります。
 以前にもこのコラムで指摘しましたが、現在の区役所が清水駅前に移転する根拠もメリットも全くない、市民が生活上で必要になる証明書類はいまではご近所の公民館で間に合います。
 なぜ、そうまで無駄な市税を投入しようとするのか、悲しいかな「建設業界への媚び」としか思えません。現在の区役所は少なくてもあと30年間は使えるでしょう。
 昭和の一桁時代に建設された旧静岡市役所は「本市の顔」ではありませんか、神聖な本会議の場ではありませんか。率直に言って、静岡市議会が唯一、自慢できるのはこの建物だけではありませんか。
 どうぞ、圧倒的市民の声を無視する静岡市政から、早々と脱却して戴きたいと訴えます。
 最後に、テレビの中で率直に指摘される川勝知事には感謝しそのご心労に痛みいります。
 有難うございました。

2019/09/30

「SPAC」の健闘を喜ぶ。

 今朝の静岡新聞に県舞台芸術センター(SPAC)の米国での高い評価を得た公演について掲載されております。
 10数年前のこと、私は時の舞台芸術監督・鈴木ただし氏の舞台に納得せず、時の石川知事と本会議上で”喧々囂々”の論争を展開したこと、今なお、私の脳裡に刻まれています。
 それから間もなく、現在の宮城聡氏に芸術監督を交代、爾来、舞台の雰囲気も大きく変わり、ご案内のようにアビニオンでの成功を始め、更には幅広い県民に愛される路線を追求され、舞台とは門外漢の私自身も大変喜んでも参りました。
 実は舞台芸術に伴う県費も鈴木氏の時代の6割程度ですから、素人の私の行動も敢えて言うなら、「正鵠」を得ていたと自画自賛しております。
 益々の「SPAC」の発展を期待しております。

2019/09/27

見てきました。新インターチェンジ。

2019/09/26

新インターチェンジに伴う思い出。

 新インターチェンジ構想は実に30数年前、バブル経済も終焉しながら、大谷地域には全く行政の手はもとより、民間企業からの触手もなく、放置されてきたことに怒り心頭、或る日、町内会役員揃って、市長室に直訴したのでした。
 勿論、納得する手法もなければ、私が地元に赴くの約束でその場を取り成し、数日後、大谷の大正寺に地主の皆さんが集まり、喧々囂々、その席で私は区画整理を提案したが、21%の大きな減歩率には誰もが不承知、処が連合町内会長は私に、承諾するか否かは市の企画次第という。
 数十万坪という広大な面積の開発はもとより容易ではない、私の脳裡をよぎった途轍もない構想が、その頃、新設なった「ダイエ-ホークス」の福岡ドームの落成式が週刊誌のグラビアを飾っていました。
 ましそれを見た私は、早速、ダイエイの中内功会長に電話し、面会を申し込み、翌年の建国記念の日、東京本社の一室で、中内会長と二人だけ、凡そ1時間、私はその席で「小鹿・大谷」地区のテーマパーク化を提示させていただいたことを思い出します。勿論、その計画は「ダイエー」の倒産、そして「市長退任」によって全ては雲散霧消していきました。
 

2019/09/14

「日本平久能山IC」が愈々、オープン。

 今月14日、待望の新インターチェンジの供用が開始されます。
 扨て、凡そ30年ほど前、大谷の大正寺に地域の代表者4~50人が集まり「バブル経済は通りすぎたものの、大谷方面の広大な土地については放置されたまま、市長!何とかしてくれ!」の厳しい罵声の一夜でした。
 その日を契機に行政は地域の人々と一緒になって"何とかする手段”を模索、間もなく誕生した発想が「静岡東インターチェンジ」勿論、スマートインターチェンジでしたが、その時の構想が間もなく完成、「大谷方面の救世主」としてデビューする処です。
 私の時代が終わって、久しくこの計画は放置されていましたが、第二東名の完成、流通通りの混雑ぶりから、再度見直され、30年前の構想がクローズアップ、将に「お誂え向き」の計画に飛びついたのでした。勿論、その後、清水市と合併したことから「静岡東」の名称は消えていきましたが当時の「地域の人々」の思いはここにあったはずです。

2019/09/11

清水区の区役所問題をテレビの中で見た。

 たった今、「朝日テレビ」で相当の時間を割いて、清水の「区役所」建設問題を取り上げていました。
 その報道の根底にあるテレビ局の姿勢も言うまでもなく「無駄のこと」「莫大な投資となる庁舎建設反対」でしたが、正直云って今「清水庁舎」の建設に賛意を表する市民はいるでしょうか。
 これを受注する企業は日本を代表する大手ゼネコンであり、地元業者には恩恵と云える仕事は更になく、指を銜えてみるばかり。
 それ以前に清水区民にとって「何のメリット」があるのでしょうか。
 区役所が繁華街に置かれるメリットは全くない。第一、これから清水の顔を作ろうとするその場所に役所は無駄、「印鑑証明」「戸籍抄本」は地域にある公民館の仕事、巨大な建造物の市役所は将に無駄。今からでも遅くない「白紙撤回」。
 最後に箆棒な市費を投資する必要はない、駿河区役所を考えれば何をか言わんである。
 

2019/09/03

前日のタイトルを続けます。

 皆さんは「登呂遺跡」の存在について考えたことはありますか?
 凡そ10年前、私は県立図書館に行き、そこで門外不出の「アイヌ語辞書」を借り、先ずは「とろ」を調べましたが該当する言葉はなく、次にふと思いつ木でしたが、「と」と調べれば「
沼地」とあり、さらに「おろ」を引けば「~の所」、つまりは「とおろ」は沼地のことでした。
 最近、新聞に北海道の釧路本線の中に、「塘路(とうろ)」という駅があることを知り恐らくこの「塘路」が本当の地名ではなかったのか、そして更に思うことは戦後の23年ごろ、大規模な「登呂遺跡」の発掘が行われ、そこから木造の家や生活必需品が発見されました。
 若し、この2000年の間に超ド級の津波が駿河湾をを襲っていたら登呂遺跡は発見されることはなかったでしょう。
 海岸線近くにお住いの皆さん、ご安心ください。
 最後に、トロはアイヌ語と云いましたが、「駿河」も「安倍川のあべ」もアイヌ語から誕生したことばです。
 序にいうなら、西伊豆周辺には「アイヌ語」からの地名が豊富です。
 読みにくい安良里、宇久須、、妻良など、挙に遑ないところです。以上。

2019/09/02

大正11年の「関東大震災」を忘れぬための「防災の日」ではありますが・・・。

2019/09/01

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