静岡県内・県外の政治・経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2019年05月

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「駿府博」から本日、30周年になります。

 殆どの市民の記憶からは「駿府博」の言葉は既に雲散霧消していることでしょう。
 明治22年4月1日に静岡市が誕生し、昭和63年、即ち平成元年が市制施行100年となり、全国各地で「100周年記念事業」が開催されたのでした。
 前年の4月、市長に就任した私も膨大な業務に翻弄されながら、更には担当する職員はそれ以上に「てんてこ舞いの忙しさ」、民間からの応援職員にもご無理を願って、この企画はハチャメチャの忙しさの中で準備されていったのでした。
 「未経験にして、更に切羽詰まった」企画であれば、担当する職員にとっては昼夜の別なく、挑戦したのでした。
 3月18日に開幕した「SUNPU博89」はお蔭をもって好評のうちに「ファイナル」を迎え、その間、実に105万人を数えたのでした。
 今日、その時携わった職員(多数がOBですが)が一堂に会するという、私にもご案内が・・・。
 

2019/05/21

恐ろしく時代錯誤の代議士・日本維新の会代議士

 例え、飲酒の上であろうと、国後の島民団長に「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」と尋ねたり、大声で騒ぐなど常軌を逸した代議士の行動が新聞に掲載されています。
 以前から「日本維新の会」は私たちの目にも「右傾」団体と理解しておりますが、このたびの発言内容は「右翼・左翼」の問題ではなく国会議員として恥ずべき言動でしょう。
 彼は東大を卒業し、官僚として数年の後、「日本維新の会」を看板に代議士になった御仁、それにしても一体「どうなってるの」と疑いの目を抱きます。
 こんなことがロシア側に知られれば、「北方領土問題」は愈々座礁するし、返還の期待は愈々消え去る所となるでしょう。

2019/05/14

静大の再編に大いなる疑問。

 今朝の静岡新聞に、昨日行われた「静大と浜松医大」が合意した大学の再編について、予想される地域への影響、大学の将来像について、静大の学生や同窓生など130人が参加、広く論議されたと掲載されております。
 処で、私の思いでは、仮に浜松医大と工学部が一緒になって、浜松大学を組織されることになったら、一体、静岡大学はどんな姿になるのだろうか。
 調べてみなければ分らないが、各県に設置されている国立大学の中で「工学部」のない大学はないのではと考えます。
 少なくとも、静岡市はこの「静大再編構想」に真っ向から反対声明を出すべきではないでしょうか。 
 嘗て、医大誘致運動の際、他愛もなく浜松市にひねられた静岡市民性の再現を心配します。
 当然のこと、こんなバカげた論議が、市民不在のまま、決定されては本当に困ります。                               

2019/05/13

ふるさと納税に「鉄槌」

 遂にふるさと納税について、「鉄槌」が下され、本県小山町ほか3つの自治体は今後、税の優遇は受けられないところとなりました。
 しかし、小山町の場合は何と「250億円」もの寄付を集め、その4割をギフト券で謝礼するなど、途轍もない手段によって「ギャザーゴールド」してきたのであります。
 昨日、池谷町長は総務省に赴き、今後は返礼品を地場産品とし、返礼割合も3割以下とすることを説明したものの、まさに「他の自治体の税収をかすめ取っているようなもの」として特別交付税をゼロにすると厳しい措置が取られたのであります。
 違法行為を「得意然」としてのでした実施してきた小山町には、将に「天罰」が下ったいうべきでしょう。。替わったばかりの池谷町長、本当にご苦労様。

2019/05/10

こんな事もありました。

 ある日、天皇皇后両陛下が御殿場の国立療養所をご訪問する企画に,知事と市長が同行する処となりました。その日は生憎の雨模様、特に療養所に到着したころには冷たい雨が鬱蒼とした樹々を濡らしておりました。
 陛下のお車が玄関に横付けされるや、両陛下は休む間もなく「ご対面の会場」へ、勿論、両陛下に続いて知事と私は森閑とした通路をただ随行したのでした。
 行き着いた所は小さな講堂だったと思います。
 到着した私の目に先ず写った模様は、療養者と思われるお年寄りが並べられた椅子に静かに着席しております。しかも2段に、恐らく30人から40人の皆さんが陛下のご来場を暫し、お待ちかねだったでしょう。
 部屋に到着した天皇・皇后両陛下は即座に二段に作られた座席、早速、その椅子に腰かける患者さんのもとに足を運び、限られた時間であれば優しい言葉遣いでお年寄りの手をとっての温かい質問が続きます。下位にお座りのなった患者さんとの面談後、なんと今度は妃殿下と上下入れ違いに天皇陛下は上段に移り、皇后さまは下段の皆様に同様、温かなお言葉をかけて全員の皆さんと話をしていったのでした。
 会話は聞き取れませんが、その雰囲気から本当に熱いものを感じました。

2019/05/02

天皇皇后両陛下との「思い出」その2

 テーブルの中央に対座した両陛下は厳かに一礼した後、石川知事の言葉を待ったが、暫し言葉はない、明らかに石川知事は緊張の極にあったのでしょう。空白はほんの数秒だったでしょうが、対峙していた私たちには長い空白と映ったのでした。
 その時、私は咄嗟に「キンチョウの夏ですから、知事も緊張しております、」と言った。
 その言葉を聞いた、両陛下も「手で口を覆いながら」笑ったのでした。その瞬間、天皇家にあっても民放テレビを見ていることを確信した。
 こうして緊張した場の雰囲気も消え、懇談の時間も終了する直前、それまで聞き役に徹していた皇后陛下からお言葉が、「間もなく甲子園大会が始まりますね、私の若い時代、静岡と言えば、静高か静商かと聞いておりましたが、静商は如何でしょう」と尋ねられた。
 驚いたのは静商0Bの鈴木和彦議長、まさかお鉢が回ってくるとは・・・、幸いこの年の決勝戦は掛川西高対静岡商業、結局、議長は「知事の出身校に甲子園を譲った」といういい加減な「落ち」をもってこの楽しい「会食」を終焉したのでした。

2019/05/01

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