静岡県内・県外の政治・経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2019年01月

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謝らなくてはいけないでしょうか、「反体制」の活躍に。

 たった今も私と、行動を共にしたいと、一市民から電話がありました。
「有難う」とお礼は云いながらも、その一方で私の心中は複雑の極みでした。
 [大衆」と呼ばれる市民の声がいとも軽く扱われ、為政者と呼ばれる極く限られた支配に占拠される実情は誠に残念と云う以外言葉はありません。
 公益の概念がなおざりになりになり、限られた人間の統治に誰もが言葉なく従う日本の慣習に些か落胆いたします。
 恐らく、本日が静岡市長選挙の方向を決めることになるでしょう。
 残念ながら、ささやかな「大衆」の心は市政を動かす迄には成長していませんでした。
 ご尽力、ご協力戴いた皆様に私からも心からの感謝を申し上げます。
 勿論、私も県議選を控え、これから急ピッチで準備致します。

2019/01/30

今朝、私の事務所のポストに「各紙の新聞のコピー」が。

 タイトルに記載したように、今朝、事務所のポストの中に静・毎・朝・読の各紙のコピーが投函されていました。
 勿論、記載内容は全て、昨日行われた自民党清水支部の田辺氏の推薦についてであります。
 私が今朝、事務所に入った時間が遅かったので、何時頃、投函されたは判りませんが、地元紙はもとより、全国紙の全てを購読している企業、団体など市内には殆どありません。更に今日が日曜日であれば、役所は閉鎖、企業もお休みであれば、特別な関わりを持たない「組織・団体」でなければ、こんな嫌がらせも、面倒なこともしないでしょう。
 更には、ご丁寧にもこれを「コピー」までして私の事務所のポストに投函して頂きました。そのご努力に「ご苦労様」と云わせていただきます。
 私の事務所では「産経・静新」のみですからのみですから、それ以外の新聞は有難く拝見させていただきました。
 どなたがコピーされ、配達されたのみか、ご苦労様と申し上げておきます。

2019/01/27

「天野さんですね!変えてください」と自転車から飛び降りた。

 独り街中を歩いていれば、後方から自転車に乗ったご婦人が近づき、並んだ途端、「お願いです、静岡を変えてください」と直接の訴え、実は最近、屡々(しばしば)、この様な訴えを「すれ違う方」から声を掛けられます。正直、私にとっても驚くばかりです。
 処で、最近では「市長選」の記事が各紙各様に記載されておりますが、その記事について各社は筆者に任せ、社として責任もって認知したものではないようです。
 ですから、難波氏の「出馬」についても担当記者の気分次第、ですから記事に一喜一憂することの無意味を最近知りました。
 我が方の「市長選」対策は、物理的にも、精神的にも確実に構築されております。それは純粋市民の切なる願いの現れでもあります・・・。
 

2019/01/26

昨日の「市長選、いずこ」は転送の失敗で今日に。

 ご案内のように昨日、難波副知事の静岡市長選擁立を目指しての「出版を祝う会」をターミナルホテルで開催、予定された会場には将に立錐の余地もないほど、幅広い方々のご出席を戴き、成功裏に終了したところです。
 正直云って、その会場の雰囲気と出席者の顔ぶれを見れば、過日、自民党総務会の席で私が退席した理由をご理解頂けるものと考えます。あの日以来、道行くお年寄りからも、「是非、市長を変えてください」の直訴が続いております。恐らく言葉に出して言えない市議も少なからず、その雰囲気を感じておられるでしょう。
 私自身が同日投票日の別の選挙に出馬する準備の中にあって、この市長選挙に全面的に旗を振るのは一言、静岡の活性化を期待するからです。
 このコラムの中でも極めて正直に、遠慮なく自身の意見を掲載して参りましたが、それも、、‶気取っても始まらない年寄り”の心とご理解ください。

2019/01/25

長い間のお休み、失礼しました。

 昨日、自民党静岡市支部の推薦状が田辺市長に渡されました。
 夜のニュース番組には途中退席の私の顔まで大きく写されておりました。
 もとより、30名余の党役員の中で、主張し退席したのは私一人、勿論、それで結構ですが、何と論議の嫌いな方ばかり、そんな思いをもって「退室」いたしました。
 ところで、いつも不思議に思うのですが、国政でも県政でも、屡々論議することを忘れて、事前の「議事進行」を守って、、口を挟む者あらば「問答無用」とこれを切り捨てる、否、切り捨てられる前に自分の奥歯で「体制に合うようかみ砕く」、そんな会議が我が国の政界には昔から跋扈しております。
 正直申し上げます。私達自民党の執行者の考えはしばしば、市民感情と大きな隔たりがあることをお送りいたします。知らねばなりません。
 私達はそろそろ「大衆」と呼ばれる「市民」の心に立ち返るべきであります。

2019/01/22

静岡新聞の読者欄から・・・。

 今朝の静岡新聞の読者欄に「心ある投稿文」が掲載されております。
 先程、姉がその文章をコピーして事務所に持ち込みました。投稿のタイトルは「小学生の夢かなえ箱根力走」であります。
 島田の山下さんの投稿ですが、是非、多くの方々にお読みいただきたく、今日のコラムに取り上げました。
 ――それは今では茶色に変色した静岡新聞の小さな「切り抜き」、平成21年10月23日とあり、当時11歳の少年・三須健乃介君の投稿文でした。
 「夢は箱根駅伝、陸上がんばる」
 投稿者の山下さんはその新聞の切れ端を後生大事に残しておいたのでした。
 今年の1月2日、箱根駅伝の実況中継の中で、「中央大学、3区の三須健之介・・・」のアナウンサーの声を聴いたとき、「あ!あの三角君だ!」と思わず声を上げたのでした。
 そう、彼は夢を実現したのだった。
 小、中、高と箱根駅伝を目指して頑張ったその努力に、改めて拍手を送るとともに、投稿してくれた島田の山下よし江さんに感謝いたします。

2019/01/17

あー稀勢の里・・・。

 昨日、一昨日と他愛もなく敗れた「稀勢の里」が本日、遂に引退しました。
 ここ3日間の不甲斐ない敗戦はその引退に些かのまし同情は生まれません。
 初場所の前の「連合稽古」を見た親方衆の言葉入力は「期待できる」の言葉を屡々聞いたが、始まれば、予想とは全くの裏腹に、他愛無い3連敗、その無様な敗戦を見た誰もが「もう、終わり」の烙印を押したことでしょう。
 テレビに映る「稀勢の里」の姿には「闘争心」の欠片もありませんでした。
 唯一の日本人横綱を目一杯応援しきた者には、些か残念な終焉でした。

2019/01/16

今日は梅原猛さんの訃報が・・・。

 遥か以前のことですが、日本の美術界を大いに騒がせた「真贋事件」がありました。
 それは古来より「型破りな僧」で有名な「円空上人」が描いた絵が、ある寺の壁の中から偶然発見されたということでした。
 ご案内のように、僧・円空の「仏像」は夙に有名だが、円空作の「絵画」は一枚としてない、にも拘らず、長野県のある寺の壁の中から「円空」の名前が書かれた「仏像」の絵画が発見されたと大騒ぎ、日本美術界ではその真贋について2分、結局、その作品の出処を逆に辿っていけば、と云う事で調査したしたところ、第一発見者がことでした古紙に仏像の絵を描いたところ、大変上出来だったところから、これを知人に安く売り、そこをスタートに「円空」の絵画は転々と人手に渡り、最後は東京の骨董商から100万円で買った男が美術学界に持ち込み、その真贋が問題化したのでした。その道を逆に辿れば、出展が判り、一件、笑い話になりました。
 長々、駄文を書きましたが、その「円空上人」の研究家であった哲学者「梅原猛」さんが12日に逝去されました。ご案内のことかと存じますが、本県では梅原先生を顧問格にお願いしてきた関係もあり、敢えて一筆申し上げました。

2019/01/15

「名優・市原悦子さん」の死に黙祷。

 昨日来のニュースの中で、放送されていましたが、国民的女優であった「市原悦子」が12日に逝去されました。
 「まんが日本昔ばなし」のナレーターとして私の記憶の底に今でも残っております。勿論、女優としても個性溢れる演技には昔から感心しておりました。
 人間味のある演技で多くの日本人の共感を得てきた女優の一人でした。
 「その昔、この山の向こうに、大きなクマが一匹、村人を怯えさせていました・・・」そんな言葉が耳元に聞こえてきそうです。
 ・・・ご冥福をお祈り申し上げます。

2019/01/14

文在寅大統領、可笑しくないか? 

 徴用工訴訟ばかりではないが、一体何を思っての大統領の政治発言なのか、最近の「韓国の腹の裡」は理解できないし、日本人の「嫌韓」意識は愈々、たかまっていくのでした。
 一体、文大統領は何を考え、どうしたいのだろう。
 殊に「徴用工訴訟」については韓国側の歴史的経緯を正面から見ずに、自分勝手な解釈によって事件化し、様々な歴史を焙り出してきたと私は考えます。
 その一方、「反日」を煽りつつ、北との融合を図るも、その実、本心では「南北和解」など毛頭考えてはいない。
 「ドイツの東西の壁」は撤去されたものの、今なお諸問題が潜在していることを思えば、「文大統領」の「責任転嫁」と「恰好付け」だけの「政治工作」では何時まで経っても「明日の韓国」は来ないだろう。
 将に菅長官の云う様に「韓国の責任転嫁」は誠に遺憾!と云わざるを得ません。

2019/01/12

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