静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2018年12月

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これも裁判員裁判の現れか?

 昨日、漸く「東名での煽り運転の裁判」が決着しました。
 「求刑23年に対し18年」の判決は、人それぞれの判断でしょうが、そこには明らかな「裁判員裁判」の本質が現れていたように思えます。
 私個人として考えた場合、やはり20年以上を推測しておりました。
 それにしても26歳にして人生にピリオドを打つことになった石橋被告は哀れな人間であり、社会には全くもって不要な人間と言わざるを得ません。
 仮に「人民裁判」などという時代であれば即刻「死刑」でしょう。
 この度の裁判員の皆さんの心に流れる「やさしさ」が20年を切らせたのでしょう。
 でも、裁判員裁判は大変なお仕事で、役所から来る「一片の通知」によって、負わせられる責任は大変なもの、今一度その功罪について考えては如何でしょう。
 本当にご苦労様でした。

2018/12/15

今日、辺野古に土砂投入。

 難しい政治の世界はさておき、日本でありながら日本人を名乗れなかった昭和30年代の沖縄の人々の思い、それは極めて純粋に「日本への復帰」でした。
 「蛍雪時代(旺文社)」に寄稿した一首里高校生の純粋な日本復帰を訴えたその論文に、初めて「日本国民ながら日本人を名乗れない」人々がいることを知りました。
 彼の訴えは小さな叫びだったでしょうが、「沖縄返還」の小さな叫びとして私の脳裡に鮮明に残っているのでした。殊に「基地付きであっても・・・」との言葉は図らずも今日の絶対的政治課題となっているのです。
 今日、「辺野古、きょう土砂投入」の新聞見出しを見るにつけ、沖縄県知事の建前反対には誠に残念です。密度の高い宜野湾市の普天間飛行場から辺野古への移設を何故反対するのか、論理的にも理解できません。
 「惨憺たる大戦の歴史」を容易には払拭できないのは理解できますが、今日の東南アジア情勢から顧みても、沖縄の存在意義は払拭されることはないでしょう。それ故に政府は特段の思いを以てこれまでも「援助」を続けて来たのです。
 本日は「時間」が来ましたのでこれにて・・・。

  

2018/12/14

何十年振りになるでしょう、「芥川龍之介」の「手巾」を読む。

 中学時代か、高校生の授業の中で読んだか、既に忘却の彼方に薄れていたが、ひと月程前、何かの拍子で「芥川龍之介」の短編小説「手巾(ハンカチ)」を思い出し、若き少年の心に響いた作品を今一度読んでみたいの衝動にかられたのでした。
 早速、議会図書室に相談すれば、県立図書館にはあるでしょうから2・3日待ってくれれば取り寄せますとの優しい言葉、お陰で、昨日私の手元に分厚い「芥川龍之介全集(1)」が届けられました。
 「手巾」は将に「短編」、「あくび」する間もなく読破してしまいました。同時に読みながらも「こんなに短かったのか」とその昔を懐かしみつつ、ひと時を楽しんだのでした。
 ご存知の方も多かろうとは思いますが、「学徒動員」によって戦地で散った学生の母親が世話になった先生への「報告とお礼」に伺ったところ、母親は毅然として涙も見せず、ただ教師への感謝の言葉を続けていたのでした。
 その時、先生は持参していた紙袋を足下(あしもと)に落とし、それを何気なく拾おうとして屈んだその時、涙も見せなかった母親の手の中には「ぐっしょりと濡た手巾」が丸められていたのでした。
 芥川龍之介はそこに日本の母親像を発見し、描いたのであります。
 短編ながら素晴らしい小説でした。

2018/12/13

産経記者の選ぶ「政治家オブ・ザ・イヤー2018」を見る。

 今朝の産経新聞に『本紙記者が選ぶ「政治家オブ・ザ・イヤー2018」発表』とあります。
 勿論、新聞社の中では最右翼の名をほしいままに論説してきた新聞社ですから、一部は「眉唾」的見方も致し方ないかと思いますが、中々、面白い結果が掲載されておりました。
 「ベスト」と「ワールド」の「二つのグループ」に分けられ、ベストは1位・安倍晋三、2位は河野太郎、3位は菅義偉ときて、ワースト部門の1位は岸田文雄、2位は小泉進次郎、3位は玉木雄一郎だそうです。
 なる程、私の感覚も殆ど同様に思いました。特に小泉進次郎については「鼻持ちならない」部分で、「おやじそっくり」と云わざるを得ません。
 私自身の目では次期総裁は河野氏か菅氏でしょう。
 嘗ての「だみ声・河野一郎」が今頃、「孫よ、頑張れ」と三途の川の向こうでジーと見守っていることでしょう。

2018/12/12

浮上する「市長選」の噂、あちこちで。

 報道関係者はもとより、ここに来て「関心」が高まったのでしょう幅広い皆さんから、市長選について説明を求められています。
 勿論、具体的には不承知の部分も少なからず、明確な返答はできないものの、今年も僅かになり、報道関係者の情況確認は愈々、鮮烈になってきました。
 勿論、承知はしているものの、現状では言えない裏の話も少なからず、ただ、日ごとに「市民意識」の高まりを感じているところであります。
 私にとっては、25歳の市議選を賭けて皮切りに実に戦うこと16度、そしても間もなく「最後」の選挙戦を迎えます。
 勿論、自身の選挙には万全の体制を整えますが、同時に本市の「将来を賭けた戦い」にも全知全能を賭けて戦って参ります。どうぞよろしくお願い致します。

2018/12/11

「明日、再逮捕かゴーン容疑者」

遂に明日、再逮捕と新聞を賑せる「ゴーン容疑者」、これによって彼は確実に「除夜の鐘」の響きを耳にすることなく「2018年」は過ぎ去る処となりました。
 それは将に「悪夢」としか考えられない東京拘置所の日々だったでしょう。
 「40億円の過少記載」、日産自動車でのワンマン体制がこのとんでもないインチキを醸成させたのでした。それは日本人の狡さから生まれた「許容」が醸造させたものでしょう。
 罪は前会長カルロス・ゴーン容疑者だけにあるのではなく、日産自動車の役員・幹部の「責任逃れ」、「その場しのぎ」にあったと云えるでしょう。
 さて、話変わって、今朝の静岡新聞の2面の片隅に「正恩グッズ、販売中止」の見出しで次のような記事がありました。
 韓国の教育番組を放映する公共放送の子会社が「金正恩」を「世界最年少の国家元首」と美化し、「朝鮮半島の平和時代を開く指導者たち」などのテーマでペーパークラフトを販売、あまつさえ金正恩を「世界平和への新たな道しるべ」と紹介しているのであります。
 処で、近い将来訪れる「北朝鮮の難民対策」に韓国民はどう対処するのか、難民として大挙北線を見限って、韓国に流入してきたとき、それこそが韓国最大のテーマだと私は考えます。
 それにしても、韓国と云う国はどうなっているのでしょう、その「ノー天気」ぶりには空恐ろしい思いです。

2018/12/09

入管法の運用には厳しい姿勢で。

来年4月の制度導入を目論んではいますが、率直に言って現段階で「入管法」が目指す処、極めて怪しいと云わざるを得ません。
 当然のことですが、その対応に入管庁職員を現員4870人から5400人体制へと増強、更に本庁も1・5倍の210人体制とするという。
 これによって、行政側の構造は一応体裁は整えたとしても、その現場では、確実に新たな問題が浮上します、考えられる第一点は「不法残留者」の激増にあります。既に現在、推定6万6千人の偽造パスポートによる「不法滞在者」がいると云われ、その対応には全く追い付けない処です。
 そしてこれを一層複雑化している原因が暴力団などとの絡みです。
 外国人を受け入れる前に、「共生」の精神こそ、その前提でなければいけないでしょう。

2018/12/08

「大阪」都構想に潜在する明治維新の心。

 今朝の新聞に「大阪都構想」について、吉村市長は参院選までには住民投票を実施するとありましたが、NHK「せごどん」も愈々、終幕を迎えるに当って、大阪人の「首都の夢」が突如沸き上がったのでしょうか、ここに来て再び「大阪都構想」が復活したようです。
 ご案内かもしれませんが、明治維新の際、「首都を何処に置くか」大問題になり、その際、大坂商人を中心に「大坂案」を主張、しかし面積の狭隘さからこれが否決され、東京に決まった。 処が大坂商工会議所は納得せず、それでは「せめて大蔵省だけは大坂に置くこと」を主張したがこれも否決され、愕然となった大坂商工会議所会員は「なぜ、それほどまでに嫌われるのか」衆議したところ、或る者から「大坂」の漢字に原因があると主張、「坂」は土に返るという意味で、元の木阿弥になってしまうと主張、そこから現在の「大阪」が生まれたのでした。
 今、大阪は2度目の「万博」が決まり、「IR」を含めた巨大な経済圏構想に沸く時、単なる「政令市」だけでは納得できないの思いが噴出した結果の「大阪都構想」でしょうが、「都」は一つで結構、何時までも「ボケ!」と指を咥えているんじゃねーと「ちこちゃん「」が怒りますヨ。

2018/12/06

東名煽り運転に対し、一罰百戒の判決を。

 昨年6月、煽り運転を受けて停車させられた夫婦が、追突され死亡した事件の第二回公判が横浜地裁であった。
 この公判で、死亡した夫婦の長女が「世の中の煽り運転を減らすために重い刑罰を下してほしい」とその胸中を語ったと新聞にありましたが、近年、この手の交通事故と危険運転は一向に減らない現状では、些か酷かもしれませんが、その判決に「一罰百戒」の判決を期待する処です。
 最近の高速道路における事故の中に、こうした危険運転を「得意然」とした若者のマナー違反が原因となって事故を起こしている事例は枚挙に遑ない所です。
 それ故、この裁判で、厳しい判決に期待する市民は少なくないはずです。

2018/12/05

一気に話題となった来年の市長選挙。

 ここに来て、市民の関心の一つに「市長選」が急激に台頭してきました。
 もとより、その原因は市民の「現状」に対するフラストレーションにあります。
 「行政」に対する市民の欲求不満は本来、容易に表に出ることなく、人々の「つぶやき」の中に留まってしまいます。
 処が今朝の静岡新聞の朝刊の1面に「清水区、くすぶる市政不満」のタイトルで田辺市政の欠陥を指摘、他方、対抗馬として噂される「副知事・難波喬司」の出馬模様を敢えて否定的に掲載しております。
 その中で、反田辺の急先鋒として「清水農協」を取り上げていますが、これは静岡新聞社の「田辺擁護」の論法として、突出した「清水農協」を取り上げ、目くらましの手法と考えます。
 「小見出し」には「田辺氏危うい一枚岩」ともありますが、難波氏と云わず、誰が「噂」されることを喜びますか、清水区民はもとより、多くの静岡市民は新しい時代の台頭に期待しております。

2018/12/04

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