静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2018年10月

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長野県・井戸尻考古館見学を企画中です。

 「井戸尻遺跡」をご承知の方は少ないでしょう。日本国内には数多くの遺跡がありますが、門外漢には関心の無い世界か、この遺跡も長野県外の方には殆ど知られておりません。
 本市の「登呂遺跡」ですら、嘗ては社会科の教科書の冒頭に「日本の曙」と取り上げられていましたが、その後の研究、発見などにより、訪れる人々も激減しております。
 そんな中、敢えて隣県の「井戸尻考古館」を訪ねる企画が仲間内で誕生した裏には、井戸尻遺跡が凡そ5000年前の縄文遺跡であり、更に井川にある割田原遺跡はじめ川根方面の遺跡と交流があったと考えられるからであり、遅まきながら当時の「文化」を、見たい知りたいと思ったからです。
 井川にある「割田原」遺跡はその昔、発電所建設の為にその一部は水没しましたが、未だ多くの「縄文文化」が発見されております。
 例えば、当時、動物を射る弓の矢の先には今でも地域に群生している「猛毒のトリカブト」が使われていました。
「トリカブト」は今でも安倍奥には群生しておりますが、そのトリカブトはアイヌ語では「スルガ、またはスルグ」と発音され、ここに「スルガ」の語源になったと私は考えます。
 こんなこと、書き出したら切りがありませんので、「アイヌ語」については異常、失礼します。

2018/10/16

初めての経験、パソコンの故障ではなく、私の技能の未熟から。

 久しく「コラム」を休んでいましたが、たった今修繕が終わり、即刻書き出した処です。
 休みの原因はパソコンの故障にはあらずして、偏に私の未熟なる技能がもとに、生まれた悲しき故障、しかも自力では修理不能ゆえの出来事でした。ために生まれた小休止でした。
 たった今、息子が「ああやれ、こうやれ!」の手荒い指導で時間はかかりましたが漸く、元に戻りました。
 さて、昨日は親しい知人の」「R&O」の20周年事業がグランシップで盛大に開かれ、記念の「出し物」も魅力的でしたので、家内共々出かけて参りました。
 記念セミナーは3部に分かれ、「リハビリ専門医からのメッセージ」そして「イルカ」さんのライブ、最後は「林家木久扇」師匠の落語でした。
 一言で評すれば「最高傑作」の催しでした。殊に驚いたのは「笑点」の木久扇師匠、実物を初めて見ましたが、久方振りの「話芸」をご披露頂き、聴衆は只々笑いの連続、大満足のひと時でした。
 僅か20年前、国1沿いに誕生したあの施設が、その後ひたすら突っ走って今日の「静岡リウマチ整形外科リハビリ病院」に成長したのでした。今後益々の飛躍とご繁栄をお祈りお致します。

2018/10/15

女性社長比率6%と低水準。

 今朝の静岡新聞に「企業のトップ」が女性の比率は、、静岡県は何と全国で43位であると掲載されています。
 民間調査会社の「帝国データバンク」の調査によりますが、恐らくこの記事を見た殆どの方も、「なるほど」と同感したことでしょう。同時にその数値は本県の県民性を如実に表していると誰もが思ったところでしょう。
 やる気のない「マーマー」主義、「煮えたら食わず」の他人任せ、自己主張をしないことを誇る性格など、将に「天下泰平」を骨の髄から沁み込ませてしまった静岡人には「太平の世」にこそ、その存在が発揮される特色を持つ県民性であります。
 自らが積極的に挑戦することなく、「台風」の過ぎ去るのをじっと待つ「我慢の姿」は決して褒められる姿ではないのですが・・・。

2018/10/11

李明博元韓国大統領に懲役15年の判決。

 李大統領の末期、よせばいいのに、独り日本海に浮かぶ島「竹島」に飛び移り、子供のように領土権を主張した見苦しい姿は、今なお鮮明に私の脳裡に残っています。
 殊に小さな漁船から突き出た岩礁に飛び移り、子供のようにはしゃいでいた姿は限りない反日意識を思わずにいられませんでした。
 その見っともない姿から僅か5年、この度ソウル中央地裁は李明博氏に「懲役15年」の判決を言い渡したのでした。
 それにしても、何故、韓国の歴代の大統領の多くが、時に殺され、或いは自殺、更には今度のように裁判で重罪に処せられのでしょうか?
 政治に携わる一人として甚だ残念なことです。

2018/10/10

「藤村」詩集と私

 聊か気障なタイトルですが、一筆啓上。
 過日の文化祭の中での「私のスピーチ」をお聞きになった方には、その中に「島崎藤村の若菜集」の冒頭の言葉は、何と‟センチメンタル”なと驚かれた事でしょう。
 その際に申し上げましたが、正直言って「藤村詩集」は「高校時代の私のお友達」でした。
 勿論、私自身は「文学青年」とは程遠い処に生きておりましたが、何故か「藤村の詩」には愛着を覚え、爾来、脳裡にそのいくつかが暗記され、口ずさんでいた処でした。
 その若菜集の冒頭のことば「遂に新しき詩歌の時は至れり。そは美しき曙の如くなりき・・・」
 恰も清水港に新たな光明、即ち「ゲンティン香港」の本格参入に思えたのであります。
 これまで、殆ど行政の手立てがなかった「日本平」に新たな光が舞い込んできました。
 家康が根城としたこの駿府は確実に「日本を代表するアミューズメント都市」に、その姿を変えているでしょう。

2018/10/09

今日は「体育の日」で祝日ですが・・・。

 たった今、朝の散歩としゃれて近所を散策、隣町の同級生の家の前で、国旗の翻るを見た時、私は「ハッ」と気付いて、即刻、携帯電話で家内に確かめ、国旗を出すように一言、その後の散歩の中で、民家の掲揚は残念ながら1軒だけ、それと老人施設の玄関には左右に1本づつ出されておりましたが、賑やかなのは北街道、恐らく鷹匠と駿府町商店街の決まった仕事でしょうか、およそ500㍍の間が「日の丸」のオンパレード、いつもながら嬉しく思います。
 一般の皆様に強要はできませんが、例えば「町内会長」のお宅にはお年寄りに「祝日」であることを知らせる手段として、また国旗をご自宅に掲げていただけないでしょうか。
 聊(いささ)かでも日本人であることを共に意識する日、それが「国旗掲揚」の祝日としたいと考えております。

2018/10/08

今日の〝産経抄”から一言。

 本日の産経新聞のコラム(産経抄)には問答無用の意見が掲載されていました。
 韓国は近く行われる国際観艦式に際し、我が国に「旭日旗の掲揚」の自粛を求めてきました。
 ご案内のように、殆どの国の「海軍」は民間船と区別するために常時、「軍艦旗」を掲げています。それにも拘らず、国際観艦式で「旭日旗」の使用を拒否する韓国政府は一体何を考え、顔を何処に向けているでしょうか。或いは中国や朝鮮への慮(おもんばか)っての「恰好づけ」の言葉でしょうか。
 4日の記者会見で康京和外相が「韓国国民の感情や歴史的経験について、日本側も十分に考慮しないといけない」と記者会見で訴えていたという。将に中国への媚以外考えられません。
 処で、先の大戦でも我が国は韓国とは戦争をしていないことはご案内のところです。
 恐らく韓国政府の腹の中は「中国が批判するからここでは同調しなくては・・・」の‟いじめられっ子”の常套手段なのかもしれません。
 政治経済共に独り立ちできない韓国政府に、些かのご同情申し上げる次第です。

2018/10/06

お陰様で昨晩、無事「文化祭」が終了しました。

 何時の時からか、「天野進吾と創る文化祭」も年度の恒例行事になりました。
 昨晩も、怪しき天候ではありましたが、幸い降雨はなく、天気予報は外れました。
 その舞台の中で私が声高に訴えたことは、近い将来、清水港への「豪華客船」乗り入れと、それに伴う日本平開発について、積極的行政の姿勢を訴えた処でした。
 何といっても余命幾ばくもない私であれば素直に提案します。過日、国会を通過した「IR構想」に対し、強力に勇気をもって実行する以外、この町の未来はないでしょう。
 「ゲンティン香港」という「剛腕のの協力者」を戴いた本市にとっては最後の飛躍するチャンスと理解して、チャレンジしてほしい。行政側はもとより市民もまた・・。

2018/10/05

まさかの停電、県内で71万戸、最短でも4日という。

 恰も9月議会の真っ只中、県下の台風の被害は雑談の中で明らかにされております。殊に県西部・浜松方面での「停電」被害は大変なもの、ご苦労が忍ばれます。
 県内では71万戸が停電、全面復旧には最短でも4日かかるという。聞けば台風の速度が速く、しかも本県はその東側に位置していた為に被害は甚大、「停電」が広範囲に及んだとのことでした。
 我が家も「登呂遺跡時代の建設」と見間違うほどの遥か昔の建築ですから、その日はまことに心配で寝てもいられませんでした。
 台風一過とホッとすれば、既に沖縄方面を巻き込んだ「台風25号」が近づいて来ております。ご案内のように、明日(4日)は恒例の「天野進吾と創る文化祭」でありますので、天気が一番気がかりです。
 お時間がありましたら、静岡市民文化会館に足を運んでいただければ有難い、遅くなってのコマーシャルで恐縮です、ただ会費は5000円と安くはありませんが・・・。

2018/10/03

本庶佑先生の「ノーベル賞」受賞をお祝い申し上げます。

 昨晩のテレビニュース「本庶佑」氏のノーベル賞の授与決定に正直、驚ろかされました。
 本庶教授は川勝知事が信頼する学者のおひとり、6年前、たっての知事の要請で静岡県公立大学法人の理事長に就任、これまでも知事との会話の中で屡々「本庶教授」のお名前は聞いてきたところでした。その「本庶」教授が「ノーベル賞」の授賞とは川勝知事はもとより、本県としても大いなる喜びです。
 昨日来のテレビ出演にもその素晴らしい人間味が映し出されておりました。
 私とは3日違い(昭和17年1月27日生まれ)の兄さんですが、昨日のテレビの中で、「今の楽しみはゴルフで『エージシュウタ―』をやりたい」と意気込む所、将に"ヤングマン”、益々のご活躍に期待致します。

2018/10/02

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