静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2018年01月

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「ポトマック川」の桜はこの静岡から。

 驚きました。数年前にワシントンDCを訪ねた時、ポトマック川の袂(たもと)の桜並木を見学しましたが、この度、アメリカの知人から送られた「ポトマックの桜物語」を読むまで、袂に植えられていた桜が、本市の興津園芸試験場で手塩に掛けて育てたものと初めて知りました。
 実はそれ以前にニューヨークのハドソン河畔に桜並木を造ろうとタカ・ジアスターゼを発見した高峰譲吉らが努力した記録はあるものの、結局実行はされませんでした。
 その後、“ポトマック川畔に桜を”の運動が起こり、全国から吉野桜600本など総数2000本が太平洋を渡ったのでした。
 明治42年、ワシントンに到着した桜の苗木は即刻、検疫検査したところ、その殆どにカイガラムシなどの病原菌が付着していることがわかり、病気の蔓延を恐れた米農務省は全ての桜を焼却処分したのでした。
 しかし、「ポトマック川の桜」構想は日本の名誉にかけても実現したいとの明治政府の意向の下に再び計画されていったのでした。
 その計画の中で苗木を栽培する適地として選ばれたのが「興津園芸試験場」でした。
 こうして、明治45年、6040本の苗木がワシントンDCに到着、ポトマック河畔やホワイトハウスや連邦議事堂に植栽されたのでした。
 正直言って、興津の園芸試験場が「ワシントンの桜」実現に関わっているとは知りませんでした。

2018/01/06

「送り出し」で」貴乃花の負け。

 そもそも、貴乃花関には「闘争精神と能力」」に欠けていました。
 恐らく多くの日本人は「おぼちゃま」育ちの貴乃花にがっかりしたところでしょう。今朝の新聞にも「権力争い」の様相と貴乃花ファンに「火」を点けていますが、明らかに異なる「非」はこのおぼちゃまにあります。
 今回の事件は角界にとって大きなアクシデントにも拘らず、ただ「ポツネン」とメインの理事席に座って一言も語らず、結局、協会執行部から「石を持て、追われるごとく」追い出されたのでした。
 新聞ではお世辞に「角界混迷」と掲載、迎える2月の理事候補の選挙を問題視しているが、恐らく貴乃花は「でっかい墓穴」を掘ることになるだけ、第一、迎える理事候補選挙に悪あがきをすれば貴乃花に味方する同志に大きな禍根を残すことになるでしょう。
 潔く能力がない以上、相撲界の片隅で糊口の道を考えた方がいいでしょう。
 とはいえ、一方の「白鵬」に対する協会の姿勢には愕然としました。

2018/01/05

えー、本当。「米朝、北京で極秘協議?」

 年末になって「北朝鮮のミサイル」が休息していたと思っていた処、今朝の新聞の一面に「米朝、北京で極秘協議」と大見出しされていました。
 「核ボタンは私の机上に」の言葉は年末に聞いていたが、今朝の新聞ではトランプ大統領がこの金正恩委員長の言葉に対抗して「俺の方がでかい、それに俺のボタンはちゃんと作動する」とツイッターに書き込んでるという。
 この温かみのあるジャブの応酬は「米朝協議」の出発点になると私は期待します。
 どうも、昨今中国、韓国などの動きに理解しがたい処がありましたが、水面下では「氷解」の動きがあったのでしょう。歓迎、歓迎・・・。
 勿論、これからの課題の大きなこと想像を超えるものでしょうが、今日は今日の第一歩でしょう。

2018/01/04

瞬く間に「3ヶ日」が過ぎようとしております。

 皆様には如何この三ヶ日をお過ごしでしょう。何もせず瞬く間の時間の経過でした。
 私にとって最も遠距離の訪問地は町内にある「先宮神社」で、殆どの時間が年始の対応とテレビの番人が仕事でした。註、テレビ番組の中では「解体新書」が素晴らしかった。
 実は先程、散歩の途中で、これから三島大社に出掛けるという知人が、過日お貸しした実録「ポトマックの桜物語」という冊子を自宅の「ポスト」に返却してきたという。
 実は彼が年末のご挨拶と云って、30日に事務所に寄った時が、読み終わったばかりで面白かったことから、お貸ししたのでした。
 「大変、貴重な内容、ポトマック川沿いの桜の歴史を知り、大変良かった」の感想と共に彼は一路、三島に・・・。
 この冊子から私は多くの歴史的事実と本県の関わりを知るとともに、今一度、静岡市として「ワシントンの桜と本市の関わりをクローズアップすべき貴重な歴史的事実」を知ったのでした。
 詳細については、明日以降のこのコラムの中にご披露いたします。ご期待ください。

2018/01/03

さて、愈々今年は、私にとって集大成の一年となるでしょう。

 統一地方選は来年の4月、清水市との合併を契機に市議会は2年ずれ、結果、来年は県議会選挙と市長選挙が実施されます。
 勿論、注目は田辺市長の3選問題ですが、既にこの街の「政界雀」は巷(ちまた)の梢で賑やかに騒いでいます。
 静清地区の「政界雀」の口の端は、既に水を得た魚のように活発に動いているようです。
 そんな政界話に、きっと私達老齢議員も人々の口の葉の中に加えられている考えます。勿論、老練者は泰然自若して時の流れを見ております。
 「この秋は雨か嵐かしらねども今日の仕事は草を取るかな」が只今の心境です。
 本年もよろしく。

2018/01/02

遂に新しき「年」は来たりぬ。そは美しき曙のごとくなりき。

 島崎藤村の「若菜集」の冒頭のことばで、この一年の私のコラムを表現させて頂きましたが、若者たちの「新年」と我々のような明日をも確信できない年配者とでは「正月」の感性に大いなる隔たりがあるでしょう。
 それ故に、私と同類項にあるお仲間、そう貴方のこの1年の活躍を期待します。

 今、時計は8時半、今日も温かな太陽がわが事務所に満杯の光を浴びせています。
 そんな時、不図、「元旦」の文字にひっかりました。
 「旦」は中国の演劇の中で女性に扮する役者を云いますが、日本語では「元旦」にしか殆どお目に掛ることはありません。
 実は典型的「象形文字」の一つです。
 日の下にある――は地平線を現し、太陽が昇ったことを現しております。ですから「元旦」とは日の出直後の時間を表し、元日は1月1日を表しております。

2018/01/01

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