静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2017年04月

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「森友学園」問題は終焉したのか。

終息に近ずくにつれ、籠池氏の人間性に呆れ、今朝の新聞2紙(静岡・産経)には、関わる記事は全く掲載されておりません。
 先ずこの事件も大山鳴動して鼠一匹も出ずのままに終息することでしょう。
 森本学園劇の中で、鬼の首を取った態度で「安倍内閣崩壊」を目論んだ野党連合の方々、その中でも、特に戴けなかった「辻本清美」氏の品のない態度には全国の人々はガッカリしたことでしょう。
 結局、末端行政との小さな繫がりを「元手」に、天下の「図々しさ」を駆使して政界に侵入、「棚から牡丹餅」を手にする処で籠池理事長は現実に目覚めたのでした。
 「金銀サンゴ綾錦」を目の前にして、一気に老人となった浦島太郎の物語でした。

2017/04/04

「アデイーレ法律事務所」の欺瞞

テレビで「アデイーレ法律事務所」のいやらしいコマーシャルを聞くたびに、日本も遂に「こんなになちゃた」のかと溜息をしたものでした。
 今朝の新聞でこの代表・石丸幸人弁護士はじめ所属弁護士が「懲戒審査」に相当すると東京弁護士会で決まったという。徹底的にやってほしいと思います。
 半世紀も昔の事だが、昭和43年、私は独りでアメリカ1周旅行をしたことがありましたが、その際、ロスのジェトロ(日本貿易振興会)に立ち寄った折、駐在員から「万一、あなたの横にいたおばーさんが突然倒れても手を貸してはいけません」と懇切に教えて頂いた。
 そのおばーさん、「あなたが倒した、腰がおかしい、救急車を」と叫ぶでしょう。なにもなくても「裁判」を起こされては早くても10日は貴方はこの街に留め置かれる、とすれば宿泊費はいくらかかるか、そこで旅行者は婆さんに数泊分のホテル代で片を付ける手段を選ばざるを得なくなる。これからの社会は「親切心」はご法度なのでしょうか。
 愈々、日本も悪徳弁護士が「交通事故」の救急車の後を付けて営業する時代になりつつありますね。嫌な世の中・・・。

2017/04/03

今頃になって「元号表記」する「しんぶん赤旗」

思えば「しんぶん赤旗」に久しくお目に掛かりませんでした。確か「赤旗日曜版」は何時の時までか無料でポストに入っていたと思いますが、昨今、見た事もありません。
 その「しんぶん赤旗」の元号表記が復活したと新聞にありました。
 1989年1月7日付を最後に元号表記を辞めたと今朝の新聞に掲載されております。
 そこで思い出しました。
 翌日の1月8日は当然市役所は臨時休日と誰もが思うとこ処でしょうが、時に「市長」だった私は市役所に出向き、「昭和」を「平成」に書類の執行日を変更するなど忙しい様子を垣間見てきました。
 あの日を契機に、赤旗は全て数字による年度表示にしたのですね。ご苦労様でした。

2017/04/02

4月1日は父親の誕生日でした。

大正3年4月1日生まれの父親は昔の小笠郡原田村平島に誕生、小学校を卒業する否や、上り列車で静岡へ、駅からほど近い理容所に就職、丁稚小僧として修行の末に、何とか自分の店を持ったのも束の間、静岡大空襲によって塵灰に帰し、その後も、赤貧の中「5人」の子沢山を抱え、苦労のありったけを背負って、子供達中心の生涯を送りました。
 少なくとも私より遥かに真面目に、一所懸命に自分の人生を送った人間と、今でも尊敬し誇りに思っております。
 書きながら思い出しました。その昔、市内新通り小学校で「敬老会」が行われた折、会の始まる前に「00さん前に来てください」と司会者が、それから暫くして開会、当然の事、会は「市長挨拶」に始まるのだが、その前にと云って司会者が先程呼び出した「00さん」を舞台に上げて、司会者は「ここに登壇した「00」さんは、市長が赤ちゃんの時、おっぱいをあげました。」と突然の紹介に私も驚くと共に、話しには聞いていた極貧時代を想像しながらの回想スピーチをしたことがありました。双子に与える程の「お乳」はなかった時代でした。

2017/04/01

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