静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2016年04月

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民進党はどうなるの?

「野党勢力の結集で政権を担う」政党を作ると吹いて合流した民進党は、関係者の期待とは逆に低迷、世論調査ではその支持率・4・2%と掲載されています。
 その数字は合併する以前の民主党1党にも及ばず、ただただ「低迷」の言葉しか思いつきません。そんなところに「共産党」が頭を擡(もた)げるのです。
 自民党員の私ですら一党独裁と呼ばれる政治体制を「是」とは思ってはいません。
 最大の間違いは「憲法」の言葉を聞けば、本能的に「改憲反対」を叫ぶ哀しき体質にあると考えます。即ち日本の「安全保障」についても「中国や北朝鮮」などの無頼な動きに対して、党としての意見も出せない幼児体質がそこにあるからです。
 

2016/04/30

衰微する「おおさか維新の会」の明日。

静岡1区にも関わる「対象者」はおられますが、「おおさか維新の会」は橋下徹代表が退き、残された「能なき集団」には党運営もままならず、その前途は極めて暗雲の立ち込める処と云えるでしょう。
 更には「おおさか」という固有名詞が邪魔立て、例えば先の京都3区の補選には大敗、更には足立康史代議士の「暴言」が生まれた様に、「おおさか維新の会」の「衰退」は歴然であります。
 その「おおさか維新の会」の党運営の未熟さを暴露した一件こそ、その典型でした。
 過去にも何かと問題を起こした山田太郎参院議員が今月25日に入党、翌26日には参議院埼玉選挙区の公認候補に決まったものの、それから僅か3日後の28日には「除名処分」となったという。まこと、決断力ある「維新の会の執行部」と驚いたところです。
 この事からも、「おおさか維新の会」は遅かれ、早かれ自滅する運命にあると断ぜざるを得ません。

2016/04/29

「五輪エンブレム」の決定にそよぐ風。

率直に云って、この度選ばれた「五輪エンブレム」は殆どの日本人に好感をもって受け入れられたと考えます。私も選ばれて初めてその作品の良さに気付きました。
 処で小さな記事ですが、横浜市の林文子市長の言葉が問題化しそうになりました。
 庁議の中で、市長は決定した「エンブレム」について「ダサい」と発言、これを26日の定例記者会見の席で、「否定するつもりはなかった」と釈明したと新聞は伝えておりました。
 叩かれた後に市長は「江戸時代の粋を感じさせるデザイン」と弁明したとのことでした。
 処で、庁議の席上で、ふと漏らした言葉が新聞報道されること事の方が問題ではないでしょうか。「庁議」とは副市長をはじめ市の幹部だけでの秘密会に準ずるもの、その会議内容ばかりか、市長の思いの一端がが、早々と報道機関に漏れること自体が、大きな問題と私は思います。

2016/04/28

オバマ大統領の広島訪問に「日中韓の識者?」の弁。

来月、オバマ大統領が広島を訪問するという、これに対し日中韓の代表が「ニア財団」の招きでソウルで会談、この席で「大統領の広島訪問は、戦争を起こした国である日本を被害者扱いし、日本の侵略の歴史に免罪符を与えかねない」と懸念、と朝鮮日報に掲載されている。 
 処で、韓国・中国の勝手な言い分は今更、どうこう云わないがこの会議に日本側で出席した人物が例の若宮啓文(前朝日新聞主筆)氏とのこと、誠に持って反日と云えば「金太郎あめ」と同様、何時もの顔でした。
 処で、本当に「オバマ大統領」の広島訪問を「戦争を起こした日本を被害者扱いし、過去の侵略の歴史に免罪符を与えかねない」と捉える人間がどれほどいるだろう。
 更に若宮氏は「日本の首相が南京に、天皇が韓国に訪問する状況であれば、より望ましい」と「逃げ」の言葉も綴っています。
 危険なのは、中国の「軍備増強」であり「南シナ海などの横暴な行為」を世界の目から覆い隠すための試み、この三国会談もその一つですが、これに騙されてはいけません。

2016/04/27

「32億年前」に超巨大隕石が地球に

本日は、特段の面白い材料もない処から、過日、ヤフーからコピーした「巨大隕石」について私の思いを記載しておきます。
 宇宙が生まれて138億年、地球が誕生して46億年と云われております。
 これまで私達は「恐竜」が消滅した原因は巨大隕石の落下によるものと聞いておりました。
 「46億年」を1年間のカレンダーとして計算すると、隕石の落下による恐竜の壊滅は6500年前、即ち暦の「12月24日」頃と云われてきました。
 処が、この度発表された「超巨大隕石説」は32億6000年前の出来事というのですから、地球が誕生して間もない出来事だったようです。
 それにしても、スタンフォード大学の研究チーム、よくぞ調べたものだと唯々感心するばかりです。序に掲載しておきますと、衝突した隕石のスピードは時速67000㌔と、南アフリカの複数の割れ目から計算されたと云います。
 本当に「えらい」人がいるのですね。

2016/04/26

久し振りにテレビで見たゴルフ中継。

日曜の午後、独り、家の中でなすべきこともなく、テレビを付ければ「フジサンケイレディス」が放映中、そこでのんびり観戦と決め込んだ。
 何時もの様に韓国のアン・ソンジュ選手の巧みな捌きに、正直、フラストレーションを抱いていて処、何と最終18番ホールで驚きの逆転劇、勿論、アンのツーオンの位置はカップから大分離れていたが、まさかの3パットで逆転優勝が38歳の大山志保選手に転げ込んだのでした。
 本県に関わりある渡辺彩香はあと一歩及ばず、4位に、そして私が日頃応援している表(おもて)選手は最終日74、結果、平凡な成績で終わってしまいました。前日までベストテンで頑張っていたのですから、勿体なかった。

2016/04/25

講演で久し振りに「日本の祭り」を提言

昨日は「知人の会社」で頼まれ、講演してきました。通常、私が頼まれて話す中身は「郷土史」が圧倒的ですが、昨日は、昔から描いてきた人の集まる「イベント」を紹介しました。
 今、静岡市の最大イベントは秋の「大道芸ワールド」といわれ、今年は四半世紀の記念すべき時を迎えます。恐らく、これからも国内において「ワールドカップ」の名称を持ってのこの種の大会は開催されることはないでしょう。
 そこで、元気のない静岡に「更に人の集まるイベント」として「The日本の祭り」を提言してきたところです。
 ご案内のように、静岡市は本州のど真ん中、そこで「夏休みの最終3日間」を「フェスタニッポン」との名称で、国内の著名な祭りを毎年、誘致しては如何でしょう。
 例えば、今年は徳島の「阿波踊り」、1000人の踊り手を静岡に招聘、御幸通りから呉服町、七間町通りなど、日を置いて、清水銀座から港に「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ」と繰りひろげるのです。
 翌年は秋田から「竿灯」が、次の年には「長崎のおくんち」など、10年間の予定表をもってこれを実行するなら、近県の市民は遠い青森の「ねぶた」をみる機会はないだろうと、必ずこの街に集まって来ると確信します。
 本州のど真ん中だからこそ、この「仕掛け」ができるのです。如何でしょう、一緒に試みては・・・。

2016/04/24

「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」―反戦報道

報道の「中立性」を折に触れ指摘しておきながら、この度の大震災におけるテレビや新聞の報道の中には、明らかに記者個人の「反与党」意識が剥き出した実況中継がありました。
 その代表的言葉が「オスプレイ」の活動に対して、「政治利用だ、パホーマンスだ」と非難する言葉や記事が掲載されていた。
 殊に「共同通信」の配信は近年になって愈々、露骨というべきであります。
 その一方、そんな「赤旗」まがりの配信を、「地方紙」はただ紙面に割り振り、ために嘗ての地方紙の人間的色調は抹消され、その結果、購読者の漸減は明らかに減り、最近も私の知人で「静岡新聞の購読を辞めた」という言葉を耳にしたところです。
 勿論、人件費の節約でしょうが、それでは「静岡新聞の個性」が見えてこないのです。
 ところで、この度の「熊本を襲った震災」に他県の警察、消防団をはじめ、それぞれが実に真剣に立ち向ってくれる姿に拍手を贈りましたが、その一方で自衛隊が、機動力ある機種として選んだ「オスプレイ」を「政治利用」と非難するテレビ報道に愕然としました。

2016/04/23

消費税の「引き上げ」に思う。

 昨年、このコラムで「消費税2%」の課税について「その時にあらず」と私の気持ちを掲載しましたが、その後の我が国の経済環境からも「引き上げ」に内閣自身がもしり込みし始めと考えておりました。
 そんな下でのこの度の「熊本震災」は確実に「増税する時ではない」の雰囲気が一気に醸成される中、何と自民党の稲田朋美政調会長は「決めたからには1%でも」と段階的増税案を選択肢として提案したという。
 この言葉に私は「まさに政治センス、ゼロ」と愕然とした次第です。消費税を動かすことによって、伴う商業者の面倒、そして消費者の増税感覚の無視、それは明らかに政府関係者の望むところではないと私は考えます。

2016/04/22

明日はシェックスピアの死後400年。

ご案内のように、1616年4月17日が徳川家康の逝去した日、そしてイギリスの劇作家・シェクスピアは明日が400年の命日、更に「ドン・キホーテ」を生んだスペインのセルバンテスはその翌日(22日)にこの世を去っております。
 イギリスでは今年、盛大に「シェクスピア」逝去400年の記念行事を展開するとのことです。またセルバンテスが描いた「ドン・キホーテ」の時代を彷彿させる現在のスペインであれば、こちらも国を挙げての「お祭り」になる事でしょう。
 ところで、本県では「家康薨去400年祭」は昨年実行され、全ての記念行事は終了してしまいましたが、些か納得でないところです。
 やはり、今年が家康の逝去400年の年と考えますが、如何でしょう。
 

2016/04/21

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