静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2016年03月

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5回目の「3・11」が来ました。

 恐らく、殆どの日本人にはその揺れが途轍もない地震である事はその後のニュース番組を見ない前にお感じになられたと思います。
 県議会議員選挙のひと月前、家内と近くの郵便局に出かけたその時、突然局舎が揺れ始めた。天井から吊下げられた広報版から「小さくない」と感じた私は即刻、店舗外に出れば、電線が激しく揺れている、それは初めての経験でもありました。同時に揺れの時間の長さから相当、遠方での発生と思いつつ、事務所の戻れば、何故か再び、大きな揺れ・・・。
 あれから5年、本県も莫大な費用をもって万一に備えております。思えば凡そ50年前、明日起きても不思議でない「駿河湾地震」に脅かされて、県費だけでも2兆円余の地震対策費を使い、学校や橋梁などの耐震化を率先してきましたが、幸い不発に終わり、今は新たな三連動地震対策に追われています。
 処で、本当に津波は来るのでしょうか? 「登呂遺跡」から発見された木製品、例えば農業用下駄や丸太船など、弩でかい津波があったなら、遺跡の発見は無かったと考えます。
 そう、駿河湾は津波の起きにくい地形であると私は考えます。

2016/03/11

小さな発見、「江川町」の歴史

御幸通りと北街道の交差点には四方に「江川町」との表示版が信号機に取り付けられています。処が「江川町」は昔から存在しないのである。実は「昔から」などという他愛ない言葉で表せないほど昔からでした。
 静岡の歴史に関心を持つ私としては、市のど真ん中にあるはずの「江川町」は子供の頃から「江川町の交差点」として市民に親しめられていました。そして、同時にそんな街のないことも誰もが知っていました。反射炉で有名な「江川太郎左衛門」こと「江川担庵」の「駿府」の御屋敷があったからその名がついたと思われていました。
 それ故、私はどこに「江川邸」があったのか、折々に調べていましたが、見つからじまいで今日に至ったのでした。
 昨日、息子が「韮山高校とその周辺」とのタイトルで同窓生の桜井祥行氏の文章をインターネットで見つけ、それを県庁に持参し、同室の多家一彦議員に話した処、遠藤行洋議員ならご存知だろうとのアドバイスで、委員会終了後、遠藤氏にコピーを見せた処、桜井氏とは同級生であるという。更に現在、稲取高校の校長とのことですから、この文章が書き上げた頃には来校されているだろうから電話でお礼申し上げるつもりです。
 漸く、「江川町」の命名が判りました。詳細は後日に。

2016/03/10

ふるさと納税の曲がり角。

県内では何といっても焼津市が「貪欲」で見上げたものです。現在既に20億円以上を稼ぎだしております。表現は戴けませんが本当に「よくやるよ」の思いです。(拍手)
 私達が納めている県・市民税の2割程度を、任意の自治体へ移動させることによって、その町からお礼の品物として「特産品」や「名物」商品が送られてくる、という奇抜な制度が「ふるさと納税」制度です。
 処が私の視点からすれば、些か「制度の精神」とはかけ離れ過ぎた「ふるさと納税」制度になりつつあると思います。見かたを変えれば「払わなければならない税金で、各地の名産品を手にすることが出来る」制度と納税者に写ったのでしょう、トップの「都城市」では35億円の寄付があり、お返しとして名産品の「肉と焼酎」が飛ぶように全国の納税者に贈られているのです。
 しかし、些か変な「制度」ではありませんか、制度の誕生時は「面白い」システムと思いましたが、そろそろ廃止、または制度の変更を考えてみては如何でしょう。

2016/03/09

何故だろう?、高濃度の被爆地帯に動物が。

以前から理解できないニュースの一つに、高濃度の放射能被ばくと思われる地域に、また人間の立ち入り禁止地域に、イノシシを初めとする各種の動物が生息、我が物顔に周辺をうろつく姿がテレビで放映しております。 
 以前、このコラムで福島原発の心臓部をうろつくキツネがカメラに捉えられ、多くの人々に「被ばく」の危険性に疑問符を投げつけました。
 一切の人間の立ち入りを阻止しているこうした「危険地帯」の存在が、東北方面の再生を邪魔してきたのですが、この際、本当に、そして何処まで人体に危険なのか、世論におもねることなく調査し直してみては如何でしょう。
 危険極まりない「放射能」、しかし、実はその危険性については人々の感情が高めていったように思えるのです。
 昔、或る医者が黒くなった「手の甲」を見せ乍ら、これは「被ばく」の象徴で、昔は相当いい加減に扱ったもんだ・・・と自慢げに話したことを思い出します。

2016/03/08

昨日をもって「静岡会場」は終了しました。

広報的には充分ではありませんでしたが、見学者の来館は企画した関係者の満足できる数字ではなかったでしょうか。これから浜松・沼津の会場を回り、更に「青い目の人形」を大事にしてくれていた市町を展示して参ります。
 訪れた市民の共通した感慨は「富士山三保子」の美しい面影であり、全体から齎す優しい雰囲気に誰もが驚きのため息を上げた処でした。
 「88年目の里帰り式典」の静岡会場は多くの関係者の温かな思いの中で幕を下ろし、会場を移すところとなりました。

2016/03/07

議会質問も終わってホット一息。

 昨日、一般質問も終わって、久し振りにくつろげる一日を迎えました。
 ただ昨日の私の質問内容は思いのほか、各社のテレビニュースにも取り上げられ、局によっては、市長当時の「パホーマンス」まで映像に流れ、驚いた処です。
 率直に云って、担当する部局の職員には「ホット」胸を撫で下した処でしょう。
 さて、川勝知事の静岡市政に対する姿勢は、将に「連れ子」扱いと、厳しい言葉で川勝知事に迫りましたが、私の質問担当者にはご迷惑ばかりで、担当する職員としては嬉しくなかったことでしょう。
 扨て、今朝の静岡新聞には私の意図をも理解して掲載頂きました。
 何といっても静岡市は「県都」ですし、戻りのきかない「政令市」であれば、これから更に「褌」しめて、田辺市長は静岡市の活性に‟ぶち当たってほしい”と懇願するばかりです。

2016/03/05

本日は私の「一般質問」の日です。

代表質問から6日目、一般質問の最後となりますが、今回はストレートに川勝知事に、数項目ありますが、特に最近の県と静岡市のゴタゴタについて、物申す予定です。
 殊に「御幸通り」に対する川勝知事の執拗とも思える意見と要求には、静岡市民として、これ以上看過できないとの認識で、ストレートに取り上げ、川勝知事に自身の思いを、物申して参ります。
 「碩学」という言葉があります。川勝知事の頭脳は将に「碩学」の漢字がぴったりです。しかし、必ずしも豊富な知識があれば、「正鵠」と言われるの判断が生まれるものとは限りません。寧ろ、些か私達常人とは異なる考えに終始する「きらい」が屡々見えてきます。
 そんな事を脳裡に据えて、質して参ります。

2016/03/04

これが新聞の見出しでしょうか。

今朝の静岡新聞の3面を開いて、驚いた。
 「浜岡再稼働 争点ならず?」のタイトルに続いて、御前崎市長選挙に絡んでの記事です。 出馬表明2氏「原発必要」、更に「明確な根拠求める声」とあります。これでは明らかに新聞による「世論操作」ではないでしょうか。
 更に、紙面の中身はただ反原発の主張一点張りで、読者に「考える材料」を提供したとは、所詮思えないのです。
 一体、何時から静岡新聞は「共同通信」に新聞の魂「公器」まで売ってしまったのでしょう。
 甚だ残念です。

2016/03/03

認知症事故訴訟に賠償の責なし。

当然と云えば当然の結果だが、認知症の患者が家族の目を逃れて徘徊し、挙句は電車にはねられて死亡した。そんな裁判が昨日、最高裁で2審の名古屋高裁の判決から一転し、無罪となったのでした。
 実は私もこれが「有罪」となったなら、「JR」の情け容赦のない姿勢に怒りを覚える処でした。思えば、戦後の「物資のままならない時代」、「安全対策も整っていない時代」に何と多くの人々が事故に巻き込まれたか。
 しかし、殆どの国民は国鉄の、私鉄の「事故防止策」を弾劾する事はありませんでした。そう「泣き寝入り」したのでした。
 そんな過去を考えれば、「最高裁」まで「手を煩わした」この裁判に疑問を抱いてきましたが、昨日の最高裁判決によって払拭できません。
 以上、「よかった、よかった」の私の思いを綴りました。

2016/03/02

「高市発言」のその後。

詰まらない高市発言から「騒ぎ」となっている放送法4条の「停波」問題に、ジャーナリストを自認する連中が「私達、怒ってます」のプラカードを掲げて自民党を非難しています。
 確かに放送法4条には、テレビ局に「停波」を命ずる項目があり、そしてそのことは健全な社会を維持するに必要な一項目ではあるが、そのことを口にした途端、「放送法や憲法に反する」と叫ぶ極めて小さい「彼ら」です
 怒る前に、「日頃のテレビ画面での独りよがりの言動」についても反省、或は自問自答して頂きたいと存じます。
 我が国は世界に冠たる民主政治を遂行している国家が不都合だからと云って「放送電波」を停止するようなこと、誰が考えるでしょうか。
 そろそろ、「重箱の隅を楊枝でほじくる」ことはやめにしては如何でしょう。
 

2016/03/01

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