静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2016年02月

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「福島第一原発」建屋内にいた「狐」について。

昨年暮れ、東京電力福島第一原子力発電所、2号機の建屋内で、取り付けた監視カメラに一匹のキツネが徘徊する姿が捉えられ、28日の朝6時のNHKテレビで放映されました。
 ところが、その後NHKはもとより、殆どの報道機関からも無視され、全くの音沙汰無しとなって、一月前に私は県の担当者に「調査」を依頼したところ、昨日、次のような回答がありました。
 ――体長1メートル30センチのキツネ(のような動物)が7・8分歩き回ったあと、姿を消したとのことです。この現場には原子炉を取り組む「格納容器」につながる配管があり、毎時1シーベルトから10シーベルトという途轍もない放射線量が流れています。――
 2号機の原子炉建屋は事故後も壊れたままの「扉」や、ケーブルを通すための「隙間」はあるが、どこから来たのか、現在も建屋内にいるのか全く不明との事です。
 以上が当局からの返答ですが、東電として考えられる事として①発電所に入る職員と何かのはずみで同時侵入、②棚などを乗り越えて侵入など、無理すれば考えられるとの事です。
 それにしても、理解できない点、それはどうして超高濃度のこの場所にキツネが生存しているのか不思議でなりません。そして、大きな「ニュース」にならないことも・・・。

2016/02/06

露天風呂の猿から・・・。

今朝の新聞記事から「コラム」の材料に該当する記事にあたらず、不図、昨日の産経新聞に一面に目を転ずれば、「オラが世界は平和」と温泉でこの世の春を謳歌する長野県・地獄谷野猿公苑の写真が掲載されておりました。
 温泉に浸かる猿たちの表情は「天下泰平・・・」そのものでした。
 話変わって、ご存知でしょうか、「猿の北限」はこの日本です。もともと猿は熱帯地方の動物ですが、何故か日本の至る所に住みつき、しかし、北海道にはいません。
 ところで、話は変わりますが、ODA(政府開発援助)-無償資金援助ーの仲間で猿がいる国は日本だけとのことです。
 そう、中国も何ら恥じることなく今なお、ODAの援助を受けているのです。
 こんな国に「ODA」資金を出資せず、真に援助の必要とする国に応援しては如何でしょう。

2016/02/05

何時かこの時、清原逮捕。

本日は特段のコラム材料もなく、仕方なく、三面を賑わす「清原容疑者」をとりあげました。
 多くの野球人にとって、恐らく清原のあのあのふてぶてしい態度に心底、フラストレーションを抱いてきた事でしょう。そして、同時に昨日の逮捕は多くの野球愛好家の共通の思い「いつの日か」との「予感」を裏書きするものでした。
 清原は昔から麻薬の匂いを感じさせる男でした。ですから、「逮捕の報道」があっても、「われ関せず」の野球関係者ばかり、それ故、報道陣の取材にあたって、野球関係者は皆、「只今、留守です」。

2016/02/04

愈々、本性発揮の「アウンサン・スーチン」

ミヤンマーの救世主と仰がれて登場したスーチンさん、国法によって外国に戸籍を持つ肉親がある場合には、即大統領にはなれないという極めて珍しい法律によって、政権は掌握したものの、大統領にはなれない。
 考えてみれば、これまでミヤンマーはクウデターによる軍事政権であったが、意外に平穏な政治が続けて来られました。そしてスーチン政権も混乱なき選挙によって政権の移譲が行われ今に至りました。
 処が、ここに至って彼女が考えた「方策」は「大統領以上の役職」に就任する暴挙を脳裏に描いているようです。
 何を、どのように変えていこうとするのか判りませんが、只、明らかに独裁体制をもって、未開発国家の礎に成ろうとしている、果たしてそんな恐ろしい構想がミヤンマー―の国民に支持されるだろうか、少なくても、英国より凱旋を果たした当時の人間味ある笑顔は今はない。
 そうした意味で私にはアウンサン・スーチンさんのこれからの政治に大きな不安を抱きます。

2016/02/03

甘利経済再生担当相の辞任に思う。

今、民主党はじめ野党各党は、恰も鬼の首を取った勢いで、安倍政権打倒の材料として大騒ぎしています。
 殊に先週、私が入院中のテレビニュースでは「詳細に調べて報告します」という甘利大臣の言動に一顧だにせず、「ベッキー」の記事と並んで、建設業者の一方的言い分を掲載した「週刊文春」を参考に野党各党はこれを攻撃する始末。
 処がここに来て、甘利氏側の具体的説明に動揺し始めたのでした。
 殊にここに来て、UR(都市再生機構)側の「口利き否定」に、野党はこれからどうするのでしょう。
 野党議員の皆さんも、この際、虚心坦懐になって自分を見つめて下さい。後援者の手前、仕方なく便宜を図ったことはありませんか?
 こんなことがありました。30代の未だ清新の時代、社会党の建設”族議員”(全国区)田中某議員は年に一度、浮月に泊まり、市内の大手建設業者に電話、囲碁の相手を探す。勿論、賭け碁、こうして裏政治献金を「選管」のお手を煩わせず、集金しておりました。
 そういう点では今日、「週刊文春」が期待するような時代ではありません。役人側も業者側もこれを拒否すること、当たり前になっております。

2016/02/02

73歳の最後の日となりました。

 「如月」の旧暦は愈々、聞かなくなりました。着物での防寒の必要性もそんな雰囲気を感じさせない生活環境の向上があるからでしょう。
 とは言え、明日は私の誕生日、昭和17年2月2日、誕生した時、双子の兄が750匁、そして私が850匁、合せて1貫600匁、即ち1・6×3・75グラム、即ち合わせて6キログラムの誕生でした。
 時は将に「産めよ増やせよ」の戦時体制下、将来の鉄砲玉と思ったか、お蔭で1週間後の静岡新聞に写真と共に『大きな双子の赤ちゃん』の見出しで「出生の秘密」を暴露されておりました。
 何となく、華やかな人生はこの時に始まったようです。
 これからも残り少ない人生、思い切り羽搏いて参ります。読者の皆様に感謝します。

2016/02/01

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