静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2015年11月

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「野菜工場」の明日に危惧。

今朝の静岡新聞の3面トップに県立大学の新学科・環境生命科学科が紹介され、実験室の野菜「初収穫」、「露地物より3倍早く」と掲載されています。
 正直言って、私は今なお「808」と屡々(しばしば)テレビで宣伝する「あの野菜」と対峙した事はありません。
 振り返れば5年ほど以前に、大阪の丸紅本社の地下に弩でかい野菜工場を見物した事がありました。
 その時、私の脳裡に「浜松ホトニクス」の晝馬社長が「将来は必要なだけの農業生産ができる、米だって3毛作、4毛作も可能、10階建てのビルで作るなら現在の30倍から40倍の生産が可能」だと「野菜工場」の発想を説明してくれたことを思い出したのでした。即ち、「農地不用」の農業が可能となる時は近いとのことでした。
 県立大学でも「特殊蛍光灯の光」による農業、そして今の処は「野菜工場」と農業関係者を刺激しない言葉で宣伝していますが、近い将来、「農業のデストロイヤー」となること明らかでしょう。「TPP]どころではありません。留まる処を知らぬ人類の営みは、一体、何処にいくのでしょうか。
 

2015/11/10

県都構想の公聴会が終わって。

昨日も知事を真ん中に静岡・浜松の両市長が揃っての『県都構想』が論じられたとの事、残念ながらテレビを見ておりませんので、どんな様子か判りませんが、この度開催された知事の公聴会を通じ、「県と市」の理解の相違に多くの市民は愕然とした処でしょう。
 率直に言って知事の言う「二重行政の解消」という目的で静岡市を3区の特別区に区議会を設け・・・云々では市民には逆戻りの感、歪められずでしょう。
 正直言って、知事の県都構想は市行政に対するフラストレーションの発露であって、田辺市政が本市の取り巻く環境の中で、逞しく行政推進の図られることを「叱咤激励」しているものと考えます。
 1昨日、東京の某大企業の嘗ては社長、今は副会長と暫しの時間、静岡の行く末について、率直な意見を出し、論じました。その折、突然、彼の方から突然「日本平のカジノ構想は最高だ」と脈絡なしに切り出され、驚いた処でした。
 国の「IR法案」が棚上げされたまま、今国会も審議されることなく次回に期待と回されております。
 しかし、その将来には確実にカジノ解禁の時は至るでしょう、その時、彼も云う様に日本平構想は「日本一」の環境・場所と勝手な論議が続きましたが、こんな討論や提案が市議会で気軽に論ぜらない現実こそ寂びしい限りです。
 

2015/11/09

「中台首脳」の歴史的会談を憂うる。

中国の習近平国家主席と馬英九総統の会談を、今朝の静岡新聞では「歴史的会談」とこれを評価、続いて分断66年「平和と発展」を確認と賛辞の言葉を掲載しておりますが、何処を向いての言葉でしょう。更に「社説」では「民意と民主制度尊重を」のタイトルで「一つの中国」を前提にして論じているが、半世紀以上、異なる政治路線を歩んできた両国にとって、「共同通信社」の論説にはついていけません。
 正直、最近の習政権の言動から、象徴的に見えてくるのは「アジア国家」建設のプログラムではないでしょうか。例えば「南沙諸島」に於ける強引な軍事施設建設も「軍拡プログラム」の一環であり、この度の「台湾懐柔策」も既定方針であったと考えられます。
 台湾政府の軽々しい「妥協」が近い将来、大いなる禍根を齎(もたら)さなければと心配します。

2015/11/08

「富士山三保子」里帰り静岡実行委員会が発足

昨日、答礼人形・「富士山三保子」の里帰り実行委員会が発足しました。この事業は県を中心に具体的対応はしておりますが、やはり県民の圧倒的理解と協力が大事です。
 「里帰り」展は平成28年2月21日~3月6日、グランシップで開催、その後、3月8日から13日まで沼津のプラサベルデで、更に3月24日から28日まで遠鉄百貨店で後悔します。
 こうして県内の数都市を巡回してまいりますが、率直に言って極めて貴重な「市松人形」であれば、輸送費はもとより保険、警備など掛かる諸経費は少なくありません。
 そのために実行委員会が中心となってご寄付を募り、この事業を成功裏に導きたいと考えておりますので、御心のある方には是非ご一緒にお力をお貸しください。
 お心のある方は事務局までお電話を。253-3911、秘書課・中村

2015/11/07

普天間飛行場、何処に行く。

辺野古への移設問題は愈々、泥沼化しております。
 殊に最近では例えば長野県の大鹿村など、隣県の静岡であれば承知している小さな村の議会が相次いで「辺野古移設反対」の意見書を政府に提出しているのであります。
 こうした動きの原動力は、ごく少数の反政府組織による「扇動」の結果とは思いますが、この村議会の政府への意見書は、将に「お門違い」というものであり、これを認めた議会事務局の見識すら疑われる処です。
 一方、以前より、殊の外「沖縄問題」に関心を抱いてきた私には、最近の翁長雄志知事の言動についても疑わざるを得ません。
 「一体、知事は何処を見て吠えているのか」の言葉は、最近、屡々、聞く言葉です。
 更には「中国との裏取引」すら巷間云い伝えられ、愈々鮮明になっていく「反基地闘争」は嘗(かつ)ては自民党県連の幹事長、市長も担った「自身の人生」に恥ずかしくないだろうか、まさか巷間、噂される中国ロビイストではないでしょうが、その後半の人生は寂しい限りです。

2015/11/05

天候に恵まれた今年の大道芸。

全ては天候次第の大道芸ワールドカップ、来年は25回目を迎えるのですから準備してから4半世紀経つのですから、私も年取ったものです。
 実は11月3日を基準に大会日程を決めたのは、統計的にこの日は「晴天」の確率が高く、2つ目に北欧や北米・カナダなどでは街頭での演技は人気薄、見る方が寒くてままならない、それ故、芸人も日本での大会に参加しやすい、そして3点目にこの頃から日本の象徴「富士山」が顔を出す、以上3点を考えて11月初旬を決めました。そんな事を四半世紀の昔、職員と真剣に日程協議したことを思い出します。
 静岡新聞では今年も大会開催期間、連日報道していただき、お蔭をもって昨年を33万人上回る181万人の総観客数と掲載されております。
 浜松の凧揚げに負けないイベントになりましたが、所詮は「観客」、自分達が主役になる祭りを作りたいものですね。

2015/11/04

今日は「文化の日」

急いで今日のコラムは記載しなければなりません。8時には事務所を出て恒例になっています内牧の大茶会、いつの間にか当たり前の様に出席しておりますので、急いで記載いたします。
 お茶は「文化」と聖一国師の時代から市民に親しみのある伝統文化です。
 そんな事を脳裏に描きつつ、2年ほど前に出版した私の「郷土史」を今更に添削している中に、「安倍口新田」の命名の由来に当りました。
 今日の茶会の会場は27回目に当りますが、当初からの内牧・結成寺です。この寺は家康健在の慶長年間、志太郡相川村(現在は焼津市)から相川善内ら農民が移って開拓したのが始まりです。この善内の墓は結成寺にあり、この地域の相川姓はその子孫と思われます。
 処で安倍口新田の命名は当時、安倍川の流れが賎機山西麓にあったことから、駿府から安倍の山中に向かう入り口にこの村があったことから名付けられました。

2015/11/03

日中韓の首脳会談に思う。

本当に久しぶりの3国首脳会談でした。
 率直に言って会談の内容より、今朝の新聞の論調のほうが面白い。
 最近の中国の東南アジア諸国に対する無礼千万な態度、或は多発する国内の原因不明な爆発等の事故、また非常識な株式をはじめとする金融操作など、我々の目を疑わせる習政権の高圧で人権無視の態度であったものが昨日の会議の場では急に「子羊」に変身したと思われる態度、そして一方、「慰安婦」だけを声高に主張してきた朴大統領も遂に「年内解決」を主張するというように変化の兆しを新聞からは読み取れます。
 勿論、百戦錬磨で狡賢い中国の腹は何処までも信用できませんが、これらの変化は内治外交共に大きな問題点が浮上した結果でしょう。
 試合開始直後のボクシングのように、小さなジャブを相手の顔面にヒットさせながら、昨日の1ランドは終了しました。

2015/11/02

昨日、「おおさか維新の会」の立ち上げ。

紆余曲折しながらも、昨日「おおさか維新の会」が結党しました。長い混迷の果ての落ち行く先でした。
 そもそも、江田健司氏の結いの党が民主党から脱退した後、組める相手もなく、結局、当時、羽振りの良かった「維新」に世話になることにしたのでした。
 しかし、江田代表の「おらが大将」を主張する気質であれば、他人の住処の大阪維新、結局、「大阪」を第一にする組織には馴染めず、遂に脱党したのがこの度の分党劇でした。
 処で新党「おおさか維新の会」の綱領に「首都機能を担える副都心「大阪都」の創設」があります。それを見て、つくづく思う事は大阪にとって首都が東京になった事、今なお悔しい思いが断ち切れないのですね。
 明治維新の折、大阪の政界は「大阪に首都を」ダメならせめて、大蔵省は大坂に・・・との要望もかなえられず、悲憤した大坂の人々は、「大坂」の「坂」は全てを「土」に戻してしまうとの思いから、今の大阪の「阪」変更しましたが、やはり「土に還る」ことになったのでした。

2015/11/01

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