静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2015年09月

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何故か納得できない沖縄の心。

例えば、米軍普天間飛行場の移設問題にしても、「市民の安全」を第一に考えれば「辺野古」への移設は文句なしの政策転換と私は考えます。
 実際、普天間周辺には1万世帯が集積しているのに対し、辺野古は殆ど「ゼロ」、普天間周辺の騒音は譬え努力しても、完治できる課題ではありません。
 古い話ですが、沖縄返還前の県民の叫びは「基地付」であっても良い、早く復帰したい、同じ「日本人」として生きていきたいと叫んでいました。
 私が「瀬長亀次郎」氏の復帰論に傾倒した高校時代、人々の殆どはアメリカの潜在自主権下にあった「沖縄」からの脱却でした。ですから「基地付復帰」でも、先ずは「日本の国籍を」、「パスポート」を携帯せず「東京」へが沖縄県民の心からの願いでもありました。
 今、大きく発展した宜野湾市周辺の地域経済に、この移設によって齎(もたら)される経済環境を憂いて、反対しているのではないでしょうね!
 沖縄を訪ねれば、至る所に「基地」ゆえの「経済特区」を見せつけられます。

2015/09/08

「潘基文」国連事務総長の変節。

以前から国連事務総長でありながら、韓国の「我田引水」を誘導してきた「潘基文」氏の行動と姿勢について、私は納得できないものを感じてきました。
 そして、この度の中国共産党が開いた「抗日戦争勝利70周年」行事には非常識とも云える「姿勢と発言」は、世界の常識からかけ離れた「暴挙」と非難され、更にその行動は明らかに「私的目論見」から発したものでした。
 即ち、潘氏の腹は一にかかって「次期大統領」への布陣であります。
 来年の12月31日までの任期の事務総長には大統領選挙の日程は既に脳裡に描かれ、この度の不見識とも言える「軍事パレード」に敢えて出席し、その際の協力を目論んでの行動でした。
 正直云って、この度の潘氏の行動は193か国の国連加盟国、また国連トップからその見識を疑われております。殊に習近平氏との会談では「中国人民の平和の願いが示された」と褒めちぎった「事務総長」に非ざる言葉は、将に中国への媚(こび)、諂(へつら)い以外のなにものでもありませんした。
 勿論、おバカなお嬢さんの出席も「明日を考えない浅薄な行動」と私の目には見えるのです。

2015/09/06

朝から大騒ぎ「携帯電話、行方不明」

事務所に入って最初の仕事は「携帯電話」の蓄電の確認です。手に取ったカバンの外側のポッケトは空、何時使ったのか考えても最後の仕様については思いつかない。
 後で判ったことだが、通話できなかった使用については、齢のせいかもしれませんが、記憶に残らないようで、「その会合」の席では県から一件連絡があった。或はと思い、早速駅前のホテルへ電話、しかし、答えは「NO」、やはり家の中、逆探知もかなわず、更に調べれば、家内が孫に「子供部屋」を探してみなさいと云いつける。
 呼び出し音は会合の席でしたから「マナーモード]にしてあり、家内の言う「子供部屋」の捜査も大事、その時、孫が「これ・・・?」と私の携帯電話を持ってきた。
 その部屋に昨晩、入った覚えのない私は「子供が・・」と思ったその時、「私が子供の携帯かと持っていった」と家内が嘯く。愕然・・・・
 天地をひっくり返した騒ぎの朝でした。ですから本日も私の勝手な「コラム」は中止。
 これから家内の親、姉の法事に出かけます。

2015/09/05

「うごめく長老」とは悲しき言葉

 今朝の産経新聞に、近く行わる総裁選挙の前哨戦を表現して「蠢(うごめ)く」と古賀氏らを表現していました。
 思えば、いくつになっても、「火事場泥棒」的悪癖は時に露出するようです。
 その古賀氏は「総裁選で党の多様性を示すとき」というと共に「安全保障関連法案」の廃案を目論んでいるのです。驚きます。古賀氏を応援する方々の心中を推し測った事があるでしょうか。我が国の「安全保障」を結党以来の選択のこの時、こうした人間の跋扈(ばっこ)する姿は見たくありません。
 本日、時間がないので以上でコラムを終了します。
 

2015/09/03

片山虎之助氏との合流。

 日頃のコラムのテーマにしては如何と思いましたが、今日の新聞の片隅に掲載された「時のニュース」に、過日、「維新の党」を離党した橋下大阪市長が10月に設立を予定する新党に、片山虎之助参院議員の代表就任を要請したとあります。
 率直に言って、勝手に走り回る橋下氏をリードする役割は唯一、片山氏しかないでしょう。
 年齢制限から自民党を離党しましたが、片山氏の政治的洞察力と云い、センスは今なお健在だと私は信じております。おそらく、当時の自民党に最も必要な政治センスをお持ちになっていた政治家だったと今でも信じております。
 来月誕生する新党の「代表」となって、これからも自民党の良き「友党」としてご活躍くださること心から期待致します。

2015/09/02

久し振りに「防災船」の活字を見る。

 昨日は9月1日の県防災訓練の日でしたが、何故か中止となってしまいました。おそらく「中止決定時」は大雨警報、雷注意報などの気象庁の判断をもとにして決定したことでしょう。想定外にして雷も聞かず、雨にも濡れることなく平和な一日でした。但し、その夜、小さな地震(震度1)が私を驚かしました。
 40年前の駿河湾地震説にせよ、そして現在の「3連動地震」説にせよ、なぜか県民は翻弄されているように思えるのです。
 ところで、今朝の静岡新聞の「大自在」には、久し振りに「防災船・希望」にお目にかかりました。
 しかし、あの「防災船・希望」は、実は運輸省の「実験船」であって、用済みとなった代物を高額で買わされ、その結果、毎年、只々、多額な県費を費やすところとなったのでした。
 この船、防災船とは名ばかり、地震や津波とあれば「真っ先に沖合に」が鉄則の「アルミ製」、その上に故障続きで「県費」は止まるを知らずでした。
 漸く、民間企業に「たたき売り」したところ、それから間もなく、太平洋に沈没という哀れな命運を辿った防災船でした。
 「大自在」に書かれた「防災船」と当時の議会での「防災船」とは凡そ異なり、議会ごとに「突き詰めた論議」が繰り広げられていました。

2015/09/01

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