静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2015年08月

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[オウンゴールはやめてくれ」自民党高村副総裁の嘆き。

 哀れな男、それは滋賀県4区の武藤貴也代議士。当選2回、東京外語、京大大学院、釧路出身、35歳と手元にある「国会便覧」に掲載されておりました。履歴だけを見れば確かに優秀な青年と思われ、自民党の「公募」に応じて、勇躍、衆議院議員の議席を手に入れました。そこまでは或いは「立志伝中」の青年と期待されていました。
 処が、当選するや態度は生意気、更に発言は人間の心をつかめない唯我独尊。
 ここに来て、彼はほざくのでした。
 安保関連法案に反対する学生らを、「戦争に行きたくないから」の反対と決めつけ、「利己主義者」と決めつけるのでした。
 その彼が、今回は「未公開株」が手に入るからといって「知人から金を集め」、結果、詐欺で訴えられてしまったのでした。更に逮捕されるや自民党に離党届を提出したのであります。本日のタイトルは「安保関連法案」で頭の痛い最中の出来事ゆえに、高村副総裁の心中を察して敢えて記載致しました。
 何といっても副総裁は私の大学の先輩、応援の気持ちで一言。

2015/08/20

安全保障に対する「公明党と創価学会」

 与党と云えば「自民と公明」、この二つの政党が「安保法案」を遮二無二、推し進めているが如く、新聞・テレビは報道しております。しかも、その論説は今にも我が国が「戦争に加担し、徴兵制度をも開始される」が如く煽り立てるのです。
 処で、この政治課題の出発点は例の「憲法改正」についての論議からでした。しかし、何時の間にか、報道は「憲法改正問題」を「戦争と徴兵」にまで問題を転化し、国民を反政府運動に駆り立てていると言っても過言ではありません。
 更に悲しいことですが、一衣帯水の「公明党と創価学会」に今、小さな亀裂が生まれ始めているのです。
 4月の統一選挙の際にも、不可解な動きを感じていましたが、「党本部への抗議、デモへの参加」など明らかにこれまでの創価学会とは違っています。
 処で、誰が「憲法改正」を「徴兵」にまで結びつけたのでしょう。
 私は国際社会にあって、我が国が相応の責任を果たし得る環境を今こそ整えるべきものと考えます。
 「戦争反対」は全ての人々の共通の哲学、だから『「素手」に限るは大きな誤り』と私は考えます。

2015/08/19

賛成できない「駿府城の再建」

 近く、駿府公園内に天守台の建設を始めると聞きます。
 私が市長であった時代、かれこれ四半世紀以前になるでしょうが、妹尾さんを中心に「再建運動」が始まりました。そこで、行政としても国内はもとより、ヨーロッパにまで職員を派遣し、「城の設計図か絵画」がないか、あらゆる伝手(つて)を使って調査いたしました。
 幸い職員の中に「郷土史の碩学」黒澤脩君もおり、当時は可能な限りの調査研究をしましたが、結局、国内、国外を問わず、駿府城の実像を掌握することはできませんでした。
 勿論、その調査目的は「駿府城の再建」を企図したものではなく、「市民の盛り上がり、築城への期待」を推し測って、一度は「市民も納得できる本格的調査」を試みたのでした。
 残念ながら、設計図は勿論、あまたある絵画の中にも「駿府城」と時代考証にも合致するものは発見できませんでした。
 処で、本当に市民の誇る公園に今更、お城が必要でしょうか?、観光の目玉に「城」の存在は成り立つのでしょうか。
 名古屋に仕事に出かけながら「一度も名古屋城に行ったことはない」と豪語する人、「大阪城も同様、最近できた会津若松の「鶴ヶ城」も、思いのほか、観光客誘致に繋がらいとお嘆きでした。
 駿府城公園は今、各種の行事に貢献しております。1月には消防・警察の観閲式、大道芸の主会場だったり、また、万が一、大きな災害の発生の際には、市の中央に「対策本部」を設置できる絶好な場所と私は考えます。本日はここまで。
 

2015/08/18

新聞の休刊日、他愛のない「疑問」に引っかかる。

 先ほど、食事しながらのテレビ画面は「桜島の噴火状況」についての報告がありました。
 幸い、その後の桜島の噴火は小康状態を保っているとの解説でした。
 そのニュースの中で、解説者が「垂水」を「たるみず」と紹介しており、「?」といつもの癖で考えてしまいました。
 勿論、神戸の区に「たるみ」があるが、間違いではないだろうと思いながらも、事務所に来て、早速、「市町村名語源辞典」を開きました。
 確かに、鹿児島の「垂水」は「たるみず」、語源ではタルは「急傾斜」を意味し、ミズは「水」で急傾斜の川を表示、一方の神戸市の区名の「垂水」は「峠などの山の鞍部」とありました。
 余談ですが、この「語源辞典」は大変に重宝しております。
 例えば、本県の「函南」は合併時、「函嶺の南」、即ち「箱根の南」にあることから命名されております。
 箱根も桜島も「噴火」を材料に連想いたしました。

2015/08/17

関心をもって開いてくれて有難う。

昨日の終戦記念日に当って、私が「何を書くだろう」と思われたからでしょう、多くの方々がこの「ページ」を開いて頂きました。具体的数字は遠慮しますが、過去2番目の数字が表示されておりました。
 さて、今朝の産経新聞には「安倍総理の談話」に対する朝日新聞の迷走記事が掲載されておりました。朝日新聞では今月9日の記事に、「『お詫び』は盛り込まず」と予想を掲載、更に、その予想が大間違いの結果、今度は「政府が軌道修正」と自社の誤りを、恰も「朝日」の報道があって、修正したかのごとく、自己弁護するのでした。
 ところで、昨日、息子が靖国神社をお参りしてきました。帰宅後の僅かな会話の中で云うには、「大変に混雑し、参拝者の数に驚いた」とのことでした。
 この参拝者にとって、「靖国神社」とは何でしょう、思うに先の大戦で散った人々に、誰にともなく、手を合わせ、「平和」な社会を「これからも」と願って2礼2拍手しているのではないでしょうか。

2015/08/16

総理の「戦後70年談話」に納得する。

 昨日の午後6時、安倍総理の「70年」談話をテレビの前で待ち構え、聞きましたが、総じて「合格」との印象を持ちました。そして今日・・・。
 新聞各紙では叩こうにも焦点なく、静新の1面では「歴代内閣の立場継承」と消化不良の記事を掲載しながら、その裏面では村山富市元総理の談話「引き継がれた印象はない」と独り、不満を述べている記事を掲載しておりました。
 各党の総理談話に対する評価は、「何を言っても答えは同じ」の何時もの談話が並んでいました。
 殊に民主の岡田代表の談話は、私の期待を裏切った陳腐な論評でした。正直言うと民主党の中では一番好感を抱いてきた政治家ですので、些か残念に思った次第です。
 しかし一方、中韓両国の「被害妄想」には常に落胆し、この度も使った「歴史認識」の用語こそ両国にお返ししたいと存じます。
 終戦70年、そろそろ、「過去から未来への提言」の時として、この「終戦記念日」を位置づけたいものです。
 

2015/08/15

「日本のいちばん長い日」を見てきました。

一端、書き上げた今日のコラムは、いつもの失敗と同様、忽然と消えてしまい、仕方なく再び書き始めることにしました。
 消えた原因は何か、調べる能力もないので、仕方なく最初に記載した「タイトル」に従って再び原稿を進めます。
 小説「日本のいちばん長い日」は作家・半藤一利によるもので、遥か以前読んだ記憶があります。しかし、その中で、脳裡に残っている場面は何といっても、天皇陛下の究極の判断と阿南惟幾(あなみこれちか)の切腹場面でした。強烈な感動は得ませんでしたが、ご推薦する映画には違いありません。ただ館内は平均年齢50歳以上の方々ばかりでした。
 さて、話変わって中国のこと、まず驚くべきは「3日連続の人民元」の切り下げ、聞いたこともない事を意図も簡単に実行し、「他人の迷惑」は考えないのでした。また天津の爆破事故も報道は管理され、全貌は判りませんが一体どうなっているのでしょう。

2015/08/14

「維新の党」の終焉。

 存在感が揺らぎ、薄らぎ続ける「維新の党」は橋下代表の理解しがたい代表辞退から、今では完全に国民の目線から遠ざけられてしまいました。
 そして、維新の党では10月1日告示、11月1日投票という超”ロング”の選挙選によって、新たな「代表」を決める「政治日程」が準備されております。
 既に「維新の広告塔」橋下氏は「ヒトラーの夢」破れ、早々に政界を引退すると発表、門外漢となって、再び弁護士の道に戻ることでしょう。その橋本氏の胸中には「所詮、松井氏には無理だろうが、後は野となれ山となれ」の心境が見え隠れしております。
 今、その代表選挙に当たって、「議員も一票、党員も一票」という訳の分からない党員集めに国会議員始め、地方議員が翻弄されております。
 現時点では誰が立候補するのか判りませんが、「大阪対非大阪」の構造が垣間見えるようですが、敢えて予測すれば大阪代表の「松井一郎顧問」では、早々に「党の分裂」という時を迎えると予測します。

2015/08/12

慎重に「70年談話のお詫び」

 結局、公明党の主張する「おわび」と「侵略」について、安倍内閣の談話は記述されることになりました。
 勿論、私もこれを否定する意図はありませんが、老婆心ではなく「老爺心」から、敢えて提言するなら、相手方の「狡知」には十分配慮して頂きたいと存じます。
 よく言われる言葉ですが「謝れば済むっていうもんではない」、狡猾な連中の共通した言掛りに何人もの泣いた「善人、お人よし」をよく見てきたものです。
 後々の「脅し材料」になる「言葉」については、翌々慎重に・・・。
 以前にも記載しましたが、日中国交回復の折に、周恩来首相が「日本には『小異を捨てて、大同に立つ』の言葉があるが、今、我々は「小異を残して大同に立とう」の言葉に、疑いを持たない日本の新聞各紙はその言葉に痛く感動、高く評価しましたが、その後の中国政府の「狡猾」な外交姿勢の中で、残された「小異」が折々に遡上、肝を冷やした処でした。
 何といってもこれまでの中韓両国の姿勢は譬え「揚げ足」であれ、折あれば、恫喝する材料として「首相談話」を手元に置いときたいのです。
 過去「話の分かる日本の総理」と中韓両国の煽(おだ)てに乗った「50年の村山、60年の小泉」の残した迷惑に、心して「70年談話」を起草して頂きたいと存じます。

2015/08/11

新聞の片隅から

 おそらくこうした記事を掲載するのは「産経新聞」だけでしょう。13面に「SS活動家5人が有罪」とデンマークでの「判決」が掲載されていました。
 この記事の中で、驚いたことはデンマークのフェロ―諸島でも、例の反捕鯨団体シー・シェパードが現地で、クジラの追い込み漁を妨害していることを知りました。殊に逮捕されたSSの活動家の出身地はアフリカ、フランス、イタリア、ベルギー、ルクセンブルグの男3人、女2人との事、将に驚きです。一体言葉は何語を使っているのか、「捕鯨」以外にも統一された思想をもって「SS」の組織は構成されているのか、単に「かわいそう」の「感情」と「儲かる」の「勘定」によって、このSSは組織化されているのか、この「デンマーク」の判決は誠に意義深いものと考えます。
 このデンマークの姿勢をもってすれば、「太地町」住民の悩みは容易に解決されるところでしょう。
 世間体に翻弄される日本の司法に大いなる参考材料と考えます。
 

2015/08/10

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