静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2015年07月

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「攻守」所を替われば民主党。

 朝日などの左傾新聞の論調は総じて、安保関連法案の採決を「強行採決」と白抜き見出しで非難しているが、閉会後のその特別委員会室に、何故か、つい先ほどまで使われていた「街頭デモの小道具」が散らかっている様を、一切指摘しない「報道姿勢」に、”公器とは何だ”の疑問を抱きます。
 処で、「強行採決」を自民党のお家芸のように口角泡を飛ばす民主党に対し、少しでも思い出して欲しい事は自民党が政権に復帰する前、即ち3年余前の国会運営は如何だったでしょう。
 新聞によれば、民主党の政権下にあって、衆参両委員会では少なくとも24回の強行採決が行われたと云われており、本会議を含めれば更に多くなると云われております。
 しかし、何とも見苦しいのはあの「プラッカード」の手配と顕示の仕方です。テレビカメラに向かって小児的顕示欲を存分に示す国会議員の姿は、率直に言って「見苦しい」の一言でありました。 民主党執行部の誰かが注意していればあんなみっともない姿は露呈しなくて済んだのではと思った次第です。

2015/07/31

敢えて新聞社説に物申す。

 今朝の静岡新聞の社説欄を読みながら、不図、この発想は明らかに「時事通信社」提供によるものと勝手に想像しました。
 何故なら、「静岡新聞」とは、幼いころからのお付き合い、新聞社の論調も個性も充分知り尽くしていると自負する私には、今日の社説にある「東シナ海ガス田」に係る主張は明らかに借り物と理解しました。
 殊にその論旨において、例えば「中国の開発は中間線より中國寄りだが、合意に反するのは明白だ」とありますが、中国の動向は明らかに、東シナ海に軍需施設を構築し、一方的防空識別圏の実行を企ているのであります。
 尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件以来、大人しく見守ってきた自由経済諸国の「寛容さ」をいいことに、中国は勝手次第、内政の失敗から「国民の目を欺く」習近平の危険な賭けに、日本の左派的報道陣も考え直してほしい。

2015/07/30

「滋賀県」のささやかな悩み・・・。

 どうも「ぱッと」しない県名だから、この際、変更してはと県民アンケート調査した結果、圧倒的にこの提案は否決されましたが、それは当然なこと。それより、殆ど賛成意見のなかったこんなアンケートを県政で行うほど、滋賀県はお暇なのでしょうか。
 しかも、その動機は「滋賀」の知名度があまりに低いという「小児的発想」から出たとのこと、唯々、驚きでした。
 「市町村名語源辞典」(東京堂出版)によれば、確かに意味不明の県名の出典でした。語源には、シ(石)・カ(接尾語)で石の多い所のことか。或はスカ(砂州)の転とも考えられるとありました。。
 さて、静岡ですが、「静かな丘」を連想する方が多いと思いますが、実は「岡」と「丘」は異なり、岡は「岡目八目」とか「岡場所」、「岡っ引き」のように当事者ではなく、その傍(かたわ)らにいる人やものを指す漢字です。
 即ち、静かに傍らにあって、じっと我慢している本県の人柄は、地名そのものと言えるでしょう。
 では何故、駿府を「静岡」に変えたか、駿河学問所の塾長・向山黄村に聞いてください。ついでに言うなら、明治維新になって国からの要請で「地名」を変更したのは「静岡」だけであることをお忘れなく。

2015/07/29

「静岡市政」に敢えて提言、ふたこと・・・。

 今朝の新聞に、昨日、開催された静岡市創生会議について掲載されていますが、この新聞記事を見る限り、過日発表された県の「地方綜合戦略案」と同様の期待値ばかりが踊り、具体的提案のない「戦略案」と寂しく思えるのです。
 例えば県の場合、2060年時点の静岡県の人口を300万人を想定、一方、静岡市は10年後の人口を70万人と現状を維持し、出生率についても1・7まで回復させると会議で発表しているが、些か希望値過ぎるのではないだろうか。
 勿論、フランスのように出生率を2・0にまで高めるために社会的「通念と法律」を変革させれば、或は可能かもしれないが、公序良俗を旨とする日本では先ずできないことでしょう。
 さて、県・市に共に必要なもの・・・それこそ、本当の意味での「危機感」ではないでしょうか。
 この10数年間、電子機器類などの大いなる発達によって、大手企業の支店・営業所は不要となり、更には「規制緩和」という「悪魔の呪い」によって、煙草やお米、お酒など地域に密着した零細な商業者はたちどころに捨て去られ、中小商業者は掃除されたのでした。
 その衰退する現在の時代に挑戦できるのは、一歩前に立って実行する「勇気」が何より必要でしょう。
 「案ずるより産むがやすし」、先ずは実行あるのみ。ご健闘を祈ります。
 さて、この際、二言目として、提言させて頂きます。
 例の花火大会での食中毒事故の件、早くも1年を経過しながら今もって、補償問題など未解決にあるこの案件について、私の意見を提示させいただきます。
 一言で云えば提訴された補償金、凡そ2500万円余については、全額を静岡市が負担しては如何だろう。何より今なお、健康に苦しんでいる方もあり、早急な解決が何よりも必要なこと、その為には花火大会を許可している静岡市が全面的に受忍するしか方法はないと考えます。早急に提訴側と一つの机に向き合ってほしいと考えます。田辺市長の英断に期待します。

2015/07/28

憲法改正に反対する方々へ

 戦争だ、徴兵だと将に「赤子」のごとく泣き叫ぶ日本独特の「センチメンタリズム」の発想は私の学生時代から変わることなく続く「似非文化人」の思いであります。
 「憲法学者」が違憲と云えば、民主主義の基本である「国会の評決」までも非難する。
 今、我が国での最重要問題は終局的に実態に合わない憲法の改正と私は考えます。そして、その決断は「憲法学者」によるものではなく、国会の評決が全てと私は考えます。
 何時も思う事だが本当に日本人は「極楽とんぼ」である。第一、最近の中国の動向を見て下さい。モンゴルには台湾総督府を模した建造物を建設する行為、将に台湾政府に対する「恫喝」の何物でもありません。
 一方、東シナ海、南シナ海などの浅瀬を勝手に埋立て、軍需施設を準備するなど、最近の中国政府の動向は極めて危険と云えるでしょう。
 今朝の新聞にも中国のメディアは「専守防衛から能動的進攻への重要な転換期」と日本の国会これを非難、「反戦組織」の持ち上げに躍起になっています。
 習近平主席には手を緩めれば自身の「命の危険」、将に断崖に立っての足掻(あが)きであれば、そんな中国政府の意向に沿う事のアホらしさを嘆きます。

2015/07/27

遂に品切れ、「語り継ぎたい静岡ばなし」

 一昨年のことでした。私の後援会報である月刊誌「シンゴスコープ」の裏面に、何年も連載し続けてきた「郷土史」を纏(まと)め、「語り継ぎたい静岡ばなし」という名の小冊子を上梓、思い切って「3000部」を創刊致しました。
 昨日、息子が「小学校」で10部ほど分けてほしいと頼まれたと云う、処が、残りの冊子は僅かに10部、そこで半分の5部を手に学校へ、その際「捨て台詞」のように、「増刷しては?」という気楽な言葉を残して出かけていきました。
 正直言って、この冊子、私にとっては、思いのほか多くの方々の好評を頂いてきましたが、愈々その在庫も「0」となったことを知ったとき、息子の云う「増刷」という言葉が脳裡に浮き沈みします。
 成程、2年前に出版したのち、追加すべき事項や訂正すべき歴史事実、或は私の記憶違いや勘違いなど、素人の出版ゆえに反省する処、少なからずでありました。
 恰も今は夏休み、じっくり考えて参ります。

2015/07/25

「宣伝」倒れに終わりました。

 昨日の川勝知事と田辺市長の「県都構想」についての討論会は、短時間のテレビ放映ゆえでしょうか、予想通り「何のことか判らずじまい」との電話が、放送後に2本、自宅にありました。
 もとより「ぶつ切り放映」では、行政機構に全くの門外漢にある市民にとっては、知事の云う「県都構想」を理解させるには「些か無理」というものでした。
 一方、田辺市長には、久しぶりに率直な意見の開陳であって、静岡市民の納得が得られたと思います。
 共に県・市を代表する為政者であれば、口角泡を飛ばして激論するより、冷静にこれからも「地方自治のあり方」を模索して頂きたいと思いました。
 昔より「論より証拠」の言葉があるように、静岡県は北海道に続いて、そして県庁所在地の静岡市も県内トップの人口減少を続けています。これによって当然のことながら当該地区の「経済基盤」は愈々、衰退ところです。
 

2015/07/24

時には地元の話題に焦点を。

日頃、このコラムのテーマについて、概して近隣諸国の政治体制や国政に関する話題が中心となっており、地元の政治課題が疎かではないかと、正直反省しておりました。
 そんな折、「今晩、市役所にて川勝知事と田辺市長の対談がありますね」といつも事務所を手伝ってくれる方から切り出され、一時の「話題」となりました。
 そこに追い打ち掛けるように、嘗ての県議仲間から、「知事提案は一体、何だ」と嘲笑的批判を前提とした電話がありました。
 同僚県議ですからパソコン操作はそこそこにして会話して最中、何気なく私の指先がパソコンの「BackSpace」のボタンを押し、その途端、それまで記載してきた「原稿」の全てが一瞬にして消えてしまい、今、再び記載しているところです。
 さて、お二人の対談の場は静岡市役所、新聞記者も「どうぞ」という事ですから、さぞ賑やかな討論会になるでしょうが、川勝知事の独眼竜的な「自治制度」を押し付けるのではなく、更には「田辺市長には副知事を」などと「静岡市民のメンツ」を潰すような発言は遠慮下さい。
 折角の機会、共に「健康であることを祝ってから」本論に進めてみては如何でしょう。

2015/07/23

遂に表面化した「東芝のインチキ」

 実は、以前から「中国の原子力」開発の裏には、「東芝からヘッドハントされた研究者」が多数いると聞いてきました。
 このたびの経営側の「告白」によって、フラストレーションを抱えた東芝の頭脳をハンティングして、一朝一夕に手にできない「最新・最高な技術」を卑劣な手段(報酬やその他の誘惑)をもって、自国の研究開発に引き入れた中国の「狡さと饒舌」に下った「東芝」社員にはこれまで、率直に言って「怒り」を禁じえなかった処でした。
 しかし、公表された3代に亘る社長の「暴挙」が明らかになるにつけ、「東芝」に見切りをつけ、「東芝」を捨てていった有能なる研究員に些かの同情を禁じえません。
 実は妻の「甥っ子」が現在、広州の「東芝」に長期派遣されているので、日ごろは国際情勢など無関心な妻にも拘わらず、ひどく心配しております。
 それにしても数年前までは日本を代表する企業が、一気に自爆する姿は見たくありません。
 卑怯この上なき中国に、これからも「寸分の妥協」と軽重を問わずいい加減な妥協は見せられません。

2015/07/22

「中国の不思議」の第1は不動産。

 先月にはこのコラムで、中国株の暴落について記載しましたが、その後の週刊誌などの情報によれば、想像通り、多くの自殺者が出ているとのことです。
 何より、「信用」を基調とする中国の株取引であれば、一度、怒涛の暴落となれば、破産する市民の山、報道にあるように、自殺者も多数出てくることでしょう。
 こうして「中国の虚構」が崩れていくのでした。
 しかし、以前から不思議に思い続けてきたあの「法外な不動産投資」はどの様に片づけられたのでしょうか。
 農地を取り上げ、そこに見渡す限りのマンション群が、しかも30階もあると思われる高層建築の建物が、碁盤の目のように区画された新天地に、林立するその威容さに、私も心底驚き、その成長ぶりに驚いたものでした。
 県議会議長として浙江省の杭州市を訪れて既に5年、聞けばその景観は寸部違わず、今日に至っていると聞きます。即ち人独りもいない「がらんどう」、碁盤の目のように整備された道路網とド迫力の市役所には今なお、無人のまま、時は流れています。
 こんな姿が全国どこにも散らばっているとのこと、このままいけば、近い将来、壮大なる「ギリシャ」が誕生するのでないかと心配しております。

2015/07/18

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