静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2015年06月

表示件数:

「富士山三保子」の正面からの写真が新聞に。

 今朝の私の最初の仕事は、「富士山三保子」里帰り企画の担当職員と同行して、県茶商業組合に伺います。
 ご案内のように、来年の2月、「富士山三保子の里帰り」を実行し、再び米国のカンザスシテー博物館に戻る際には、昭和2年に渡米した折、携帯させた「ミニチュア」の生活必需品を用意することになり、当時、業界から提供された茶道具一式を今回も同様に提供願いに伺うのでした。
 さて、そんな朝、産経新聞を開いていたら、何と「富士山三保子」の写真が大きく掲載、しかも、これまでは斜(はす)に構えたものが新聞に掲載されておりましたが、今日の写真はほぼ正面からのもの、一段と日本人形の美しさを放っておりました。

2015/06/16

材料がなく、本日は雑学の一説・・・。

 事務所に入って間もなく、電話のベルが鳴った。いつものように受話器を手にし「もしもし」の言葉で要件に入ります。
 話し終わって不図、「もしもし」は何時ごろから、どうして使われるようになったのだろう。
 今朝は月曜日で「朝刊のお休みの日」、そこで書棚にある雑学図書を引き出して調べてみた。
 幸運なことに、「PHP文庫」発行の雑学辞典に「電話の『もしもし』はどんな意味」の項があり、その語源が掲載されていました。
 そういえば町内の「先の宮神社」の神主が口上を述べるとき、盛んに「も~す」と引っ張って唱えています。
 更にテレビの歴史ドラマでは、屡々、家来が「申し上げます」と目上の武士に云うように、江戸時代には「申し上げます」の「呼びかけ語」が流布するも、大正・昭和と時代は進む中で、顔の見えない相手に呼びかける適当な言葉として逓信省の役人が英語の「ハロー」の替わる言葉として「もしもし」を広めたと書かれておりました。
 以上他愛ない雑学を記載していた処、不図、明治8年に、電話の発明者・グラハム・ベルを訪ねた「金子賢太郎」のことを思い出しました。
 雑学としては、この話の方が遥かに面白いと思いますので次に「コラムの題材」が無かった時に取り上げたいと思います。

2015/06/15

間もなく日韓国交正常化50周年

 来週の6月22日は私にとっても忘れることのできない思い出の一日です。
 ご案内のように、長い間、国交断絶していた日本と韓国が、「国交正常化」で調印されたのが1965年6月22日ですから、丁度「半世紀」を経過するところとなります。
 そこでこの際、オーバーな表現ですが「日韓条約締結に絡む私の政治史の一端」を記載しておきます。
 その頃、私は中央大学の学生でしたが、高校時代から極めて政治への関心深く、それが嵩じて自民党の学生部に所属するところとなりました。
 その結果、屡々(しばしば)、永田町の自民党本部にも出入りする処となりましたが、そんなある日、大学の先輩で、党青年部を担当する本部職員から「日韓条約」の宣伝車に乗ってくれないかとの要請に即刻、同意したのでした、恐らく「アルバイト」の意味合いもあったと思いますが。
 都内を練る私たちの広報車に、街頭から屡々、罵声を浴びせられたり、怒鳴られたことを薄まりながらも記憶しております。
 前年の東京オリンピックも成功裏に終了し、日本経済が大きく飛躍する時代でもありました。

2015/06/13

「殺すぐらいなら殺されよう」に驚く。

 去る9日、私の事務所に「憲法改正反対」を主張する「9条改悪阻止 総がかり行動委員会」なる団体からのビラが投げ込まれ、そのタイトルは何と「殺すぐらいなら殺されよう」でした。
 -どんなに世界が残酷で日本に危機が及んでも、攻撃や侵略をされても私たちは戦わないと日本国憲法に誓ったー
 このビラを配布した団体は「9条改悪阻止 総がかり行動委員会」とありますが、敗戦直後の混迷した中、戦勝国からの与えられた現憲法を、後生大事と70年間死守し続けている国家は日本だけでした。
 憲法改正を「是」としない国家はありません。ドイツにせよイタリアにせよこれまで屡々、時代と社会の要求に合わせて改正してきております。
 「心にある永久の平和を大切にしよう!」との呼びかけも、将にセンチメンタル、政治を語る言葉には思えません。
 どうぞ、今一度、憲法前文を読んでください。今日のアジア情勢ですら、隣国の信義に日本の安全を保障できるか否か、考えて頂きたいと思います。

2015/06/12

「災い転じて福となす」・MERSを理由に訪米中止。

 韓国の朴槿恵大統領は、今度の日曜日からアメリカを訪問する予定でしたが、例のMERSの拡大を理由に急遽予定を延期したのでした。
 大統領は「国民の安全が最優先であり、不安を解消していく」と説明しておりますが、正直言って、過日の安倍総理の訪米成功を思うに、どちらかと云えば気の進まない「企画」だったと想像します。
 正直言って、今の韓国には、アメリカに対し何の協力や応援を提示することはありません、また「乱暴狼藉の中国」に如何なる提言ができましょうか、残念ながら今の韓国には一片の政策提言は不可能だと考えます。
 否、朴大統領にあっては、何の顔(かんばせ)あって「世界」にまみえることができましょうか。
 そうした意味でも、今回の訪米取りやめの理由として、まことタイミングのいい材料が提供されたものだと感心致します。

2015/06/11

これが天下の「公器」か

 早朝の事務所で、早速、手にした静岡新聞の2面には「村山氏、『談話継承明示を』」と大きな見出しで「戦後70年談話」として掲載されていました。
 これは昨日、例の村山・河野の両元総理が日本記者クラブで対談した記事ですが、静岡新聞には恰も、「村山談話」だけが突出して掲載され、河野氏の発言については「賑わいの提灯」として触れただけでした。
 一方、同じ題材でありながら、産経新聞では3面のトップに大きく取扱われ、タイトルも「互いを称え、反省なく」とこれまでも「自分たちだけが正義」を気取って「歴史の真実」に背を向け、中韓両国の「いい子」を演じ見せてきたお二人の主張を、「同じ穴の貉(むじな)」のごまめの歯ぎしりと蔑(さげす)んでおりました。
 さて、ご両人のこれまでの政治姿勢については、今更、論ずるまでもありませんが、記者クラブで、河野洋平氏は声高に「慰安婦問題」を論じ、その中で何時もの「ずるい日本論」を口角泡を飛ばして論ずる姿を思うとき、私の脳裏には、半世紀もの昔、札の辻に立って、極めて低音の所謂「だみごえ」で「私が河野一郎であります」に始まる演説を、知るものとして寂しく思い出すのでした。

2015/06/10

「狭隘なナショナリズム」に翻弄される最近の韓国。

 どの様に解釈しても納得できないのが、近年、徒(いたずら)に「反日」を叫ぶ韓国の政治であります。 
 殊に朴政権の外交の基本が「反日」に置かれている状況下、嘗(かつ)ては「一衣帯水」と表現され、近隣諸国との友好を第一とした時代と発想は何処に消えてしまったのだろう。
 例えば中国が提唱するアジアインフラ銀行(AIIB)の参加を「米国の制止」を無視して参加を決めましたが、その後の韓国は最悪のシナリオに困惑しているのです。
 おそらく韓国は、その出資比率については当初、「勇気ある参加」故に、中国政府も高く評価してくれるものと意気込んでいましたが、僅かに「3.5%、」に決められました。
 中国の30%、インドの9%、ロシアの6%、ドイツに続いての「情けない位置」に、ご案内のように、この出資比率に応じて議決権を持つのですから、当然のことその発言力は小さくなります、まさに韓国の「清水の舞台から飛び降りた」思惑は、この思惑から大きく阻害されてしまったのでした。
 内政にあっては論ずるまでもなく、朴政権は確実に国民とは遊離し、形骸化してしまった感が致します。
 政権発足後3年経ちましたが、これまで朴大統領が記者会見したのは僅かに3回、更に官僚との意思伝達も文章によると聞いておりますが、真に不思議な政治家です。
 内治外交共に、壊滅的状況を迎える前に、早期退陣が朴政権の最高の選択であり、「韓国民のため」と考えます。

2015/06/09

昨日も失敗、今日改めて「名古屋」からのお手紙。

 「更新」の失敗はいつものことながら、「頭」に来ます。
 扨て、日曜の朝、早朝から事務所に入って、何時ものように机に向かいます。
 不図見れば、机の上に白い大き目の封筒が置かれ、私は何か?と思いつつ差出人を見れば、名古屋市のご婦人、筆跡から教養ある年代のご婦人と想像、早速、開封すれば、想定通りの方からのお便りでした。
 私の冊子「見つかった日本人形『富士山三保子』」を東京のどなたから手に入れ、静岡の「里帰り」構想を知って、便りしたとの事でした。
 愛知県でも2017年夏の「里帰り」を準備しているとのことです。
 私の「エッセイ」が色々に利用され、企画の端緒になっていること、驚くところです。
 
 さて、昨日のページではヨネクッス女子ゴルフの2日目で39歳の大山と41歳の表(おもて)がトップに並び、最終日を迎えたことを掲載、「フレー・フレ表」と声援したが、残念にも3位に終わりました。優勝した大山志保さん、おめでとう。

2015/06/08

「表」2位発進に驚く。

 タイトルを見て、何のことかと多くの読者は思われるでしょう。
 朝刊を見ましたが、本日のコラムに特筆すべき「テーマ」に思い至らず、なんとなく新聞を捲(め)くっていると、スポーツ欄に、昨日の「ツアー選手権ゴルフ」の成績等に引き続いて、「一打差、表、2位発進」の見出しを発見、「ままよ」と見れば、昨日開催された「ヨネックス・レディースゴルフ第1日目」の成績が掲載される中で、「表(おもて)純子」選手の大健闘が報道されていました。
 私にとってゴルフは、年齢からくる体力の衰え、当然の成績の悪さ、そして安くないプレー代などで、何時しか敬遠しはじめたのでした。
 おそらくこの2年で2~3回コースに出ただけでしょう、ゴルフバッグは「物置小屋」で静かにお休みしております。
 そんな中ですが、本県に関わりを持つ「表純子」選手については関心があり、殊に面白いことは旦那さんがいつもキャディーを務めている、将に「二人三脚」の選手です。
 残念ながら本日はテレビ中継はありませんが、確か表選手は既に40歳を過ぎ、更にその体系はゴルフ選手と云うより柔道競技が似合うほど、のっしのっしと芝生を押し潰しています。
 この二人、暇があれば夫婦でパチンコ屋に出かけるという「ユーモラス」の選手で、いつの時からか「ファン」の隅っこにおりました。頑張れ、表純子。

2015/06/06

遂に衆院通過、18歳選挙権。

来年の参議院選挙では、新たに240万人の有権者が誕生する処となりました。
 昨日のテレビニュースでも、街行く若者に・学生にマイクを向けていたが、その殆どが全く関心を示さなかったのでした。
 衆院特別委員会の審議では、若年層の投票率を上げるため、「政治参加意識を高める主権者教育」を充実させることを求める声が相次いでいると報道されています。さらに被選挙権の年齢制限の引き下げまで考えているという。まことに場当たり的発想であり、”アホらしき政策”と私は弾劾致します。
 想像するまでもありません、選挙権年齢の引き下げによって、全体の投票率は更に低迷するでしょう。同時に被選挙権の引き下げは若いテレビタレントの新たな「舞台」となるかもしれません。
 まともに投票率の向上を模索するなら、PM8時と同時に「当確者」を発表する現行の出口調査による当落の結果発表は止め、国民の多くが固唾を呑んでテレビに噛り付く昔の発表方式を今一度考えては如何でしょう。
 いずれにせよ、18歳選挙権を発想した国会議員の真意をお聞きしたいと思います。

2015/06/05

ページのトップへ

現在地:トップページ天野進吾のコラム