静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2015年05月

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Ⅿ8・5の地震に気付かず。

それまで何を見ていたのか、忘れましたが、突然、テレビ画面が地震速報に切り替わりました。そこで初めて、私は「蛍光灯の揺れ」で地震のあったことを確認したのでした。 
 この地震で先ず、驚いたことは震源地が小笠原の西方沖、震源の深さが何と590㌔、更にマグニチュード(M)は8・5という。率直に言って極めて珍しい地震でしょう。
 通常、私たちが体験する地震は、震源の深さが10㌔が一般です、素人判断ですが、もし地表近くの発災なら途轍もない被害があったでしょう。何と云ってもマグニチュードは8・5、嘗ての神戸地震のマグニチュードは7・3というのですから、途轍もなく大規模な地震であったと思われます。
 震度5弱が埼玉方面でしたが、意外に被害のなかったことに安心しました。

2015/05/31

「世界遺産」に今度は中国がクレーム

 5月21日のコラムで「明治期の産業革命遺産」に対し、韓国がクレームをつけていることを批判しましたが、今度は「韓国の妥協」を阻止すべく、中国が動き出したようです。
 残念ながら「韓国の妥協」については知りませんでしたが、中国政府がその韓国より更に厳しい姿勢であると新聞にありました。
 中国の目論見は、脆弱な政権基盤に揺れる「朴政権」の日本への「妥協」を恐れているからでしょう。
 中国の軍事的作戦には、何としても離反できない「韓国」を切り捨てることはできません。
 内政、外交共に窮する韓国であれ、自分自身の味方に据え置くことこそ今の中国の戦略であります。それは間もなく始まるアジア・西太平洋地域への覇権を正当化するための「手筈」であると考えます。
 昨日の国会中継の中で、野党の皆さんは口角泡を飛ばして日本の安全保障の法制論議がけたたましく質されていましたが、それ以上に警鐘すべき「中国の狙い」については如何お考えでしょうか。

2015/05/30

最大な注視が求めらる中国情勢。

 最近の中国情勢は極めて理解できません。一方ではスマイルをもって握手を求めてくれば、次の瞬間、理解できない「反日の権化」と変わる。その点では韓国も同様に思いますが。
 しかし何と云っても中国の「勝手放題」が政治哲学であれば、いい加減な話には「眉に唾して話すこと」に限ります。
 その昔、「井戸を掘った人を忘れない」と云われ、殆どの日本人は「将にその通り」と感激するも、その実、彼らの心の中では「だから今のあなた方には何の「義理」はないのです。」
 嘗て、周恩来が日中国交の回復の際、日本側の代表に云った言葉「日本には小異を捨てて大同に立つという言葉があるが、今は小異を残しても、大同に立つのだ」と言った。
 この言葉に政界をはじめジャーナリストも挙って、拍手をしたが、今になってその心が判ったことでしょう。「小異といえど、捨てずに、自分に都合の良い時に引き出す」と彼らは公言しているのです。「裏切りと欺瞞」に明け暮れた中国の歴史が構築した「生き様」と言えるでしょう。
 

2015/05/29

些か理解できない知事の「県都構想」

 昨日来、新聞のローカル版を賑わす川勝知事の突飛な発言に、私もまた容易に理解できない一人です。一体いつ、どこから発想したのか、突然の「県都構想」(命名にも些か疑問)の提案、その中身は「県と市の二重行政」の解消策と云っておりますが・・・。
 これに対し勿論、田辺市長は強くこれを否定しましたが、全貌が見えない現時点での当然の姿勢であると考えます。
 人口が70万人を割る事が、即ち「政令市」の失格要綱であるとは考えません。「誇りと気力」を失ったときに、執られるべき措置であると考えます。
 「県都構想」という初めて聞く知事の言葉でありますが、静岡市もその言葉に傾聴して頂くことが必要でしょう、田辺市長の英知に期待致します。
 なお、余談ではありますが、市長の定例記者会見で発言された言葉、「ベクトルが逆で」はおやめ頂きたいと私は思います。殆どの市民に理解できない横文字は記者会見の場には不適当と思います。

2015/05/28

判らない選挙権年齢の引き下げ。

若年層の獲得を狙って、18歳からの選挙権が来月にも成立するという。
 即ち現行の「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる事が、意外に抵抗なく決定したのでした。おそらく、成立した後、「若者受け」を期待すれば、各党としても「是非論」に口角沫を飛ばすこともないという安易な妥協の結果と考えます。
 しかし、今のところ殆ど論議されていない民法の「成人年齢」や少年法の対象年齢の引き下げなど「後回し」にしていいのか、大いに疑問です。
 若者ほど投票率が低いとお嘆きの皆様に申し上げたいが、地方選挙で50%を切る昨今、更に選挙無関心層に選挙権を拡大することは如何なものでしょう。
 この際ですので記載しておきますが、最近の投票率の低迷の一因に報道機関の「出口調査」による午後8時の「当選確実」は頂けないと感じています。報道関係者の反省を求めます。

2015/05/27

ばかばかしいイルカの追い込み漁の禁止

 遂に世界動物園水族館協会の警告に従って日本の水族館協会は漁で捕獲された「イルカ」の入手を禁ずることを決めたそうです。誠に莫迦莫迦しい決め事であります。
 ご存知のように昔から日本の近海にはイルカをはじめ、シャチやクジラなどの大型魚類が豊富で、その結果、それらを漁して食料としてきました。昔から四国方面ではクジラを追い掛け回すシャチのことを「クジラ脅し」と呼んでいたと聞いております。それほどにクジラもシャチも日本人の生活に溶け込んでいた動物タンパク質と云えるでしょう。 
 ところで、今日、日本近海に鯨がいないのは、嘗てアメリカの捕鯨船団による「めちゃくちゃな乱獲」によるものです。明治期には数百隻と云う捕鯨船が日本海に進出、彼らの目的は「クジラの油」のみ、肉など全て不要物として、日本海の小魚のエサになっていったのでした。
 こうして、日本海から「クジラ」の魚影は消えていったのです。
 イルカの追い込み漁こそ、文化であり、シーシエバードの難癖つけるような絶滅危惧種でもありません。
 まさに、センチメンタリズムそのもと私は思います。
 旧約聖書にその昔「人間が大きな魚に助けられた」の記述から、捕鯨は人類の敵となったと聞いておりますが…。

2015/05/26

初めての「兄弟の死」

 5人兄弟に生まれ、後に「連れ添い」も出来て合計10人の賑やかな「兄弟衆」になりましたが、幸いなことにこれまで一人も欠けることなく、年寄りになってきました。
 処が、昨年の2月頃、姉の連れ添いが体調を壊し、私も心配して「県立がんセンター」に同行しました。
 実はその頃、「もって、数か月」と宣告され、愕然とした思いの中で、再検査したのでしたが、結果は医師の首が左右に振られただけでした。
 その後、東京に住む本人の長男が万策をもって「病」と対峙、その結果、凡そ1年、健常者と変わることなく、しかも苦しみの期間少なく、平常生活の中で、先週金曜日に家族に見送られて黄泉の旅につかれました。
 彼・落合孝助を知る方々には、「天野進吾の選挙参謀」と連想するでしょうが、思えば面倒な役割を背負らせてしまったと思います。
 落合孝助さん、本当にありがとうございました。さようなら・・・・・・。
 

2015/05/24

止めたい初競りの習慣。

 昨日、夕張メロンの初競りが札幌の中央卸売市場で行われ、昨年より100万円安い、2個150万の高値が付いたと今朝の産経新聞にあった。
 初市場ゆえに提灯価格は、本県の御茶の初取引に見られるように、広告宣伝の一環としてお祭りになっているのかもかもしれません。
 確かにこうして新聞は無視することもできず、お付き合い記事を掲載しておりますが、極めて小児的行事であり、全貌を知らない者にとっては、不可思議な行事です。
 処で、この記事の中で、久しぶりに夕張鈴木市長の名前を見出しました。
 彼は「街の衰退」と「累積赤字」に極まった夕張市の「月光仮面」として、数年前、東京都職員から清水の舞台から飛び降りる思いで転身を決意、当時、石原慎太郎知事も「エール」を送って彼の転身に期待したものの、今では黄昏(たそがれ)の夕張市から脱皮できず、悪戦苦闘の毎日と過日の新聞に掲載されておりました。

2015/05/23

「明治日本の産業革命遺産」に韓国の醜態。

数年前まで、中国国内で大きな問題が発生した時には、必ずと言っていいほど「日本非難」のターゲットとして取り上げ、「内政への不満隠し」の材料に利用したものでした。
 この度、朴大統領がユネスコ委員国に「糾弾決議」を送り「登録阻止」を図ろうとする行為は将に、曾(かつ)ての中国のやり方そのものである。中韓両国の自国民のフラストレーションを減殺するための小児的手段は未だ現役でした。
 明治の初めに韓国から「三菱長崎造船所」に強制徴用があったとは考えられず、あまつさえ「軍艦島」の炭鉱労働者の仕事と代価は相当なものでしたから、韓国が非難するような歴史はありません。 
 現実を調べもせず、悔し紛れに「登録阻止」に狂奔する韓国政治に今更ながらがっかり致します。

2015/05/21

非国民「植村隆」、元朝日新聞記者の愚挙

 自身の「過ち」を迎合する人々に「媚」と共に売る非国民がここにいます。
 元朝日新聞記者・植村隆の名前が久しぶりに新聞紙上に見つけました。
 今月8日、彼はおそらくロサンゼルスの在米韓国人会(ここはリトル東京以上に組織化されております)の要請によるものでしょうが、UCLA(カリフォルニア大ロサンゼルス校)にて講演、その中で、自分は「捏造記者」としてパッシングを受けていると訴え新聞に掲載されております。
 内容は、植村隆が「最初に署名入りで慰安婦の証言を記事にした」ことから国内で売国奴と標的にされ続けてきたが、これは明らかに「言論の自由、報道の自由、学問の自由」と将に民主主義に対する攻撃だと述べたのでした。
 もとより、この講演は,安倍総理の訪米に合わせたもので、韓国から「元慰安婦」も同席させたとありますが、凡そ200人の出席者の中には講演内容に批判的な参加者もいたと掲載されておりました。
 それにしても、植村隆は何処の「国籍」で、生きていこうとしているのでしょう?
 彼は現在、北星学園大の非常勤講師の肩書で生きていますが、実は少し調べてみたと頃、はるか以前、朝日新聞記者として「慰安婦問題取材」のため訪韓した際、従軍慰安婦補償に取り組む「太平洋戦争犠牲者遺族会」幹部・梁順任氏の娘と結婚したという。こんな背景をもつ男にその後の「慰安婦」問題を任せた朝日新聞の愚挙こそ批判されるべきと思います。

2015/05/20

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