静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2015年04月

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首相の米議会演説に拍手。

 昨夜の12時過ぎ、不図、目を覚まし、何気なくテレビのスイッチを入れると、安倍総理の声が飛び込んできました。
 早速、テレビ画面に目を移すとそこには、米議会上下両院合同会議の壇上で、流暢に獅子吼する安倍首相の姿が映されていました。
 凡そ40分間の自信あふれる演説の最中、幾度もスタンディングーオベーションされ、誠に日本人として誇らしいひと時でした。
 おそらく、韓国や中国には極めて苛立たしいひと時であったと思います。
 しかし、この演説内容は決して日米の軍事同盟を示唆するものではありません。もとより中韓両国を念頭に置いたものでもありませんから、殊の外、習近平氏にはご理解頂きたいと存じます。
 それにしても、日本人として胸がすくひと時でした。
 そして、2年前、浜松のグランドホテルでお会いした無冠の安倍晋三代議士に「逡巡することなく再度、自民党総裁に立候補してほしい、」と直訴した時のことを秘かにほくそ笑んだのでした。
 久しぶりの痛快事でした。

2015/04/30

「昭和の日」の朗報

 今朝の新聞には石原慎太郎氏が「旭日大綬章」はじめ、平成27年春の叙勲受章者が発表されていますが、残念ながら私には全く関心がありません。
 そんなことより、今日の話題はなんといっても、日米防衛協力のための指針【ガイドライン】の再改定のために、米国に渡った安倍総理に心からの拍手を送りたいのです。
 勿論、安倍総理の個人プレーの成果ではありませんが、ここ数年来の東南アジアの怪しき雲行きの中で、我が国が選択した政策が正鵠を得、今、確実に新たな「日米時代」を築き上げたものと確信します。
 時、恰も戦後70年、このたびの日米首脳の固い握手は、軍事的緊張を高める中国への警鐘であり、敢えて言えば「地球は一つ」という理想郷への第一歩となるかもしれません。
 そんな意味で今年の「昭和の日」は特筆すべき一日と云えるでしょう。

2015/04/29

「ドローン」の脅威

 首相官邸に潜り込んだ無人飛行機には驚かされました。10年ほど前から静岡のツインメッセで開催されるプラモデル見本市には、玩具としての「ヘリコプター」が展示されておりましたが、飛行技術の難しさに、私の出る番でないと最初から感じておりました。
 ところが、「ドローン」はそんな心配はいらないようで、遊びとしても「はやる」ことでしょう。ですから、早いうちに国は「飛行制限」や「免許制度」など講ずるべきでしょう。
 おそらく、メーカーは中国と思われますが、今回の「事件」は原発をテーマとしてのデビューでしたが、今頃はドローンによる露天風呂撮影や探偵まがいの行為が愈々、はやるでしょう。
 何れにせよ、情報機器の多様化などによって、私たちの生活は益々束縛されるのでした。
 そのうちに「ドローン」と忍者のように、姿を消すことが出来るようになるのでしょうか。

2015/04/27

鳩山氏の後に続くは・・・。

 最近の「元首相」の行動に不審を禁じ得ない昨今ですので、本日は「元首相・村山富市」氏の怪しい行動に焦点を充ててみます。
 来る9月3日、北京で「抗日戦争勝利70周年」記念式典が開催されますが、これに元首相の村山富市氏が招待され、本人も出席する模様です。
 出席となれば「お世辞の一つでも」ということで何を言い出すのか些か心配になります。
 その昔、「おべっか使い」からでしょうが、ひとり「戦時中の日本軍の蛮行」を認知し、中国に媚を売り続けましたが、爾来、中国政府からは高く評価され、折々に「利用」されてきましたが、今回も「日本の大政治家」村山富市氏は「第一級の来賓」として招待されるところとなりました。
 既に、先の村山氏のインタービューでも尖閣諸島について「日中で共同開発し、共に利益を受けるべきだ」と発言するように、村山富市氏の本籍は一体どこにあるのでしょうか、疑問を感ずるとともに、「売国奴」の思いすら否定できません。

2015/04/26

「クリミア」から帰った鳩山元首相

 3月15日のこのコラムに「早くも心配が露呈」と題し、鳩山元首相の愚行を紹介しましたが、一昨日、「クリミア」訪問を実行した氏が記者会見しましたので、その感想を掲載しておきます。
 先ず、氏がクリミアを訪問した理由について、日本が「対露制裁」に加わったことを非難すると共に、これによって、北方問題の解決が遠のいたと指摘、更に本当に「制裁」が必要であったか、現地に赴いてみたいと思ったと述べた。
 この中で、元首相の役割とは何かと問われ、「元首相ということだけで、各国の指導者に容易に会える、そういった方々に会って、現在の日本政府にできないことをやるのが元首相の責任だ」と語り、これからも独自の活動を続けていく意向を明らかにした。
 成程、元首相の肩書は大変なもの、相手国としても失礼のない様に対処するでしょう、しかし、同時に「訪問の意義」は極めて浅薄のものと、見透かされているところです。
 そんなこと、「宇宙人」の氏にとっては何のこともないのかもしれませんが。

2015/04/25

「大原美術館展・名画への旅」について

 今日も静岡新聞の「大自在」を読みながら「大原美術館の数奇な歴史」に思いを馳せた。
 私もこれまで、幾度か美術館を訪問の機会がありましたが、成程、展示されている絵画は際立って価値ある作品群とその都度、感心して帰りました。
 その折、常に私の脳裏を去来する歴史的事実です。それは太平洋戦争の際、倉敷が米軍の爆撃から逃れたのは「大原美術館」の存在でしたが、京都・奈良・金沢に加えて倉敷が選ばれたのはそれ以前の「リットン調査団」の提言と一般的に言われているが、実は、倉敷が爆撃から外れたのは、名もなき軍人の現場での「たっての願い」、すなわち大原美術館にはヨーロッパ人の「魂」があり、破壊してはならないとの激しい直訴が現場の指揮官を動かし、空爆から逃れたと私は聞いておりました。
 今朝の「大自在」を読みながら思いついた事項を書き留めました。

2015/04/23

悲しきは中韓両国の「妬み」

 韓国に至っては朴内閣の崩壊を目前に、一方、中国においても「局部」の繁栄は大多数の犠牲の上に構築され、共に両国の日本に対する「フラストレーション」は今や最高潮に達しているのでした。
 そこに今月下旬、予定される安倍総理の訪米時には、組織だって両国の抗議活動が展開されると云う。
 中国にすれば、写真で見るだけの大都会と繁栄ながら、その数値が示す経済繁栄を形骸化させる日本の優秀さが鼻に付くからでしょう、面白くないからでしょう。
 一方、日本国内にあっても例の「村山談話」を安倍総理が継承するか否かが論議され、「我が世の春」を演じた村山氏にとってはその「継承」に何処までも拘泥するのでした。
 時代が変化し、世界秩序が変化すれば、過去に拘泥することなく現実に対処する事こそ「現代」に生きる者のとるべき道と考えます。

2015/04/22

驚いた、「カジノ」に対する認識。

 今朝の「コラム」を記載した後、何気なく静岡新聞に目を転じた処、新聞一面の「大自在」が飛び込んできた。
 「大自在」は言うならそれは「特別な社説」でしょう、そこに「カジノ」解禁か否かついて「日本書紀」まで引き出して滔々と自説を説いてありました。
 勿論、私も、公器である新聞主張にクレームをつける気はありませんが、今朝の内容は余りにも「不勉強」であり、もって市民に誤解を与えることを恐れて自説を掲載するところとなりました。勿論、私が県議会の「IR推進議連」の代表だからという奢った思いではなく、今、国会でまさに「カジノ法案が上程されるか否か」のこの時期、全く次元の誤った意見を「大自在」という権威ある紙面での掲載であれば敢えて指摘させていただきます。
 筆者の記事の中に次のような件(くだり)がありました。
 「ただ、民営の賭博を政府が公に認めるのは日本の歴史にない」
 この意見は「日本のカジノ」問題を根本的に理解していないが故の言葉でしょうが、権威ある「大自在」への掲載であれば、事前に周囲の方が正しておいてほしかった。
 「民営カジノを政府が公に認める例はない」の言葉こそ今論議されている「IR法」を全く理解していない証拠であります。
 正直に言って「カジノ法案」の通過を最も恐れている連中は、今、アンダーグランドで「賭博」開帳の御仁であり、やくざの資金源を断つことであります。

2015/04/20

何のための「広域避難計画」か?

 県は先頃、浜岡原発の事故を想定して、広域避難計画を発表しました。
 この中で、31キロ圏にある住民94万人の避難先を県下24市町に受け入れを打診、受け入れきれなかった場合には近隣12都県に打診するとのことですが、私には些か突飛に思える行政行為であります。
 「中電浜岡原発の事故を想定し」は勿論、危惧しておかねばならないことではありますが、その根底には「原発排除」の思いが見えるのです。
 おそらく、今後、浜岡原発の存廃については大きな議論となっていくでしょう。
 そんな時、県が率先して、他の都県にまで迷惑をかける避難計画を作る必要があるのでしょうか。
 第一、単独災害であっても神奈川、愛知など近隣県に「避難民」の受け入れを打診するという蛮勇は、静岡県が北海道についでの人口減少県であることを知っての上でしょうか。
 「広域避難計画」は全国に静岡県は「危険一杯」な町と宣伝しているようなものと私には思えるのですが。
 

2015/04/18

心配になります「河野洋平」氏の訪中

 何故か引退した政治家が存在感を失った肩書を携えて、近隣諸国へ出かけ、そこで肩書きある相手国の重鎮に面談する。当然ことだが翌日の新聞記事となって紹介され、そのことによって訪問した関係者は満足するのであります。
 村山談話も同様に、これまでに幾たびか政治的禍根を残すところとなっていましたが、このたびの河野元議長の中国訪問も心配になります。
 なんといっても、この国はその折々に言葉の方便を使い分け、我田引水の理論を押し付ける事極めて得意とするところです。
 日中国交回復に際し、「井戸を掘った人たちのことを忘れるな」と名言?を吐いた周恩来総理の腹の中は「あなた方には義理はない」を代弁したものでした。
 「枯れてもなお」の存在感を誇示する手法として、近隣諸国に出かけて無責任な言動を繰り返す「OBの政治家」には大いに自重し反省して貰いたいのです。

2015/04/17

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