静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2014年12月

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警鐘乱打せよ、中国の狡猾な商法。

 今朝の産経新聞の社会面に、最近「不評の中国製品」を誤魔化す手段とし「Made ㏌ CHINA」が「Made in  PRC」と表示していることを警鐘する記事が掲載されております。
 商品をとって何気なく製造国の表示に目をやり、そこに「嫌悪感」が横切れば誰もがその商品を元の位置に戻す、日本人の極く一般的な心理動作です。その点、商品の製造国に「中国」とあれば多くの人が敬遠する処であり、「狡い中国商法」の一面を見るところです。
 私たちが幼い頃、お祭りなどの賑わいのある場所で大声を張り上げながら商品を売る通称「バッタ屋」がお客に向かって、「メイド・イン・USA」と大声を張り上げ、その商品を翳(かざ)して売っていました。
 買った後に、よく見れば「USA」でなく「USO」、嘘でした。「O」を濁して「メイドイン USA」を思わせるやり方でしたが、いつの間にか国家が「USO」の商法をもって商いする嫌な時代に入ったのでした。

2014/12/18

総選挙が終わって・・・。

今朝の新聞・テレビでは、記者の知らない故でしょうが、「堂々たる選挙違反」を恰も推奨するような記事として掲載、放映しております。
 早速、駅頭に立って通勤する市民に「ありがとうございました」の連呼、また市民が好意的にこれに応える姿、誰一人この行為にぎもんを挟むものはおりません。
 しかし、これは「選挙違反」です。選挙の「お礼回り」は法律でこれを規制していることを寧ろ、報道機関で知らしめるべきでしょう。
 勿論、「お礼の言葉」だけでなく「政策や考え方の報告」などであれば結構でしょうが、駅に急ぐ市民には聞こえません。今後、要注意でしょう。指摘されれば警察も動かねばならないでしょうから。

2014/12/16

驚きました325議席。

 静岡新聞の一面の囲み記事に、公示直後に行った県民対象の世論調査では「与野党伯仲」の構図を期待した県民は42・8%、終盤では更に伸びて47・8%を数えたとあります。
 しかし、結果は自民の圧勝、どう考えても理解できないとこの論説委員の嘆きの言葉でした。
 そういえば昨日乗ったタクシーでも客の声としては「非自民」の声が多いと話していたが、終盤の「自民有利」の振り子が逆に振られると云った昔の風潮はなくなったように思えます。
 何はともあれ、今回の総選挙はこれからの方向をまともに反映したものと考えます。
 それ故に、県内の政治勢力は、暫くこのままに続くと考えます。
 処で、その「囲み記事」の結論に「原発再稼働、安保法制など国の在り方に関わる政策課題が控えている。与党は圧勝に驕らず、民意を十分にくむべきだ」と記載されています。
 処で、「原発も安保」もこの選挙の大きな「選択肢」だったはずです。
若し警鐘するなら、「勝て兜の緒を締めよ」が今の与党への確かな言葉と私は考えます。

2014/12/15

今日は投票日です。

 そこで今日はいつも論議される「国会議員の定数」について考えてみます。
 新聞等で恰も国会をはじめ地方議会の議員定数についても、「少」をもって「是」とする理論がまかり通っています。そしてその理論の根底にあるものは悲しいかな「財政の緊縮」が第一の目的となっているのです。
 そこで、仮に衆議院の定数を180人減らし、300人とした場合の削減効果は120億円、それは本年度の予算の0・01%にすぎないのです。また諸外国に比べても日本が17万7000人に1人に対し、英国は4・4万人、フランスやイタリアは3倍の議員数であり、決して日本が多いわけではありません。そんなことより、「2院制度」について考えた方が「お利巧」ではありませんか。益々高まる日本の「官僚依存」の政治に神経を注いでは如何でしょう。
 さて、昨夜を持って選挙期間は終了しました。この際、一寸心配なことを記載しておきます。それは選挙の終盤に入って新聞やテレビのマーケティング情報から「自民盤石」の報道が続き、選挙民に「?」の思いを起こさせたのではないでしょうか。
 何しろ「燃えない選挙戦」の連続であったように思えます。宣伝カーが来ても、手を挙げて声援する人は極めて少なく、総じて寂しい選挙戦に思えたのでした。

2014/12/14

明日は総選挙、選挙結果に大いなる関心。

選挙戦で自民党が屡々、声高に主張してきた「円安」のメリットの一つとして、今朝の静岡新聞には「NY原油、60ドル割れ」とあります。
 今年の7月までは「100ドル」を超えて推移してきた原油は遂に4割も下落したのでした。このように安倍政権となって、「円安・ドル高」は確実に日本経済へのホローの風となって、国内産業にも新たな「胎動の曙」となると考えます。
 そうした観点からこのたびの総選挙を見るに、野党の離合集散は極めて情けない状況にありました。
 「俺が俺が」の我を捨てきれず、我田引水の「主義主張」に揉まれる最中、安倍総理は今こそチャンスと解散に打って出れば、野党の皆様は右往左往して舞台は整わず、遂に投票日も明日に至ってしまいました。明らかに自民党の作戦勝ち。
 

2014/12/13

「法輪功の日本公演」に対する中国政府

 遙か以前から「法輪功」の新聞など出版物を誰が届けるのか知りませんが、県庁の議会室に贈られてきております。
 勿論、その「法輪功」が中国政府のアンチテーゼであることは充分に知っておりました。その「法輪功」が本年も日本で公演することに、中国政府は〝中国共産党を誹謗している」との理由で公演中止を求めています。
 その中国共産党の姿勢に対し、会場となる東京文化会館は苦慮しつつも「会場使用の不承認は理由がない」と云っておりますが、私もその通りだと考えます。
 中国政府は自らに対抗する如何なる思想・宗教・哲学などに過度な弾圧を繰り返し、その組織の撲滅のために、あらゆる手蔓(てずる)を弄してこれを弾圧してきました。
 中国はいつの間にか世界第2位の経済大国になったのですから、そろそろ「お大尽」の姿勢をもって政治に、国民に対処してほしいと思います。

2014/12/12

不思議な国「韓国」のおばけ

 韓国の理解し難い政治は毎度の事で、今更に取り上げるのも野暮ですが、例の旅客船沈没の際、朴大統領が「行方不明」となり、その後、大統領の元側近であるチョン・ユンフェ氏との密会が原因であったことが報道され、結果、今では支持率30%台に落ち込んだと新聞に掲載されております。
 処で今日の記事も、日本では考えられない小児的記事の連続です。まず不思議なことは「検察当局」が大統領の弁護士になっていることです。警察が捜査した内容をただ否定することが「検察側」の役割なのでしょうか。
 更には検察であれ、警察であれ、幹部は大統領と極めて近い血縁とある様に、相変わらず「血縁」が大きな力となって、政治経済を引っ張ているようです。
 処で、今の韓国にはもっとやることがあるでしょう。差当り冬季オリンピックの会場造りに精を出して下さい。莫迦しい「反日」運動に自国の苦悩を紛らわすことはそろそろお止めになっては如何でしょう。このままでは遠からず「中国の属国」になること、心配です。
 

2014/12/11

愈々、切羽詰まった「平昌五輪」

 2018年、冬季オリンピックは韓国の「平昌」で開催されるが、既に現段階で施設の建設の遅れなどで一部の競技は開催困難、そこで種目によっては「日本開催」は如何かと打診がある所であります。
 こうした流れの中で、舛添要一都知事は「東京五輪」に結び付け、一部競技を周辺国に移すことなどを容認した「IOC」の決定を理解できないとこれを否定した。
 確かに、座礁しかねる「平昌」大会は隣国として心配ではありますが、日頃、大口をたたいている韓国であれば、今かでも十分に対処できると思いますので頑張ってほしい。
 この時期から軽々に「ご協力を」はないでしょう。
 

 2018年、冬季オリンピックは韓国の「平昌」で開催されるが、既に現段階で施設の建設の遅れなどで一部の競技は開催困難、そこで種目によっては「日本開催」は如何かと打診がある所であります。
 こうした流れの中で、舛添要一都知事は「東京五輪」に結び付け、一部競技を周辺国に移すことなどを容認した「IOC」の決定を理解できないとこれを否定した。
 確かに、座礁しかねる「平昌」大会は隣国として心配ではありますが、日頃、大口をたたいている韓国であれば、今かでも十分に対処できると思いますので頑張ってほしい。
 この時期から軽々に「ご協力を」はないでしょう。
 

2014/12/10

「警戒警報発令」、自民圧勝の報道に。

 今朝の産経新聞では、一面のトップに「自民単独で3分の2迫る」とあり、14日に行った電話リサーチによる世論調査結果を報道しています。
 勿論、自民党関係者であったら今の時点で、こんな予測記事を掲載していれば、実際の選挙時においてどのように有権者は行動するか、大変心配するところです。
 私の記憶の中に、今日と同様の「予測記事」に惑わされ、その結果自民党の「表層雪崩」を経験したことがあります。確か橋本内閣の時代ではなかったかと振り返ります。
 更には昔から日本の政治には「振り子の原理」が使われてきました。前回の選挙では自民に大きく味方した「振り子」は、当然ながら次にはその反動によって逆転すると云われてきました。勿論、これは日本政治の未熟を象徴したものですが、それ故にこの記事のように「自民大勝」を謳われては喜ぶことはできません。
 「百里の道も99里をもって、半ばとする」今こそ褌(ふんどし)を締め直して自重を。

2014/12/09

いつの間にか街路樹に張った蜘蛛の巣も・・。

 今日は特段のテーマもありませんので、暇に任せて私の最も嫌いな蜘蛛について記載して誤魔化します。
 私たちが幼い頃、家の台所辺りで「ぼけー」としていると、突然、小さな蜘蛛が天井より下がってくる、驚いて手を伸ばすも既に蜘蛛は忍者のように私の視界から消えていました。恐ろしく迅速な上下運動ですが、驚いたことに、降りてきた蜘蛛の糸も全く残されてはいません。
 「何処へ消えた・・?」の疑問を残したまま半世紀の歳月は流れました。
 この季節、公園などの樹木に張った「女郎蜘蛛」の巣は既に消えております。蜘蛛がいなくなって巣が「自然風化」したと考えておりましたが、先の天井の蜘蛛同様、「飛ぶ鳥跡を残さず」の格言を守って、全ての蜘蛛の巣は消化されたとのことです。蜘蛛の糸はアミノ酸が原料、天井から降りてきた糸も、蜘蛛の巣も、蜘蛛にとっては大事な食品です。
 「虻蜂取らず」の格言の主人公は蜘蛛です。同時に巣に引掛かった虻(あぶ)と蜂の双方を取るべく、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりしているうちに双方の獲物に逃げられたことを云う諺です、
 さて、あの女郎蜘蛛の巣(全ての)の糸には縦糸と横糸がありますが、横糸には粘りがありますが、縦糸にはありません。それ故に、蜘蛛は縦糸だけを歩道として走り回っているのです。蜘蛛について「無駄知識」は豊富ですが、今日は以上で止めておきます。

2014/12/08

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