静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2014年09月

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「納豆と豆腐」の出生の秘密を続けます。

 昨日は 突然の快報にコラムを打ち切って恐縮でした。どなたかがホームページの中で「途中下車は困る」のお言葉もあり、只今、早速続けます。
 それは私が20代の頃でした。
「豆腐」は豆の素材を上手く「納めて」作るものであって、決して豆を腐らしてはいません、寧ろあの強烈な匂いを発する「納豆」こそ「豆を腐らして製造する」のではないだろうか。
 一方、「納豆」は見た目にも怪しく、更には嗅いでみれば、歴然、この豆、腐っていると思わずにいられない強烈な匂いが発せられます。
 そこで私は、「納豆」こそ「豆腐」と表わしたほうが正解ではと連想、更に私の邪推は進んで、その昔、中国から初めて「納豆と豆腐」が伝えられた折、見た目から誰かが「豆腐と納豆」を逆に表現してしまったのだろうと考え、それ以来、信じて疑わなかったのでした。
 ところが20年ほど前、読んでいた本の中に、お寺の住職が「納所から納豆を取り出す」場面があり、「納所で作るから納豆」と名付けられたことを知りました。
 だとすれば、豆腐は如何と調べれば、何と「腐」の文字は「腐るという意味ばかりでなく、
「固形と水溶」の中間の状況を表現する漢字でした。「豆腐」に触れた時、固形物化か、水溶物なのか、触れば崩れるあの状態を表す漢字が「腐」であることを知り、初めて「豆腐も納豆」もその名づけに納得したのでした。

2014/09/18

「豆腐と納豆」の出生の秘密

特段、掲載する材料もなければ、朝食に食べた「変な豆腐」から思いついて以下、知識の一端を記載しておきます。
 「変な豆腐」とはその容器のこと、プラスチックの器に製造段階から形づけられ、問答無用の「1人1個」の配給形態になっておりました。それを見たとき、既に廃業した近所の豆腐屋さんが私の脳裡に懐かしく思い出したのでした・・・
 この時私の携帯電話の「ベル」がけたたましく鳴るや、受話器から聞こえた友人の言葉は、これから記載しようとする「納豆の文化論」をすべてすっ飛ばしたのでした。
 それは例の「ミス静岡」富士山三保子がミズリー州の博物館に丁寧に保管されているとの連絡でした。
 ですから本日のコラムは以上で終わります。

2014/09/17

今週は2回の「歴史講話」が控えておりますが。

3連休が終わった今日、親しいライオンズクラブの例会で「講演」を依頼されております。
 一方、金曜日には教育関係者が組織する勉強会で、同様の「郷土史講座」を依頼されておりますが、困るのはその「講演時間」です。
 テーマは同じ「郷土史」ですが、与えられた時間が一方は40分、他方はその3倍の2時間です。勿論、面倒で神経を使うのは「40分」の方です、登呂遺跡に始まり、「庵原君臣」の白村江の戦いなどに触れていたら、「今川文化」で時間終了は明らか、されば、何からはじめ、何処に話の結論を持っていくのか、時間調整に神経を使います。
 勿論、折角呼んでくれた仲間のクラブであれば、ご満足頂けるよう話の段取りには今から神経を使っております。
 当然ことですが、私の講演目的は単に郷土史を紐解くことではありません。少しでも置かれているこの町の欠陥、或は脆弱性を理解頂き、市民の覚醒に期待して講演しております。

2014/09/16

日和見の韓国、態度が急変する。

まさかと思った「日韓交流おまつり2014㏌SEOUL」に韓国・尹外相が出席、別所在韓日本大使と共に舞台を鑑賞し、更にはその後も20分ほど会談したという。将に驚きです 
 一方、8月15日の朴大統領の演説では、来年の日韓国交正常化50周年を「新たな出発の元年になってほしい」とこれまでの態度からは夢想だにできなかった論旨を語り、日本人の感覚では「鳩に豆鉄砲」の昨今でした。
 処でこの急激な韓国の態度の変化は何処から来たのでしょう。
 おそらく、韓国政府の日本蔑視の根源であった「慰安婦」問題が、ここにきて「朝日新聞」の捏造や作為的誤報から生まれた「反日政策」だったことが証明され、韓国にとっても面子丸つぶれの事態になったからでしょう。
 更には「イケイケどんどん」の韓国経済もここにきて急速に降下、このまま日本敵視を続けているなら、衰退の道をひた走ることになると理解した結果と思います。
 韓国にとって、手を携える相手は中国ではありません、近い将来、危険な国・中国と交流を続ければ、大きな火傷(やけど)を覚悟しなければならないでしょう。

2014/09/15

お粗末・「朝日新聞」の土下座。

遂に原子力規制委員会に朝日新聞は脱帽したのでした。
 予(かね)てから、原子力規制委員会から「誤認と誤解」を与える編集があったとして、訂正記事と謝罪を求められたことに対し、この度「大きな間違いを犯した。田中委員長はじめ関係者にお詫びする」と漸く謝罪したのでした。
 実は、私には朝日新聞の記事より不快な報道は「古舘キャスター」の報道ステーションです。人を小ばかにした「反政府的言動」、それを説明する古舘氏の言葉は、極めて聞きにくい言葉の羅列であり、それは明らかに「偏向報道」そのものでした。
 更に、その内容は極めて意図的であって、明らかに視聴者を「反原発」に導く反政府機関の宣伝放送と云えるほどでした。
 また一方、「慰安婦問題」についてもそれまでの報道は明らかに自虐的でしたが、この度遂に「慰安婦問題は虚構」であることが判明、その結果、朝日新聞も「記事の誤り、撤回」を渋々認めた処でした。
 11日の記者会見で、それまで朝日新聞の報道を批判してきたメディアに対し、「朝日新聞が誤ったもの」と全面的に認めたのでした。それは将にみっともない「朝日」の土下座でした。

2014/09/13

ミス静岡・富士山三保子さんは何処に。

「タイトル」で読むか否かが決まるものであれば、今日のコラムは読んでくれるでしょう。
 昭和2年、アメリカから日本へ「平和の使者」として、1万6000もの「青い目の人形」が寄贈され、それらは全国各地の学校や園に贈られたとのことです。現在でも県内では熱海の網代小学校、名前は「メリーちゃん」、をはじめ小笠郡浜岡小、長田西小学校など数校、数園にこの「青い目の人形」は保管されているとの事です。
 一方、送られた我が国も答礼として、各都道府県から例えばミス「東京花子」、ミス「山梨富士子」など、地域の名前を冠して、凡そ60体の「豪華な日本人形」をアメリカに贈りました。
 しかし、不幸なことに、それから20年もたたず「太平洋戦争」が勃発、その際、送られた人形は「敵国」からの贈り物として、両国の銃剣などによって破壊され、ごみとして廃棄されていきました。
 さて、本県からも「ミス静岡」が贈られたのですが、その人形の名前こそ、「富士山三保子」と名付けられました。云うまでもなく本県を代表する「富士山」と「三保の松原」からの命名です。
 そして、その「富士山三保子」は今、アメリカのミズリー州カンザスシティの博物館に今も大切に保管されていると云われます、本当だろうか。若し、確かなら「富士山三保子」の里帰りなど「県と市」が相協力してのイベントは如何でしょうか。そして何より平和教育というものでしょう。 
 なおこの人形の作者はサインから人間国宝・二代目「平田郷陽」であると判りました。
 以上、あちこちに手を伸ばして、現在調べの最中です。また新たな展開があった時には、再びこのページに掲載します。

2014/09/12

些か遅ればせながら一言。

4月に中国、7月に韓国、そして今月はロシアと立て続けに海外出張をした東京都知事・舛添要一さん、その行動に対しご自身は「国家間は別として、都市間の交流強化が進んでいる」と自画自賛ですが、大丈夫でしょうか。
 例えば「9割の都民は韓国が好き」と媚を売り、或るときは「私は安倍総理の特使」など勝手放題の言葉をもって、訪問国に自身を売り続けるのでした。
 国によっては後々、大事になる可能性を秘める言葉を、単なる迎合用語で言っては困ります。殊に心配すべきは現地メディアのご都合主義の報道です。
 今日、日韓の最大課題である「慰安婦」問題は、訪問した政治家の媚・諂(こび・へつら)いから生まれた禍根です。
 云うまでもなく、東京都には日本の外交は委託しておりません。都民にとっては、この外遊は「都知事」のお遊びと捉えますから、都知事と云えど、しっかりとした視察報告書、勿論、会計報告書もご提出ください。

2014/09/11

バカバカしい記事の代表と云っていいでしょう。

今朝の静岡新聞の社会面に、未だ治らない「報道の病」が掲載されていました。
 見出しは「高市氏、極右代表と写真」と大活字で書かれ、さらに事を賑わせるためか、「海外メディアも報道」と、極めて意図的で、しかも情けない説明記事が添えられていたのでした。
 内容は国会内で雑誌のインタビュアーを受けた際に、依頼されて写真に納まったと高市氏が云うように、何の意図もないツーショットが、海外電子版に「国家社会主義日本労働者党」の代表と恰も懇意であるがごとく報道、更にこれを「共同通信社」は全国の地方紙に送ったのでした。
 昔は内閣改造後に「新任大臣のゴシップ記事」が通常でしたが、安倍内閣になってからは一件も発生しないことにご不満でしょうか、こんな莫迦ばかしい記事、将に朝日新聞的「貶(けな)し記事」をそのまま掲載する静岡新聞には疑問を持ちます。
 長い間の静岡新聞の購読者、これまでも共同からの記事に疑問を持つこと屡々ですが、東京より送られる記事にはもう少しの「検討」を期待します。
 幸い、私の場合、コラムは無料で、読者も限定されていれば、自身の心の赴くままに毎日勝手放題の意見を記載し、「選挙の洗礼を受ける立場」としては些か生意気でしょうが停まりませんことお許しを。

2014/09/10

昨日のコラムは何処の消えた?

昨日は最近の中国事情を心配して、独眼竜でしょうが、思うままに中国軍部の台頭を心配して批判記事を書いた処でしたが、来客や瑣事に追われているうちに、それまでの書きかけ原稿は行方不明になってしまいました。
 ところで、草稿途中で席をたったまま、ご無沙汰の足久保に車を走らせ、その最後に昔、係りを持った老夫婦を何気なく尋ねました。
 もう80に近い年齢の奥さん、かつては学校の先生をしておられたはず、その昔、何かの折にご夫婦で市長室を訪ねられ、以来顔見知りとなって、今日に至りましたが、昨日は大変興味深いお話を聞かせて頂きました。
 昭和の初め頃、米国から日米親善を目的に、全国の都道府県に「青い目の人形」が贈られました。一方、各都道府県はその答礼として、その地の個性的名づけの「日本人形」をアメリカに贈ったのでした。 本県では「富士野三保子」と名付けたそうで、「ミズリー州」に贈られたようです。
 沢山の答礼人形のうち、たとえば「ミス広島」の人形の場合には、1974年に里帰りを果たし、三重県は2009年、富山は95年に修繕を兼ねて里帰りを果たしたようです。
 そうした中、静岡から送られた人形の名前が「富士と三保」とは将にタイミングもよし、この際「ミズリー州」の何処の美術館か博物館は分かりませんが、調べるのも一考かと存じます。 フリー百科事典「ウィキぺディア」に「青い目の人形」は掲載されております。

2014/09/09

「王様の腕は長い」は好評のうちに配布されております。

先月出来上がった小冊子「王様の腕は長い」は順調に配布され、読まれておりますが、一方、読者から、私にとって大変有難いご意見やお手紙も頂いているところです。
 そんな処から、この際、県内市長・町長あてにこの冊子を贈ることに致しました。
 云うまでもなく、自治体の長は長い腕を持っているのです、それを「民主的」とか「住民サイドに立つ」とかの「逃げの方便」故に、地域の重要な行政課題が手つかずに放置されている課題が少なくはありません。
 一つの課題を短期間で解決できればそれだけ行政経費、勿論、人件費だけ考えても少なく済むでしょう。
 頓挫した行政課題に対処する手段は幾通りもあります。ただ、執行者側に勇気があるか否かの違いだけです。

2014/09/07

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