静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2014年06月

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「傍中、韓あり」

 7月3日、習近平主席は国賓として、初めて韓国を訪問するという。
 昨年、2月の大統領就任時から今回の首脳会談で5回目の会談というから、3ヶ月に1回の激しいデートを繰り返しておりますが、その熱愛振りには「痘痕(あばた)もえくぼ」の言葉を思い出します。
 世界の動きを見るに、最近の中国には多くの国が警戒心を募らせている。
 その事を知る中国政府は、ここでは日本に敵対感情を募らす「韓国」を仲間にしておくことが絶対必要との判断から、「傍中、韓あり」即ち、「中国の傍らに韓国を据える」という、極めて応急的な政治手法を選択、国内問題に翻弄され「権威も人気」も消えかかる朴大統領に「媚を売る」ことにしたのでした。
 この動きから察するに、中国政府は北朝鮮を見放したと理解していいでしょう。そして米軍にこれまで、「おんぶに抱っこ」の韓国を、近隣アジア諸国との摩擦を抑える手段として韓国を味方にしておこうという「中国政府」の戦略であると私は信じます。
 毛沢東以来、多くの「国家主席」の中で、習近平こそ最も権謀術数を策する男である事を無視してはなりません。

2014/06/20

そろそろ、妥協しては如何でしょう。時間がありません。

 タイトルでは「?」、何の事と思われるでしょうが、何時も「いい子」でありたい公明党の姿勢に一言申し上げます。
 これまでの審議で「集団的自衛権」も、概要は理解されたでしょうが、愈々、今国会も会期末となりました。ですから何時までも昔ながらの「責任逃れ」の姿勢は止めて、与党たる決断と自覚を胸に対処して貰いたいと存じます。
 基本的に我が国の軍事力は大したものではありません。ですから当面はアメリカの傘下にあって近隣諸国と手を携えての防衛指針を貫く以外、愚かな近所付き合いはできません。
 例えば、シーレーンについても「機雷掃海」の役割を避けて通ることはできませんので、必要最小限の武力行使は必要不可避であると考えます。
 山口代表の「慎重に論議する必要がある」とは単に党員への弁解の言葉であって、説得力の無い危弁と云わざるを得ません。

2014/06/19

「カジノ法案」は継続審議に

 「カジノ法案」の名称も最近では「カジノを含む複合型リゾート施設(IR)整備推進法案」に替わりましたが、その法案も間もなく会期末を迎えるところから「継続審議」となる意向であります。
 ただ、それを主張する「民主党」には相変わらず、「観念的野党」の陰を引き摺り、場当たり的な理論展開に終始しているように思われます。
 カジノの導入によって「治安が悪くなる」との一般主婦向けの論理に終始しているようですが、些か「木を見て森を見ない」これまでの政治姿勢に落胆いたします。
 今、例えば静岡競輪場に行って、ヤクザ紛いの遊び人を見つけることができるでしょうか、嘗ての『呑み屋』の如き「組織の人間」がいるでしょうか。
 今、この「カジノ法案」が通過し、ラスベガスやシンガポールのようにオープンになった時、一番困るのは他ならないヤクザ組織です。時に静岡市内でも摘発されますが、東京・横浜・名古屋などには多くの「カジノ場」が存在しております。そしてその全てを掌っているは、ヤクザの組織体です。
 だから、法案通過を最も警戒するのは「彼等」なのです。
 オリンピックの開催、外国人観光客の増大、そして世界中の誰もが共有する遊びとして「カジノ」を考えて戴きたいと存じます。

2014/06/18

「石原環境相」発言は問題だ。

 父・石原慎太郎氏の言動は若い時代より夙に有名でしたが、その息子の伸晃氏も一抹の心配を抱いてきました。殊に「人を見下した姿勢」を屡々、見せる彼の言動には安倍総理も神経を使う所だったと思います。
 その彼が原発事故による汚染廃棄物の貯蔵施設の建設に当り、「最後は金目でしょう」と反対住民に開き直った発言をし、昨日来のニュースで叩かれていました。
 以前、この欄でも、組閣以来1人の大臣の首のすげ替えなく、今日まで継続できた事を高く評価しましたが、その折にも一番の心配は「石原環境大臣」でした。
 もとより、石原氏の人相も大衆受けする方ではありませんし、長身故に人を見下すような態度が屡々、見える所から、安倍内閣切っての「危険人物」と見てきましたが、図らずもこの度「尻尾」を出してしまったようです。大事にならなければいいのですが。

2014/06/17

「サイパン上陸」から70年

 昭和19年6月15日、米軍が上陸、3万人の日本兵と現地の住民1万人が犠牲となりました。この惨敗によって、東条内閣は総辞職したが、この時、何故、日本は「白旗」を上げなかっただろう。
 勿論、翌年の原爆投下を経験しても尚、「1億総玉砕」を叫ぶ軍部の存在はこの「サイパン島玉砕」同様、「心頭滅却すれば火もまた涼し」を信じていたのでしょう。
 ご存知のようにこのサイパン島から極く近くにある「テニアン」島が昭和20年8月、広島への「原子爆弾」の配達基地となって、史上最大の「惨劇」をもたらしたのでした。
 時代は移って、玉砕を象徴する「バンザイヒル」には現在、多くの観光客が集い、その中には「日本人の若者たち」も混じっています。
 ところがそのバンザイヒルをバックに「ピース」と云いながら中指と人差し指を立てて笑顔で写真を撮る若者たちの何と多い事だろうか。
 第二次大戦も早くも、「おぼろげな歴史の1頁」となっていったのでした。

2014/06/16

国際感覚ゼロの中国政府

 この度、李克強中国首相が渡英するに当って、エリザベス女王との面会に応じないなら「英国訪問」を撤回すると脅したという。その結果、泣く子と地頭には勝てないようで、仕方なく英国は面会を受け入れたそうです。
 ここまで書けば、嘗て中国が「天皇陛下」との面会を強要した事件がありましたが、思い出すことでしょう。将に大人げない中国政府と断ぜざるを得ません。
 「成り上がり者」によく見られる「スタンドプレー」そのものですが、恐らく国民への「中国が一番」という強がりを見せつけるために執った行動であり、そこには国内の思想的課題、地域での紛争、バブル経済の終焉に対する国民の疑惑などを払拭しようとする作戦でしょう。本当に見っともないの一言です。

2014/06/15

「若しや…」中国の政治状況に憂い。

 最近、中国機が自衛隊機に「異常接近」した事実を中国政府に注文をつければ、逆に日本の自衛隊機F15戦闘機が接近し、その様子を撮影した画像があるという極めて「まことしやか」な抗弁をしてくる始末であります。
 中国機の異常接近は1度ならずであれば、中国政府が「難癖」を付けているしか云いようはないが、ここにきて、私は「自衛隊機への異常接近」は政府の知らぬ処で、即ち「軍部」が勝手に挑発しているのではないかと、即ち「自衛隊機への接近」は政府の与り知らぬ処であって、欲求不満からくる「軍部の勝手な行動」ではなかろうかと考える様になった。
 勿論、日本の例に見る迄もないが軍部の欲求不満は一番危険です。だとすれば、「軍部」と「共産党」の間に溝が生まれつつあることを示すものと考えますが、穿った考えでしょうか。

2014/06/14

「STAP細胞」事件も愈々、終幕に

 今年の1月、イギリスのネイチャー誌に「STAP細胞の製造に成功」と発表、報道機関は「ノーベル賞」ものと大々的に報道、学者「小保方晴子」は科学界のシンデレラとデビューのでした。しかも写真では「割烹着」姿で、何処にでもいる「お嬢さん」を演じ、世間の注目を一身に浴びたのでした。
 しかし、1週間後には、「?」が新聞、雑誌に掲載される処になり、3月には仲間の若山教授や野依理事長らも論文の画像に重大な瑕疵がある事を指摘、4月1日(エプリルフール)、遂に論文の画像は「捏造」と認定され、そして昨日の新聞では「理研センター」の改組が決まったのでした。
 「大山鳴動鼠一匹」の言葉がありますが、独りの功名心から日本の科学会には極めて払拭できない不名誉を残したものでした。恐らく無色無臭の色気もなかった「理研」に飛び込んできた蝶々に、若山教授は一時の迷いに、人生を踏み誤ってしまったのでした。 

2014/06/13

「ニュースステーション」の偏向した報道姿勢に怒る。

 生理的に嫌悪している「報道ステーション」には生理的にも「チャンネル」を切り変えない私でしたが、電源を入れた番組が「報道ステーション」だったために、暫く見ていました。
 勿論、党首討論のニュース番組でしたから、たまたま映し出された海江田民主党党首がどんなスピーチをするのかと聞いていましたが、率直に云って「情けない論陣ぶり」でした。その結果、今日のニュースでは、民主党内に「海江田党首」交代論が噴き上げてきたと書かれております。あの討論を聞いて、内閣側に「けち」をつける番組は「朝日」だけでしょう。何時まで経っても反省しない報道機関です。
 「正々堂々、憲法改正を発議すべきだ」と安倍政権の手法を批判した海江田氏の発想は私には理解出来ません。殊に集団的自衛権の発動によって、万が一、自衛隊員の死があった場合どうするという野暮な質問は「小学校の反省会」、とっても野党第一党の党首の質問でもなければ、総理の回答する質問でもありません。
 愈々、民主党内の「内乱」は幕を切って落とされます。

2014/06/12

「いつまで続くぬかるみぞ・・・」そんな歌が聞こえてきます。

 与党間では今、「集団的自衛権」という理解し難い言葉の扱いに、延々と論議が続いています。
 これまでの我が国の基本的政治思考は、あの盲目的な「平和」主義から全てはスタートしておりますから、当然のこと「9条」は神聖化され、これに偏向を求める事は「天に唾すること」であって、犯すべからざる領域でありました。
 しかし、長い間、「改憲」をタブーとして「60年」前の、しかも押しつけられた云われた「現憲法」を哲学のように「後生大事」と守り続けている国は日本ぐらいなもの、ヨーロッパ諸国は「民法、刑法」と同列に幾度となく改憲してきました。それは憲法が時代の変化にそぐわなければ「国民の為の選択」が出来ないからでしょう。
 現在、中国はまさに「アジア圏の暴漢」になってしまいました。若し日本がこれに対し「傍観者」を装うなら、アジアの小国は忽ちにして「中国の新疆」になってしまうだろう。日本が敢然として東南アジア諸国と手を携え、米国の後援を頂いて、中国の我儘を牽制しなくて、アジアの平安は保てないと思います。
 与党にあって、常に責任回避できる政治姿勢をとるのはそろそろ、卒業しては如何でしょう。公明党に申し上げます。

2014/06/11

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