静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2014年04月

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高齢者の「免許返納」を促進しよう。

 昨日の夕刊に県内での「運転免許証」の自主返納の実態が掲載されておりましたが、県内各地の取り組みをみて、本市でも大いに参考として、推進すべきではないかと思い、取り上げました。
 浜松市の場合、浜松市タクシー協会では「県協会の特典」に上乗せし、利用券2500円分を返納者に交付しているとあり、また長泉町ではタクシー1割引き、伊東市では「日帰り入浴半額」など様々な特典をもって、「高齢者の免許証返納」を促進していますが、高齢者の交通事故が年々増加する中にあって、本市としても大いに参考とし、これを進めるべき政策の一つ考えたのでした。
 私の周辺でも高齢化による不注意、誤操作によって小さな事故が屡々です。だからと云う訳ではありませんが、本日はこれから息子の運転で「日本平」に、そして久能山での式典に出席致します。

2014/04/17

「老驥無理」、小泉・細川両氏の試み

 「老驥無理」などという4字熟語は勿論ありません。たった今私が作った言葉で、しかも「老驥千里」を皮肉ったものです。
「老驥千里」とは、老いたるといえ「駿馬」は深い知識と幅広い知恵を以って社会に貢献することを云います。
 さて、この度、昨年の都知事選の醜態を反省することなく、小泉・細川のご両人は老々介護しつつ、脱原発を目指す一般社団法人「自然エネルギー推進会議」を設立しました。
 率直に云わせて頂くなら、嘗(かつ)て総理であった気概を打ち忘れ、そして当時の原子力に対する認識すら無視して、国民に「媚び」を売る姿は誠に残念です。
 細川さん、貴方が総理として為した最大の仕事が「小選挙区制度」の導入でした。
 私は今でも貴方が目指した政治改革は「選挙制度改革」ではなかった、報道機関の戦術に操作された結果と思っております。そこに「おぼっちゃま」総理の弱さが出たのでしょう。
 一方、小泉総理の為した業績は「規制緩和」と「郵政民営化」です。「規制緩和」は生活に身近な商店を排除し、地域商店街を壊滅させました。「郵政民営化」は「大山鳴動鼠一匹」を代表する馬鹿げた政策でした。
 そのご両人が今、再び「啓蟄(けいちつ)」を過ぎた頃からもぞもぞ動きだしたのです。そこで浮かんだ言葉が「老驥無理」でした。

2014/04/16

私の心配、来月の連休明けに「カジノ法案」は可決するのか?

 国の「IR議連」では、5月の連休明けには国会を通過させると自信の程を見せておりましたが、その時が近付くにつれ、私の不安は増幅致します。
 勿論、オリンピック招致が決定した以上、日本を訪問する外国観光客に対する「サービス施設」としても「カジノ」解禁は時代の要請と云えるものでしょうが、潜在的には誰もが肯定する施設ではないので、躊躇する「議員心理」に一抹の不安を払拭できない処です。
 勿論、私のコラムを読んで戴いている方には「日本平構想」は如何とお尋ねのことでしょう。「笛吹けど踊らず」の諺がありますが、気候に恵まれたこの街の人々には未だ「明日のない街」が理解出来ない様です。
 「人口の減少」速度は全国一、更に産業も、例えば本市に誕生した「ポーラ化粧品」も静岡工場の移転によって壊滅、更にはこの街を見限った大企業の支店、営業所は静かに去っていくのでした。街中のビルには「貸室」の案内表示ばかりが目につきます。
 本当に良いんでしょうか。私達の孫や曾孫がこの街で生きる事の出来るのでしょうか、甚だ不安です。

2014/04/15

驚きました「ルノアール」の彫刻への皆さんの提案。

 12日のコラムで、県立美術館の芳賀徹館長が駅南口に置かれた「ルノアール」の彫刻の代替地として、「県立美術館の入口」では如何と提言された事を掲載しました。
 正直云うと、その時、私は芳賀館長の言葉に単なる「冗句」として受け止めたのでしたが、意外なことに私のコラムを見た方から、「成程良い場所ではないか・・」の受け入れる声が集まってきたのでした。
 静岡市が大枚1億余円をもって、駅南再開発の記念メモリーとして「清水の舞台」から飛び降りて購入したブロンズ像でありながら、その転居先を県美の入口でも「これを了」と判断した方の心は、恐らくその場所が多くの市民の目に触れ、「ルノアール」も喜ぶものと判断した結果でしょうが私は驚きました。
 そこで、私から田辺市長にその旨、提言してみましょう。
 実は「勝利の女神」像は以前から七間町と呉服町の交差点では如何かと、地域の商店の皆さんからは提案されておりましたが・・・。そろそろ安住の地を提供しましょうか。

2014/04/14

「ルノアール」の彫刻は如何にすべき?

 「佐伯祐三」の作品展が現在、県立美術館で開催されております。 
 実は、私が最も好きな画家がこの「佐伯祐三」でしたので、オープニングには家内ともども拝見させて頂きました。帰り際、館内の喫茶室に立ち寄った処、芳賀徹館長が協力して戴いた大阪市美術館の館長を伴って入って来ました。
 一寸した会話の後、芳賀館長から駅南口に設置されている「ルノアールの彫刻」をこの美術館の正面に設置しては如何かと云い出したのでした。
 勿論、私には答える権限はありませんので、笑いで誤魔化しましたが、やはり今のままの「路傍の石」では本市の審美眼を疑われるところでしょう。考えねばなりません。
 実は「ルノアールの彫刻」が南口に設置されまでの経緯(いきさつ)は今では誰もご存知ない処となっております。そこで凡そ20年前、市長として私が関わった各種の行政実例を正直に告白し、そのプロセスを書き残すべく出版の準備をしております。
 6月頃には希望者に「王様の腕は長い」が無料配布できると準備しております。

2014/04/12

「慰安婦像」を世界中に・・・韓国の目論みは何。

 最近ではオーストラリアでも「慰安婦像」の設置を準備している様です。
 率直に云って私には最近の韓国政府に「負け犬の遠吠え」を感じるのです。例のオリンピックで優勝をさらわれたキムヨナ選手への「我田引水」的振舞い、この度も国際スケート連盟の懲罰委員会に提訴と、日本人には考えられない行為が目立ちます。何かフラストレションが溜った結果でしょうか。
 処で、殆どの日本人には想像できないでしょうが、今なおソウルは勿論、太田や釜山など大都市には何百人という「ガラス窓の女」、売春街がありますが、あれは一体何でしょう。勿論、「公娼」とは言いませんが私の目には甚だ奇異に思えるのです。この際、あの「慰安婦像」をそうした地域に設置して「サインポード」にしては如何でしょう。
 しかし、正直、見っともない「文化」です。
 中国も同様、否、もっと出鱈目な都市もあるようです。街全体が「遊郭」という途轍もない産業都市もある様ですが、日本人では相当の覚悟がなければ挑戦出来ないと「物知り」の友から聞いております。

2014/04/11

「問題」にならかった橋下発言の不思議

 日本維新の会の橋下徹共同代表が去る7日の経済団体との会合で、如何にも彼らしい突飛な発言があり、当然の事、政界や報道界で厳しい叱声があるものと考えておりました。
 内容は「大阪御堂筋沿いの船場周辺に高級なマンション群」が建設されることになったが、これについて企業経営者に向って、冗談ではありましょうが、「愛人の2人や3人を囲って、新しい船場にしてほしい」と発言したのである。
 初めてこの記事に接した時、直感的に「みんなの党」の代表と同じ運命か・・・と連想しましたが、何故か未だにこの発言は問題視されておりません。
 橋下代表の「無責任発言と行動」は今に始まった事ではありませんが、憂慮すべきは諸外国から、殊に「慰安婦問題」で大騒ぎする中韓両国に「希薄な貞操観念の国・日本」として悪宣伝される恰好の材料になるのではと心配します。
 橋下氏は屡々、自身の「立つ位置」をわきまえず、自惚れた態度と発言を見せますが、そろそろ気をつけた方がよろしいと思います。

2014/04/10

外国の「反核」の広報記録をそのまま流すなかれ。

 昨日の「YAHOO!ニユース」の中に「福島の避難指示解除、どこまで安全か」のタイトルで田村市都路地区の一部区域の避難解除を疑問視する外国科学者の意見を開陳、更には解除を急いだ理由は「賠償金」にあると邪推する報道に愕然とした処です。
 例えば、米国の「放射線被ばくの専門家」の名打って、「都路地区の放射線量は恐らく事故前より 遙かに高い筈だ」と叫び(当たり前の事)、年間被ばく量にすると、最大4・38ミリ㏜と数字に弱い読者を恫喝するのでした。
 勿論、放射能線量については殆どの方は縁なきものでしょうが、敢えて記載すると日本人の自然界から受ける放射線は1・48 ㍉㏜、世界の平均が2・4㍉㏜、自然界からの放射能の最大値はブラジルの10㍉㏜であることを知っていれば「都路」地区の4㍉は驚くに当りません。
 これまでも屡々、この欄で放射能数値とその脅威について誤りである事を指摘してきましたが、3・11以来、国は「反核学者」の理論に惑わされ、全く無駄な労力と国費をつぎ込んできたのも事実です。
 アメリカの反核団体については殆ど知らされていない状況下、そんな連中の声を取り上げる掲載する「ヤフー」には今一度脚下照顧して欲しいと思い具申掲しました。
 

2014/04/09

今日はお釈迦様の誕生日

 「4月8日」はお釈迦様の誕生日で、幼い頃にはお寺で「灌仏会」、解り易い言葉で「お花まつり」が行われていました。
 町内にある来迎院でも、水盤に置かれた釈迦像に集まった子供達がその頭から甘茶を注ぎました。境内には露天商も出て些か賑やかだったことを覚えております。
 さて、駄目になったことを「お釈迦」になったといいますが、これは「今日」が語源だと講談社の語源辞典にあります。
 その昔、簪(かんざし)などを作る江戸職人の共通した発音で、特徴的なのが「ひ」の発音が容易にできず、「し」と聞こえる処にありました。現在でも「ひ」と発音すべき処を「し」に聞こえる年寄り言葉を聞くことがあります。
 職人が簪を作る途中、焼き過ぎた「半田鏝(はんだこて)」を使った結果、簪を駄目にしてしまった時、職人は「火(し)が強かった」と嘆いたのでしたが、その時「しがつよかった」で今日は4月8日、「お釈迦の日」。ここから「お釈迦になった」の言葉が誕生したと伝えられております。
 話は変わりますが「みんなの党」の渡辺代表も今日、お釈迦になってしまいました。
 渡辺氏の熱すぎた政治的情熱が足元をすくわれ、お釈迦になってしまったのでした。
 なお「おじゃんになった」の言葉は火災の時の「半鐘」の音から生まれたと云われております。以上今日も余談のままに・・・。

2014/04/08

それが韓国の国民性だろうか。

 報道によれば、ソチ五輪でのキム・ヨナ選手の判定に不満な韓国の思いは愈々エスカレートして、この度、大韓体育会、スケート連盟が「国際スケート連盟の懲戎委員会」に提訴したとのことでした。
 恐らく、こうした韓国の動きに対し殆どの日本人には理解出来ない処でしょう。
 何故なら「フィギャースケートの演技」など、美しさを競うスポーツの評価は門外漢には無理、「上手い」「美しい」と評価しても、比較する能力はないのですから。
 そして「納得いかない」判定であれ、日本人は審査員の判定は其れなりに受け入れてしまう体質があると考えます。
 「一衣帯水」と日韓の近さを屡々論じられますが事、愛国心やナショナリズムには大きな違いがあるようです。
 最近の韓国政治においてもそんな場面が折に見られます。寧ろ焦りを背中に背負っているのかと思えてならないのです。

2014/04/06

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