静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2014年02月

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「ゴーストライター」が名乗り出るとは・・・

 今朝の社会面に作曲家・佐村河内守さんが作曲した楽曲は私の作品であると桐朋学園大の講師が名乗り出たと掲載されています。
 残念ながら私は「音楽」とは全く縁遠い人間、ですから「佐村河内」云う名前も今日始めて聞く名前であれば、その作曲家の「ゴーストライター」と名乗り出ても、私にとっては「対岸の火事」です。・・・だったら何故、コラムに?
 実は「ゴーストライター」についての雑学を書きたく今、パソコンに向ったのです。
 イギリスにおいて、事が「真実か否か」長い間の文学界のテーマです。実はあの「シェイクスピア」は実在したのか、作者は別にいた、などの噂は今なお存在しているのです、否、永遠のテーマとも云われています。
 確かなことはウイリアム・シェクスピアは若い頃、ロンドンに出て劇団の裏方に勤め、演劇の世界に足を踏み入れた、と云う事は学歴のなかったことは確かです、更に「ベニスの商人」のように国外に出なければ書けない風景、歴史、民族など、一度として海外に行ったことのないシェクスピアにどうして描けたのか、更に見知らぬフランスの貴族社会を、見た事もない青年にどうして描く事ができたのか、「シェクスピア」と名乗ったゴーストライターが存在したのではないか?と研究者たちが調査した結果、その筆者こそ哲学者・フランシス・ベーコンではないかと云われています。
 当然のことですが「ゴーストライター」は名乗ってはいけません。俳優・運動選手・政治家が出版する書物の中でに彼等はつきものですから。

2014/02/06

「共同通信社」の報道偏向に申し上げます

 最近の新聞や雑誌或いはテレビにおける「偏向報道」には些か気分を害します。
 勿論、右であれ、左であれ最初から“立つ位置”を公言しているなら文句は言いませんが、「言論・報道の自由」を楯に、極めてヒステリックで「自分善(よ)がり」な記事を掲載する例が最近目につきます。
 或いは新聞、雑誌など「読書」する習慣が損なわれてきた故かもしれませんが、特に新聞などの場合、素直に読み、考えるのですから紙面の製作にもっと神経を使って頂きたいと存じます。
 都知事選挙も今度の日曜日が投票、大方の見方は「舛添氏有利」、処が以前にもこのコラムで掲載したが、「共同通信社」は納得できず、細川護熙氏の応援団を買って、全国の地方紙に偏向した記事を送り続けているのです。
 今朝の静岡新聞を見れば一目瞭然、「細川」の活字はあっても、「舛添」の文字は皆無です。2面を見れば明らか、名もなきルポライターが「脱原発」で細川・宇都宮の立候補者統一を求めたなどニュースなど「鱓の歯軋り」にもならない行為を4段で掲載するとは将に笑止と云わざるを得ません。
 報道の公正さは益々求められる時代では在りませんか?                                 

2014/02/04

本日が「72歳」の初日です。

 昨日は大阪橋下市長の「病、膏肓(こうこう)に入る」の主義主張を批判しましたが、今日になってつくづく「アホかな」の思いに至った処です。
 「膏肓」とは治療出来ない箇所の病気、最近私が思うに橋下氏は自らを「ヒトラー」に置きかえ、大阪から日本を呑みこもうとして力んできたのではありませんか。
 新聞によれば、この出直し選挙は無競争で再選された後も、市議会、府議会が従わない時には、再度の出直し選挙を仕掛けると云う。莫迦も休み休みにしてほしい。
 こんな党首を据える「日本維新の会」は愈々、凋落間近になりました。最近の市場調査にも政党支持率5%前後と歴然です。
 さて、都知事選挙も今週の土曜日まで、結局恥をかいたのは細川・小泉のご老体のふたりでした。率直に云って、久し振りに見る「細川護熙氏」の顔は余りにも爺々面で、テレビに映るや「大衆」を構築するおばさん達にも素っ気なく横を向かれ、「殿、ご出馬です」の掛け声も「殿、ご入居です」に聞こえてしまった現在の状況ではありませんか。
 寧ろ、宇都宮氏の猛追が心配です。

2014/02/03

よくぞ毎日書く題材があるものです。

 今日は大阪橋下市長の愚かな選択について私の意見を掲載します。
 嘗て、静岡市長を経験したものとして、「自分の意見が通らないからと云って、勝手に市長職を辞任し、当初予算の真偽をボイコットするというとんでもない行動は民主主義の鉄則に反すると私は考えます。
 恐らく、今なら他政党も、新たな候補者を擁立できないとの観測の中の決断でしょうが、大阪市民も舐められたものです。
 「大阪都構想」など言葉だけが踊っているように思えます。ただ、「ヒトラー」を気取る政治マニアとしか私には見えません。残念です。
 その昔、明治政府が誕生した際、首都を大坂にと訴えたものの、東京に遷都され、ならば商業の都・大阪に「大蔵省を」と運動したものの失敗、全ての機関が東京に集積され、嘆き悲しんだ大坂商人が、最後に気付いた「欠陥」は「坂」の漢字、「坂」は「土に返る」と書く、即ち幾ら努力しても「元の黙阿弥」、そこに気付いた大坂市民は、「坂」を「阪」に変えたのでした。一寸雰囲気は異なりますが、「函館」はもともと「箱館」、そう五稜郭の戦いの舞台は「箱館」でした。明治中ごろまでこの地は「箱館」でしたが、何となく払拭できない「反政府」のイメージから脱却するべく、政府に申し入れ、現在の「函館」に変更したとの事です。以上雑学でした。

2014/02/02

県立こども病院の快挙

 僅か331グラムで誕生した未熟児が昨日、無事、県立こども病院を退院しました。驚くべき快挙と云わざるを得ません。
 恐らく報道されている様に「331グラム」の新生児が元気で母親のもとに帰る事例は世界でも殆ど無いと云われており、県立こども病院の存在は誠に心強いところです。
 本県の医療分野では「がんセンター」はもとよりですが、この「こども病院」に隣接する国立「てんかん病院」も日本を代表する実績を挙げております。
 実は今、2月議会に質す一般質問の原稿に追われていますが、その中で、「こども病院」と「てんかん・神経医療センター」を核として、ここ漆山(うるしやま)地域を「福祉医療エリア」として再整備して欲しいとの関係者の声もあり、それに答えるべく準備をしております。
 ご案内のように、この地は新東名の開設によって関東、関西からの利用は極めて便利になりました、それ故、この際、わが国「第一級の医療エリア」として、クローズアップさせていきたいと考えております。

2014/02/01

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