静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2013年07月

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三菱の家庭用「エアコン」の思い出

 今朝の静岡新聞の「大自在」の冒頭に「年間100万台の家庭用エアコンを生産する三菱電機静岡製作所・・・」の書き出しで、戦時下の様子が掲載されていました。
 何気なくこれを読んだ私の脳裡に、或る思い出が蘇(よみがえ)って来たのでした。それはまさに、三菱電機静岡工場の「エアコン」と云えば“連鎖反応”のように湧きたつ思い出がありました。それは既に4半世紀も遡(さかのぼ)ります。私が市長に就任して間もない頃だったと記憶しますが、福祉部長が突然、市長室に入って来るなり、「三菱がエアコンを生産開始して間もなく200万台となるそうです。ついてはその記念すべき200万台目を市に寄贈したいとの電話を頂いたのですが、如何しましょうか?」と言う。部長は続けて云う、「既に市の施設では完備されているので、どうしましょうか」と云う。反射的に私は、市内の福祉施設で希望する所はないか、探してほしいと回答。
 それから数日後、老人ホームと青少年施設で希望があり、再度、部長から「どちらかに決めて欲しい」と要請されたのでした。
 即刻、私は三菱電機の工場長に電話した。「200万台の生産おめでとうございます。しかも記念すべきその1台をご寄付頂けるとのこと有難うございます。実は市として希望する施設を探したところ2ヶ所あり、何れかに決めかねているところです・・・。」
 私の言葉を聞いていた工場長はやおら、電話を待たして、電話の向こうで会話し始めた。再び電話に出た時、「判りました、それでは2台差し上げましょう」
 「ありがとうございます。三菱の歴史を刻んだ200万台目と新たな目標300万台へのスタートの1台、本当に有難うございます」

2013/07/20

「エッ!あの親爺が・・・」

 一昨日、孫のしつこい“お願い”に負けて、書店に出掛けたものの、入り口に積まれた新書に思わず足を止めたのでした。
 その時、目に入った雑誌のタイトルが「海賊とよばれた男」、既にベストセラーで、面白いとの評判を聞いておりましたので、早速購入し、帰宅してからはテレビのスイッチも入れず、読み始めたのでした。
 この小説は、第二次大戦によって、日本人に向けらた塗炭の苦しみ、しかしその中で誇りと自信をもって、世界の石油業界に挑戦した出光興産の創業者・出光佐三の物語です。時に目に熱いものを感じながらも、間もなく上巻が終わろうとするとき、「陸軍省燃料課の中村儀十郎大佐は・・・」の活字に出くわし私は驚いた。
「あの、親爺だ・・・」その瞬間50余年の記憶が走馬灯のように脳裡を走ったのでした。
 昭和30年代の学生生活には「アルバイト」は必須条件した。そんな時、在静中は近所ゆえに親しかった方が、中野のガソリンスタンドの店長をしていたことから、極く気軽に勤務し始めたのでした。
 処が、このスタンドの社長の頑固さとガミガミは尋常ではありませんでした。凡そ半年勤めた私は他の職種に転向、その際、一緒に勤務していた同級生はその後も勤めておりました。
 その「頑固おやじ」こそ陸軍大佐、後にポツダム中将となった「中村儀十郎」でした。
 まさか、半世紀の後にその名前に行き当るとは本当に驚きました。
 私は嬉々としてそのアルバイト仲間に電話を掛けました。相手は「アイワ不動産」の藤井嗣也社長、彼こそその後もスタンドマンとして頑張った男ですから、私の報には飛び上がって喜ぶ姿が目に見えるようでした。

2013/07/19

「玄侑宗久」氏の提言に感動。

 過日、“WiLL”なる雑誌に出会い、その目次から玄侑宗久氏の論文に興味を覚え、早速持ち帰り、熟読しました。
 氏の糾弾する「放射能汚染の誤った報道」、「自己保身に汲々とする学者や政治家」に対し忌憚なく浴びせる言葉は、福島県に在住する芥川作家として「よくぞそこまで」とその勇気に只ただ感心しました。
 勿論、私自身が震災以来、放射線学会や民主党の小宮山大臣ら政府委員の無責任な「基準」に疑問を抱いてきた所以かもしれません。
 さて、この手記の中で、例えば2011年、計画的避難区域を設定するに当って、年間20㍉㏜を超えたら計画的避難区域、それ以下なら校庭で遊んでいいと決定したが、指摘されるように、基準値を境に「避難区域と安全な校庭」に分離するとは甚だ乱暴に思えるのであります。
 第一、私の手元にある資源エネルギー庁発行の資料では100㍉㏜以下では「臨床症状が確認されず」とあるように、「除染1㍉㏜」の愚を作ったのは他ならぬ学者と気弱な政治家、そして不勉強なジャーナリストの合作と云っても大過ないと玄侑氏の論文に同感した処でした。

2013/07/18

「六日の菖蒲、十日の菊」菅元首相の行動

 昨日、菅直人氏は2011年に配信した安倍首相のメールマガジンの中で、名誉を傷つけられたとして1100万円の慰謝料を東京地裁に起こしたと今朝の新聞に掲載されております。
 処で、この記事を見て、菅氏に同情する日本人が果たしてどの程度いるのでしょうか、仮令(たとえ)菅氏の訴えが正鵠を得ているものであっても、第一に遅すぎます、しかも民主党にとって厳しい選挙期間、しかも極めてアゲンストの戦いの渦中にあれば、この提訴は民主党のプラスには皆目期待できないでしょうし、ただ「負け犬の遠吠え」としか国民の目には映らないと考えます。
 そう、誰が考えても「六日の菖蒲」ということです。
 処で「菅さん!」東京選挙区の民主党から非公認された現職の参議院議員の応援はその後、どう致しましたか?。残念ながらその後の貴方の応援の報に接しませんので気になっております。
 貴方もこの選挙を契機に離党する覚悟で公示の日、街頭に立ったのではありませんか。

2013/07/17

中国経済が崩壊した時、日本は・・・。

 今、日本は「アベノミクス」という高度成長路線を信じて、デフレ経済からの脱却を目論んでおります。
 しかし、その道の行方には、近隣諸国が内蔵する不安要素を軽視できないものが多々あります。それこそが、今朝の静岡新聞が指摘している処であり、その筆頭が盲目的に覇を競ってきた中国経済の、ここにきての「鈍化と終焉」であります。
 数年前に訪れた中国の新都市、そこには30階建ての高層マンション群が軒を連ね、街の中心部には夢想もしない超ド級の公共施設が建設され、それは恰も全ての市民の要求を呑みこみ、叶えることのできるファンタスチィックの施設でした。
 その建設途上の街づくりを前にした私は疑問を抱き、次のようなことを連想しました。
 ミツバチの巣は構造的に最も頑丈に、しかも効率良い形態として「6角形」を選択しました。狭隘な巣の中に可能な限りの数の部屋を創設する為の方便です。ミツバチにとって居住環境より、子孫の継続が「営み」の第一の目的ですから、「狭隘」は必要条件でもありました。
 中国経済の繁栄は「仮想社会」の基盤に立って創られた「繁栄」であって、「無駄」と思われる「試み」も遂に限界に至ってしまったことから生まれた「経済崩壊」と私は考えます。

2013/07/16

一寸、一言申し上げます。

 通常、車の運転中は、ラジオ放送を殆ど聴くことはしませんが、昨日の午後、一人で帰宅する途中、「相撲放送」は如何にと思って、スイッチを押した処、只ならない卑猥な言葉が流れて来ました。
 いえ、「卑猥な」と云う表現以上に「猥褻」な言葉を、数人の男たちがマイクに向かって莫迦笑いと共に声高に口走っているのでした。それは「エロ本」を「朗読」にした放送内容と云っても過言ではありませんでした。
 社会には「放送禁止用語」があります。恐らく彼らが多用した卑猥な言葉はこの「禁止用語」を遙か超えた言葉の連続でした。夜な夜な『助平』親父が屯(たむろ)して、一杯やりながら放談する域を遙かに超え、怒り心頭にきた私は帰宅後、早速、新聞のラジオ番組を開きました。
 SBSラジオ・1404、番組名「禁断のラジオ」でした。午後4時からの番組であれば、青少年には絶対聞かせたくない内容であり、その番組の程度の低さに厳重に抗議致します。

2013/07/14

歓迎・ケネディ大統領の長女、駐日大使に。

 ルース駐日大使の後任として、ジョン・F・ケネディ氏の長女・キャロライン・ケネディさんに決定したというニュースは、最近のとげとげした外交環境の中で久しぶりの朗報と私は歓迎致します。
 アメリカ国民の多くは今でもケネディ大統領に対し「尊敬と親近感」を抱いております。その長女であるキャロラインさんの初めての政治的舞台が駐日大使、そのことは恐らく、オバマ大統領にとっても「清水の舞台から飛び降りる」決断だったと思います。
 即ち、日中・日韓の間には、冷たい隙間風が流れ、不穏な雰囲気が日毎に垂れ下がる昨今、更には一衣帯水にある中韓両国の我田引水とも云うべき政治路線に対し、アメリカの憂いと心情を明白にする確かな楔(くさび)としてオバマ大統領の執った決断であると考えます。
 時恰も参院選挙の最中であれば、この際、J・F・ケネディ氏の大統領就任演説の最後のフレーズ――国家が何をしてくれるを尋ねる勿れ、諸君が国家に対し何ができるかを尋ねて欲しい――この言葉を今こそ真剣に吟味してほしいと思います。

2013/07/14

「寂しい思い」でみる最近の韓国

 韓国が竹島を自国の島と主張し始めたのは決して昔からではありません。勿論、韓国の言葉に対抗して日本側の主張すべき点は主張してきましたが、昨年の李明博大統領の「竹島登頂の図」ほど見苦しいものはありませんでした。
 処が、後任の朴槿惠大統領に至っては、日本との接触を断って、アメリカのオバマ大統領に接近し、「日米関係」にひびを入れるべく直接交渉したが失敗しました。
 更に、最近の韓国経済は「アベノミクス」に浮かれる日本とは反比例してその経済に大きな陰りを見せるのでした。
 そんな時、飛び出した笑い話が「竹島の新たな防衛軍」であります。まさか朴大統領も女性であれば、李氏を真似て竹島に飛び移ることなど出来ません。そこでこの度生まれたとんでもない奇策とは、「竹島」を嘗て一世を風靡した人気アニメ「マジンガ―Z」に守らせるという発想になりました。
 或る彫刻家が韓国の人気アニメ「ロボコン・テコンV」の巨大造形物を製作して、これを「竹島」に設置するという。ところがアニメ関係者の間では「ロボコン・テコンV」は日本の「マジンガ―Z]の模倣と云われてきました。これを8月15日に持ち込んで設置するといわれておりますが、日本としては如何したらよいものでしょうか。

2013/07/13

「大道芸W杯」のポスター案が決まる。

 例年「大道芸W杯」の公式ポスターは静岡市内にある「静岡デザイン専門学校」に委託しており、今朝の静岡新聞に本年度の作品が紹介されていました。今年も小さな写真ですが面白い作品が採用されたようです。
 10月の終り頃になると多くの方から、市長時代に立ちあげたこの「大道芸ワールドカップ」に感謝の言葉を頂いて来ましたが、今年が確か22回目を数えることになりました。
 先月、この大道芸の最初の実行委員長だった杉山三喜男君が還暦を迎えたばかりの寂しき夭逝でした。私が彼に大道芸の実行委員会を依頼した時には、「大道芸」の言葉は過去の言葉であって、それゆえ、私もまた「パホーマンスの世界大会」をお願いしたのでした。
 実行委員会が始まって間もなく、市の担当職員が「ご注進」とばかりに私の所へ来て、大会名が「大道芸」に変更されました、との報告、果たして「大道芸」との名称で、人々に理解されるだろうか、正直私も悩みましたが、あっさりと実行委員会の決断に任せたのでした。今では大道芸は何処でも、だれでも判る日常用語にもなってきました。
 10年に及ぶ実行委員長を務められた杉山三喜男君を今朝の新聞記事から回顧しここに再び深甚なる感謝とその早世に合掌します。本当に有難うございました。

2013/07/12

昨日は麻生氏、今日は石破氏の来静にてんてこ舞い。

 寝台列車に乗って今朝の4時過ぎ、自民党幹事長・石破茂氏は静岡駅に到着、近くのホテルに休養したのち、8時からの南口での街頭演説会に出向いたのでした。顔は将に「火事場の金時」日々の連戦を想像します。その点、今日は早朝と云う事で暑からずの中、集まった聴衆に時間オーバーの「石破節」を聞かせていました。
 処でこんな無風選挙区に、どうしてこんな大物が出入りするのか、判りませんが「百里の道も九十九里をもって半ばとする』の格言もあることですから、もって感謝すべしと理解しました。
 大物二人の演説の口調は大きな違いを見せておりました。外面的にも石破氏は見た目通りの「真面目さ」ゆえにしっかりとした理論構成に基づく演説内容、一方麻生氏は「べらんめい調」そのもの、更には聴衆と会話する様な口調で人々の笑いを取る。
 政治家にとって演説は大切な資質と云われておりましが、2日連続の大物代議士の演説は結果、中々面白いものでした。

2013/07/11

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