静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2012年10月

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視察から戻ると机にコピーが1枚・・・

 コピーは17日付けの読売新聞の社説である。まさかと思ったが三大新聞の読売の社説に「原発の住民投票条例」が県議会で否決された事に、これを「良識ある判断」と賛意を込めた文章を掲載しておりました。
 既に私はこのコラムで“なぜ否決したか”について自身の考えは披歴してきたところですが、その中で敢えて申しませんでしたが、この住民投票が他の地域に及ぼすことも心配の一つでした。率直に云って「市民団体」と名乗っていながら、中枢にいて指導するるメンバーは結局は様々な舞台で関わってきた方々ではありませんか。本会議の最終日、幾度か注意されながらも傍聴席で拍手したり、ヤジった面々はお揃いのユニホームを着た「お仲間さん」でした。
 その皆さんに読んで戴きたいこのたびの「社説」でした。
 原発の在り様を考える時、単にセンチメンタリズムでは決して解決できる問題ではありません。
 まさか、風力発電、太陽光発電などの関連企業がバックアップしているとは勿論考えませんが・・・。

2012/10/18

悲しいかな人間の性

 ips細胞の研究によってノーベル賞を受賞した山中紳弥教授にあやかってか、自称ハーバード客員講師の森口某が数回に亘って移植手術をしたと発表、処が、記者団の質問に冒頭からしどろもどろ、答弁の全てに疑問の声あって、遂に【あれは嘘でした】の告白でチョンとなりました。
 見ていて、聞いていて真にもって悲しき人間の性と云うべきでしょう。
 ノーベル賞の受賞は、勿論羨ましい報道だったでしょう。それに比べて自身の置かれた環境からの逃避として思い付いたパホーマンスは全てを消滅させる道でした。
 しかし、それにしても、日本人として、真に恥ずかしい国際騒動でした。
 第一、山中教授の栄誉に大変失礼と云わざるを得ません。
 恐らく、これまでの人生でスポットライトに当った事のない森口尚史の一世一代の虚飾の舞台は人々の失笑と共に幕は下ろされました。
 只今から2泊3日の委員会視察に出掛けますので、暫くこのコラム欄もお休みとなります。

2012/10/16

浜岡原発の津波高19mの根拠は・・・

 3・11東日本大震災の折、流行した「想定外」との言葉は爾来、禁句とされ、南海トラフ地震の予測も「何を考えているのか」と疑いたくなる程の「杞憂」振りであります。
 35年前、突如、新聞発表され、県民を恐怖のどん底に陥れた「駿河湾巨大地震説」に、本県はその耐震費用として、凡そ2兆円を投入して参りましたが、結果、何事もなく今日に至ったのであります。
 今度は「南海トラフ地震」、別名「3連動地震」を提唱しています。
 駿河湾地震説を提唱し、30年後には一部誤りがあったと自己弁護していた石橋名誉教授が今回もこの「南海トラフ地震」の主要な研究者であれば何をかいわんやであります。
 今朝の新聞では防災相が昨日、浜岡原発を視察し、18mの防潮堤では低すぎると「1m」の違いに難癖ををつけたと掲載されています。
 高が1mとは言いません、しかし、19mあったら、否、これから1m嵩上げしたら何と云うのでしょう、原発問題はそんなことが論点ではないはずと考えます。 
 もとより、政府の予想される津波高について、私は全く信用しておりません。勿論、サイコロを10回投げて全て1の目が出る可能性はなくはありませんが。

2012/10/14

報道は今少し慎重に

 昨晩のNHKのニュースにも、浜岡原発関連の住民投票条例案が、県議会の圧倒的多数の反対によって否決されたことが報じられました。ここに至るまでの報道機関の一方的姿勢には些か残念と申し上げて置きます。
 議会側には、突如発表された「南海トラフ地震」の恫喝で浮足だっている県民を対象に原発の存在の是非を聞くべき時か否か大いなる疑問もあり、またその署名活動方法にも疑問もありました。そして提出された16万人の署名にあった条例案は余りにも杜撰そのものでした。 
 しかもその後の市民団体側の譲歩と修正は「署名者」の納得を得られない程の修正ぶりでした。
 それ故、昨日の本会議では市民団体側の原案は全員反対という惨憺たる「烙印」を押されてしまったのでした。 更に有志議員から提出された修正案にあっても、僅か17人の賛成で否決されました。
 私自身もそうですが、恐らく誰も10億余の金を懸けて、県民投票をしたとして、投票者が5割に満たなければ開票もできない、更には、具体的に何時県民投票が実施されるかも明示出来ない修正案に、署名活動に努力した人々への同情としてこの杜撰な条例案に賛意を示す事はできませんでした。

2012/10/12

住民投票条例を否決する

 今日は9月県議会の最終日、もとより注目は浜岡原発に係る住民投票条例についてであります。連日新聞、テレビでは記者さん達は奔走しておりましたが、本日をもって終止符を打つ処となります。御苦労さまでした。
 さて、私達自民党は議会の過半数を占めておりますので、その対応には当然のことながら真剣に対処してきたところです。そして今日その結論が本日の議会で下されます。
 これまで、この住民投票条例について、私が一言もこのコラムに書かなかった理由は、「個人的見解は自民党の議員総会」で発言すべしと考えて、これまで控えて来ました。
 本日の本会議終了後になれば、その経過についても、私の考え方についても掲載して参ります。

2012/10/11

救急車の利用は何処まででしょう。

 寝ぼけ眼の中でテレビを付ければ「みのもんた」の『朝ズバ』が放送されている。阪神金本の最終戦の勇姿の後に取り上げたテーマは「救急車」のあり方でした。
 昨日、山形の母親が「息子の死」は出動しなかった救急車にあったとして1000万円の賠償を求めて地裁に提訴した、との報道でした。
 直感的に私は重篤な患者を救急搬送依頼したものの出動せずに死に至ってしまったと云う事かと更に聞いていれば、想像とは異なり、事実は以下の通りでした。
 死亡する10日程前に、体調を崩して救急隊に連絡、状況を説明し救急車の出動を要請した。録音会話の中で、「最近も病院に行って診てもらったが解らない、今は歩く事は出来るが救急車を希望」、これに対しタクシーで行ってほしいと云えば、仕方なく了解して電話を切った。 
 その後の10日間、病院に言ったか否か解らないが、若くして命を落とした事は事実であった。
 母親は市役所を相手取り、裁判に・・・そのことを「朝ズバ」は採り上げ、キャスターの1人は、救急車の対応に非があると指摘していた。聞いていて大衆への媚び以外何ものでもないと感じたのでした。
 静岡市の救急出動は年間1万回以上というが、タクシー代わりの利用はその3分の1と云われ、本当に必要な出動の妨げになっていることを寧ろ問題化して頂きたいと思います。

2012/10/10

ノーベル賞、おめでとう

 予想していた通り、山中教授が医学生理学賞を受賞しました。
 この度の受賞で日本人としては19人目になりますが、思えば昭和24年、日本人最初のノーベル賞受賞のニュースは幼かった私の脳裡にも驚きと喜びの出来事として焼き付けられております。
 未だ戦禍の残骸を至る所に残す日本に、湯川秀樹氏の快挙は全ての日本人に勇気を与えたものでした。それから半世紀、山中教授で19人目の受賞者となりました。
 もとよりノーベル賞はヨーロッパ中心に選考されてきましたのでアジア諸国の受賞は極めて少ないようです。例えば中国、韓国、台湾等の受賞者は各国一人か二人に過ぎません。
 処で、この機会に『世界をリードする』研究や産業に対し、国が積極的に応援しては如何でしょう。ips細胞の研究はこれからも多額の研究費を必要とするでしょう。
 必要とあらば、国家事業としてこれを応援し、将来の日本の新たな産業へと発展させる事も可能でしょう。電子産業オンリーでなく、医学もまた日本の新産業につながるものと考えます。

2012/10/09

オスプレイに対する新聞論調に疑問

 先日の静岡新聞の「紙弾」の中でオスプレイの沖縄配備を厳しく批判しておりました。
「世界一危険な基地巡る混迷また深く」とありました。
 処で日本の基地は本当に危険な環境にあると思っての記載だったでしょうか。
 哲学のように「非核3原則」を至高のものと慈(いつく)しみ、また「憲法9条」を楯として組織されている自衛隊は若しかしたら「世界で最も怖くない」軍隊として評価されているのではないでしょうか。
 今の日本には独力でこの国を防衛する力はありません。日米安保条約の趣旨は、その後の近隣諸国によって説明されて来ました。
 オスプレイ反対のシュプレヒコールは覇権主義を唱える中国の雄たけびです。
 最近、漸く反対運動が静かになってきたのもその理屈が理解され始めてきたからと存じます。

2012/10/04

久し振りの「自民党支持30%」

 今朝の新聞に大きく「自民支持30%、民主12%」の大見出しは久し振りの嬉しいニュースでした。正直云って、安倍総裁の人柄からくる安心感がこの数字の基礎となっていると思います。
 更には急成長を期待された「日本維新の会」は誕生したばかりにも拘わらず、政党支持率は10・7%と低迷、原因は政党交付金目当ての「ボロ議員」の無審査入党にあります。この橋下代表の国民感情無視の姿勢は必ずや「竜頭蛇尾」への道に続くと思います。
 さて、安倍総裁には「何が何でも解散総選挙」の姿勢を排して、目前に可決されねばならない公債発行法案など先ず「国会優先」の姿勢で対処してほしい、気持ちは「安倍総理」で結構でしょう、期待しております。

2012/10/03

危機管理部に自己主張してきました。

 先週の一般質問を終了した後、「鼬の最後っ屁」とばかり登呂遺跡から何故、丸木舟や農耕用の道具や下駄などが発掘されたのか大いなる疑問と声高に訴え、更にはその事は2000年の間、この地に大きな津波が来なかった証拠ではと直接、県の危機管理部に出掛けてきました。
 正直に云って、私の目からすれば、当局は地震学者達との間に立って大変お困りのご様子でした。
 実際、当局が示した資料からすれば、私が予てから主張してきた「静岡海岸」への巨大な津波は一度もなかったということであります。
 ところが、県庁の職員からすれば、大学教授らの学説を一方的に拒否することもできず、更に報道関係者も全くの素人であれば、矛盾や誤りに気付くことなく、学者の云われるままに記事にするのである。こうした事によって30万人が犠牲となる「南海トラフ巨大地震」が甦生したのであります。
 35年前、マグニチュード8の駿河湾沖の大地震に怯え、本県は以来、2兆円の地震対策を講じて来ました。その提唱者も数年前、予測に大きな瑕疵があったことを認めましたが、この「南海トラフ地震」もその将来に於いて「間違いがありました」の一片の訂正文で片付けられることはないと信じましょう。

2012/10/01

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