静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2012年09月

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たった今、安倍晋三氏から礼の電話が

 嵐の前触れか、突然雨音が高まった時、携帯電話がなりました。出れば「安倍晋三です」と憶えのある声が、「本当に有難うございました」と丁寧な口火でした。多忙な中での電話であれば、「これからのご健闘を祈っております。機会あれば自民党静岡支部の皆さんも待っておりますのでその機会を」と短めの返答で電話を切りました。
 しかし、日曜日、こんな所まで電話とは本当にご丁寧なことと感心いたしました。
 

2012/09/30

昨日、本会議での一般質問を行いました。

 市議会を経験して県議になった方には、年間たった一度の質問の機会は納得できないところでしょう。年に4回開催されます本会議、しかし、壇上から知事ら部局長への質問は、たった1回、しかも25分と制限された質問時間は誰しもが欲求不満でしょう。
 その順番が昨日、私の番でした。
 取り上げた質問テーマは「南海トラフ地震」、更には「富士山の山体崩壊」など発生すれば手も足もでない「恐喝」とも思える研究報告です。「狼少年」は何もイソップ寓話の世界だけではありません。研究報告がきつければきついほど、売名になります。有名になれば「講演依頼」もあれば、論文も高く売れます。私の脳裡に何人かの大学教授の名前がインプットされておりますが、もとより途轍もない論文を発表し、新聞や週刊誌の「売らんかな」の策略に貢献した方々ばかりです。
 下田に33m、御前崎に19m、静岡の海岸には13mの津波が押し寄せると云う。本当でしょうか。どこに証拠があるのですか。
 当局側の答弁が終わった時、2分の残余がありましたので、再度、登壇して「イタチの最後っ屁」とばかり、私が昔から抱いていた「疑問」を議員、当局に投げかけてきました。
 弥生式時代の「登呂遺跡」や「汐入遺跡」(海岸から数百m)から土器ばかりでなく、同時に農耕用の丸木舟や農耕用の下駄などが発掘されています。即ち凡そ2000年の間、静岡高松海岸には「津波」がこなかった証左ではありませんか?・・・・・。

2012/09/29

投票率に「2党の勢い」の現れ

 2大政党の党首選が殆んど同時に行われ、民主は論議なく「野田佳彦」、自民は国会票で「安倍晋三」に決まりました。
「民主の27%」という投票率は、「解りきった選挙」故だったかもしれないが、現在の民主党の姿そのものでした。
 一方、自民党の投票率は62・5%、決して高い党意識とは云えませんが、まずまずの結果だったと考えます。そんな中で自民党秋田県連では党執行部が「党員投票一位の石破氏が総裁になれなかったことに反発、役員を辞職した」とのニュースは誠に時代錯誤、見っともない姿とがっかりいたしました。
 処で、新聞各社の反応ですが、「朝日新聞」の場合は、病気と思える程「安倍総裁」への反応は悪く、大新聞の書く内容かとほとほと悲しくなります。朝日新聞にとって「中国に敵対する連中」は問答無用の「否定」なのか、その姿は時として中国のメッセンジャーボーイに思える時もあります。日本への回帰に期待します。
 安倍総裁のご健闘をお祈りいたします。

2012/09/28

自民党総裁選挙が終了しました。

 「がははあ・・・」と笑って自民党総裁選挙の件をコラムに書き入れるはずでしたが、明日の県議会一般質問の原稿整理に追われ、今になってしまいました。
 6月に、城内実代議士のパーティで「安倍晋三」代議士にお会いした折、次期総裁選への出馬を期待し、要請しました。
 その後、自民党静岡市議団や県議団と打ち合わせ、9月早々には、駿府公園辺りで総決起大会の予定でしたが、繁忙の渦中にあった安倍代議士の日程が組めず、計画は反故になってしまいました。安倍事務所からも幾度かお詫びの電話を頂きましたが、結果が全て、先ずはめでたしで私達の試みも終了したところでありました。
 自民党総裁は総選挙後の総理です、どうぞ、燃え尽きるまで頑張って戴きたいと存じます。

2012/09/27

「何をやってる減税日本」と「中京維新の会」

 河村名古屋市長の要請で愛知県知事に就任した大村氏との意気軒昂な間柄は、恰も結婚を境に失わていく恋愛感情と同様に、僅か2年余りの歳月で終止符がうたれました。
 大村知事の変心は、もとより大阪の橋下市長の出現によるものでしょうが、一寸の迷いから衆院を捨てて知事になったものの、地方行政への哲学を持たない大村氏には「満足」の居場所ではなかったのでしょう。
 さて、「中京維新の会」と「日本維新の会」は手を携えて衆院選に向かうという。
 しかし、「維新八策」など橋下氏の感情先行によって作られた政策をはたして大村氏は最後まで納得できるだろうか、その前途を怪しむ処です。
 

2012/09/25

「鬼の霍乱」でしょか、突然の寒さに体調混乱

 夜中に家内を起こし、足のマッサージを頼んだが、如何とも体調は戻らず。明け方に体温を計れば38・8と表示、心配性の家内は今日一日は「おやすみに」と主張するがそうも出来ず県庁へ、されど気合いは入らず、疲れが溜まる。仕方なく本日初めて早退となる。処で「鬼の霍乱(かくらん)」と書いたが、通常、「霍乱」とは日射病を指す言葉ですが、何故、鬼なのだろうか。
 鬼の赤銅色の顔が日射病に見られての言葉でしょうか。今日はここまで。

2012/09/24

どう理解するのか「習近平」の呼びかけ

 「中国東南アジア諸国連合博覧会」のフォーラムで、次なる指導者・習近平は尖閣諸島問題にふれて「平和的解決」の道を提言したと報道されています。
 勿論、これまでも中国側の提案は常に硬軟取り混ぜて、しかも下手に納得しようもなら、後に大きな荷物を背負わされる怪しき提案であれば、慎重に対処して戴きたい。
 一昨日まで、全土でデモ、暴動を展開し、一触即発の雰囲気で「反日」を指導してきた政府が「台風一過」を思わす大転換を実行する、日本では考えられないパフォーマンスであります。
 さて、次なる心配は、昨日再選された外交下手の野田総理、例えば過日、胡錦濤氏とアジアフォ―ラムの会場で出会った際、胡氏からの「依頼された」事項に「にべ」もなく、これを無視して、尖閣の国有化に踏み込んだ失礼は明らかに「外交音痴」、否、「ぼんくら」と云わざるを得ません。せめて1~2週間程度の思いやりがあっても良かったと思いますが。

2012/09/22

中国の暴動は世界最大の「パフォーマンス」

 激しい投石など半世紀前の「安保闘争」を彷彿とさせる中国の暴動は、やはり国が演出した世界最大のパフォーマンスでした。
 そんなアホらしい国家とこれからも対峙していかねばならないわが国の外交は、野田総理や取り巻きの判断では所詮解決されないでしょう。
 今、必要な外交の相手国は他でもない「アメリカ」でしょう。中途半端のまま「TPP」も放置し、更には日本の防衛の為に配置する「オスプレイ」も云いたい放題、何も決められずに時間を弄した民主党内閣は間もなく「無能」のレッテルを張られたまま総辞職、同時に党の瓦解、そして解散の憂き目をみる事でしょう。色即是空・・・。

2012/09/20

「井戸を掘った人の恩を忘れるな」の中国人の言葉に警戒

 周恩来が嘗て、「小異を残して、大道に建とう」と云って日中の国交を回復、更にはその後も、折ごとに、日中友好の為に最初に「井戸」を掘った人の苦労を忘れてはならない、と常套用語を口走って来ました。
 それらの言葉を聞いて、何処までもお人よしの日本人は、将に「名言」と評して中国の政治家の言動を称え、例えば「尖閣の島々のあり様は後に」の言葉に肯いて、今日に至ったのでした。
 だから、残してきた「小異」に日本が勝手に造作すれば、中国側にとっては大変迷惑です。何故なら残してきた「小異」は都合のいい時に切りだす「切り札」だったのです。
 更に井戸を掘った人を大切にの言葉も「三国志」などにも見られるように、中国側に不都合の場合には、「井戸を掘ったのは貴方ではない」、だから「貴方方に義理はない」と常に現在と将来を計りにかけながら、しかし、笑顔の握手を求めて来るのでした。

2012/09/19

驚異的シンガポールの発展の20年

 今年の2月、県議会カジノ議員連盟の仲間と共にシンガポールを訪問したが、その際、色々とご手配頂いた現地の事務官がご夫妻で来静されました。夕食を頂きながら、シンガポールの凡そ「30年間の背伸び」とも表現すべき発展の裏舞台を話してもらいました。
 リ―・クアンユ―首相の独創的経済発展は畢竟(ひっきょう)、独裁体制の然らしめる処だったでしょうが、例えば、半年間、首相の職を副に任せて、アメリカのハーバード大学に留学するなど、発想と行動は日本人の遠く及ばぬ、壮大にして緻密なものでした。
 それ故に、シンガポールは静岡市の半分の国土ながら500万人が生活し、外国人観光客は日本の2倍、年間1500万のお客様を迎えて何時しかアジアのトップリーダーに変身しておりました。
 嘗てはOECD経済協力によって、日本から多くの援助を受けていたシンガポール政府が、何時の間にか、わが国を追い抜いていきました。その原動力は貧しき故の「我田引水」が絶対的経済学だったでしょうが、まさに「正鵠」を得た国策だったと関心する処であります。

2012/09/18

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