静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2012年05月

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沖縄返還40周年に思う。

 過ぎれば、如何に歳月の流れの速さかと嘆息する昨今です。「古代稀なり」の古希を迎えた私にとって『沖縄の日本返還』は「もの思う人生」のスタートでした。
 自我に目覚めた私の青春は当時の高校生の愛読書であった「螢雪時代」が切っ掛けでした。
 入学して間もないある日、学校の図書館で何気なく「螢節時代」のページをめくっていた私の目に、「早く日本人に戻りたい」の沖縄・糸満高校生の文章に惹きつけられたのでした。勿論、「沖縄」の地名はもとより「日本語」で日常会話する日本人が住む島が、日本の地図には描かれていない・・・それは驚きの戦争の爪痕でした。
 その日から足繫く市立図書館や商店街の本屋に通い、「沖縄」に関する資料を漁り、勉強して行きました。そしてその秋の校内弁論大会で初めて私は「沖縄」との演題で、1日も早い日本復帰を訴えたのでした。純粋に、極めて単純に「沖縄の日本復帰」を願っての叫びでした。
 その時代を象徴する小さな出来事を紹介して置きます。弁論大会の当日、或る先生が私に尋ねた言葉、「沖縄って何のこと」・・・「えー!琉球の事…」。奄美大島を最南端とする日本の地図には、更に南下した琉球諸島はえがかれてはいなかったのです。
 あの時代の返還運動は殆んどが「同胞愛」からの思いで、「米軍基地」はそのままでもいい、早く返還してほしいという純粋な同胞愛から出発していたのでした。

2012/05/15

「衆参ダブル選挙」発言は小沢氏の圧力

 幹事長・輿石東氏は親分小沢氏の「無罪判決」以来、それまでは、何かと素っ気なかった小沢氏の飼い犬に戻り、しかも今では「忠犬ハチ公」の精神で「衆参同時選挙」まで宣言したのでした。
 云うまでもなく、例えば今、解散総選挙となれば小沢チルドレン等の総崩れは明らかです。一方、野田総理としては、「消費税」は自身の政治生命を懸けての取り組みであれば、喩え自民党と妥協し、この場を凌いでも、解散総選挙に持ち込みたいところでしょう。
 処で、右往左往する輿石氏の姿を見るにつけ、肝が据わっていない政治家が不相応の職に就いた時の醜さは見られません。昨日までは野田総理の顔ばかりを窺い、今日からは親分・小沢氏の一挙手一投足に神経を使う昨今であります。
 前途は全く霧の中であれば、さっさと解散し選挙しては如何でしょう。ただ、我が自民党も執行部に一抹・二抹の心配はありますが・・・・。

2012/05/13

静岡市社会福祉協議会はどうなっているのですか?

 連続して二人の逮捕者を出した市社協はどうなってしまったのでしょうか。協議会職員は決して多人数ではありません。しかも最初の逮捕から数カ月後に同様の手口で再び逮捕者が出、しかも今回は2億6500万円という莫大な横領に、それまで誰も疑いの目を向けなかった現実は「親方日の丸」の組織感覚に浸った証でしょう。
 昨晩、横内学区の地区社協の総会が開かれ、当然のようにこの問題が話題となりましたが、思うに献身的に努力される民生委員の皆さんには同情を禁じ得ない所です。市社協と地区の民生委員とは、もとより隔絶した業務を担当しているところですが、上部組織のこうした漫然たる姿勢には辟易するところでしょう。
 序に申し上げれば、既に裁判では判決が出た段階にありながら、市社協の責任問題は全く白紙、誰にも責任はないの姿勢に只々驚くばかりです。

2012/05/12

最早、余談になりますが・・・

 静岡新聞の夕刊に連載されている「新日本の幸福」という囲み記事があります。折に、目を通していますが、明らかに「反原発」思想の内容ですから敢えてこれに反論する意図は毛頭ありませんでしたが、今日は暇にまかせて、私の疑問を披歴して置きます。
 二本松市は福島第一原発事故の直後、市の調査では毎時8・7μ㏜(マイクロシーベルト)を記録した。そして、昨年5月に当該者が測定した時は毎時3・5μ㏜、これは後に国が示した「除染が必要な水準」の15倍だと掲載され、その後に、彼らの放射能との奮闘ぶりについて詳しく書かれているのでした。
 さて、恐らくこの記事を読んで計算機を運んでくる読者は殆んどいないでしょうから、私が数値を弾いてみます。率直に云って、先ず驚いた内容が、事故直後に毎時8・7μ㏜が2ヶ月後には3・5μ㏜になった事であります。次に驚いた点は国の基準で3・5μ㏜が「除染の必要な水準」の何と15倍であるとの事です。
 毎時ですから毎日にすれば掛ける24、更に年間とすれば掛ける365が一年間の被曝量です。即ち3・5×24×365=30660、凡そ30㍉㏜となりますがその15分の1、即ち僅か2㍉㏜が除染の必要か否かの境ということになります。私達人類が年間に自然界から受ける放射能の平均は2・4㍉㏜と云われ、境界線の2㍉㏜はどうなっているのでしょうか。
 この様に殆んどの市民に理解出来ない数値をもって、「放射能の驚異」として脅かすことはそろそろやめては如何でしょうか。

2012/05/11

新聞のタイトルに驚く。

 カンボジア国籍でオリンピック出場を目論んだタレント「猫ひろし」の9日の談話に、報道機関が食いついた。その一つ、「国籍に揺れた幻の五輪出場」とは今朝の静岡新聞の見出しである。そこには「猫ひろし」に対する極めて同情的な優しい言葉が並べられていた。
 私が初めてカンボジア国籍で「オリンピック出場」を目論む猫氏のニュースを見たのは、遙か以前です、その際にも、私はこのコラムで「真っ向否定した」意見を掲載させて頂きました。
 理由の第一は、オリンピックという夢の舞台を掴むには、途轍もない辛酸の果てに得られるものではありませんか。猫氏の最高タイムでは、都道府県のベストテンにも入らない極く平凡な市民ランナーにあたります。
 理由の第二は「出場不可決定」に同情する報道関係者に申し上げたい、一言で云えば「立場」を逆にしてお考えください。金でオリンピック関係者の理解を得ようとする姿勢は何より見苦しいと思いませんか。国民総所得が年間760㌦の貧しい国のマラソン大会に、数万ドルのスポンサードは彼らの垂涎の的でしょう。そんな卑劣な手段で「カンボジア代表」の出場権を得ようとした『猫五輪出場計画』の失敗は当然の結果であり、大いなる反省材料と考えて欲しいと思います。

2012/05/10

追伸・・・検察側の「控訴」に民主党はどうする?

 民主党内の動揺は歴然たるものでしょう。昨日まで無能な輿石幹事長の基に全権委任した民主党は一夜明けて、夢想だにしなかった事態に直面しました。
 今回の控訴は、民主党が検察側の面子を潰し、更には三権分立という「鉄則」を無視したものと法曹界に映ったものと考えます。何故、僅か1日が待てなかったのか、全て民主党執行部のオウンゴールであります。
 今回の上告は全ての法曹界関係者にとって、政治家の驕りに対する痛快な一事でありました。

2012/05/09

些か「三権分立」の精神を踏みにじっていませんか。

 昨日も民主党の「小沢」対応について私見を披歴しましたが、何故、一日を争って、小沢氏の処分解除を実行したのでしょう。立法権・司法権・行政権と国家の役割を分立したのは、権力の濫用を防ぎ、国民の政治的自由を保障するための制度であれば、政権与党にある民主党の執るべき方途ではありませんでした。
 更に云えば、報道の一部で「小沢氏」に媚びての記事か、「もって9月の党代表選に出馬する可能性も・・・」。莫迦も休み休みにして欲しい。与党の党首は問答無用、日本の総理大臣であります。昨日まで被告人、しかも『土建屋からの献金』疑惑、それが一転、総理候補と云われるだけで日本の政治の未熟さが解ると云うものです。民主党、しっかりして下さいヨ。

2012/05/09

「へっぴり腰」の輿石氏に、媚び送る民主党幹部の弱さ。

 明日が控訴期限でしょう。何故、民主党は押っ取り刀のまま今日、「ねずみ男」小沢一郎氏の処分解除を決めるのでしょうか。
 思えば、あの極めて貧相な山梨の日教組上がりの男に民主党執行部は幹事長と云う重責を与え、小沢氏とそのチルドレン達をコントロールするつもりでおりました。
 しかし、猿顔と揶揄されるこの男も、就任以来、周辺には媚び諂いの日々を過ごして参りましたが、「無罪」判決が出た途端、自らが「小沢派」に所属していた事を思いだし、急遽、控訴期限前に党員資格停止処分の解除を思い立ったのでした。
 民主党の皆さんに申し上げます。裁判官の読み上げた判決文は「起承転結」で云えば起承転までは全くの有罪、処が「結」に至ってマサカの無罪、これには殆んどの国民が呆気にとられ、怒り心頭に至っております。そのことも考えず「へっぴリ腰」の対応は次期衆院選に大きな落とし穴になると考えます。お大事に。

2012/05/08

憲法は「理想社会」を標榜するものか。

 わが国の防衛問題を語る時、必ず憲法9条が登場する。確かに「9条」は新憲法草案の基本的精神であれば、例え、局地的戦いであれ、諸外国との紛争に対して、一切関りを持たないとの固い決意の基に誕生したからでしょう。
 このように憲法はその時代の理想的姿を目指す指針であります。
 だからこそ、諸外国においては、折々の時代の中で、目指すべき理想社会が時代の変化に伴って躊躇することなく、憲法改正を実施してきたのであります。
 第二次大戦の敗戦国であるドイツは戦後58回の憲法改正を行っており、イタリアも15回に及んでおります。戦勝国にあってもフランスは実に27回、カナダは18回、アメリカも6回の改正を実施しております。
 「戦後1度も憲法には手を付けていない」と豪語する日本人に、諸外国の方々は批判しても誉める事はないでしょう。実際、憲法の各条文を見れば、改正の必要な条項は、前文を含めて至る所にあるように思いますが・・・・。

2012/05/05

日本は「憲法改正」ができるか?

 面白いことに、日本人は昔から憲法とは恰も「聖書」か「コーラン」のように「理想社会」を標榜したもので、これを時代の変化の中で改正する事は、「国家への冒涜」のように思ってきた節がある。そして、この感覚は「絶対普遍」なものとして、左派勢力のテーゼでもあった。
 しかし、思想は思想であって、政策は決してテーゼであってはならない。
 現憲法を後生大事にお守りする左翼政党のみなさん、嘗てはマッカーサーからの「押し付け」として大反対したその憲法にどうしてそんなにご執心なのですか。
 敗戦国として当時の日本人は只々、闇雲に「平和国家」になる事が国民の絶対的意識でした、その中での「平和憲法」でしたから、人々はこれを受け入れたのであります。
 爾来、日本は時代錯誤とも思われる「憲法前文」にある「近隣諸国の信義」に期待し、隣国が勝手に日本の領域を侵犯しても、「まあまあ」の訳の解らない言葉でその場を凌ぐ、変な優しい国際人となってしまったのであります。お陰で、愛国心も儒教精神も欠落して「お人よし」国家のあざけりの対象となっているにも拘わらず何の反省、何の自覚もないのであります。
 「憲法改正」の動きはこうした時代背景のなかで生れてきたものであれば、左派政党におても、この際、一緒になって憲法を見直しては如何でしょう。

2012/05/04

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