静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2012年03月

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「元気学園」の卒業式。

 10年近くになるでしょう。蕎麦屋で「元気学園」を経営する清水さんと再開し、学園の事業内容に共鳴して、爾来、深いお付き合いが始まりました。「フリースクール」と一纏めに呼ばれる事は誠に不本意ですが、学校法人の認可がない以上、致し方がありません。
 もとより私的な教育指針のもとに、「健康上」や「いじめ」など様々な原因で「不登校」に陥った子供達を、全寮制で厳しく、しかし体罰なしに集団指導してきたのであります。これまでには東大、防衛大学などに巣立っていった子供を幾度か見送ってきましたが、今日の卒業式でも医学部に合格し、喜びに燃える女の子にお祝いを云ってきました。 
 その卒業式場に臨んだ御両親の胸の高鳴りは如何ばかりかと察するのでありました。
 思えば「フリースクール」と云えば殆んどが「放擲」に近い「親の逃げ」場、一方、親にも見離された子供の辿りつく場所が「フリースクール」でした。
 恐らくインターネットで初めて「元気学園」の存在を知った時、「まさか」の思いが脳裡を掠めたことでしょう。が、万に一つの可能性に懸けて、北海道から九州までの親の我が子への必死の思いが「子供の未来」を開いたものと、私は確信して帰宅したのでした。

2012/03/11

新聞の片隅から中国を見る。

 昨日は節操のない中国事情を書き綴り、面白くない方も多かろうと思いますが、今日も引き続いて中国事情に私見を申し上げます。
 恐らく、相当丁寧に読まれる方だけの新聞記事でしょうが、今、北京で開催中の「全人代」、即ち全国人民代表大会で、昨日、呉常務委員長が述べた活動報告について掲載されています。
 5日、温家宝首相はこの「全人代」の来賓挨拶の中で、西側諸国の常識である「民主的選挙や民主的政策決定の過程」について触れ、政治体制の改革の必要性を論じたが、このことにふれて、呉委員長はこれを真っ向から否定し、更に現在の政治体制は「民主を発揚し、大衆路線を貫徹する最も良い制度だ」と温首相の言葉を否定したとあります。
 この記事を見て私は“成程”と、現中国の政治体制に潜んでいる「癌組織」の存在を確認する事が出来ました。
 「選挙制度」や「民主主義」が中国で常識となる時は、結局、22世紀を待つことになるでしょう。

2012/03/10

「中国の身勝手さ」に怒り心頭。

 今更といえばそれまでですが、尖閣列島の侵犯事件を契機に、中国政府の余りにも身勝手な振舞いに屡々、怒り心頭に来るところです。
 実は中国政府は新潟、名古屋に予定した領事館の建設は、日本政府が中国側の用地買収を認めなった為に久しく頓挫してきましたが、この度、野田内閣の方針変更もあり、用地4500坪が契約されたとのことであります。県庁から数分の1等地、例え民間の土地とは言え、国土売却の認可は将来の日本に、新たな問題を惹起する可能性を含んでいると考えるのであります。
 一方、その逆の扱いは、北京に予定される日本大使館であります。建物は昨年7月に完成したものの、建築申請時にはなかった付属物があるとのことで、今になってもその使用を認めていないのであります。これこそが「我儘中国」の真骨頂というべきであります。
 実際、中国に行って先ず感ずるのは、国民の公衆道徳に対するいい加減さでしょう。一言で云えば「程度が低く、非常識な国民」と云わずして何と表現できましょうか。
「衣食足りて礼節を知る」の言葉は、大昔の諺であって、今日では実なき言葉と理解します。

2012/03/09

「与党になって見える風景」とは?

 6日の衆院予算委員会において、自民党の小泉進次郎氏が質問に立ち、例の一体改革について野田総理に質した。
 質問の趣旨は、現在、政府が70~74歳の医療費の窓口負担を現状の1割から2割に引き上げることを検討している点について、「野党時代の民主党は【高齢者いじめ】と云って1割負担の維持を主張していたのでは・・」と指摘した。
 これに対し総理は具体的なことは云わず、「与党になって見える風景と野党に見える風景がある」と恰も禅問答のような答弁でその場を交わした。勿論、小泉氏はこれを「了」とはせず、「将来、与党になっても“風景が違う”などいい加減な答弁は致しません」と民主党の姿勢を批判してこの質問にピリオドをうったと新聞に掲載されていた。
 さて、この問答はもとより中途半端の終わっていますが、少なくとも野田総理の答弁は些かお粗末の限りではないでしょうか、当然のことですが、超高齢化社会の到来に伴う待ったなしの施策であることぐらい数値を以って答弁してもいいではないでしょうか。
 清水の舞台から飛び降りる思いで消費税増額を決断したことから、些細の事には神経を使わずのお気持ちでしょうか。

2012/03/08

心改まる「遺言」

 参議院議員の報告会の席で、偶々、日頃お世話になっている医師と出会い、別席で夕食を取ろうということになった。友人の市議と、医師連盟の事務局長を交えての楽しいひと時を過ごしました。その会話の中で、医師の口からから心改まる言葉に出会いました。
 広島出身のその医師は戦後の生まれですから、大戦は歴史の中でしたが、祖父は不幸にも原爆投下の直下にあって犠牲者となりました。一方、父親は軍医として徴用され、南方に派遣され、玉砕した「テニアン島」で敗戦を知ったとのことです。ご案内でしょうが、「テニアン島」はそれまで日本の統治下にあり、多くの日本人が生活しておりました。この小さな島の断崖の頂きには「ここから多くの日本人が万歳の一言をもって怒涛の海に身を投げた」の石碑を見た時、慟哭の悲しみを覚えたのでした。この悲惨な歴史を脳裡に刻み、更には占領されたテニアンの飛行場からB29が原爆を積んで広島、長崎に、その結果祖父がその犠牲となられたのでした。
 それゆえ、旅好きの父親だったが、南方のサイパンなど訪ねることはなかったと述懐していました。その父親が「死」を間近にして、息子の耳元で「遺言」を残した、「私は南太平洋で多くの戦友と一緒に戦って死んだ、人間2度死ぬことはないので葬儀は出さないでほしい」と。

2012/03/06

妥協ではない「話し合い解散」

 ここにきて、衆議院の解散が一挙にクローズアップされてきた。野田総理としても「不退転」の表現で約束した以上、消費税の改正案は撤回できません、更に自民党としても、先の参院選挙では消費税10%を公約した経緯もあり、ここに来て、内閣の提案に同調する方向に固まってきたように思えるのです。敢えて云えばこれこそ、「大人な選択」と思います。
 野田総理にとっては、目の上の瘤である「小沢グループ」の存在を消滅させるためにも、衆院選の早期実施が最善の策と考えます。誰の目にも「小沢グループ」は自己判断のできない「チルドレン集団」であって、「淀みに浮かぶうたかた」と同様、2度と結ぶことはないでしょう。
 政局を混迷させるこの無益なグループを取り去るためにも早期解散が必要と考えます。

2012/03/05

最高の富士の景観でした。

 来静した「メルコ・インター・ナショナル」の営業部長は女性でした。私達は工事中の日本平ホテルの新築現場に図々しく乗り込み、富士山の景観に最も恰好な場所を選んだ私は、白妙の雪を頂いた美しい景観と広域な「カジノ」用地について、思いっきり説明させて頂きました。
 私の一方的な説明を聞いているのか否か、年に何回もない程のこの日の美しい富士山とそれに連なる伊豆半島の遠望は、初めて訪れた彼女には言葉も発せないほどの感激であったと感じました。それ程にこの日の富士山の景観は素晴らしかった。
 一昨日は東京はもとより、天城山も大雪でしたが、昨日は暦を間違えたほどに、温かな晴天、そして今日は再び冷たい曇天です、本当にラッキーでした。昔から「天野はついてる」との言葉を頂いてきましたが、肝心の時には驚くほど「天候」は味方してくれました。例えば、市政100周年記念の「駿府博」、梅雨期の真っ只中の最終日はその日だけカラリと晴れて、人々の笑顔の列でした。更にその年のクリスマスは井川のスキー場のオープン、この日も何と井川でも12月の珍しい大雪、前日までは人工降雪もままならない最中の幸運でした。
 そうした点では「ラッキー」を背負って歩いた70年かもしれません、確かに自助努力も十分ではないでしょうが運の良い事に何とかここまでやってこれました。
 「カジノ」は私の最後の大仕事、勿論、念願叶った頃は、既に黄泉の旅の途中にいるでしょうが。

2012/03/02

「カジノ誘致運動」のその後

 暫く報告しておりませんでした「カジノ誘致運動」についてご報告いたします。
 昨年の暮れ、日本経済新聞の片隅にマカオのカジノ王・スタンレーホー氏の会社がカジノ認可後の日本に触手を伸ばしていると記事が載っていました。
 私は早速マカオにある各種サービスを業とする事業所に連絡、更には県の企画部の協力も頂く中で、メルコ・インターナショナル・デベロップメント社(ホー氏の息子・ローレンス・ホー氏が社長)の役員が訪日するとのニュースを聞いて、早速面会を申し込んだのでした。
 当初、東京の帝国ホテルで面会する予定がメルコ社の都合で予定より早く帰国することになり、急遽、来静されることになりました。聞けば、静岡から成田経由で香港にとんぼ返りするという。
 されば、私としては絶好のチャンスとして、思い切り「日本平構想」を提案して参りたいと存じます。
 しかし、センチュリーホテルでの接待経費もすべて私費、「カジノ誘致」運動に係る費用も決して莫迦にはなりませんが・・・、「乃公(だいこう)出でずんば」の気概でこれからも頑張ります。

2012/03/01

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