静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2011年12月

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何のための原発コストの試算

 静岡新聞の朝刊一面トップに「原発コスト火力並み」と“どでかい活字”で報道しております。恐らく私を含めて多くの市民は「また、原発か・・・」の思いで紙面に目をやったでしょう。そんな思いで読んだ内容は将に「時間の無駄」と云うべきものでした。
 勿論、共同通信からの送信でしょうが、何を言いたいのか判りません。第一、政府も何を考えているのか、何のためにこんな意味なき検証をしているのか、疑いたくなります。 新聞によれば、原発事故による賠償費用や廃炉、防災対策などの費用を勘案すれば、「原発は1Kw8・9円」と試算、これは従来比5割高、しかも火力発電並みと、原発の存在そのものを否定する書きぷっりでした。
 一体、民主党政府は「原発政策」の今後をどのように考えているのか、原発以外の石炭・LNG火力はCO2問題が控え、一方、太陽光など自然エネルギー利用の発電は例えばメガソーラーは1Kw45円が2030年には26円になるとの見通しを試算しているが住宅用ソーラーも全く根拠ない試算と云わざるを得ません。一体この検証委員会は何のために作られ、何を云わんとしているのか全く理解できないのでした。

2011/12/14

やはり「絆」に決まる。

例年のことだが、9月、10月の敬老行事に招待され、その度に戸惑う事だが、「来賓挨拶」の話しの内容について、「昨年は・・一昨年は・・」とその折々のテーマを思い出しながら、新たな話題を模索してきました。しかし、今年は東日本大震災という避けて通れぬテーマが存在していました。そこで、演壇にたって冒頭こんな事から話しの切り出しとしました。
 ・・・年末の恒例行事となった今年一年を表す漢字一文字、それは恐らく「絆」でしょう。今年ほど「家族のきずな、地域のきずな」が見直された年はなかったはず・・・。
 予測は的中しておりました。今朝のテレビでは京都・清水寺の森貫主の墨痕鮮やかな「絆」の一文字が揮毫されておりました。
 しかし、その鮮やかな揮毫を見ながら不図、気付いたのでした。糸偏の崩しは良いとして「半」の書き順は明らかに違うのではないだろうか、「半」の5画目は縦棒でなければなりません。譬え、草書と云えど書き順は原則を守るべきでしょう・・・・・・。
 違いますか?

2011/12/13

私の「カジノ」誘致戦略

 国会で審議されている「カジノ法案」の行方が定まらない中にあって、独り私は水面下で途轍もない計画を立てながら塩の満ちる日を待っております。恐らく誇大妄想の比喩が適当でしょうが、これまでの凡そ5年間、独り大風呂敷を敷いての「カジノ構想」は後援者にも穏やかではなかったでしょう。
 しかし愈々、日本でのカジノが「解禁」秒読みの段階に至って、私は次なる試みを計画しました。ご案内のように、私が考えている「日本平カジノ構想」の総事業費は恐らく数千億円になるものと試算しますが、残念ながらそんな莫大な投資を引き受ける企業は日本には存在しません。
 昨年、シンガポールで二つのカジノが相次いで誕生しましたが、その事業費は人件費など、日本と比較にならない程、安価な国でしたが、それでも1兆円が投資されたのでした。処がシンガポール政府はただの1円も出しません、全てこれの事業を企画するラスベガス企業とマレーシアにあるゲンティンハイランドの出資でした。
 実は私が狙う手法もここにあります。世界のカジノ企業はバージン国「日本」をターゲットに、触手を伸ばしてきているのです。
 一方、カジノ誘致を観光産業の目玉にと考えている都道府県も現段階では未だ立地場所や規模など具体策も考えず、我田に引水することのみに神経をお使いの事ですので、私はたった一人で外国企業に接触する工作を準備している処であります。

2011/12/11

今日は70回目の開戦記念日

 どうして平和を希求する日本人が真珠湾攻撃の成功を「歓喜」の声で迎えてしまったのでしょうか。日露戦争以降、「神国日本」を美化し「大東亜共栄圏」を称え、ただひたすらに軍拡路線を勧める政府に対し、日本の「報道」は一体、何をしていたでしょうか。否、時に「ヒトラー」を称賛し、戦争参画をテーゼとし、国民を「路傍の石」とみなして戦争に駆り立てていった最大の戦犯は報道人と云っても過言ではないでしょう。
 さて、私も間もなく「古希」を迎えます。
 真珠湾攻撃を端緒に、戦域はアメーバ―のように拡大する一方、国内各地では祭り気分の提灯行列が続くのでありました。
 開戦から2ヶ月後、シンガポール陥落の直前、私は静岡新聞に「大きな双子の赤ちゃん誕生」と写真入りで掲載されたのでした。兄の名は「征吾」、私が「進吾」、即ち吾、進軍し、吾、征服すの発想から名づけられたのでした。時代は将に【戦争協奏曲】の鳴り響く最中であれば、こんな名付けも肯ける処でしょう。
 70回目の開戦記念日で改めて「報道」の意義を省みました。

2011/12/08

傷の舐め合いか、鈴木宗男と小沢一郎の両氏

 新党大地の鈴木宗男氏は漸く仮釈放の恩恵を受け、昨日出所しました。
 何故か第2議員会館で記者会見を開いた後、出所祝いに相当する「帰りを祝う会」が開催され、そこに駆けつけたのは「同病相憐れむ」の仲間、小沢一郎氏をはじめ、善悪の判断が疎かになった鳩山由紀夫氏など、民主党所属の国会議員が出揃ったのでした。
 その席で、鈴木氏は、消費税について、民主党は4年間は議論しない事、TPPについても私は反対するなど、相変わらずの口達者振りを発揮しておりました。
 勿論、政治家として鈴木宗男氏は破天荒の足跡を郷土北海道に残してきた傑物であったと私も理解しますが、その絶頂期にあって、「唯我独尊」に陥って大道を踏みそこなったのでした。
 小沢氏と同様に「天網恢恢疎にして漏らさず」の格言を忘れてしまった淋しき結果でした。

2011/12/07

M9の地震と大津波って本当ですか。

今朝のテレビ番組の予告で、M9の巨大地震が逼迫する一方、伴う大津波が駿河湾沿岸を襲うと云う極めてセンセーショナルな表現で宣伝しておりました。
 勿論、報道も視聴率が命であれば、過剰な表現も仕方ないのかもしれませんが、この処、突如として地球物理学者や大学教授らが、競って「駿河湾の大津波」を予告し始めたのである。
 ある教授は大谷の地質を掘り下げ、数千年前に巨大津波があったとか、安倍川を遡ること数キロは壊滅的打撃を受けたと寺の古文書にあったとか、35年前の「明日起こっても不思議ではない」駿河湾沖地震の警鐘が打ち鳴らされている頃には全く問題外に置かれた各種の予兆が披歴されている。
 例えば、三連動地震は東北大震災で初めて聞いた言葉でした。有史以来の特殊現象が本当に駿河湾沖地震でも起きるでしょうか。そして脅かされしかし、対処出来ない我々に何故そんな脅かすのでしょうか。
 放射能恐怖と同様、作られた学説が罷り通る世の中になりました。
 本会議に出席の為時間切れで失礼。

2011/12/06

久しぶりの登場・河村たかし氏

 このページでも嘗ては敵愾心すら覚える程の感情で書き綴った名古屋市長・河村たかし氏が久しぶりのご登壇となられました。
 「減税日本」の激しく振られたZ旗はその後、如何かと思えば今朝の新聞に「小さな紙面」で掲載されておりました。見出しは「減税率修正案以外の譲歩も検討」名古屋市長とありました。
 減税「10%」の訳の解らない選挙公約で多数の浮動票を集めながら、後に気付いてみれば、当時、私達が警鐘していた通りの「金持ち優遇税制」でした。それに気付いた議会側と市長は今なお「修正案」の協議中とのことであります。しかも、税率だけでなく、所得制限も併用するようです。
 一寸、オチョコチョイの河村市長、正気になった議会筋との交渉が愈々、大変になってきました。

2011/12/05

ジャーナリストと云う名のお化け

 勿論、意見の相違から非難するのだが、ジャーナリストと云う名の職業人がもてはやされ、活躍する場の広さに驚かされる。
 先週、ライオンズ仲間の一人からFAXされた新聞記事は、法案提出を目前にする「カジノ解禁」について、賛否を異にするお二人のご意見が掲載されていた。
 殊に反対の立場に立つ若宮健氏のご意見は事実を敢えて曲げての提言、例えば41年前のマカオはカジノ施設が10倍となり街全体が品がなくなったとか、韓国の江原ランドでは凶悪事件が多発したと悪評する。正直云って、私の知る30年前のマカオは埃ぽっくて、汚い街でしたが、今では煌びやか過ぎるほど、華やかです。一方、江原ランドは今なお極々「田舎」ですから、カジノ誕生以前は全く辺鄙なところだったでしょう。それ故、その時代に比べれば凶悪犯罪は多発しております。
 しかし江原ランドでは入場に際して「会員証」の提示だけでなく、例えば酒気帯びは入場禁止、更には家族のきつい反対によって出入りは禁止など様々な規制を設けております。
 日本が世界で最後の解禁国であれば、今、超党派で構成されている通称「カジノ議連」は国民の理解が得られるよう「あり方」の研究を続けている処であります。

2011/12/02

「琉球新報」は所詮、左翼新聞だと・・・。

 今朝の報道によれば、昨日の沖縄防衛局長の発言に対し仲井県知事は「沖縄県民は傷つけられた」と、謝罪に見えたの中江次官に楯突いたとある。
 まこと莫迦ばかしい政治劇で見るに堪えません。呑み屋で酔っ払った勢いのしかも他愛ない比喩を新聞に仰々しく掲載、もって総理まで「てんてこ」する姿は見苦しいの一言です。
 そこで、私は沖縄に住む娘(何故か夫婦で農業経営)に電話し、感想を聞いたところ、沖縄の新聞社は皆「左」だよと怒っておりました。成程、戦後の沖縄の歴史をみれば、政府に楯つくことはまた「生きる方便」かもしれません。
 だからと云って小学校の反省会でもあるまいし、微かな挙げ足を捉えるようなことは止めて頂きたいと思います。寄ってたかって弱い者苛めするのは止めましょう。

2011/12/01

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