静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2011年11月

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小さな新聞記事から

 今朝の静岡新聞を一通り目を通し、何気なく再び社会面の小さな記事に目をやると、そこに「業者の入札参加1ヶ月停止」の見出しに引っかかりました。
 内容は県が発注した「備品倉庫建築工事設計業務」を落札した後、当該業者から入札金額に「入力ミス」があったとして、その契約を辞退したいとの申し出があり、県はこれを認めると共に「当該業者の入札参加1ヶ月停止」を決めたとのことでした。
 恐らくこの新聞記事を読んだ殆んどの方々は、業者の悪意なき誤ちであって単なる「過失」として読み過ごすところでしょう。しかし・・・・
 20年前、私が市長当時の事、4億円に上る建設事業の入札で、誤って低価格を記載し、その結果落札したのでした。処が若しこの金額で工事を施工しようものなら、凡そ数千万円の「足」が出ると積算した業者は早速、市に対し「契約辞退」を申し出たのでした。対応に困ったのは担当課はさんざん考えた挙句、課長は私の処に「1200万円」の違約金をもらう事に決めたと報告に来たのでした。その折、私は課長に「落札をもって契約と云えるのか」を訊ねた。通常、高額の契約は入札ー落札ー仮契約の後、議会の承認ー本契約という階段があります。
 云われて驚いた課長は市の顧問弁護士をはじめ多くの法律家にどう対処すべきかをご指導頂き、結局、「入札」は契約の1過程として、契約不履行の3%条例を実行したのでした。
 その観点からもこの「1カ月指名停止」の罰則は大いに問題があると考えます。
 早速、当局にその是非について伺い、善処を求めて参ります。
 
 

2011/11/18

「まさか」と思うも、我が後援会の収支

 今朝の新聞に10年度の県内政治団体の収支報告が掲載されています。医師連盟のトップは毎年のことですが、収入1,000万円以上の28団体が列記され、何とその「しんがり」に記載されていたのが私の後援会ではありませんか。
 勿論、この政治資金の収支報告は厳正に対処しておりますが、まさか、「貧しさいっぱい」の私が名を連ねるとは驚きです。
 昭和42年の統一選挙で市議会議員に当選、以来「我にこの道の他に道なし」の信念で歩んで参りました。その道程は喜怒哀楽の激しい世界でしたが、一方、経済的には常に「南極大陸」でした。
 半世紀の昔、両親が建てた小さな店舗つき住宅は今なお私の家です。その間、借地であった20坪余りと隣家から5坪程度の余剰地を購入しましたが、未だ「うさぎ小屋」の表現から抜けきれません。
 その私が過去にもこの政治資金の収支で幾度かランキング入りしておりましたが、その度に不思議な思いに駆られて参りました。

2011/11/17

週1日の決算委員会の休会日です。

 決算委員会は週4日開催されますので、平日では水曜日がお休みとなります。県の婦人会館「あざれあ」で講演して欲しいと依頼されたのは数カ月前でした。
 その後に「決算委員長」の指名ですから関係者に迷惑掛けずに「ほっと」しました。
 ところが、何をテーマに講演するのかは、主催者側とも決めておりません。何せ、苦手とする男女共同参画型社会を標榜する方々の依頼ですから、「心して」話さなければなりません。
 さて、最近になって町内会や各種団体、或いは企業から講演の依頼が屡々きます。このコラムにも書いてありますように講演料は無し、そんなことからも気軽に依頼されるでしょうが、長い間生きてきた証としての「知識や生き様」を後輩の皆さんに聞いて頂くことも大いなる喜びです。
 何と云っても、後2ヶ月で「古希」を迎えることになるのですから。

2011/11/16

何故、動員しなければならない「シンポジウム」

 昨晩、折角市役所からご案内を頂いたので、ひとり「ユーホニア」で開催される市の公共交通シンポジウムに出掛けました。真っ先に驚いた事は凡そ700人収容のホールは殆んど満杯、しかもその雰囲気は「シンポジウム」に期待を寄せて集まった人々の雰囲気はなく、オープン前も極く冷静に開会を待っているのでした。
 雑談はなく、しかし、配布された書類に目を通すでもなく、大人しく時間の経過を待っていたのでした。
 シンポジウムは埼玉大学の教授のヨーロッパのLRTの素晴らしさを画像を通して参加者に解説、しかし、もとより日本の混雑した都市環境とは異なり、そのまま静岡に置き換えることの難しさを超越した発想に些か残念な提案でした。
 それより、会場の参加者にイエスorノウを答えてもらう質問に私は唖然としたのであります。例えば「若し静岡から清水にLRTが運航した折には、特段の目的はなくても、貴方は週に1回程度はこれを利用しますか」の問いに何と「イエス」が圧倒的であった会場に驚くと共に、来場者は「動員」によるものと確信したのでした。
 こんな田舎芝居に時間を取られ些かがっかりの思いで会場を後にしました。

2011/11/13

なるほど「急がば回った」野田総理?

 結論を先延ばしにしたのは、常套手段の「ガス抜き」でした。
 昨晩、野田総理は「交渉参加に向けて協議に入る」と言明しましたが、これまで「脱党も辞せず」の構えを見せてきた民主党内のTPP反対派の様子は如何と朝刊を開けば、何と「80点」の評価を反対派のリーダー山田前農相は恥ずかしげもなく与えたとあるのであります。
 「80点」と云えば文句なしの合格点でしょう。では昨日までの反対行動は何だったのでしょうか。スタンドプレーの言葉はありますが、選挙を慮っての行為とはいえ、みっともないの一言です。
 時代の要請ではありましょうが、思うにTPPが締結された時、先ずは脅威となる「カ州米」の対処方は容易ではありません。「デフレ」傾向の続く今の日本には安価な「カ州米」は怒涛となって日本に入り込む要素は十分にあります。一方「精密機器」においては少しばかりの「関税」は障害にはならないでしょう。そうした観点から私は「円安」「デフレ」を少しでも脱却した上でTPPに対処しては如何でしょう。

2011/11/12

「急がば回れ、瀬田の唐橋」のTPP扱い

 昨日のタイトル「test」は私の未熟さの証明です、コラムを書いた後にタイトルを考えようとして、いい加減に記したものが訂正できなくなってしまいました。失礼。
 さて、連歌といえば「宗祇」が代表しますが、その1番弟子に島田の鍛冶屋に生まれた「宗長」がいました。今川氏親(義元の父)の要請に応えて丸子の「吐月峰」に庵を結び、屡々、駿府の今川屋形で「歌会」を開いていました。その宗長が詠んだ歌と云われるものの一つに「もののふの 矢橋の海は早くとも 急がば回れ 瀬田の唐橋」があります。長い引き出しで失礼しましたが、野田総理は明日にでもTPPに参加を表明するような雰囲気ですが、今日の日本を考えた時、将に「急がば回れ」ではないでしょうか。
 正直云って、今日の日本はTPP参加には余りにも経済環境が脆弱です、極端な「円高」とデフレ経済、財政赤字からくる経済活動の低迷など、その環境は悪過ぎると私にも思えます。更に今日、わが国がこれほどに落ち込んだ原因は小泉内閣以来の「アメリカの物まね」政策の誤ちと私には思えるのであります。慌てる事はありません、寧ろ求める日本の仲間はアジアから生まれると考えます。

2011/11/09

有難うございました、鈴木修殿

 第20回記念大会は終了しました。最終日の雨模様も午後には殆んど曇天となって、遠方からのお客様の笑顔に出会いました。実は最終日も、私が駿府公園に足を運んだ理由は「一台の車」を確認したかったからでしたが、終ぞ見当たりませんでした。
 先月の日曜日、大学の同窓であり、旧知の間柄にあった私は、前日の電話予約で「スズキ㈱」の鈴木修会長を訪ねたのでした。
 時の課題であるTTP問題や県政の話題など暫く会話する内、会長から「処で今日の目的は・・・?」の一言で訪問の趣旨に入ったのでした。
 「この応接間は19年ぶりです、第1回の大道芸を開催するに当って会長から300万円のご寄付を頂きに伺いましたので今日が2度目です。その大道芸も今年で20回を迎えます。処でワールドカップの賞金も増えておりませんで、些か現在では貧弱になってきましたが、ジャパンカップについては更に見苦しい程です、そこでこの際、ジャパンカップの優勝者に乗用車を副賞として提供したいと考えました。「スズキ」の自動車は、如何でしょう」黙って聞いていた鈴木会長に私は更に追い打ちをかけた。「この件は私の独断ですので気楽にお断り頂いても結構です、勿論、田辺市長も関知しておりません、しかし、あなたは決して断らないと判断してお伺いしました」。
 暫く逡巡していたが、「わかった、あると便利だからアルトをやろう」という。
 その夜、田辺市長に事の成り行きを伝え、これを契機に鈴木会長とのご縁を持ついい機会、大事にして欲しいと伝えたのでした。勿論昨日、「アルト」はジャパンカップの優勝者に渡りましたが、残念ながらスズキ㈱からのご厚意があったことは遂に闇の中に没してしまいました。

2011/11/07

大道芸最終日は雨模様で残念。

 昨日は孫を連れての大道芸見物でした。久しぶりに私も孫達と一緒に、みっともなくも歩道に腰を下ろしての見物を、更には孫達の希望で、初めて賑わう「マクドナルド」に入店しました。3人分で1800円は安上がり、その上、満足そうな孫の様子で大いなる儲けでした。
 青葉公園の演技会場では人気の海外パホーマーに黒山の見物人でしたが、その演技が終了する怒涛のように人波が移動、そんな中、私の前に止まって、「今日は、00です」と見た事もない1人の「親爺」さんが声をかけてきた。瞬間、遠い昔を脳裡に描いく中、「え!00、あの00?」ですかと訝しげに尋ねた。00は中学1年時の同級生、勿論、幼い頃の面影は全く記憶にはありませんが、00という市内では数少ない苗字に思い出したのでしたのでした。「元気そうで」・・・と互いに交す言葉は僅かでしたが、別れた後も、何故か嬉しい思いが漂っていました。
 処で、最終日の今日が雨模様とは誠に残念です。このイベントには、多くのボランティアが事前研修を含めて長い時間を割いての協力でしたので、誠に残念な雨模様です。

2011/11/06

「FIFA」アンバサイダ―に就任した三浦知良

 過日、クラブワールドカップで国際サッカー連盟が三浦知良氏を指名、アンバサダーに就任したとのニュースは本県関係者には誠に嬉しい報道でした。これは3年ぶりに日本で開催される「クラブ世界一決定戦」の魅力や日本サッカーのPR のためだが、選手としての「三浦」が一段と成長した事が多くの人に認知されたからでしょう。心からお喜び申し上げます。
 静岡で生れ地元小中学校を卒業し、サッカーの名門静岡学園に進学するも、独り決意し、ブラジルに研修、帰ってくれば日本第一級の選手として久しく、既に45歳を数えるでしょうか、尚、現役として堂々の日々、立派です。
 著名な人物の輩出できない静岡から、極めて珍しい逸材ですから、これからも日本のサッカー界のために尽力を!

2011/11/05

世田谷のラジウム、その2

 10月26日の世田谷のスーパーで見つかった放射線ラジウム事件は、「ホットスポット」なる聞きなれない英単語に惑わされながら、国政はもとより報道関係者も交えての大騒動となったのでした。
 その騒ぎの焦点は何と言っても1時間当り2.7マイクロシーベルトの放射線ラジウムが検出されたことでした。報道では区が安全の目安とする数値の凡そ10倍の放射線であり、一大事件の雰囲気でしたが、ここにきて更に当該スーパーの敷地数ヶ所から5倍もの高濃度の放射線が発見されたのであります。
 ところがどうした訳か、報道関係者は驚きもせず「またか・・・」の姿勢でこれを横目で見るだけ、更には社には「マイクロ」の単位を「ミリ」と誤記するほどの体たらくでした。
 実は、世田谷のように、放射性物質が産業廃棄物となって埋められている事例は決して珍しいものではないと思われます。
 本市でも、ガイガ―カウンターを以って調べれば、怪しき所忽ちに発見されるでしょう。
それはさておき、世田谷の例を見るまでもなく放射線被曝は「障子に映った松の木」に怯える子供の姿に似ていると私は思えるのです。「解らないから恐ろしい」の尺度で本県のお茶も規制され、日本の農業に大打撃を与えておりますが、その恐怖心を煽るのは、一にかかって、押っ取り刀で対処する民主党内閣の姿勢にあると私は考えます。

2011/11/04

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