静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2011年09月

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「浜岡原発の永久停止」を決議した牧之原市の迷い

 牧之原市長・西原茂樹氏は20年来の友人であります。その彼が浜岡原発の未来を憂慮して執った今回の選択は、嘗ての同僚県議からは疑問符が投げかけられております。また、川勝知事も、本会議の質問に応えて、「永久停止で思考停止なら知的閉鎖」という極めて理解し難い表現を以ってこの度の選択を揶揄しております。
 正直、今回の選択は西原市長の意思とは思えないのであります。勿論、選挙民への媚びとは思いませんが、反原発運動家や放射線過敏症の皆さんの圧力も小さなものではなかったでしょう、些かの同情をもって、解釈させて頂きます。
 少なくても、これから何拾年もの間、原発の跡形も無くなる迄、牧之原市は「ここは危険な街」という暗い看板を掲げ続けるのであります。そこに街の発展は期待できますか、市民にとって、「危険な街」の看板は「安らぎ」を生みますか。政治は一時のフラストレーション解消の場ではありません。

2011/09/29

「ニュートリノ」は光より速いだってさ

 「それは何・・・」殆んどの方が抱く疑問でしょう。第一「ニュートリノ」なんて言葉は聞いた事もないし、1秒間に地球を7周半回る「光」より速い物体は存在しないと聞いてきました。 しかもそれはアインシュタインの相対性理論によるものですから、実に1世紀を経て今、覆されようとしているのです。
 意味不明の今日のタイトルは昨日の夕刊に掲載されていた「相対性理論をひっくりかえす」に触発されて今日のホームページとなりました。
 私の積読(つんどく)用の本箱の中から、後にノーベル賞を受賞した小柴昌俊先生の「ニュートリノ天文台の誕生」という途轍もなく難しい単行本が長い間眠っております。引き出して開けば表紙の裏面に、謹呈・天野進吾様・・小柴昌俊とサインがありますが、これも市長当時お訪ね戴いた小柴教授の計らいでした。
 そのニュートリノが光より速い・・・?。小柴教授が私に説明するに「地球を貫く物質・ニュートリノを集め、その道程を逆に遡れば、全て1点に収斂する。それこそが例のビッグバン」とのこと。その時初めて聞いた「ニュートリノ」と云う物質は昨日の夕刊では光より速いとのこです。でも、それが何?
 本日も頭混乱の中で書きました。ご容赦を。

2011/09/27

日本兵の遺骨収集事業に警鐘

 今朝の静岡新聞に「子供や女性の骨も混入」とのタイトルで、第2次大戦中、フィリピンで死亡した日本兵の遺骨収集事業を請け負っているNPO法人「空援隊」の実態が掲載されております。
 昨年の秋、NHKが特集で、遺骨収集事業の実態に疑問を持ち、今日の新聞記事と同様の内容を提起したところであります。即ち、この空援隊が遺骨を収集して日本に持ち帰った中に、DNA鑑定の結果、日本人でないもの、女、子供のものなど明らかに国からの報奨金目的で数合わせしたと思われるものが多数あると報道したところ、「空援隊」は50項目に及ぶ公開質問をNHKに出したのでした。
 ヤフーで調べた処、このNPOの役員は元国会議員ら政界関係者の名前が連なっているのである。この際、徹底的に善人面した役員と組織を洗いざらい調査して欲しいと思うのです。私の知る元参議院議員も訳の解らないNPOの会長となって月給100万円取っていた聞いております。「天網恢恢疎にして漏らさず」の諺があります。

2011/09/26

台風の被害状況を見る

 今朝7時、家内の誘いで台風被害、とは言っても倒木状況を見るに過ぎないが、山間部の現地視察と洒落てみた処でした。処が想像以上の被害状況に何としたものか、ただ愕然としたのであります。
 私達周辺にも台風の置き土産は容易に見つけますが、車で行ける「玉川」など山間部の被害状況は甚大でした。
 帰宅後、静岡の歴史書を本棚から引き出し、昨夜友人等と議論した「駿府城」について独り調べていた事務所に若い仲間が突然やってきた。
 彼は数年前より新事業を興していたが、残念ながら「一言では」説明できない。
 私の近所に谷津山という小さな山が寝そべって南北の交通を邪魔している。嘗ては緑豊かな雰囲気を醸していたが、ここ20年の間に竹藪と化し甚だ迷惑極まりない。そんな竹林を何とか退治しようと立ちあがった若者グループのリーダーである。当初は仕事になるだろうか心配でした、現代社会にあっては博物館の様な真面目な青年達です。
「どうだ、最近は、社員は何人になった」とストレートに尋ねれば「今、7人でやっております」。瞬間「増えたな」と脳裡を掠める。
 彼らは森の守護人、危険な倒木、竹藪、高所作業の特殊伐採など、不用な樹木の片付けを「一生懸命」の精神で励んでいるのです。054-252-1541 山内木材産業KK です。

2011/09/25

ご存知ですか「太陽光サーチャージ」

 「太陽光サーチャージ」、日本語で太陽光発電促進付加金と訳しております。ご存知あの太陽光発電による余剰電力を電力会社が買取る制度です。
 この制度は太陽光発電を一般市民に普及させる最高の便法でしょうが、このシステムが内蔵している問題点について敢えて私の意見を書かせて頂きます。
 2011年に設置される太陽光発電設備によって生ずる余剰電力の買取価格は1Kw42円となります。以前は46円だったと思いますが。この買取り価格は今後も年々引き下げられることになっておりますので、或いは「騙された」と臍をかむ方も出るでしょう。
 しかし、何と云ってもこの高額な太陽光電力の費用を負担するのは電力利用者、即ち私達であります。現在、一般家庭が使う電力は1Kw24円だと思っておりますので、もし高額な余剰電力を電力会社に引き取らせるなら、太陽光発電が少ない間は支障ないでしょうが後々これが普及した折には、問題になると思います。
 余談ですが市の焼却炉で作られる電力を中電に売っておりますが、中電の買取価格は僅かに1Kw8円です。この低価格は、中電曰く、電力の質が悪いから安いとのことですが、太陽光もまた同様に生産量の上下幅が大きく「質の悪い電力」とおもいますが・・・。

2011/09/22

嵐去り暗雲消えて木漏れ日が

 愈々、今日から9月議会が始まった。知事の議案説明があり、この中で例の搭乗率保証について、「本県の主張は通った」の言葉は真に納得できない処である。どう考えても当時の本県の舞台裏を逆手にとって、日航が企てた契約ではと私は疑う。第一、70%切ったら一人当たり15,800円は奈何せん納得出来ない、当時羽田―福岡間は13000円で運航していた日航ではありませんか。更に日航は福岡便について日に4便を静岡県に提案、これを多過ぎるからと3便に減便してもらったと当時の役人の言葉は不可思議過ぎる。
更に議会では、議案の了承に際し、「付帯決議」を提出しているが、これを全く無視してきた当局は何と自己弁護するのか、この際、尋ねたいと思っています。
 処で、今日の雨と風は何年ぶりでしょうか。今、夕餉のひと時を利用してコラムを書いておりますが、お客様もお見えですのでここで今日は終わります。

2011/09/21

今日は「歌舞伎」公演の日です

 9月5日のコラムには、今日20日に予定されている駿府ライオンズクラブ主催の「歌舞伎」公演に際し「天候のことが気懸り」と記しております。5日のコラムでは、その日の天候を「天の川の氾濫」と表現しておりますが、今日も同様の「どしゃ降り」です、英語では「Cats And Dogs」と表現するそうですが、道路に雨粒の穴が開くほど途轍もない降り方に驚いております。
 明日から9月議会が始まります。幸い近年はこうした悪天候による災害は殆んど皆無です。 思えば私が市議会議員当時、9月、11月議会は「山間部の土砂崩れや道路の崩壊」など災害復旧の予算は満載、土木業界の「我が世の春」でした。その点からも「時代」の変化を感じます。明日からの9月補正の議会でも公共事業の予算は無いに等しいでしょう。
 それにしてもよく降りますね。「天の川」の渇水はないでしょうか?

2011/09/20

「今、テレビで大阪知事が息巻いている」と電話が。

 行政に全く関わりない知人から、たった今携帯に電話がありました。
 「今、テレビで橋下知事がカジノ誘致について息巻いている」との情報連絡です。
 お陰様で長い間の「カジノ誘致運動の成果」でしょうか、カジノに対する市民の認識も変化、最近では極めて好意的感覚の中で、私の提案も受け入れられてきた証と喜んでおります。 しかし近々、立法化されるカジノ法案の骨子では全国で「10ヶ所」と規定されており、「沖縄」をはじめ、現時点でも数ヶ所は当選確実となれば、「日本平」が承認されるには相当の誘致運動が必要と考えます。
 現在、全国では凡そ20都道府県が名乗りを上げており、その中で「陸、海、空」の交通手段、景観、敷地面積、更には市民生活とは隔絶された日本平山頂ではありますが、承認されるに最大の問題点は「待ち」を得意とする市民性にあります。そう、自分は「動かない」のです、何時かは誰かがやってくれると期待しているのです。
 気候に恵まれ、山海の産物に囲まれ、そして今川、徳川の政治的恩恵に安穏と生きてきたここの住人は「待てば海路の日和あり」を最高の人生哲学とした市民性ですから、心配なのです。

2011/09/18

イマイチの国会の論戦

 昨日から参議院の代表質問が始まりました。この中で「みんなの党」の江口克彦氏の質問は野田総理と松下政経塾の師弟関係をテーマに質しているが、何も国会の代表質問という場で、「犬の遠吠え」に似た総理への注文は頂けないところと考えます。
 嘗て江口氏は「道州制」という行政改革が俎上に上れば、「鬼の首」を取った勢いでこれを評価、明日にでも実行される雰囲気で独り踊りまくっていました。
 恐らく現実の自治行政を直視した時、それが単に「画餅」に過ぎず、最近では矛(ほこ)を納めてしまったようですが、些か情けない感が致します。
 ところで、野田内閣の命運について、当初思った時より厳しい環境にあると最近考えます。その問題点の第一は心配していた輿石幹事長の動きです。「陳情要請本部」の人事が決定したと新聞にありましたが、その中身は小沢色の濃い様相ですが、これは明らかに小沢氏の指揮下にある輿石氏の策と考えざるを得ません。綻(ほころ)びは意外に早くやってくるのではないでしょうか。
 

2011/09/17

昨日、追悼の辞の草稿が終わりました。

 変なタイトルで失礼します。7月11日に逝去された堀江竜一県議の追悼の言葉は恒例により近隣議員の役割と決っており、私が同じ中央大学出身と云う事もあって、21日の開会日冒頭で申し上げます。
 これまで頼まれての弔辞は屡々ありましたが、本会議冒頭の言葉ということもあり、一言一句、神経を使いながら原稿用紙6枚の追悼の辞ができあがり、ほっとした処です。
 それにしても、近年、静岡県議会では現職議員の逝去が続いております。しかも亡くなられた全ての議員は私より若く、「これから」に期待される方々ばかりであり、誠に残念と云わざるを得ません。
 堀江竜一議員に合掌。

2011/09/16

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