静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2011年01月

表示件数:

混迷する静岡市長選挙の候補者擁立の動き

 昨日も臨時党支部総務会が開催され、当面の課題である市長候補の選考について論議されました。ご案内の様に4月の市長選挙には既に、元県議の田辺信宏さんと元参院議員の海野徹さんのお二人が相当以前から準備しており、お二人の争いかと思っていた処、年末になって、想定外の安竹信男さんが立候補声明、しかも、執行部の思惑を無視して新年早々「出馬声明」の記者会見と、党支部にとっては誠に迷惑な新年の「初荷」となったであります。
 しかし、振り返って思うに、党に相談なく振舞ったという安竹さんを攻めるより、寧ろ早期に方向づけしなかった支部の運営にも瑕疵があったと考えるべきでしょう。
 当然のことながら民主政治の基本は「投票権」同様に「立候補」の権限は誰にも与えられているのであれば、有権者であれば誰が出馬しようとこれを阻止する事は出来ません。確かに安竹さんは議長の職務をになっているならば、「出馬の結論」を導く前に、協力してくれた仲間の議員に相談すべきでした。更に党員であれば党の協力を戴くべく相当の準備と手立てが必要ではなかったでしょうか。
 また、自民党支部もこれまでの同僚議員であればこれを放擲するような「冷たい姿勢」は如何なものでしょう。今一度、安竹さんの脚下照顧に期待すると共に、党もまた、早々に市長候補を決定すべきと思います。
 

2011/01/13

何かが欠けている民主党

 対岸の火事として傍観者でいれば、私も余分な敵も作らずに済むのに、素直に直球を投げてしまう未熟者ゆえお許しを戴き、新年早々乍ら「民主党」に物申しておきます。
 昨年のわが国の内治外交は率直に云って「未熟児」の域を出るものではなかった。殊に中国漁船の衝突事件の対応は国民には秘密裏に、しかも「頭隠して尻隠さず」の醜態を見せ、一方中国には日本の政治の脆弱さを知らしめ、その後の中国政府の無礼な動きは将に日本外交の権威の失墜に繋がったのでありました。
 更に、小沢一郎氏の対応も党の執行部をはじめ戦々恐々として一縷の進展も見えなかったのであります。しかし、国民の審判の場「総選挙」については神経を使い、子ども手当や本日のB型肝炎訴訟など理解し難い優しさをもって望んでいるのであります。その結果益々国民の信頼は遊離していくことをご存知ないようであります。

2011/01/12

序(ついで)に思い出のひとつ・私の成人式

 既に半世紀も昔になります。成人式を迎える双子の兄から東京の下宿に電話があった。兄弟によれば、静岡市が新成人を対象に「二十歳の意見?」と云うタイトルで論文を募集、入選1点1万円、佳作10点3千円という。但し明後日が締め切りとも云う。
 その夜、私は冷え冷えとした下宿の机に向かって、原稿用紙3枚余白なしの意見を書きあげ即刻、市教育委員会に送付いたしました。それは些か時代離れした右翼的内容ではありましたが「政界」を夢見る血気溢れる青年の文章だったと思います。
 数年前、「まさか」の事が起りました。それは家内の知人が、成人式当日に会場の静岡市公会堂で来場された新成人に配られた「佳作10篇の論文集」の中に、私の名前を見つけ、驚いてご持参頂いたのでした。
 「かのドイツ帝国を見よ!アドルフ・ヒトラーの前に幾千万の尊い命が絶たれた事実を」に始まる前時代的文章がまさか、お堅い教育委員会のご理解を戴くとは・・・有難うございました。

2011/01/11

「ダークダックス」の高見沢宏さんの逝去に一筆啓上。

 私達夫婦はフォークソング「神田川」を地で生きてきました。
 昭和39年、大学3年で私は現在の妻「日出子」と極めて簡易な披露宴をもって、結婚したのでした、そう世にいう、「学生結婚」でした。
 独り身でも食えない環境の中にあって、しかし両親(りょうおや)の許しあれば、若い二人は真一文字に「夢のゴール」に直行したのでした。そんな甘い毎日の或る日、ラジオから流れる「ダークダックス」の新婚紹介番組に、私はいたずら心で東京放送に出演依頼の手紙を差し出したのでした。
 今の「新婚さんいらっしゃい」の不真面目なものと違って、4人の人柄が醸す聴きごたえある番組でしたが、即刻ラジオ局から電話があり、高見沢さんの後輩ということであれば、「是非」にとの回答でした。
 高見沢氏は静市高の大先輩、しかも珍しい学生結婚ということで、矢継ぎ早な質問にスタジオにあって私達夫婦は汗だくの回答のひと時でした。
 質問の最後に高見沢氏から"将来は何になりたいのですか?”の問いにためらうことなく素直に「政治家です、42年の統一選挙には出馬するつもりです」とラジオの中から立候補宣言したことを今でも鮮明に覚えております。
 高見沢氏の真面目で律義なお人柄に心からのご冥福をお祈り申し上げます。

2011/01/09

菅政権の前途は愈々厳しい。

 新春を迎え、未だ正月気分の中、与野党ともに政治的動きの見えないなかで、注目すべきはやはり小沢氏の処遇にあります。
 そんな折、「石垣島市議会」が尖閣諸島への訪問許可を申請した処、不許可となりました。
 聞けば、尖閣周辺での漁師の操業も海上保安庁の厳しい嫌がらせによって手も足も出せない状況とのことであります。こうした日本の中国への深謀遠慮が過日の中国漁船の衝突事件を企画させた事を菅内閣も心すべしでしょう。
 昔から「魚釣島」の地主に借り上げ料として国は2112万円を支払っているとのことです。即ち、この事が日本の領土である証であれば、斯くも中国政府に遠慮する事もないと考えますが、この弱気はどうした訳でしょう。
 今年は是非、毅然とした政治選択が行われることを期待します。

2011/01/08

本当に「小沢」を除名する事ができるでしょうか。

 年頭の菅総理の記者会見の発言に頭にきた小沢氏は「俺の事より政治を何とかしろ」と逆切れ、更に「売り言葉に買い言葉」、その結果今日は小沢氏に除名と同義語のきついお言葉が小沢氏に贈られました。
 ところで、菅代表は一体どのように対応しようとするでしょうか。小沢氏の除名が正式となった時には「小沢チルドレン」の何人が親分とともに「黄泉の道」を選ぶでしょうか。
 いざとなったら、立ち竦(すく)んで動けない利口な「ヒヨ子」も沢山いらっしゃるようであります。又、例え衆議院が過半数割れとなっても「大臣職」ほしさで尻尾を振る小政党が何時でも準備されております。更に総理にのみに与えられた「解散権の行使」もあります。
 いずれにせよ、今の民主党政権では国民の信頼を取り返せないことは確かですから、ここは敗れかぶれで行動するしかありません。

2011/01/05

「泣いて馬謖を斬る」の譬えは甘すぎるか?

 遂に菅総理も「今年を小沢氏との決別の年」と覚悟したようです。「馬謖(ばしょく)を斬る」の譬えには些か心許ない気がしますが、ここに至ってはボスの決断の時でしょう。
 恐らく、それが例え小さな浮力であっても民主党の上昇気流に繋がるものと考えます。
 自民党に席を置くものとしては、安穏と聞き流すニュースではありませんが、当面の最大関心事であれば、菅総理の勇気に期待致します。
 愈々、天王山の時、暫し対岸の火事として、見物させて戴きましょう。

2011/01/04

平成23年が始まりました。

 新しき年を迎え、皆様は如何お過ごしでしょう。
 私達にとっては統一地方選挙の年です、過去幾度か経験してきましたが、それでも気忙(ぜわ)しい正月です。ただ本年は今のところ4月は「凪」の予測、即ち静岡市の3選挙区全てが無風情況と云える今の情勢です。
 さて、今年は「卯」の年、干支(えと)の4番目に当ります。「卯」の刻とは午前6時を指し、方位で云えば東を指します。将に東天に真っ赤な太陽を拝する年と云えるでしょう。
 処で、干支では「う」、世間では兎(うさぎ)と呼ばれております。言語辞典によればもともとは「う」が本名でしたが、この動物について人々は恰も真っ白な「鷺」のようだと言い、何時しか「うさぎ」と呼ぶようになったとあります。
 ついでに、来年は辰年、「卯から辰」へのこの一年が皆様にとって「うだつ」の上がる日々である事を祈ります。「ウダツが上がらない」という言葉があります。ウダツとは「梲」と書き、「お屋敷」の屋根を支える柱を梲と言います。そんな柱を必要とする立派な住宅を目指してご健闘下さい。否、「ウダツが上がらない」とお嘆きの貴兄に今年こそ東天に輝く朝日を意味する「卯年」に懸けてみては如何でしょう。

2011/01/03

ページのトップへ

現在地:トップページ天野進吾のコラム