静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2010年10月

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ペリー来航の折、幕府は何故、ジョン万次郎を通辞として使わなかったか?

 幕末、ペリー来航の折、英会話が可能な日本人は、ご案内の様に、漂流した後米国の捕鯨船に助けられ、10年間アメリカに滞在していたジョン・万次郎だけでした。それにも拘わらず、幕府は深謀遠慮して、外交交渉時には、万次郎を表舞台に立ち会わせず、会見場の襖の裏に隠れ、その折々の会話の通訳が正鵠であるか否かを、耳をそばたてて聞いていたのであります。
 幕府は、アメリカで世話になった万次郎が、その交渉過程で「ぶれる」ことを配慮した表れでもあります。
 その結果、未熟な英会話能力しかなかった長崎出身の森山多吉郎らがわが国の危機存亡の局面に、将に命を懸けた仕事を務めたのでした。
 翻って尖閣諸島問題はじめ日中間には山積する課題の多いこの時、日本の総理が、通訳もなしに「怪しき国家・中国」の代表と廊下の椅子に腰かけて、目先の紛争問題を話会おうとするその魂胆には些か驚かされます。

2010/10/07

通訳なしの首脳会談

 タイトルで明らかでしょう、昨日のブリュッセルの日中首脳会談がなんと中国語の通訳不在のまま、実行されたのであります。率直に言って、菅総理の外交は恰も「赤子」に近いと断言せざるを得ません、第一この会談は、日本側が、しかも官邸主導で企画されたというのではありませんか。だったら少なくとも中国語の通訳を常に帯同しているのが常識でしょう。
 序(ついで)に今朝の朝ズバで「みのもんた」氏は、通訳がいなければ、主張すべき内容を前もってルビを振った中国語を読んで、「日本の主張」を菅総理自身が述べる努力があってもいいのでは、とマッコト意味の解らないことを声高に意見しておりました。云うだけが交渉ではありません、返答する相手の言葉が理解できなくて、何の交渉でしょうか。
 一言申し上げます。いい加減な理解をもって「怪しき」人々との交渉は結果、大きな禍根を残すでしょう。

2010/10/06

望外の風に喜ぶ牧野代議士

 静岡一区の牧野代議士は先の民主党代表選に万が一のことがあれば、確実に政治の表舞台から放擲されていただろうが、幸い、圧倒的開きで菅総理が選ばれ、縮みあがった心臓にひと時の安らぎをもたらしました。爾来お会いした時は常に泰平楽を決め込み、「反小沢」を標榜、意気盛んでした。
 処が、たった今、小沢氏の「強制起訴」が伝えられました。陸山会の土地購入を巡って、「起訴、不起訴」で喧々囂々たる論議が続けられてきましたが、流石の不死鳥・小沢氏も、もって御名御璽、その政治生命は風前の灯となったのです。
 “注”御名御璽とは、或いは我々だけの言葉かもしれません。「お仕舞い」の意味に使われます。

2010/10/04

矢張り、官邸の特使だった細野氏の訪中

 些か小児的言動が見える民主党政権ですが、大丈夫でしょうか。
 さて、1日のコラムで私が指摘した通り、「細野氏のひとり訪中」は政府の指示によるものでした。ところで、何故「秘密裏の単独訪中」を選択したのか、更に何故そんなに中国を恐れるのでしょう。勿論、私も近年では些かその狡(ずる)さに反吐の出る思いです。しかし、外交は何より毅然たる姿勢が必要です。民主党も大人になった外交を!
 さて、「あしき隣人」の「あしき」を転換すれば「悪しき」となります。言うに云ったり枝野幹事長代理は講演の中で、「あしき隣人とも付き合わねばならない」と尖閣諸島問題で中国の横暴を表現したと云う。これまた細野氏の訪中と同様枝野氏の言動にも極めて幼児的臭いを感じますが如何でしょう。
 政党違いの遠吠えですが敢えて苦言を呈しておきます。

2010/10/03

静岡市美術館が落成オープン

 時に全く雰囲気の異なる文章もいいでしょう。
 昨日の「総務委員会」が終了したのは5時近く、私は急いで葵タワーに足を運びました。招待状の「4時からのオープニング」は疾うに過ぎておりましたが、私にとって単なる「式典」は無用です、ただ「ポーラ化粧品本舗」が蒐集する美術品の数々を幾度かお目にかかっていますが今一度「この街」で確かめたかった、また30億円もの費用で購入した静岡市美術館の按配も知りたかったのでした。
 館に着いた時は既に招待されたお客様は殆んどお帰りのご様子。お陰で74点の珠玉の作品群に私は何の邪魔なく対峙できました。
 数年前、この美術館構想が発表された頃、市選出県議と市長との懇談会の席上、私は小島市長にその美術館の名称を「静岡市立ポーラ美術館」とし、箱根のポーラ美術館のブランチ構想を提唱したのでした。処が2ヶ月後、市職員から「ポーラには貸し出すほどの作品はないようです」の努力の片鱗も感じない素っ気ない回答を耳にしました。
 恐らくこの度の落成イベントはその提言の延長かもしれません。

2010/10/02

中国政府も解らないが日本政府も不透明

 民主党の細野氏の訪中は、誰が考えても総理の「密使」と理解するだろう。処が、「個人的人間関係」で出掛け、更には親書も持たず個人の判断で出掛けたという。本当だろうか?
 実際、個人の立場で、しかも突然、誰とも相談せず、紛争中の相手国に行けるんですか。第一、小児的疑問ですが、閣僚以上の訪中を禁じていた中国にどうして乗り込む事ができたのでしょう。細野氏は中国外務省や政府要人とも会談されたと報道されていますが、個人的立場でどうして面会ができたでしょうか、また大使館の先導が必須の中国政府にあって細野氏の言葉は詭弁と云わざるを得ません。その後の中国の軟化は、いつにかかって中国政府部内の抗争を反映したものと理解します。余談ですがその結果として、近々予定される静岡県の訪中団は予定通り実行されます。
 さて、昨日の国会での与野党の論戦を聞いても、一旦緩急あった時の民主党政府の采配は、極めて「未熟で怪しい」ものと云わざるを得ません。

2010/10/01

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