静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2010年08月

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対岸の火事では済まされない民主党の代表選

 本当に不可解な民主党の政争です。
 西郷隆盛と釈月照が京を追われ、嘆きの余り入水自殺を試みたように、鳩山内閣の低落する支持率に決断、遂に小沢氏を巻き添えの入水自殺を図ったのがこの5月、これを契機に小鳩学園は解散、互いに牽制しあう状況を見せていたのであります。
 処が「ボンボン」哲学はその後も衰えず、誰に相談するまでもなく政界を引退すると表明、これによって、誰しもが鳩山は終わったと考えていました。
 処が9月の代表選挙が近づくにつれて、この「レッドカード」のお二人は、再び「小鳩」学園の設立を目論見始めたのであります。
 しかし、世論はこれを許してはなりません。以前から指摘しているように、もとより小沢氏は政界の「斉藤道三」、その復権は決して許すべからずであります。
  

2010/08/13

来年の「カジノ」解禁は必至

 昨日、県の東京事務所から、一通の書類が渡された。タイトルは「特定複合観光施設区域整備法案」という極めて長ったらしい名称の法案、更にその副題はその倍以上の活字によって表現される仰々しいものである。序に、提案元と思われる団体名が横に小さく付記されています、即ち「国際観光産業振興議員連盟」とあります。
 昨年まで、自民、民主など夫々の党で、新たな「遊戯法」の改正を目論んでいましたが、ここにきて与野党が一体となって「カジノ」法案を提案する運びになりました。
 そのA4判の書類の一面には先ず「目的」として、滞在型国内観光の振興、カジノを核とした複合観光施設の整備とあり、当該収益の一部で地方と国の財政に貢献するとカジノ解禁の根拠が記載されている。更に基本的な考えとして、特定複合観光施設区域は限定し、当初は2か所とし、その効果を確認したのち最大限10ヶ所とし、区域は国が指定する。
 内容の詳細について記載することはここでは無理ですが、例えば、入場制限や暴力団の排除など、具体的に検証されており、関係者の弁では来年の通常国会には提案、可決されるだろうと云われています。
 「日本平カジノ構想」も愈々クローズアップされ、私もうかうかしておれません。

2010/08/12

惨憺たる抑留者の言葉

 終戦記念日を前に、例年のテレビ番組として「原爆、空襲」など悲惨な戦争体験が報道されている。 そんな折、NHKの番組で「シベリヤ抑留」の実態を、存命する体験者の言葉をもって赤裸々に報道された内容の濃い報道に出会った。
 問答無用でシベリアに連行、食も与えず、寒風吹きすさぶ中、ただ強制労働に酷使するだけ。捕虜になった日本兵はただひたすら日本への帰還のみ脳裡に描いて、ロシア兵の無理難題に従った。
 ところが「クレムリン」は日本の赤化策の一環として、日本兵に対し共産思想の転換を求めた。しかも、「帰国」という夢を与え、また一方では共産社会の専売的手法である「スパイ」活動によって堅い絆で結ばれた仲間意識を崩壊させる。非人間的扱いで多くの同胞は遂にシベリアの大地にうずもれて行ったのでした。
 日本に生還した「あの人」が、ある時、私に語った言葉のひとつに「私の思想はただニヒリズム」は忘れがたき言葉です。
 学徒動員によって中国に渡り、終戦とともにシベリアの大地に、頭脳明晰なるが故に、ロシア共産党に利用され、帰還船の中ではシゴキにあい、帰郷すれば「赤」のレッテルで勤める職場はなく、その後も悲しい日本の歴史を引きずりながら、遂に昨年、逝去されました。
 ああ無情とはこのこと。

2010/08/10

65回目の「原爆の日」

 64年前の早暁、北マリアナ諸島のテニアンからB29爆撃機が広島に向かって離陸しました。それから僅か数時間後、爆撃機から世界で最初の「原爆」が投下されたのでした。
 ご存じのようにマリアナ諸島の多くは嘗て日本人が住む島々でした。しかし、太平洋戦争が始まるやこの地は最激戦地と化し、間もなく戦い敗れた多くの戦士と居留民は、例えばサイパンの「万歳ヒル」に象徴されるように、断崖絶壁から南海の藻屑と消えて行ったのでした。
 10数年前に友人と訪れたこのテニアン島は残念ながら、嘗て日本の領土であった証左は何処にも見い出せませんでした。ただ、紺碧の怒涛渦巻く断崖の頂に、米軍に追われ、遂にここから投身していった「最後の日本人の歴史」が慰霊碑に刻まれておりました。それ故、「テニアン島」に沖縄の米軍基地を移設させようと提案する福島社民党の意見には断じて承服できません。寧ろ、テニアンの二日目の朝、独りで道なき道を散策した折、ジャングルに行く手を阻まれたその場所に、なんと、朽ち果てた「赤い鳥居」が風雨に晒されておりました。
 私は独り、日本人の存在を証明するこの「朽ちた鳥居」を前に寂しさを禁じえなかったのでした。

2010/08/06

頭の下がる天皇ご一家

 昨日までの3日間、知事と私は皇太子殿下のお伴役に専従してまいりました。
 今年に入り、天皇両陛下のご来臨は御殿場の国立療養施設へのお見舞いと下田の御用邸訪問、この度は皇太子殿下の朝霧でのジャンボリーと引き続いてのご家族での下田入りと、皇室と本県は昔から多くの「ふれあい」を築いて参りました。
 私にとっても極めて名誉なことでしたが、皇太子殿下とは昼食を兼ねての団欒のひと時、或いは小休憩時には知事と3人での会話など、「他界した両親が墓場で押っ魂消(おったまげ)る」ほどの機会を頂きました。
 皇太子殿下は3日間、濃紺の背広をお召しになっておりましたが、その訳を侍従長から聞きました。一昨日も大雨の中を、沿道には多くの小旗を持った市民が待ち構えております。その人々にお応えするために、たとえ、自身がずぶ濡れになっても、目立たない「黒」を基調とした服装をお召しになっているとのことでした。
 案の定、お車を降りた殿下の背広の袖口は水滴が滴っておりました。

2010/08/05

窮地に立つ菅総理

 昨日の衆院予算委員会の論戦は図らずも菅総理の立つ基盤の脆弱さを見せつけたのでした。殊に総理が答弁しようとした際、身内から難癖をつけられ、一時答弁の言葉が切れたが、「小砂利集団」と表現される民主党の未熟さが露呈された一場面でした。
 質問戦の中で、自民党の田村氏が声高に指摘した「菅総理、9月の代表選を心配する事はない」の皮肉は十分味付けされた言葉でした。新聞には海江田議員が小沢直系の議員らと活発に、更に川端文科相が率いる旧民社党グループが水面下で模索とありますが、田村氏の指摘するように、万一、菅陣営が総裁選に敗れた場合、結果として1年間に3人の総理を輩出させる処となり、将に世界の「笑点」になってしまうのでそんな馬鹿げた行為はないものと私も信じます。
 ところで、屋山太郎氏の「論壇」の中で「小沢の時代は終焉」とありますが、独裁政治を夢見る小沢氏にとって最大の障害は「検察」だけであり、政治的にはあらゆる権謀術数を駆使してこの窮地を脱する意図が歴然であります。民主党静岡県連よ、振り上げた「拳」は何処までも、期待しております。

2010/08/04

日本ジャンボリーが朝霧で

 本日、第15回日本ジャンボリーが朝霧高原で開催されます。川勝知事と私は皇太子殿下をお迎えするために8時半すぎには、ジャンボリー会場に向い、今日、明日の2日間、陛下のお伴をさせていただきます。
 今、屋外は曇り空、にも拘らずクマゼミの鳴き声が私達に「発汗」を促しております。
 さて、朝霧周辺にあるゴルフ場はこれまでも屡々、コンペで訪れ、馴染みの場所ですが、この地での競技に、何時も頭を痛めるのは「名物・濃霧」です、しかも「朝」ばかりではありません。
 当然の事、主催者側に立つ静岡県としても、全国から集まる若者達に存分の活躍と目前に聳える美しい富士を満喫して欲しいと願います、そのためには1に天候、2に天候です。青空の太陽の下、若者達には存分に活動し、素晴らしい思い出を刻んでほしいと願うのみであります。

2010/08/02

理解し難い千葉法務大臣の愚挙

 死刑廃止論者の亀井国民新党代表が「政治家の言動、信念と関係ないことを平気でする」と嘆くように、過日、千葉法務大臣は死刑執行の書類に署名しました。
 選挙に落選した人間がたとえ議員の任期中といえ、特殊任務である死刑執行の署名は国民感情として如何なものか、更に、私には「恨み節」にも聞こえるが、死刑執行時の「立会い」や「刑場の公開」などを提案し、もって「心ならざる」行為から国民の目眩ましを試みたものと思われる。
 恐らく、千葉氏が提案された手法についても所詮、政治的検討課題にもならないでしょう。申すまでもなく圧倒的多数の国民が「死刑制度」を認知し、肯定ているからであります。
 死刑制度の是非はセンチメンタルな人類愛で決められるものではありません。

2010/08/01

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