静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2010年08月

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「トロイカ」と敢えて聞くなかれ、貴方がたは「トロイ」

 寝ぼけ眼の私の目に映った最初のテレビ画面は日替わり定食屋「ハトや」の主でした。誠にこのご主人、日本文化の根源に潜む「恥の文化」を全く気にしない「脳天気」な男です。
 思えば過日、軽井沢の鳩山邸でのグループ集会において、将にチンドン屋が驚く「白バト」を真似た服装(多分、愛妻の嗜好によるものでしょう)がその人間性を象徴しておりました。
 恐らく、鳩山氏の人生は・・・無菌室の中で、蝶よ、花よと育てられ、何の欲求不満も知らぬまま成人を迎えてしまった「お坊チャマ」の目の前に、人妻にして年上の美人が現れ、留学中の寂しさから一方的に惚れまくり、遂に我が物にした小児的発想と行動学は、率直に言って、昨日から今朝への大きな変身劇に共通すると無責任な心理学者は指摘する処でしょう。
 それにしても、あれほどに手古摺った小沢氏の悪癖を忘れ、今更に「小菅」が誕生することを恐れます。
 お若い方にはご存じないところでしょうが、東京拘置所の元の名を「小菅(こすげ)監獄」として夙に有名でした。
 「悪気」のない純白な鳩山さん、止めて置いたほうがよろしいではありませんか。

2010/08/31

唖然とした小沢氏の立候補声明

 3か月前、「小鳩」の二人は揃って、「責任を果たす」べく総裁と幹事長を辞任した。その時、自身の胸に去来した道徳感は今や完全に払拭され、二人は短期間に見事なまでの変心(変身)を成し遂げていた。
 「政権のたらい回し」については私にも敢えて文句を云う資格はありません。嘗て「歌手1年、総理2年の使い捨て」という流行り言葉がありましたが、当時は2年ですら自嘲気味の総裁任期でした。
 処が自民党の末期に至って、「オウンゴール」とも云うべき、軽率にした嘲笑される姿がテレビ画面に映し出され、これに怒った国民は自民党に灸をすえるべく選んだ政党が民主党でした。
 恐らく国民は、以って安定政権のスタートと思いきや、こちらは更に「離合集散」激しく、遂には政権奪取後1年で3人目の総理を誕生させる機会を作ってしまったのである。
 小沢氏の腹積りは、「勝って独裁、負けて新党結成」を目論んでいる事でしょうが、国民はもう騙されません、それより、貴方の例の刑事責任が白日の元に晒される日の方が遠くないと私は考えます。

2010/08/29

出掛ける前に一言

 9時には出掛けますので、本日はこの欄はお休みの予定でしたが、今、食卓のテレビで山岡賢次副代表が出演、贔屓の引き倒しというべき「小沢待望論」を述べていました。これを見て私は、本能的にパソコンのスイッチを押しました。
 昨日までは殆どの報道機関も小沢氏の出馬はないの観測でしたが、今朝のテレビや新聞のニュアンスでは「出馬あり」も考えられるとの事です。恐らく、小沢氏は総裁選に出馬、そして負けた時には、「オザワチルドレン」と一緒になって新たな政党を模索するのではないでしょうか。将に利権政治家の真骨頂と云うべきでしょう。
 昨日の産経新聞には小沢氏の息のかかった談合疑惑が取り上げられておりました。恐らく東北の片田舎にあってのみ「政治家小沢一郎」は存在できるのです。間違っても、国の代表には御免蒙ります。

2010/08/26

小沢氏の立候補は民主党の分裂を導く

 代表選に立候補するかは一両日中に決めると、昨日の記者会見で小沢一郎氏自身が云った。
 処で鳩山前総理にあっては、3日前には小沢氏の蛮行を唆(そそのか)し、昨日は総理の短期交代は芳しくないと前言を翻すなど、相変わらずの朝令暮改、流石の小沢氏もその腹を探り切れないでおります。
 しかし、はっきりしている事は小沢氏には、道義的にも「出馬」する資格はありません。その脳裡には「憲法75条」の条文がチラついているでしょうが、残念ながら、あなたに適用されることはありません。
 「前門の虎、後門の狼」とは将に小沢氏の今の立場です。
 もう一度、可愛い「チルドレン」を引き連れてお得意の新党の結成に走りますか?、しかし、社会情勢は変わりました、恐らく提灯持ちの山岡賢次副代表も路傍の石となってあなたについていくことはありません。

2010/08/25

明後日からお隣「韓国のカジノ」事情視察

 マンハン村はソウルから2時間ほど山中に入った嘗ての「炭鉱の町」である。80年代には600余の世帯があったこの村は、閉山となって今では61世帯に激減、多くの空き家が寂しくその歴史を物語っているのでした。
 80年代後半に入って、大韓国土都市計画学会は「韓国民が遊ぶことのできるカジノ」をこの村に企画され、賛否激論の末、2001年には地域の活性化を期し開場されたとのことでした。
 実は、私の知っている知識では、韓国内のカジノは凡そ全国で10か所、その全てはパスポート必携、即ち、韓国民は一切立ち入り禁止の遊技場と理解していたが、最近になって、マンハン村の存在を知り早速、国民に解放されたカジノ施設の視察を計画致しました。
 幸い、太田(テジョン)市に住む知人がマンハン村の役場とも連絡をとって、私達の訪韓目的、調査依頼に快く対処してくれるとのことであります。
 追伸・・・友人から今月の日経ビジネスの記事がFAXで送られてきました。そこにはカジノ合法化を目前にして「経済活性化狙い議論沸騰」と全国のカジノ誘致都市を紹介しております、愈々、カジノ争奪戦の火蓋が切られました。
 

2010/08/24

言うまいと思えど今日の暑さかな

 本日のタイトルに聞き覚えはありませんか、盆暗な頭の片隅に中学時代にお目にかかった英語の一文が突然浮かんできました。勿論、さしての意味があるわけではありません。
 You might think today’heat・・・こんな造語の訳だったと思いますが・・・
 さて、本論に入ります。過日、軽井沢の鳩山亭に参集した鳩山グループと小沢チルドレンたち160名が、愈々、大親分小沢氏を送らんとしてのエール「小沢一郎、鳩山由紀夫、気合いだ!気合いだ」の発声、誠に持って貧しくも悲しいテレビ画面でした。
 今更、「言うまいと思いました」が敢えて今日も物申します。世論調査では80%以上が「NO」と反応する「斉藤道三」の総裁選出馬は余りにもみっともない、対岸にいる私達には「ご出馬」戴くのは大変結構ではありますが、日本の政治のためにおやめ下さい。

2010/08/22

何処までも「お坊ちゃま」の鳩山前総理

 軽井沢の研修会?に集まった小鳩学園の生徒さん、そして迎える校長先生のテレビ画面は、昨日来、多くの国民の眉を顰めたところでありましょう。殊に白一色の上着、だぶだぶの長過ぎたズボン、そして金糸に彩られたど派手なワイシャツは将に、チンドン屋鳩山の病は未だ完治せずを天下国家に宣言しているようなもんです。
 一方、小沢氏は世相の批判に耳を貸さず、集まった150人の子羊(ストレーシープ)達に向って、「力を合わせ国民の期待に応えられるようやりましょう」とほざく。そして、無批判に小鳩学園の生徒たちは、ただ親分の手前、一斉に拍手をするのであった。
 正直、総裁選に出馬したければ出ればいい、その途端、希薄になりつつある民主党への期待は確実に遊離していくことでしょう。

2010/08/20

待たれる検察審査会

 民主党の代表選に纏わる派閥の動きが今日も紙面を飾っています。しかし、何故かこうした民主党内組織の動きに対し新聞の表現は「グループ」であって、世間体の悪い「派閥」という語彙は使用しません。
 昨日も「斉藤道三」こと小沢一郎氏について、悪態をつきましたが、今日、予定される鳩山グループの研修会?に出席とのこと、一体「音羽のボン」はどこまで政界音痴でしょう。
 閑話休題(それはさておき)、待たれるのは検察審査会の成り行きであります。この際、司法の真骨頂を見せてもらいたいものです。
 本日の新聞には中国産の鰻が国内産とみまがうよう偽装された事件が掲載されているが、小沢氏の偽装はこんな他愛のないものではありません。
 どうぞ、審査会は英断をもって、強制起訴に持ち込んで頂きたいと存じます。

2010/08/19

朝令暮改の鳩山氏の去就

 今月13日に書いたホームページ、またぞろ「小鳩学園の設立か」はどうも「杞憂」のようです。
 今朝の新聞によれば、鳩山氏は飽くまでも「菅内閣」を支持するとのこと、他党にいながら余分な心配をしているわが事に些かアホらしくも感じます。
 勿論、権力の亡者「斉藤道三」と映る小沢氏を私は生理的にも嫌悪するからであります。
 民主党の小澤チルドレンの皆さんもこの際、目を覚まし、普通の人間社会と比較してみては如何でしょうか。
 昔から「目は口ほどに物を言う」の譬えがあります、日頃、小沢氏は座頭市を気取ってか、記者会見の席上は屡々、目を瞑って話しています。それは明らかに「腹の内」を読まれることを嫌っての「エセ座頭市」であります、危険人物・小沢一郎氏を早期に抹殺しましょう。

2010/08/18

65回目の終戦記念日

 今日は65回目の終戦記念日です。しかし実際の昭和20年8月15日の記憶を今なお、鮮明に脳裡に刻んでいる人は、極めて僅かでしょう。そして、形ばかりかもしれませんが、サッカーのワールドカップに見られるように世界は確実に平和への道を模索しております。
 その結果、戦争犠牲者の追悼式典も今や、各自治体においては「年中行事」の一環として行われているに過ぎなくなりました。
 思えば昭和62年の選挙で市長に就任した私は、その年の追悼式において、例年使い古された市長の「哀悼の辞」を止め、敢えて自分の言葉で、自分の思いを語りかけました。
 「そは誰がために、かの弔鐘が鳴るかを尋ぬることなかれ、そは汝のために鐘は鳴る」へミングウェーの「誰がために鐘は鳴る」のエピローグの言葉を式辞の冒頭に引用しながら自身の平和論を述べたことを今でも鮮明に覚えております。

2010/08/15

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