静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2016年09月

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曖昧糢糊の蓮舫氏の初論戦

鉦や太鼓でお出ましの民進党代表・蓮舫氏の初の代表質問は残念ながら「力み」に反して拍手は力なく・・・。
 誰にも相談せず書き上げたという質問の半分は単に「アベノミクス」批判に費やされ、逆に総理から「赤字国債を財源に社会保障の充実を行うことは無責任」と逆襲され、結局は「民進党代表」の肩書に力み過ぎた結果だったと思われます。
 そんな中で、公明党の山口代表は「解散は何時でも・・・首相判断が全て」と云う。
 処で人事のことだが、理解に苦しむことの第一は「野田幹事長」の起用、既に魅力のかけらもない「過去の男」を引っ張りだした事、蓮舫氏の「新鮮さ」はその時点で終焉、更には公言憚らない「共産、社民、生活」などに出来るだけ協力するという「野党共闘」など、自らが蒔いた曖昧な「提案路線」は大きな足枷となると考えます。
 仮に来春早々の衆議院解散となればその結果は火を見るより明らかと考えます。

2016/09/29

お国違いに驚くのはここにもあった。

二日続きの「お国違い」で恐縮ですが、今朝の静岡新聞には「驚きの韓国新法」が掲載されておりました。
 韓国では28日に新法が施行されるが、この法律は公務員、議員、教師などに金品提供や接待を事実上禁ずる内容の法律が施行されるとのことです。
 確かにわが国でも、供応、賄賂など日常生活などに屡々(しばしば)見られるますが、勿論褒められた習慣ではありませんが、「悪意のない」接待や供応は日常茶飯に見られろ処です。
 この法律では、例えば、公務員らに職務に関連して3万㌆(2700円)を超える接待も禁じている、更に1回で100万㌆となれば懲役3年以下の刑という。
 些か、大袈裟に思えるし、「商業の明日」は最早、期待されないでしょう。殊に韓国らしいと云う点で、違反摘発に協力した者には奨励金が出るという。
 それは不味いよ、国民の疑心暗鬼を増長させるだけの事だと私は思います。

2016/09/27

お国違いに驚く

24日、NYタイムズ紙の記事の中で「大統領選挙ではクリントン候補を支持する」と社説で表明、「直面する難題に立ち向う能力がある」と主張した。
 日本では候補者の「適不適、支持不支持」など報道機関が予め新聞などに意見具申するなど絶対やってはならない「報道機関としての鉄則」である。
 殊に掲載された記事の中で驚くべきは、トランプ氏は「米現代史上、最悪な主要政党候補」と切り捨てている事でした。
 国が違えば「道理」もまた異なると思いますが、それにしても「報道の哲学」はどうなっているのでしょう。

2016/09/26

「泰山鳴動鼠一匹」に終わるのか豊洲市場の騒ぎ。

この半月ほど豊洲市場の地下施設に絡む土壌汚染はテレビ、新聞に大きく取り上げられ、空洞部分に溜まった水には各種の「危険物質」が紛れ込んでいると報道、ために築地市場の代替施設としては葬り去られる直前にまでクローズアップされてきました。
 ところが、調査した結果、この地下空間も、例えば土壌汚染などが見つかった時には、重機を入れて作業が出来るよう敢えて設置したもので「親の心、子知らず」と云えるでしょう、更に研究者らが溜まった地下水をモリタリングすれば、そこには各種の危険物質が溶解していると発表、新聞に大きく掲載されておりましたが、再度これを調査した結果、濃度は低く、指摘されるものではなく、単なる地下水と断定されました。
 更にあの地下空間は、万一、土壌汚染などが見つかった時、重機を搬入して対処出来るよう設置したものとのことで、将に「泰山鳴動、鼠一匹」を描いたものでした。

2016/09/25

何回目の「お話し」になるでしょう。

本日、駒形6丁目町内会からの要請で、昼食を頂いての「講演」をして来ました。一体これまで何回になるでしょう、年1回は公民館でお話しをしております。
 以前は郷土史を材料にしておりましたが、種が尽き始める頃、「富士山三保子」が登場し、昨年は皆さんに全く異なる「舞台」に喜んで戴きました。、或は拙書「王さまの手は長い」を材料にお話しした事などは鮮明に覚えておりますが、些か、毎年同じお客様を対象に講演する場合、話のテーマに困ります。
 勿論、お客様は時間を割いて公民館に来られるのですから、ご満足戴かなくてはなりません。殊に今日は土砂降りの雨の中でしたが、何と云ってもお世辞のうまい方々、面白かったと喜んでくれて、一つの仕事を終わって帰って来ました。
 尚、今晩9時からNHKのBSプレミアムで「日本アルプス415㌔㍍、天空のレース」が放映されます。「夏目漱石の妻」も面白そうですが是非、お見逃しのない様に。

2016/09/24

「犬猿の仲」の解消法は・・・。

またしても「桜ケ丘病院」の移転先に川勝知事は噛みついた。
 以前から静岡市が計画した市役所清水庁舎について、「あそこは津波浸水想定区域内だ」と市側の計画に反対してきた。
 この度、病院を運営する独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)が現状の老朽化した桜ケ丘病院の移転を決め、「清水庁舎」を含め2カ所の移転候補地を発表したものの、これに川勝知事が何時もの様に食い付いたのでした。
 勿論、知事のいう「津波浸水地域」という理論からすれば最適地とは言えないものの、清水地域はその名の通り殆どが海水面との高低差はありません。
 「万が一」という観点から言うなら、「安全」な商業地・住宅地はないと云っても過言ではないでしょう。
 恐らく、清水区の方々の思いからすれば、清水庁舎を選択するだろうと考えます。
 地域住民の選択を第一と考え、推進して欲しいと考えます。

2016/09/23

早や四半世紀が経った、カンヌとの姉妹都市提携。

26年前の或る日、ポーラ化粧品の本社で鈴木常司社長から突然「静岡はカンヌと都市提携する気はないでしょうか」と尋ねられ、質問の意味を尋ねると「実は今、カンヌ市が日本の都市提携先を探している」という。
 実はポーラ化粧品は香水の原材料をフランスから輸入、その関蓮企業の重役がカンヌの相談役、過日、日本に何処か良い都市(まち)はないかと問われ、そこで静岡は如何かお尋ねするという。
 勿論、「カンヌ」と云えば著名な都市、相手にとって不足なし、そこで市役所の戻って相談していれば、「他都市」が婚約してしまう、そう考えて「是非、静岡も仲間に入れて欲しい」と鈴木社長に依頼。
 それから半年後、日本国内から沢山の都市が名乗りを上げたが、その中で5都市に絞ってカンヌ都市提携委員が日本訪問、その上で「姉妹都市」を決めるべく、調査団が来訪。
 広島など「政令市」を含め、関西から順次に候補都市を訪問、その最後が本市でした。
 私は一計を策し、市役所玄関前にはフランス語の歓迎の飾りと日仏両国旗を掲げ、更に彼らが玄関に一歩を踏んだ時、国歌「ラ・マルセイエーズ」を市役所全館に響くよう放送した。
 途端に彼らは拳を胸に、気を付けの姿勢で国歌演奏に微動だにせず、演奏終了を待った。
 そして、彼らは8回の市長室に入り、市長と判れば途端に、私の手を握り、満面の笑みを浮かべ、「市長ですか、この街に今、私達はこの街に決めました、これからもよろしく」

2016/09/22

9月定例県議会が始まる。

県議会9月定例会が昨日開会され、川勝知事より所信表明が披瀝され、スタートしました。
 今朝の静岡新聞には県立大学と浜松にある文化芸術大学に新たな学科として「観光学科」の新設について取り上げられていますが、寧ろ私にはその所信表明の中で、ツラツラと地域外交課が担当する対・中国、モンゴル、台湾、韓国などの近隣諸外国との交流について、実に知事説明の半分近くの時間を割いたことに驚ろかされました。
 確かに川勝知事は近隣諸国との友好を大事にしている事は理解出来ますが、少なくても9月議会の所信表明の中で、かくも時間を割くほどの県政の業務とは所詮思えなかった処です。
 寧ろ、本会議終了後の自民党の議員総会で論議された「東静岡駅周辺整備」即ちグランシップ脇の県有地の利用方など政策課題は少なくありません。
 

2016/09/21

昨日は確か「敬老の日」ではなかったでしょう。

昨日の産経新聞、静岡新聞ともに「敬老」に関する記事はなかった。或は以前に詳細記事があったのかもしれませんが、正直云うと昨日は私には一切の敬老行事の誘いはありませんでした。
 私の住む学区も数年前より「敬老該当者が参加しない」の理由から、学区全体の敬老行事は取りやめ、町内毎となり、更には「祝い品」を贈呈するだけの「敬老精神」極めて薄弱な「敬老行事」となっています。
 私が初めて市議となって出席した昭和42年の横内小学校の体育館は満杯の敬老者で溢れ、町内会の担当者もてんやわんやの状態でした。その年の日本人の平均寿命は「67歳」と配られたチラシに記載され、喜寿を迎えた参加者に盛大な拍手が送られておりました。
「議員も60歳が限度」だろうと家内と話した私も74歳を数えるところとなりました。 

2016/09/20

大成功だった昨日の同級会。

静岡市立東中学校を卒業して、瞬時の間に60年、しかし、長寿社会、お蔭で昨日は106名の出席と盛会裏に開催する事が出来ました。
 思えば、昭和32年、漸く日常生活から「敗戦」の悲惨な風景が消えかかる頃、しかし、仲間には貧しきゆえに「高校」に進学できない仲間も少なからず、といった時代背景を生きてきた逞しき仲間たちの集まりでした。
 遠く関西、関東からお出掛け頂いた仲間達、60年の歳月を飛び越えて会話する仲間達、誰の顔も喜びと楽しさを満面に浮かべ、2時間余りのひと時を過ごしました。
 同級会もこれが最後と決めて準備した役員の皆さんも、終了時に仲間たちからの「是非、何年後には開催して下さい」の言葉に言葉はありませんでした。

2016/09/18

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