静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2017年10月

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久しぶりに「中国批判」を。

 殆どこの一ヶ月、休みなく「コラム」を書き続けてきましたが、愈々、「総選挙」間際と云うことでしょう、昨日来、急激に読んでくれる方が増えてきました。ありがとう。
 今日は総選挙を離れて、5年に1度の中国共産党大会が行われておりますが、この点から触れてみたいと存じます。
 今まさに、中国経済は「薄氷の上」にあると云っても過言ではありません。
 IMFによれば名目GDPに対する債務総額の比率は200%を超え、今後5年間で300%に膨れ上がるという、極めて危険な水域と云われています。
 そんな中で、最近、重慶市前書記の孫政才が失脚しました。政治局員だった薄凞来氏に続いて4人目、孫政才は総書記のポストにも期待されていた男だった。
 処で薄凞来失脚後の重慶では640ものマフィア組織をでっちあげ、6000人もの公務員や起業家を裁判らしい裁判もせず有罪判決で牢屋にぶち込んだと云われています。
 北朝鮮のミサイルの陰に「中国」ありと同様、裏では何をしているのか判らない中国に私たちは「しっぽ」を振るうことやめようではありませんか。政治的にも・・・

2017/10/20

静岡新聞の「大自在」を読んで。

 今朝の静岡新聞の「大自在」には素直に同感しました。
 今、中国では第19回党大会が開かれています。しかし、そこに住む中国人民にとっては、笑顔もなければ明日への期待感は更にありません。残念ながらそれが今日の中国の実態であり、私には国家主席の存在は新時代の「アドロフ・ヒトラー」を連想する処です。
 今朝の「大自在」が指摘しているように、前知事石川嘉延氏は当時「浙江省」の省長であった習近平氏に幾たびか面接、その際に感じた習氏の人柄について、本会議の答弁な中でも高く評価していました。
 確かに上り詰める前には、微笑(ほほえみ)をたたえた聖人君子であったでしょう、しかし愈々、その頂点に上り詰めた時、持てる本性を剝きだしてきたのでしょう。今日の中国は危険極まりなく、そのかじ取りは内治外国ともに安らぎの無い冷酷政治に思えるのです。
 序でに云うなら「省県交流」など早々に廃止しては如何でしょう。以前から中国から得るものなしと私は思っています。

2017/10/19

「地名の由来と歴史」の第2版を準備しております。

 4年前に「語り継ぎたい静岡ばなし」という郷土史を執筆し、出版しました。
 その際、多くの方から希望され、瞬く間に在庫は「ゼロ」となり、その後も希望される方もあり、この度、時代考証に加え新たな装丁と共に、再発行する処になりました。
 内容は初版本より楽しい雰囲気の歴史本となるものと確信しております。殊に項ごとには仲間の「多々良直樹」さんの大変可愛いカットが挿入され、多くの仲間たちと「新書」を発行した思いです。
 予定では来月21日に開催予定の「天野進吾と創る文化祭」でお披露目し、配布したいと考えております。
 恐らく子供達には勿論、大人の読み物としても喜ばれるものと自信をもってご推奨いたします。
 勿論、無料です。お気軽に!

2017/10/18

情けない「民進党の候補者」の嘆き節。

 今度の日曜日が投票日にも拘らず、民進党から「希望の党」へ移籍した現職であれ、新人であれ、選挙情勢が報道されるたびに、自身の「見誤り」を嘆くこと頻(しき)りといった状況下にあります。
 殊にここにきて与党の圧倒的強さが報道されるたびに自身の選択の間違いに号泣するのでした。
 処が、今週の週「週刊現代」や「ポスト」と云った反自民の週刊誌は野党の健闘を高く評価し、今日の「自民有利の空気」をぶっ潰すための論調をひたすら展開していました。
 処で、告示以前に小池百合子代表の頓珍漢な政治選択に民進党議員らは疑問を感じなかったのだろうか。
 殊に、香川県1区の希望の党公認候補は「憲法9条の改悪については明確に反対」と自分のホームページに掲載されているが、果たして「肝心の9条」問題にこんな異論を提示すること果たして許されるでしょうか、有権者への冒涜と云っても過言ではありません。今からでも「希望の党公認」を否定すればその勇気に「希望の芽」が生えるのではありませんか。

2017/10/17

愈々、終盤戦、今晩は「千代田農協」で演説会。

 早くも今日を含めて6日間、総選挙の明暗がはっきりして来ました。
 殊に「希望の党」の凋落は関係者にとって極めて厳しく、代表である小池百合子氏の落胆ぶりは見るに忍びない処である。
 例えば過日の新聞には「希望の党」として首班指名において「石破氏を首相指名」するのではないかと新聞に掲載されるようにここにきて「希望の党」は将に「支離滅裂」の様相を見せているのでした。
 選挙の公示以前は 民進党の一部を加え、300議席を伺うなど、極めて鼻息が荒かった希望の党でしたが、今では将に「夢も希望も」消し飛んでいったのでした。
 勿論、だからと云って自民党は決して「胡坐をかく」はことはしません。
 今晩は大臣不在になりますが、それぞれ持ち分を手分けしての運動です。
 幅広い有権者の理解を得るべく、精一杯頑張って参ります。

2017/10/16

民進党の再結集とは「国民を愚弄」し過ぎだ。

 一体何を考えているのか。民進党の小川参院会長、曰く衆院選の後に「民進党を大きな軸としてリベラル再結集」と訴えたその発言の火消しに哀れ・前原氏は「躍起」だそうです。
 新聞にあるまでもなく、「総選挙後に再結集」となれば明らかに国民を欺く行為と糾弾されるだろう。
 そんな小学生の児童会まがいの理論を、参院会長がほざくとはまこと日本の政治性の低さを物語っていると思うのです。
 前原氏にはこの「会長失言」を看過することなく、総選挙後、直ちに対応することです。国民に対し誠に「失礼」極まりのない民進党の参院会長の暴言と云わざるをえません。
 「締まりのない政党」民進党をこの大事な時に露呈してしまいました。

2017/10/15

「大道芸」の季節、近づく

 何気なく早朝のテレビに見入っていれば、愛知の街の小さな商店街で「大道芸」を展開していました。
 秋は大道芸に始まる様で、近い将来は「秋の季語」に加えてくれるかもしれません。
 それはさて置き、「大道芸」の言葉、今では何の疑問も持たず口にし、親しんでおりますが、実は「大道芸」の言葉が「復活」するにあたって、「平成」の初め、大変な論議が静岡市役所内で展開されたのでした。
 私が初めて「パーホーマンスの世界大会」を実行すべく商工部のイベント担当に伝えた処、職員は只、あっ気にとられ、それは〝何ですか?”の質問に終始、殆どの方には未知の世界でした。
 それから図書館や書店に出向き、「パーホーマンス」に関する書籍で勉強、更には私からは実行委員として青年会所に声を掛け、間もなく準備も順調に進んでいく最中、「JC(青年会議所)」の仲間から英語ではなく「大道芸」の呼称がいいと提案、その場で衆議一決したのでした。その時、「大豪芸」の呼称が生まれたのでした。
 職員が「大道芸」の名称に変更することに私の意見を求めてきたとき、「すべては実行委員会に任せる」と答え、その時から「大道芸という古く、置き去りにされた言葉」が「平成」の名称と共に復活したのでした。
 そして、今、地球のどこかで演じている「パーホーマー」もこの「DAIDOUGEI」に出場できる機会を夢見て頑張っております。

2017/10/14

「希望の党」の凋落は「小池代表」の独断に始まる。

 「石破氏を首相指名に」・・・この度外れた発想は云うまでもなく「希望の党」の代表・小池百合子東京都知事からの提案でした。
 勿論、論議される内容の提案ではありませんでしたが、こんな不見識な言葉が飛びさすほど「小池代表」は「浮いたか提灯」の政治性と云わざるを得ません。
 お陰で最近の投票予測は自民党が当初心配した雰囲気を脱し、市場調査で好感を得ていること、大変心強い限りです。
 希望の党の明日は将に「黄昏(たそがれ)時」、そして立憲民主党も一時の「パンダ」ブーム、今暫く自民党の時代が続きそうです。

2017/10/13

選挙の渦中における「妨害行為」

 たった今、息子が『テレビ朝日のモーニングバード』の中で「玉川徹」の録画を私に見せた。
 正直言ってこの男、恐ろしく偏向した発想に凝り固まった人間、寧ろ「異常人格者」とレッテルを張ってやりたい偏向解説者である。
 処で、そのワイドショーの中で
「最近の総理の街頭演説については、報道機関に発表しない」
ことにも毒づいていましたが、正直言えば、この世に『玉川徹』のような人間がいるから発表できないのです。何故なら彼らの目的は『演説会の妨害』を期した行動だからです。
 過日、JR柏駅前での総理の演説では「お前が国難」など書かれたプラカードを手にした連中が首相に向けて一斉に声を張り上げたのでした。明らかに『妨害』だけを目的とした行動でした。
 ツイッターでは「明日は柏14時らしい」と非公表の演説日程がその手の連中の間を飛び交っているのである。

2017/10/12

昨日のコラムに間違いが・・・。

 事前の報道から静岡1区の立候補者数が5人と考えられ、早朝のコラムゆえ想定通り、立候補者を「5人」と記載してしまいました。
 間違いの原因は予定していた「幸福実現党」の出馬が突然見送られた結果です。
 公示になって初めて「出馬か否か」が判る幸福実現党の候補者が結局、不出馬になり、1区は結局4人になりました。
 勿論、この1区は殆どの方にはその結果について、想像できるところ処でしょうが、立候補された方々の健闘を祈るばかりです。
 とは云っても、その昔、「中選挙区制度」から「小選挙区制」への「制度替え」については今なお払拭できない疑問であります。

2017/10/11

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