静岡県内・県外の政治経済ニュースに一言

天野進吾のコラム

2016年12月

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何なのか、東大女子学生への家賃補助。

今朝の静岡新聞の社説に「東大の家賃補助」について意見が掲載されている。
 この主張については新制度が浮上した折、この社説にあるような疑問を誰もが浮かべたことでしょう。私もその一人、殊に私が感じた疑問は「どうして女子学生」に限定したのか、東大には「女子」が少ない、そこで「3万円の家賃補助」とは、論理に飛躍が見えます。
 第一、国から最大の交付金を受けているのが東京大学でしょう。それだけでも一橋や東工大からクレームが付けられるこの「家賃補助」、些か納得出来ない文部省の役人たちの発想ではないでしょうか。
 一言で云えば「3万円」に釣られて、東大に女子学生が増えるとは考えられません。

2016/12/05

「IR法」とは何か、敢えて持論を申し上げます。

「IR法案」を単に「カジノ解禁法案」と見誤っている方々に、そしてここ静岡を舞台にこれからも生きていく方々に申し上げます。
 これから先、この街はどのように生きていくのですか。年々歳々、人口は逓減し、産業も下降、「空きビル」の表示の増大が何より物語っているのではありませんか。
 人口を増やすには「医大誘致」とか、「企業誘致」を図れとか、一方では「老人天国の創造」をと漫画チックな大言壮語が、否、極めて短絡な発想しか提示されません、その内に東京、大阪に集団就職新幹線が静岡駅から運行される事にならなければいいのですが・・・。
 私が長い間、「日本平カジノ構想」を声高に訴えているのは、本市の持つ天然の特質を「外に向かって」売り出す時と思い、声高に叫んできたのです。
 本州の「ど真ん中」にあって、気候と景観は何処にも引けは取りません。やればできるの敢闘精神を呼び起こしてほしいのです。
 そろそろ、徳川時代の「天領」精神から脱してほしいのです。
 

2016/12/04

今日、岸本後援会長の叙勲祝いと「さよなら富士山三保子」展

11月3日の文化の日、長い間、私の後援会長を務めて頂いた岸本俊秋さんが地元連長、市自治会副会長などの「自治功労」に対してでしょう、旭日単光章の栄に輝きましたが、その祝いの会を本日の午後、市内ホテルで開催致します。
 そしてもう一つ、長い間、私が関わってきました答礼人形・富士山三保子の「さよなら」展が本日から11日まで県立美術館で開催されますが、そのオープニングが本日AM:11時より行われます。「富士山と三保の松原」をデザインした新たな着物に着替えた「三保子」は愈々、美しい日本人として、この後、アメリカ・ミズリー州に帰ります。
 私にとっては大切なこの2つの行事を、天気も祝ってくれて、本日は打って変わって、素晴らしい晴天となりました。昔から天野は天気には恵まれていると云われ続けて来ましたが、今、心秘かに感謝しております。

2016/12/03

遂に「IR法」は国会通過か?

公明党もギャンブル依存症や反社会勢力の排除などカジノに付随する懸案を残しながらも、「反対」は表明しなかった。それはもともと公明党は「カジノ解禁」については慎重であったが、具体的対策を協議する事によって反対の意識は後退した結果とのことである。
 残るは民進党と共産党、民進党の中に30人程度の賛成者もいるという事から、愈々法案は可決されると考えます。
 となれば、私が「カジノ」を叫んでから実に10年余り、しかし、所詮、カジノに興ずる人々を老齢の私が見る事はないでしょう。
 しかし、本市にとって「カジノ誘致」は最後の砦、富士山を借景とした日本平の30万坪を活用すれば、本市が日本の代表的コンベンション都市に変貌すること、決して夢ではないでしょう。
 処で「カジノ解禁」によって、最も困るのは現在「地下」でオープンしているヤクザ組織の「カジノ」です。その賭場が都内初め横浜、名古屋、大阪など堂々オープンしている現実をご存知でしょうか。「地下カジノ」の撲滅の為にも早々の認可を。

2016/12/02

エー!静岡新聞が「創刊75年」

 早朝、事務所に入る前に 郵便受けから新聞を取り出した処、分厚い「静岡新聞」に奇異に感じながら表紙を見れば、飛び込んで来た活字が「創刊75年」でした。
 実は私の感覚では、静岡新聞は遥か以前から発行されてきたと思っていましたので、「創刊75周年」に驚くと共に、その僅か2か月後に生まれた私は、静岡新聞の3面の真ん中に写真入りで掲載されたのでした。
 その見出しは「大きな双子の赤ちゃん誕生」と大きな活字で紹介、その脇に「2年8カ月で4人の誕生」と粗製乱造の我が家系をストレートに紹介してありました。
 「貧乏人の子沢山」を地で行った両親、その後太平洋戦争で「子作り」の遑なく、結局「第5付録」で大量生産は中止。
 皆様には、双子に生まれて、これまで本当に多くの方に誤解させ、ごめんなさい。しかし、お蔭で本当に「面白い人生」でもありました。
 私達も2月になれば「間違えられて75周年」の記念日を迎えます。

2016/12/01

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