天野進吾の一期一会| 天野進吾のコラム(過去ログ)

天野進吾のコラム

2009年1月分

1月31日  ダッジ・ロールから漸く軌道修正できたか静岡空港 
 昨年の10月、立ち木をはじめとする支障物件の存在によって、数年来の目標であった平成21年3月の開港は一挙に頓挫、もって全国に「富士山静岡空港」の知名度を上げ、同時に行政の不手際を知らしめたのでありました。もとより我々もその経緯について不明だった事、深く県民にお詫び申し上げたところでした。
 昨日、石川知事は臨時の記者会見を開き、正式に6月4日を開港日と決め、立ち木等の地権者には、今後も話し合いによる解決を目指すものの、同時に航空法49条による除去請求権を行使するとの方向を示したのであります。また地権者大井某について折あれば積極的に話し合いに応ずる旨を語っておりましたが、率直に云って、大井某との話し合いはこれまでの経緯からして、望み薄でありましょう。されば、法の力に期待して1日も早く「完全運用」できることを願うのみであります。
 しかし一方、11月の臨時議会での発言「状況を見て自己責任を明確にする」については、知事自身の咎として「減給30%、3ヶ月」については恐らく県民の理解は容易に得がたいものと私は思います。

1月30日  驚いた「渡り」の禁止令 
 「追伸」で恐縮ですが、昨日の細田幹事長の八百長質問に答えて、総理は何の前触れなく、官僚の天下りの後の優雅な「渡り」について、従来の方針を打ち消し、今後は「一切渡りについては不同意」とする明快な回答がありました。
 正直言って驚きました、勿論「天下り」と「渡り」は国民の誰もが否定するところですが、これまでの慣例を一気に抹殺するこの答弁は官僚達の怒号と激しい非難を予測させるものであります。
 この春に退官、そして「天下り」、凡そ10年以上特殊法人の理事長に籍をおき、何の苦労も、意欲もないままに「官僚天国」を貪る人生設計を描いてきた方も多いでしょうが、今、震度7の烈震に見舞われ、各省庁は蜂の巣をつついた騒ぎが予想されます。

1月30日  余りにも悲しい昨日の代表質問 
 自民党の細田幹事長の質問内容とその答弁は八百長の謗(そし)りは免れません。極めて体たらくな田舎芝居の一言でした。ところが民主党に至っては、なんの為か党所属でもない田中真紀子おばさんが代表に立ったのでした、しかし元気印のおばさんも年増ゆえに「とうがたった」か、その質問内容はバカバカしいの一言、政策内容については全く触れず、「着ている背広だけが立派」と麻生総理を笑いものに、これではただただ餓鬼どものイジメ集会といわざるを得ませんでした。
 自民党も駄目だが民主党も情けない限りです。しかし近々予定される総選挙は与野党の逆転は織り込み済みですが、仮令(たとえ)民主党が政権与党になったとしても、今国会の代表質問を敬遠した小沢代表だけは間違っても総理にすべきではありません。早々の退陣は火を見るより明らかです。

1月29日  敬遠される「裁判員制度」は間もなく 
 近年、わが国の社会システムは小選挙区制度をはしりに、爾来、徒(いたずら)にアメリカナイズされて今日に至ったのであります。この陪審員制度も、多くの国民の反対の声を無視して制度化され、愈々実施の時を直前に迎えたのであります。しかもこの制度は殺人など重大事件についての裁判が対象となりますので、自ずから死刑判決に関与する確率が高く、庶民には甚だ馴染めない制度となっております。勿論、三権の一つ「司法」をより国民の身近なところへが目的でしょうが、私には近年の司法試験の虚弱化と陪審員制度には理解できません。
 結論、「自分の判断が一人の生命に関わる」とならば、私も貴方と共に「抽選漏れ」に期待いたします。

1月27日 「大丸」の浜松進出が頓挫
 勿論、長い間逡巡してきた大手百貨店「大丸」にとって、今日の経済環境は浜松への進出を断念する絶好の言い訳となったのであります。01年、百貨店「松菱」が破綻して既に8年、浜松の中心商店街にぽっかり空いた穴は中心商店街の形骸化を加速させ、今や浜松の顔が何処にあるのか、市民の嘆き節が聞こえてくるところです。しかし、「大丸」の進出断念に至る過程には正直にいって、地権者たちの我田引水に「大丸」側が嫌気したとの声を聞くのであります。或いはその昔、西武デパートの前の歩道上に頑として移転を拒み、たった一軒の陶器屋が営業しておりましたが、見苦しい限りでした。
 浜松市民の「ガッツ」に拍手は送りますが、時に順応する姿勢も大事です。勿論、もって「他山の石」すべきは静岡市でしょうが。

1月24日  天洋食品の餃子事件が懐かしい地名を思い出させた 
 日本で問題となり、即刻、閉鎖された天洋食品の餃子が後に中国の西の町「唐山」で実害があったと新聞に報道されていた。「唐山」の名前を聞いた時、私は久しぶりに四川大地震を上回った40年前の巨大地震について思い出した。当時の中国は報道管制のもとに芳しくない事件は全て闇から闇、死者30万人と云われたこの唐山大地震のニュースもまた、日本の新聞の扱いは「万引き事件」と変わらぬものでした。否、この時代、下手に中国首脳の「逆鱗」に触れれば、在中国記者はそのまま日本に強制送還という厳しい環境であれば、仕方ないところでもありました。
 今から15年ほど前、ひょんなことから、中国の首脳部と深い関わりをもつ団体からの要請で北京に出かけました。その際、私は敢えて「唐山地震」について尋ねたところ、日本で言えば警察庁の長官に相当する方が、教えてくれました。
「唐山市は完全に崩壊しました、だから町の外周を厚壁で囲み、人びとの往来を禁じました、そこで政府はその近郊に新しい町・唐山市を建設したのです。」。
 天洋食品のメタミドホス入りの餃子は新唐山市民が食べたことを知ったのでした。

1月24日  小康状態の国政と水面下での思惑県政 
 何故かここに来て民主党は「お利巧さん」になってしまったようだ。或いはお身内から想定外の事件が浮上、しかも国対委員長にまつわる事件とあらば、党としても戦々恐々の思いでしょう。委員長の地元・真岡市長から山岡氏が指示した医療法人に選挙の報酬として450万が振り込まれた事件がここにきて明るみになった。正直、明らかな選挙違反であれば、不遜で横柄な山岡委員長の明日は消えていくことでしょう。
 一方、我が静岡県知事の去就は県民全体の注視するところ、「出馬の意思あり」という石川知事に、おべっかとも思える団体が早速、知事の五選を支持したのでした。しかし県民の多くが「多選の弊害」と「空港と失態」をもって厳しい意見を吐露、そんな中で私達県議会も県民の思いを背景に、懸命な模索を続けているところであります。
 来月には納得できる着地点に辿りつくものと考えております
 

1月21日  アメリカ大統領の就任式と日本政府 
 今朝のテレビ、新聞はバラク・オバマ氏の大統領就任式に集中し、その実況中継はひたすら「ビッグアメリカ」を鼓舞していたように見えた。しかし、面白いもので、例えオバマ氏以上の総理総裁がわが国に誕生しようとも、式典会場前に200万人が集結し、月にまで届く歓声は残念ながら、日本では見ることはないでしょう。
 アメリカがジョン・F・ケネディの「国家が諸君に何をしてくれるかを問うなかれ、諸君が国家に何をすべきかを問いたまえ」の名文句が素直に受け入れられる「大人社会」であることを今回も見せつけられたのである。
 さて、それに控えて、新聞の二面では民主党の石井一が月刊誌に掲載された首相の論文から「就中」や「畢竟」の漢字を引き出して、「本当に貴方が書いたのか」と追求したと報道されていた。全く下らない議会質問であり、恰も小学校の学級会の延長、しかも「いじめ」の範疇に属する悲しき光景でありませんか。

1月19日 昨日の自民・民主の党大会に思う
 両党とも解散・総選挙を意識して、目一杯の演出を試みたようです。ことに麻生党首は久しぶりの「麻生節」が会場を席巻したと報道されておりました。
 しかし、私には未だ理解できないのは例の消費税の明記についてであります。景気が立ち直った際には「消費税率を引き上げる」、このことを現段階で決めておきたいと相変わらずのたまう。「空気が読めない人」かもしれません。
 一方、小沢さんは相変わらずの悲しき演説、しかも原稿に忠実に従い、迫力など皆無、寧ろ責任上、仕事をこなしているという雰囲気。恐らく会場に詰め掛けた民主党員も些か拍子抜けだったろうと同情いたします。ことに、アメリカ大統領の就任式を間近に控えた連想か、突然リンカーンの名文句を引き出した、「ガバメント オブ ザ ピープル バイ ザ ピープル ホォー ザ ピープル」の民主主義の原点とも言うべき言葉をたどたどしく並べておりましたが、演説の脈絡には些か無理がありました。ゲティスバーグでの演説は「人民の、人民による、人民のための政治」は決してこの地球からなくならないとその演説を結んでいるのであります。残念ながらリンカーンのその後に続く言葉を殆どの方は見落としているいるからでしょう。

1月18日 前日に続いて「江口氏の参加」を歓迎する
 正直に言って渡辺喜美氏の脱党について私が意見を述べる意図は毛頭ありません。今日の荒廃した自由民主党に所属する「国会議員」の苦悩を測ることはできません。
 内部から再構築せんと意気込んだ時期も渡辺氏にはあったでしょうが、遂に「堪忍袋の緒が切れた」のでしょう、今後のご活躍を。
 ところで、PHP総合研究所の江口さん、貴方の無責任な「道州制理論」に私は閉口いたしてきました、昨年の前半には自民党の政調会で貴方は独り鼻息荒く、道州制による地方自治論をぶっておりましたネ。2018年までに実施するなど現実離れした理論が漸く「机上の空論」と棚上げされはじめたその腹いせの現れでしょうか。

1月17日  渡辺喜美元行政改革相の離党の行方
 一昨日、自民党を離党した渡辺氏が、昨日、新しい政策集団を立ち上げました。そのお仲間は恐らく苦労の末に組織した僅か4人の集団(・・と云えるだろうか)、しかも議員外では評論家の山屋太郎氏とPHP総合研究所社長の江口克彦氏である。
 この面々を見た時、私は乾坤一擲(けんこんいってき)の賭けには余りにも脆弱な人間模様を感じたのであります。もとより江田憲司議員についてはお先真っ暗な選挙地盤、将に「一か八か」の選択でありました。山屋氏の場合は長い間、自民党を虚仮(こけ)にしてきた日頃の言動の結果、渡辺氏からの要請に逃げられず、本意とは遠い極めて消極的な参加でしょう、しかしもってこれからの評論業は減退すると思われます。最後に江口氏の参加には些か驚きました。彼はこれまで「道州制」の権化として自民党の政調会などで持論を述べていましたから、恐らくこれにて「道州制」はピリオドが打たれるものと思います、しかし別の見方をすれば自民党内で「道州制推進」は後退したことの現れかもしれません。否、仮令、道州制とは関わりなくても、江口氏のこの度の去就は「道州制」の陰りを確実に来たすことでしょう。感情論が先行する今の「道州制」改革に、独り反対してきた私にとっては誠に嬉しい政策集団でした。

1月14日  頑固爺・川内康範は間違っていた。 
 昨夜、会合から帰宅すると間もなく家内が夜の散歩から帰る。程なく、テレビのリモコンを手にして、私の趣味でない歌謡番組に切り替えた。愚痴も言わず私は横目で見ながら、初級者のための詰碁問題を考えていた。その歌謡番組の「取り」を飾った歌が森進一のあの「おふくろさん」でした。歌い終わった彼は、長い葛藤と侮蔑の末に、今漸く自由に歌える心境を静かに語っていた。
 私は歌謡曲に対しては殆ど関心がなく、カラオケは大の苦手、そんな私にもこの「おふくろさん」事件は承知しており、彼の思いは理解できた。
 06年の紅白で彼は「おふくろさん」を歌う前に少しの「語り」を加えたことから、作詞家の川口康範の憤りを買い、一切歌うことを禁じられたのである。しかし、この歌は作詞が川内康範で、作曲は猪俣公章であれば、川内のみの歌ではないはずだ、寧ろ、この歌がロングヒット出来た裏には森進一の絶対的歌唱力があったらこそと私は考える。
 やっぱり川内康範の言いがかりは老人特有の「我儘」の発露であったでしょう。

1月12日  「落日も燃えず」自民党の悲しき末期 
 今朝の静岡新聞の一面に「内閣不支持70%超す」と大書され、その横に支持19%と裏書されていた。確かに自民党に所属する私ですら今日の内閣を是認する無責任な態度はとれません。最早、麻生内閣のダッチーロールは自爆の外に道は無い状況であります。勿論、自爆となれば、自民党は野に下る運命でしょう、しかし、そこから誕生する民主党中心の「お友達内閣」に本当に期待できるでしょうか、敢えて私に予測させてもらえば、総選挙の結果、小沢内閣の誕生、しかしもとより無能な小沢氏は民主党内の勢力争いの前に早々と撃沈、もって小沢グループは在野にある自民党の一部と縒(よ)りを戻すところとなるでしょう。その時、将に政界再編の序曲となると私は想像します。

1月10日  細田幹事長から麻生総理への苦言 
 恐らくウラナリ幹事長ですら我慢に我慢の末にこの度「苦言」を呈するところとなったでしょう。
 麻生総理には他に表現方法が見つからなかった故か、「百年に一度の経済危機」の言葉を莫迦の一つ覚えのように国会答弁はじめ各種の会合でご使用なさってきました。
 しかし、考えても下さい。「百年」と云っても日本が経済的に豊かな時代はここ数年のことであります。それ以前は「経済危機」という高尚な表現を使用できる日本ではありませんでした。ですから漸く細田幹事長もおずおずと総理に具申したのでした。こんなことですから、総理のほころびを隠せる側近がいないのであります。

1月9日  3日連続で役所の雇用対策に言及します 
 今朝の静岡新聞によれば、静岡市の臨時職員の募集に対し20人を予定したところに14人の応募があり、当初の計画をほぼ達したと報道されています。
 所で本市が臨時募集した目的と対象について改めて検討するとき、市の云う「計画達成」の言葉に大いなる疑問が生れるのです。
 今日、全国規模で行われた「派遣社員」に対する「冷たい雇用の打ち切り」に新聞、テレビなどの報道機関がこれに同情し、お得意の一大キャンペーンを展開したところ、自治体がその扇動に乗って、「押っ取り刀」で各種の対策・施策を編み出してきたのでした。
 処が本市の例を見ても判ることですが、応募してくる方々は当局が目論んだ「不況によって解雇」された失業者ではありませんでした。それでも良いと市役所はこれを受け入れるのでしょうか。
 今回の「うねり」は、「非正規労働」の実態を非難するキャンペーンであったことを忘れてはなりません。

1月8日  やはり大山鳴動鼠一匹の臨時議会 
 冬の黄昏(たそがれ)は早々に、議会終了時には既に屋外は真っ暗、私は終了と共に予定の「アソシア」に急ぎました。それにしても、この臨時議会の無意味さに私は憤りすら覚えるのでありました。
 今の日本の地方自治体の流行でしょうか、猫も杓子も「首切り派遣社員」対策にあたふたと、住民感情に媚を売りながら、無策の中に策を見つけ提案するのでした。処が押っ取り刀で考えた秘策は彼等にとっては、所詮鼻であしらわれてしまう程の反応、それは昨日の静岡市の例の如く枚挙に遑ないところであります。
 そんな中での本県の「優しき施策」が昨日の議案でありました。勿論、全議員の賛成の議案でありましたが、中味については「ブーイング」の合唱と云えたのであります。当面「800人」の雇用を確保するとの議案でしたが、正直に言って私にはその1割の達成も覚束ないと思えたのであります。

1月7日  県民に媚びるか、臨時県議会 
 昨日、静岡市はかねてより準備してきた臨時雇用の窓口を開きました。
 ご案内のように昨年の暮から全国的に「派遣」社員の首切りが激増、一挙に社会問題化したのであります、これに対し関係自治体は「すぐやる課」の精神を引き下げ、臨時職員の募集を始めましたが、実態は当局の「勝手」な計らいとして殆ど応募者がいない状態であります。
 本市も違わず昨日の応募開始日に、訪れたのは昨年11月、市内の会社を解雇された女性ただ一人でありました。将に当局の思いとは掛け外れた一日となったのであります。
 正直に言って本市の就業構造は浜松や名古屋のような工業地帯を抱えた都市でありませんので、派遣問題が著しい社会問題となるとは思っていませんでした。
 今日の議会は浜松や裾野を抱える本県では派遣労働者の失業対策事業として意味あるものか定かではありませんが、折角上程される当局のご意思を尊重して私も賛成するつもりであります。

1月6日  自民党・渡邉代議士の選択は如何? 
 勿論、今日の麻生政権下にあって、渡辺代議士の行動は非難される処ではありませんが、私の思いからすれば、一呼吸した上で結論を導いた方が良かったのではないでしょうか。
 これまでも多くの政治家が「乃公(だいこう)出ずんば」と、悲憤慷慨して組織を脱し、しかその結果、目的に遠く及ばず、野垂れ死したものは決して少なくはありません。 独り英雄気取りでの旗振りに対して、拍手とエールを送るのは無責任な報道記者達だけです。
 政界の舞台は今でこそ自民党が悪役です、でも考えて下さい。3年余り前、自民党が大勝利した前回の総選挙、東條英機の向うを張った小泉総裁の翼賛体制に対し、どこの新聞、テレビ局もこの危険極まりない手段を恰も正義の魔手として、誉めそやし自民党の大勝利を導いたのであります。小泉チルドレンは直後においては様々な舞台で持て囃されていましたが、3年の経過は誰もが平静さを取り戻し、今や哀れチルドレンたちは弊履(へいり)のごとく捨て去られようとしているのであります。

1月4日  好天の三箇日が過ぎました。 
 今年の三箇日は元旦の集まり意外殆ど来訪者もなく、自宅でテレビを見ながらの居眠りと兄弟が市立病院に入院中ですので、散歩がてら見舞いに出かける極めてのんびりとした時間の経過の中に沈んでおりました。
 漸く平日に戻ります。本年もよろしく。
 総選挙は何時になるでしょう、麻生総理にとっては確実に「降板」を告げられるでしょうから、なるべく遅くする算段が脳裡を走り回っている事でしょう。
 さて、そんな平和な新聞記事の中に、元衆議院議員永田寿康さんの自殺が報じられていました。ご記憶のことでしょう、ライブドアの堀江社長が武部幹事長の次男に3000万円を送金したとのメールを翳(かざ)し、参考人招致を追及、しかしこれが全くの偽物と判明、悲しいかな永田議員はもって辞職、流浪の旅の果て死を選択したのでした。自業自得とはいえ、悲しき一人の政治家の最後でした。ご冥福を祈ります。

1月1日  静かな正月です、折角ですので、一言 
 ただ今、私の事務所で地元学区の町内会長(13町内会)と新年を祝った処です。
 幸い、気心が知れた皆さんですので、和気あいあい、2時間ほど皆さんと楽しみました。
 さて、一言ですが、元旦と元日はどう違うかご存知ですか、元旦の「旦」は水平線の上に太陽が出た姿を表します。ですから「元旦」とは午前中にのみ使用される言葉で、1月1日は元日の言葉が叶います。正月早々、余談ながら・・・
2009年に入ります

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