天野進吾の一期一会| 天野進吾のコラム(過去ログ)

天野進吾のコラム

2007年12月分

12月29日 薬害肝炎に対する政府の決断の是非について
 沖縄に訪問中、薬害肝炎問題は一気に解決の方向に進んだが、この政府の決断に私は些かの戸惑いを持ちます。それはこの度の決断が未来永劫、薬物はもとより医療についても政府が責任をもつとの高邁な決断によるものでしょうか。ご案内のように殆どの薬には副作用が伴うと云われておりますから今後、国および製薬会社は同様の問題が惹起された場合、どのように対処しようとするのか、また医療上、担当医師が「ベター」と思われる処置を執りながら、不幸な結果になった場合、一体誰に責任があると言えるだろうか、因みに今朝の新聞広告には「インフルエンザワクチンの問題点」を指摘する出版物の広告が出ていました、がこれを見ても今回の政府の判断は正しかったのか、些か疑問に思うのであります。殊に三権分立を前提とするわが国が大阪高裁の裁定を無視して、政治的逃避としか思えない今回の結論に対して私は大いなる疑問を抱くのであります。
 まさか、政府自民党がヒステリックな報道の圧力に屈した訳ではないでしょうが。

12月22日  来週は不在ですのでホームページはお休みです 
 標記のように24日から家内と沖縄に行って参ります。ただ今那覇に娘が世帯をもっており、この3月に孫も誕生、漸く訪れるところとなりました。思えば初めて沖縄を訪問したのは30余年前、パスポートが必要な時代でした、沖縄本島はそれ以来の訪問となります。
 高校時代、私は校内の弁論大会において3年間、「沖縄の日本復帰」を継続して叫んでおりました。この時の私の主張は只々、純粋に,日本語を語る沖縄の人達は日本に帰属すべきというセンチメンタルな感傷からでありました。あれから50年の歳月が流れ、今私は航空機に老妻を伴って娘夫婦と孫のいる沖縄本島を訪ねてまいります。

12月21日  「UFOは存在するか」、国会の論戦に疑問
 「貴方はUFOの存在を信じますか」・・・「若し、この未確認物体が日本に飛来するようなことがあったなら、防衛省としてどのように対処します?」本会議でまともに質問する姿を見たとき、何故か阿呆らしくなってテレビを切りました。わが国の防衛問題は漫画チックな仮説に口角沫を飛ばすほど暇ではありません。民主党も種々雑多な個性派議員もいるでしょうが、質問に立ち、テレビに報道される折にはもう少し質問者を選抜すべきと思いました。
 序に先ほどのNHKの二ユース番組で、政府が来年度予算の概要を発表し,その中で地方交付税が大幅に増額された点について、解説者が三位一体の行政改革に逆行していると指摘しておりましたが、聞きながら「観念」から抜け出る事ができない世間知らずが、NHKの解説者を務めている事に不安を抱きました。三位一体改革は小泉総理の現場知らずの発想、「規制緩和」と同種の発想であり、今一度検討すべき政治課題であります。

12月20日  国は観光庁を新規に設立すると言う 
 日本人の1600万人が海外に旅する割りには、外国人が日本を訪れる人数は凡そ500万人、明らかに割が合わぬと国は考え、今、「観光庁」なる新たな機関を立ち上げようとしている。確かにわが国は外国人が訪れるためのソフト部門に大きな問題点がある。例えば物価については電気製品等を除けば極めて高額、新幹線、東名高速の料金など上げれば切りがないほど外人観光客に評判が悪い。また日本人ほど外国語に弱く、何故か外人コンプレックスが多い、だからと云って「観光庁」を創設する必要はない、現在も通産省か総務省で観光行政は進められているはず、だとすればそこの機能を充実させればことは済むと私は考えます。 行政の哲学であるCheap-Goverment(チープガバメント)を思えば、こんな時に発想する官僚の魂胆に驚きます。

12月19日  漸く終わったSHINGO-SCOPEの原稿 
 愈々5年目に入る月刊紙「SHINGO-SCOPE]はお陰さまで多くの読者に支えられ今日まで継続して発刊してまいりました。「継続は力なり」と世間様は申しますが、毎月ひとりで筆を執ることは決して容易なことではありません、が継続できたのは他ならぬ読者の「お世辞」でした、「豚も煽てりゃ木に登る」何時になっても貴重な格言です。
 学校教育、特に教師と生徒の関りに屡々論議されるところだが、やっぱり子供たちには「褒め言葉と煽て」が必要ではないでしょうか。
 60過ぎの男が褒め言葉にひとり得意げに机に向う姿をお笑いなされ。

12月18日  暫くのご無沙汰でした、本会議もあと1日です 
 この所,雑用が立て込みホームぺージに向う時間が取れず、失礼しました。
 私は現在、県議会では企画・空港委員会に属しており、静岡空港も愈々、開港1年余りとなってまいりました。正直言うと最近、知事の発言に些かの弱音が聞こえてくるのであります。それは現在、他都市との航空協定が思う様に進まない状況からでしょう、例えば「航空機の着陸料金を減額した結果、更に赤字は増額」との本会議での発言に寧ろ、議員のほうが困惑している処です。
 空港審査の中で私は開港プレイベントとして本市に所縁ある「浮田幸吉」を顕彰すべしと提案した。勿論浮田幸吉については殆ど知られていませんので、以前、ShingoーScopeに掲載した「日本人で最初に空を飛んだ男」を披露、委員会のメンバーの納得を頂きました。

12月11日  みのもんたの「呆言」を悲しむ 
 薬害肝炎訴訟の和解協議が目前とする最中、総理との面会を求めて原告団は首相官邸を訪れたが、総理には会えず、今朝の「朝ズバ」は怒り心頭の記者会見を放映していた。
 総理が面接しなかった事は政治的判断として当然でしょう、高裁の判断を無視して今、面会しようものなら別の角度から叩かれることは明らか、「原則」を貫いた総理の判断を私は支持します。
 ところで、仮令、無責任な報道番組とは言え、みのもんたが声高に「自衛隊の予算を1年間停止して被害者全員を救済したら如何」と吼えていた。
 無責任な番組と理解していても限度があるというもの。

12月8日  静岡新聞の社説「執行死刑囚の氏名公表」に対し疑義を抱く。 
 この社説の中で「法相は、冤罪の可能性が皆無と判断した理由をはじめ、刑務所での改悛の状況、執行を命令するに至った経緯など詳しく国民に説明する責任がある」と大上段に書かれておりますが私には理解できないところです。勿論、「死刑反対論」の立場で書かれたのであれば問答無用かもしれません。しかし、新聞社でこれまで公に「死刑反対」を唱えている社は聞いたことがありませんのでその観点から敢えて申し上げます。
 「免罪の可能性が皆無」か否かの判断は法相ではなく裁判官の仕事であります、また刑務所内においてその罪を悔い改めることによっては刑の執行がないならば全ての死刑囚が判決を受ける以前に改悛しておりますので死刑はなくなり、刑法の根幹に関る問題で論外であります、また「法相が命令するに至った経緯について、国民に説明責任を求める」の趣旨は何を云わんとしているか私には理解出来ません。少なくとも死刑執行の命令書に黙祷しながら押印する法相の心を考えたことがありますか、これまでも幾たびか浮沈した死刑制度が今尚刑法に規定されている事実に結局は国民の意見集約があると私は考えます。

12月6日  独裁者の誕生に疑問を抱く方に 
 ヒットラーの非人間的行為に、振り返って人々は「何故、あの時点で独裁体制を抑止できなかったのか」と疑問を抱くのが常であります。しかし残念ながら今尚、世界中には独裁政治の下で悲惨な民衆の姿を容易に発見できます。
 さて、今日のわが国において「独裁」は最早、過去の遺物とお考えの方も多かろうと存じますが実は、読売の「なべつね」こそ始末されるべき「独裁予備軍」と云わざるをえません。例えば、過日の福田・小澤の密室会談も自分の示唆によるものとテレビの中で得意然として告白しておりました。当時の読売新聞はこの会談の意義を高々と評価しておりましたが、多くの識者は記事の内容から「中曽根・なべつね」による茶番劇と解釈しておりました。問題は「なべつね」独りの策謀に大新聞「読売」何の疑問を抱かず、ボスの意向にペンまで歪められるとは、独裁を生む土壌が皆無でない事を知るべきであります。「偏向なき報道」とは新聞社の単なる呟きでしょうか。

12月3日  本日から「12月本会議」が始まります 
 本会議は1年に4回、3・6・9・12月に定例的に開催され、国会のように「延長」は原則として行われてはいません。ただし5月には1日だけ議長等の役員選挙があり、召集されます。
 今議会では恐らく県議の「政務調査費」の対応が注目され、最終日には「いい子」の提案に納まるものと思います。調査費の使途については非現実的だが「1円」から領収書を添付することになるでしょう。
 正直言って私は近年、社会的立場のある人間がだんだん「小さく」なっていくことを怖れます。一言で云えば「角を矯めて牛を殺す」の譬えです、議員にあっては選挙民にただ媚を売って票を戴くことに終始する輩が目立ちます。

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