天野進吾の一期一会| 天野進吾のコラム(過去ログ)

天野進吾のコラム

2007年11月分

11月30日  ホームページの材料を提供してくれる民主党 
 みのもんたの朝ズバは昨日まで額賀氏喚問に口角泡を飛ばして力説しておりました。一方、民主党も「桃太郎ばり」に鬼の首でも取ったように、他の野党と共に有頂天に思い上がっていました。処が本日、風見鶏共産党が風向きの変化に機敏に対処、われ先と「一抜け」してしまったのであります。
 にも拘らず朝ズバの無責任なキャスターは「額賀氏の宴席へ出席」は大した問題ではなかったと今になってほざいている始末です。
 これまさに、無責任な報道の真骨頂というべきでしょうか。額賀氏にとって針の筵の一週間でした。
 敢えて民主党や報道関係者に、この際申し上げておきます。
・・・昔、ある所に桃太郎という芳しくない若者がおりました。爺さんや婆さんからねだって得た金で何人かの助っ人を集め、遠く離れた大金持ちの鬼山さんの家に押し入り、莫大な金銀財宝を手にしたという童話をあなた方もご存知でしょうか。 その鬼山さんは何代にも亘って一生懸命蓄えてきた財産を一夜に失ってしまったのでした。

11月27日  前頁に続いて国連に対する私の考え 
 大言壮語するつもりは毛頭ありませんが、前頁に記載した「国連」について、この際ですので敢えて私の「国連」に対する考えを開陳しておきたいと思います。
 現在、私達が通常「国連」と云っているのは当然、国際連合の略でありますが、第二次世界大戦前の「国連」とは国際連盟のことです。この二つの国連組織の根本的な違いは国際連盟には「拒否権」という絶対権力機構が存在しなかったことであります。
 現在の国際連合には、米・英・露・仏・中の五つの常任理事国には拒否権が与えられ、一国でも拒否権を行使すれば一切の協議は不成立となります。それは嘗て日本が「世界の孤児」となって、大戦に突入していった歴史を顧みて、こうした危険を防止するための手段として戦後作られたものでした。しかし一方では何の権威も強制もない組織となってしまいました。国連への拠出金が米国に次いで多額のわが国が、60余年の歳月を経ても、過去の悪夢を材料に、拒否されて問答無用、捨て去られて今日に至りました。

11月24日  やっぱり解らない小澤代表のテロ特措法 
 会期が迫る今国会の中で、福田総理の懸命な野党の説得工作は残念ながら「虚しい努力」と云わざるを得ないでしょう。その原因は野党にとって極めて「美味しい標的」がお膳の上に準備されているからであります。
 なるほど一歩間違えば泥沼化する防衛庁の裏舞台を叩いたほうが、テロ特措法などの国際問題は後回しにして、国民の大向こうからの喝采に期待したほうが得策であると考えた結果でありましょう。
 さて、最近の小澤代表の言葉の中に屡々、「国連の承認」がないからインド洋の給油は憲法に違反するとあります。しかし民主党は何時から「国連」重視の姿勢になったのか、突然の事で私達には全く理解できないところであります。第一、私達日本人はこれまで国連に対し媚は売れども一切のご相伴は得られませんでした。ご案内のように国連への拠出金は米国についで日本であります、にも拘らず、常任理事国でもなければ、更に敵性国という条文さえ消えていないのが現実であります。しかも拒否権が存在し、なんの国際的決断のできないこの「国際連合」という組織に、小澤さんは一体何を期待するのか、ほとほと理解に苦しむところであります。
 

11月23日  今日から3連休、閑にまかせて一言 
 以前このページで「日本平のカジノ」構想を提案したことがありました。その際にも記述しましたが、これから40年後、私達の静岡市はその人口が現在の半分、35万人を切るとの推測が今年3月、静岡商工会議所と静岡大学の共同研究で発表されました。
 指摘される通り、本市が今後発展、成長できる都市としての条件は全くと云えるほどありません。 最近も本市では比較的大きな鉄鋼所が浜松方面に移転しました、更に本市に長い歴史をもつ企業の海外進出計画が噂される昨今であります。
 それでも行政はただ手を拱いてみているだけ、否、危機感すら持ち合わせていないと疑いたくなります。
 そんな状況下で、私が提唱するこの「カジノ構想」に最近、漸くしかも極く一部の人達ではありますが、関心を示してきました。以前書いた「カジノ解禁は起死回生の好機である」との小冊子があります、興味があったらご連絡を。FAX-246-7463

11月21日 浜松市長の滞納訪問 
 浜松の鈴木康友市長が市税を滞納しているお宅を直接訪問し、督促してきた事が新聞に報じられていた。なるほど市長自ら滞納者への直接要請は効果ある手段でしょうし、その効果は、なによりいい加減な職員への警鐘でもあります。そうした意味で彼の行動的姿勢に拍手を送ります。しかし自らも市長という職を経験した者として、残念ながら職務の遂行上率先垂範、行動しなくてはならない場面は今後も限りないところでしょう。今回の納税者への訪問は該当者のプライバシーにも関りますので寧ろこの程度にして、市長自らお出まし願いたい場面は限りなく起きて参ります、その際、フットワークよろしく職員と共に頑張って欲しい。本市のバイパス事業が遅れに遅れたのは、そのスタート時点で「職員任せ」に事業の進行を放擲してきたことが最大の原因でありました。

11月19日  暫くのご無沙汰でした。今日の新聞から 
 今日の朝刊は幸い目立った記事はありません。その中で私の目を引いたのは、「入国審査で指紋押捺」の義務が始まるとの記事です。
 凡そ18年ほど前だったでしょう、市議会の本会議で革新系の市議が外国人の指紋押捺制度について質してきた。勿論、彼にとって初めての質問ではありませんでした、前市長にも同様の一般質問をし、曖昧な回答で終わっておりましたので再度私に振ってきたでしょう。私は何の躊躇もなく「押捺を拒否する人には敢えて求めません」
 翌日、県警が市の部長を訪ね、「何故、あのような答弁を市長にさせたのか」と問われ、部長は即座に「恐らく市長の政治哲学ではないでしょうか、一切打ち合わせはしておりません」の回答に、警察官は腑に落ちない顔つきで「市長は自民党じゃあないのか」と呟きながら帰って行ったそうです。それから数ヶ月後、全国紙の一面に大きく「政府が指紋押捺の制度を廃止する」と報じたのでした。
 今回の政府の判断はテロ防止対策上、止むを得ない措置でしょうが、時代をまともに反映していると云わざるをえないでしょう。

11月13日  処で自民・民主の談合はどうして起きたか? 
 未だ福田・小澤の極秘会談はどうして生れたのか、誰も語らない。
 しかし本当に不可解な会議でした。「密室の話し合いは嫌い、会議は常に堂々と話し合うべきだ。」と報道陣の前で声高に言い放っていた小澤代表が、徹底した「密室」の中で日本の二大政党が合併するという途轍もない構想を協議していたのであります。
 では一体誰がこの奇策を準備したか。怪しい動きとしてクローズアップしてくのは例の「囲碁の対局」です。自民党は前官房長の与謝野氏に対して民主党は小澤代表の二人が都内の高級ホテルで対戦したが、与謝野氏はこの時「首脳会談」にいい感触を得、早速福田総理に連絡したでしょう、或いは囲碁のあと、このホテルの一室で「首脳会談」が行われた可能性も充分考えられるのであります。
 小澤さんの政治的余命を慮れば、奇策をもってしても「総理の椅子」を引き寄せたいの心境が今回の陳腐な考えを生んだのではないだろうか。

11月10日  対応のまずさを露呈した民主党 
 小澤代表の突然の辞任劇について、その後様々な角度から論評され、茶の間の話題となっておりますが、5日の私のホームページにも指摘した通り、この不可解な小澤さんの行動によって結局「漁夫の利」を得たのは福田自民党だけでした。公明党はなおざりに、民社党は蚊帳の外、共産党は論外と夫々盟友と思っていた仲間の冷たい仕打ちに怒りを覚えただけでした。
 お陰で民主党も「解散」の言葉は暫く封印を余儀なくされた、さらに国会の会期は「延長」せざるを得ない、ついでに言えば防衛省の「黒い霧」が国会を覆う事態も避けられるかもしれない。
 この度の「小澤ドタバタ劇場」によって、心中穏やかざる思いをした関係者、ことに守屋次官と関わりを持つ国会議員には誠にタイミングのいい救済策でありました。

11月9日  偽装、不当表示の氾濫する中で
 今朝、テレビでは“若・花”兄弟の確執や夫婦の秘密を暴露する出版物について報じていました。この暴露本の著者はなんと先々代「若乃花」親方の妾との間に生れた相撲取りです、テレビ番組の中でアシスタントが読み上げる文章を聞きながら、たまたま自宅にいた私の知人が呟いた。「この男にこんな文章が書けるだろうか?」。その言葉を聞きながら私は、ゴーストライターによるこうした出版物も、新聞で叩かれている「偽装・不当表示」と同類項ではないだろうかと考えたのでした。率直に言ってゴーストライターによる出版は二つの異なる目的を内在しております。一つは無名な作家のお仕事として、一つは出版社の儲け仕事である。ことに後者の場合、この手の暴露本は出版業界の低迷のなか、無責任な煽てをもって、大事な人間関係を「銭」にする手段として利用されてきた。
 有名なタレントが屡々この不当表示、或いは騙しともいえる第三者の筆による本の出版は、「文化」を創造する責任をもつ出版界にあっては厳に謹んで頂きたいと願うのであります。

11月6日  閑話休題(それはさておき)、今日は雑学を提供 
 閑話休題は夏目漱石が屡々使用した造語ですが、去る3日のホームページで民主党小澤代表の政治資金の使途について苦言を申し上げました。その中で小澤氏を「金色夜叉」の言葉をもって比喩しました。その「金色夜叉」に関して、思い浮かんだ雑学を閑に任せて書き綴ってみます。
 尾崎紅葉は明治時代の作家、代表作は何と云っても「金色夜叉」、ほかに「多情多恨」などがあります。さて「金色夜叉」とは別の表現で言えば「金の亡者」ということでしょう。
 勤勉な学生生活を続ける「間貫一」の許婚「宮」は大金持ちの金融業「富山唯継」が差し出すダイヤモンドに心を奪われ貫一を捨て、嫁いでしまいます。これが有名な「熱海の海岸」事件です。物語はその後貫一もまた「夜叉」となって高利貸しに転身し、宮に復讐するのでした。
 処で、「間貫一」とは「社会のはざ間を一貫して歩いた男」、「富山唯継」とは「冨の山を唯継いだ男」というネーミングです。

11月5日  面白くなった政界の裏舞台 
 突然の小澤代表の辞任劇は自民党にとっては「瓢箪から駒」が出る譬えでしょう。それまで、解散風の重圧に心底戸惑いを見せていた福田総理にとって、この辞任劇は将に「天与」と云わざるを得ないだろう。
 しかし、正直、本当なの?と疑いたくなる行動でした。今日開かれる役員会の結論が如何なものになるか、大いに興味あるところです。
 

11月4日  「ドン・キホーテ」を考える。 
 セルバンテスの名著「ドン・キホーテ」は世界中で「聖書」の次に出版され、正真正銘のベストセラー小説とのことであります。しかし失礼ながら日本では「ドン・キホーテ」と云えば一般的に誇大妄想の愚か者として人々の口の端に上るのが常であり、更に実体は、小説そのものも殆ど読まれてはおりません。ただ子分・サンチョパンザとともにやせ馬に乗って、遠くオランダにも遠征,そこで風車にコテンパンに打ちのめされるという道化ぶりが私達の記憶の隅に刻まれているに過ぎないのであります。
 しかし、スペインの人々にとっては、嘗て七つの海の支配者だったスペインの復興を夢見て、農民であったドン・キホーテが全てを投げ打って勇躍立ちあがったその情熱に人々は感動し、数々の奇想天外な行動もまた、愛すべき人間性として人々の心の拠り所となっているからであります。即ちこの小説は旧態依然とした往時の国家への怒りでもあり批判であったのでした。
 年老いた「ドン・キホーテ」が正義を翳して遍歴するその姿に拍手を送りつつ、私も残り少ない政治生活の糧として頑張ってまいります。

11月3日  前頁に続く事項で恐縮ですがホント「小澤さん、大丈夫?」 
 小澤代表の「金色夜叉」振りについては以前このページで記載したところですが、愈々その全貌が見えてきたようです。
 一言で云うなら、「そんな莫迦な」と差別社会の底辺で翻弄されている人々の嘆き節が聞こえてくるのであります。
 昨年、小澤さんが集めた政治献金は2億余円、資金管理団体の「陸山会」は不動産で14億余円計上されております。実は政治資金規正法では如何に帳簿上累積された資金があっても、税金は対象外であるばかりか、更に政治団体を閉じたければ一遍の「解散届け」で全ては雲散霧消となり、小澤さん個人の財となり、結果、誰も咎を受けることはありません。
 また更に問題なのは小澤さんの場合、政治資金で購入したマンション等を賃貸で貸し、その収入は実に年間1000万円と云われている。
 法律では政治資金で購入した不動産を賃貸契約そのものが違法であります。更にこの莫大な蓄財を可能にさせた背景は嘗て「自由党、新政党」の党首の時代、残された政党助成金を返還せずに、自身の政治団体に還流させた結果であると云われております。
 正直言って、この資金を突付き出されたら小澤さんも一溜りもないでしょう。
 

11月3日 当然の帰結、「大連立ならず」 
 福田総理が記者会見の最後の質問「小澤さんは信用できますか」の言葉に感情を顕にしましたがこれを見た多くの人は、記者の程度に呆れたところでしょう。それはさておき、党首会談は未遂に終わりましたが、総理の提案を党に持ち帰った小澤さんの魂胆は何処にあったのか極めて不可解と云わざるを得ません。
 今回の小澤党首の行動は民主党に「わだかまり」を残すものと私は考えます。常識では即下に「NO」が妥当な回答であったと考えます。「解散」風が吹かなければいいのだが。

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