天野進吾の一期一会| 天野進吾のコラム(過去ログ)

天野進吾のコラム

2010年1月分

1月31日  今月も早くも晦日になりました 
 暫くホームページへの書込みをサボっていましたが、実は訳ありです。今年になって淋しい事ですが「葬祭」が既に10ヶ所を数え、殊に昨日は長い間務めていただいた私の後援会々長の突然の逝去に直面、悲しみの中で東奔西走、そして今日は久しい年下の友人の葬儀です。
 一方、来月開かれる県議会には同僚県議の逝去や辞任もあって急遽、私に一般質問のお鉢が回ってきましたので、最近は時間があれば質問原稿に取り組んでおります。そんなところから書込みも怠慢になりましたがお許し下さい。
 日頃私のページにアクセスしてくれる方に改めてお礼申し上げます。

1月26日  進退愈々ここに窮まる小沢幹事長 
 連日の鳩山・小沢両氏の記者会見を聞くと愈々、この事件も終盤に入ったことを知る。即ち覚悟を双方が決めたとみていいだろう。「指揮権発動」という前世紀の遺物を持ち出すこともないでしょう。小沢氏には報道関係者には知られない情報があり、検察の姿勢が聞こえている筈だ。だから、これまでの鼻に括った記者会見から昨夜のように、一応殊勝な態度で答弁したと私は考える。恐らく自殺すら考えた石川代議士の献身的奉仕がこの度の自身の逮捕によって全てを知ったのでしょう。即ち「小沢は根っからの悪人」と気付いたからでしょう。
 「九仞の功を一簣に虧く」の譬えであります。

1月25日  名護市長選挙の顛末 
 時の流れか、予想通り「辺野古移設反対」の立場に立つ稲嶺候補が当選した。結果は意外に薄氷の差であったが、勝負は勝負、市民の「基地移転」は受け入れられないという思いは尊重されるだろう。しかし、今朝の「朝ズバ」のコメンテーターの発言には恐れ入った処でした。彼等は口を揃えて、その選挙結果から最早、辺野古移転は消滅したという。
 本当にそうだろうか、日米の軍事同盟をもとに論議している基地の移転問題であれば、その住民だけの判断で決められるのか。また行政の過程で屡々経験してきたことだが、世に言う「迷惑施設」の計画には何処でも「反対」運動が先行、その後、条件闘争へと変化していくのであります。5月までには「決める」という鳩山政権にとって一層困難な課題となったことは確かです。

1月20日  恐ろしきは朝日新聞の報道
 過日、朝日新聞で「永住外国人」の地方参政権の付与について国民の意識調査を行い、その結果について報道さておりました。内容は賛成するもの60%、反対するもの29%とのことでした。ところが後になって、この調査は現在行われている名護市長選挙に対する市民の投票行動について尋ねた際、ついでに質問したものだったと、後日訂正されたとの由、真にお粗末極まりない。こうした電話による調査は意識的に誘導することは極めて容易でありますので、関係者の厳正な姿勢こそ最も大事であることを銘記してほしい。

1月19日  党大会に於ける小沢幹事長の挨拶を見る 
 今頃、何を云うのかと思われるでしょうが、今朝、息子がパソコンの画面にその一部始終を開いて見せてくれた。残念ながら私にとってそんな芸当は夢のまた夢ですが、本当に便利なものです。
 さて、小沢幹事長のこの時の挨拶を聞きながら、つくづく思うことは、ご本人が夢に描いた「総統」という肩書きには演説一つをとっても、切れ味もなければ訥弁すぎる。ヒトラーの演説は聴衆の息遣いを変えるほどの迫力と豊富な語彙が準備されていたという。演説の下手さでは右翼に属すると思うが、恫喝と腹芸でここまで出世したのでしょう。
 当日の演説には多くの「さくら」が準備されていたようである。「拍手」と「合いの手」を打つ連中が幹事長の挨拶にあわせ、会場になだれ込んでいたという。やっぱり小沢氏は古い体質を払拭できない古典派の男でした。

1月17日  「病膏肓に入ル」とは民主党のこと 
 遂に東京地検特捜部は「小沢逮捕」を見据えて正面突破を敢行した。
 にも拘らず、昨日の鳩山総理の幹事長続投の発想は将に「病膏肓に入ル」の譬えを地で行くようなもの、潔く辞任を求めるべきが真の友愛だろうと私は考える。
 これまでも幾度か危ない橋を渡ってきた小沢代議士ですが、やはり「天網恢恢疎にして漏らさず」・・・

1月15日  久しぶりの搭乗率保証について 
 今朝の静岡新聞には川勝知事の搭乗率保証についてのコメントが掲載され、この中で「無料チケット」案を含めてのあの手、この手の「手立て」が論じられている。
 処で、県民は静岡空港の完成に至るまでの長い歴史の中で、様々な場面で欲求不満を感じてきたと私は思う。今回の保証問題についても、若し県がむざむざこれに応ずるならば、県民の怒りは心頭に達するでしょう。
 私達は何としても保証に応ずるべきではない。
 理由の第1は営業保証などは今日の自由経済にあって、そもそも不似合いである。他の航空会社で何処が自治体に保証をもとめているのか、第2に福岡便は日に3往復である。このことについては、当初より過剰な日程と私達は当局に指摘してきたところである。敢えて皮肉れば、余剰な航空機の運用を赤字補填してくる静岡県に振り向ければ、瀕死の日航には極めて時宜を得た策であるとの狡猾な意図を感じます。第3に既に日航は4月以降は自社の経営上、運行できないと報道されている通り、譬え保証を無視しても「契約不履行」には当たらないと。それ故に本県は搭乗率保証には応ずるべきではないと確信する。

1月14日 遂に東京地検特捜部は動いた 
 特捜は動いた。面子をかけて・・・
 昨日、この欄で特捜の奮起に期待したが、午後になって陸山会や鹿島建設に家宅捜索、愈々、強制捜査となった次第です。
 一方、その張本人・小沢幹事長は名古屋の民主党大会で「犯罪を犯したつもりはない」とほざいていたが、「つもりはない」との表現は犯罪が行われたことを暗示しているように私には思える。いずれにせよ、徹底した検察の捜査に期待します。

1月13日  東京地検の英断に期待する 
 タイトルを見れば一目瞭然、これが国民の小沢幹事長に対処する検察関係者への期待であります。ところが今日の新聞では、夏に実施予定の参院選挙の応援のために、過密な日程が組まれ、聴取の目途が立っていないと言う。明らかに小沢氏は逃げの一手だが、これほど特捜を愚弄した話はないでしょう。これまでもこのホームページで指摘、非難してきましたが、小沢氏の長い間の権謀術数に終止符を打つべく地検特捜部の英断に期待します。長い間の「金色夜叉」小沢一郎に正義の鉄槌を下ろしてくれることを願わざるを得ません。

1月11日  今日は全国的に「成人の日」 
 勿論、今日は「成人の日」として全国一斉に祝日ですが、その式典は圧倒的に昨日の日曜日に行われたようです。ところが静岡市ではここ数年来、殆ど成人式の雰囲気も感じなければ、成人者のそれらしき服装も見ることはない。実は今年の静岡市の成人式は正月3日に開催されたという。しかし不勉強ながら未だ何処で実施されたか知りません。以前から「出席の意思」あるものを抽選で選び、少人数による成人式が行われていたようですが、今も同様の式典なのだろうと思う。
 この変則な式典に変更したそもそもの起源は既に15年ほど前になります。ツインメッセを式場としたこの会場には、なんとも表現できない奇怪な若者達で溢れておりました。
 当然のこと市長の祝辞に至っても雑談は止まず、聞く姿勢の青年は皆無、仕方なく市長は祝詞を聞こえようがなかろうが、棒読みにして降壇したのであります。その際の市長の顔は将に「怒髪天を衝く」そのものでありました。そして翌年からは選ばれた「いい子の成人式」に形を変えたのあります。

1月8日  シー・シェパード抗議船の横暴 
 米環境保護団体「シー・シェパード」の抗議船が日本の監視船に衝突したという。彼等が日本の「捕鯨調査」に反対するは自由ですが、近年の実力行使にはわが国も毅然たる姿勢が大事でしょう。「鯨」は哺乳動物だから、可哀想だから・・と同情する日本人もおりますが、実は彼等シー・シェパードのメンバーの行動の源泉は寧ろ「宗教上」に端を発していることを無視できません。
 旧約聖書には「大きな魚によって人類が救われた」という記載があり、この大きな魚とは、即ち鯨のことである。そんな人類の味方である鯨を食するとは何事か、という怒りがシェパードの想いであります。
 しかし、ペリーが日本に開港を求めた最大の目的は、捕鯨船団のための日本の協力でありました。この頃日本の周辺は豊富な鯨の漁場でした。例えば日本海域に進入した捕鯨船の数は年間に500隻にも上ったと聞いております。こうして日本周辺の海から鯨の姿は消えていきました。150年前のヨーロッパや米国の乱獲時代を彼等に知らしめる必要もあろうかと存じます。

1月7日 藤井財務相、早々に撤退、さて菅さんはどう出る
 昨日のホームページに記載した通り、小沢幹事長に業を煮やした藤井財務相が手っ取り早く辞意を表明、鳩山総理もここで時間をおけば、さらに事態を悪くするとの判断から、小沢氏の了解求めず、早々に菅氏に重責を依頼した。この判断は恐らく、鳩山政権の命運を決める大きな舵取りとなることでしょう。即ち、総理も「危険人物・小沢」と認識、これからは「鳩山政権」の存続を賭けて、小沢氏との対決に方針転換したものと考えます。
 序に小さな話題ですが、例の「政界ピエロ」山崎拓が参議院選挙に出馬したい意向で谷垣総裁等と接触していたが、「腐っても鯛」の思いの自民党からは結局、すげなく断られ、今度は荒唐無稽の「国民新党」からの立候補を考えているという。嘗ての副総裁、全く情けないの限りです。

1月6日  民主の癌細胞は藤井財務相を蝕む 
 今朝の新聞には藤井財務相の辞任問題が一面に掲載されている。理由は当然「体調不良」でしょうが、誰も信ずる者はない。「疫病神」小沢幹事長がその病原菌であることは誰の目にも明らかであります。
 自分より10歳も若く、「総統」に憧れる小沢氏を自らは如何ともし難い状況下であれば、若者達の奮起を願って、老兵は去っていくのでした。同時に「危険分子・小沢」の存在を言葉でなく、自身の去就をもって国民に警鐘を打ったのであります。ご苦労様。
 新聞では同時に、「陸山会」の土地購入問題で愈々、特捜が小沢氏を聴取すると報道されている。「カネ」に纏わる黒い噂は、嘗ての田中総理の茶坊主時代から消えたことのない「日本駄右衛門」であれば、そろそろ国民の鉄槌が下ってもいい頃でしょう。

1月3日  訃報が続く新年でした 
 標題の通り正月早々、訃報が続きました。これから兄嫁の母親のお葬式に出かけます。
 そのため、現在はは喪服にて本年最初のホームページを打っております。
 昨日は「遂に!」との衝撃を感じながら同僚・山村利男県議の訃報を大石哲司議員から戴きました。山村議員には12月議会の最中から「年を越せるだろうか」との悲しい状況報告を耳にしておりましたので、元日の旅立ちは彼にとって精一杯の頑張りの証しだったでしょう。それにしても早すぎた逝去でした。
 山村議員は地元原田昇左右代議士の秘書を長く勤められました。勿論、政界への転身を期しての選択でしたが、代議士からは秘書としての能力を高く評価され、ために2度の統一選挙への出馬を見送らざるをえませんでした。大石議員も同様ですが、中央大学のOBということで当時から久しいお付き合いを頂いてきましたが、些か早すぎるお別れになってしまいました。

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