天野進吾の一期一会| 天野進吾のコラム(過去ログ)

天野進吾のコラム

2009年12月分

12月31日  本日最後の書込みになりました 
 高齢化に伴って確実に1年が短縮しているように思える。しかし今年ほど想定外の出来事に翻弄された1年は無かったでしょう。知事選の候補選択の誤り、数年来続いた内閣の失態から生まれた総選挙での惨敗、そして自民党県議団の分裂等など取り巻く政界地図はとことん変化しました。しかし、考えてみれば、この変革の時代が今頃になって訪れたことは幸いでした。生涯を政治の世界に賭けてきた者として、「混沌」の時代は困ります。
 幸い25歳の折の市議会選挙に自民党公認で出馬、今尚自民党県議として存在しえたのは偏に安定政権が背景にあったからでしょう。これからは生涯を政治の世界になどと云うことは適わなくなりますネ。

12月29日  鳩山内閣を潰す気になった小沢幹事長 
 内閣発足から3ヶ月余り、ここに来て小沢幹事長の政治資金に纏わる疑惑がクローズアップし、身辺が燻り始めてきましました。その経過から、このままでは自身の総理総裁に赤信号と判断、この際、一気かせいに、鳩山内閣に終止符を打ち、自らが最高権力へと意を決したようであります。その顕れが沖縄の普天間問題であります。「煮えたら食わず」の深窓の総理は、時間を掛けて、福島党首にも「辺野古案」を納得してもらうつもりでいたが、ここにきて、小沢氏は急遽、沖縄以外を提案、鳩山総理にプレシャーをかける所となった。
 日米安保の結束の中であれば、出来っこない提案で鳩山総理を陥れる小沢総統に、国民から非難の赤信号を点滅させねばなりません。

12月26日  鳩山内閣の支持率は50%を切る 
 偽装献金事件が支持率に影を落としていることは明らかだが、やはり「癌」は小沢幹事長の所作にある。
 第一、組閣する段階から、国民新党や社民党を引き入れたのも小沢氏の当初からの企み、即ち、沖縄問題では所詮相容れない「グアム移設」を提言する社民党、一方思うままにコントロールできる国民新党を仲間にすれば、「鳩山の天下」は長くは続かないと想定、程なくして自分に御鉢が・・・ついでに亀井は「警察官僚出身」ゆえ、疑惑の「政治資金」の捜査に司直の手を鈍らせるにも好都合と計算した結果の組閣の意図でした。
 権謀術数が飛び交うこんな民主党政権に国民の信頼は付いていかないものと私は思う。
 されど自民党もまた大打撃の後遺症に未だ立ち直れず、ただ小泉ジュニアだけが息巻いて、新しい年を迎えようとしています。

12月25日  愈々、天王山に至る鳩山収支報告疑惑 
 それにしても、 ある所にはあるものだ。全国民の関心は02年から12億円を息子の政治活動に提供、しかもその息子は「全く知らなかった」とほざく。誰がその事を信用しましょうか。
 私もそうだが、周辺には一銭の相続もなければ、提供された地盤もなく、独り「人生」を政治に賭けてきた男たちがいる。勿論、その道程の中にあって、汗も涙も人知れず流してきましたが、誰一人、「鳩山御殿」に育った恵まれた境遇を羨しいとは思ってはいません。
 自身のロマンで人生を構築してきたプライドがあるからこそ、政治を裏切る「小鳩」の二人に不快感を覚えるのであります。

12月24日  鳩山総理の指導力に問題が 
 就任後、鳩山総理は元気一杯行動しておりましたが、最近は元気もない様子、それは取りも直さず小沢幹事長の勝手な振る舞いが原因でしょう。勿論母親からの莫大な相続を不法に相続しての行為が露見、政治資金の届けの偽装など叩かれる材料が次々に表面化し、頭の痛いこと尋常ならずであります。
 その上、愚かにも「次期総理」の煽てにのって民主党の「総統」は「凱旋将軍」の雰囲気そのままに中国にお出かけ、序に「習副主席」の来日に天皇陛下とのご対面を強制すなど、将に傍若無人そのものでした。
 ところでこんな民主党政権で大丈夫でしょうか、「マニヘスト」は単に集票対策だったことが明らかになってきました。

12月19日 日本航空は何を考えて撤退するのか
 この度の静岡空港から3月をもって撤退するとの日航の表明は将に「親方日の丸」の精神をむき出しものと云わざるを得ません。何故なら赤字の累積によって、効率の悪い空港から撤退するという大義だけで結論づけるなら、ご案内のように他に多くの空港がある。
 静岡は日航の路線の中では40港の中でベスト4にあり、若し感情的要因を計算しなければ静岡を撤退するなどという「暴挙」は起さなかったと私は考えます。
 自由経済の社会にあって、搭乗率保証など考えられない契約を交わした日本航空の西松社長と前石川知事との人間関係が、選挙をもって途絶え、次に登場した川勝知事の冒頭から「保証」は無きものとした姿勢に、官僚的社長の堪忍袋がはぜた結果の撤退であったと私は考えます。
 この際、我がFDAには「躍進する県政」を信じて積極的運行に期待します。

12月17日  ただ今、静岡新聞を手に「え!」 
 一面の大見出しに「搭乗率保証支払い拒否」の活字を見た時、私は「やった!」と独り悦に入ったところでした。今年の当初予算議会に初めて日航との搭乗率保証の約束を知った時、断じて承服できない議案と考え、可能な限りの修正を求め行動しましたが結局議案は通過してしまいました。
 この度は日航の撤退という不測の結果ではありますが、覚書には明らかに違反であれば、川勝知事の決然たる姿勢に心からの拍手を送ります。続きは明日に・・・・

12月17日  選挙のための公約だったのか 
 暫定税率「廃止せず」の結論に私は異議を唱える者ではないが、昨年の春は児童合唱団のように大口揃えて、政府を非難、生意気にも「暫定」の意味をしっているのかと自民党を批判していた与党の皆さん、気恥ずかしくはありませんか。日本の燃料税は諸外国に比して廉価、そのことはCO2問題にも関わる事項であれば、今、敢えて減税の必要はないものと考えます。
 しかし、ここに至る道程が気に食わないのです。一体、民主党内閣は何処が政策を決定するのか、はたまた、鳩山内閣は「小沢総統」の下請け機関なのか、この数日間の小沢氏の動きに恐ろしさすら感じます。

12月15日  働きかけをしなかったと主張する小沢総統 
 天皇陛下と習副主席の会見を企画した「民主党総統」今日に至って、宮内庁にはなんら働きを掛けなかったと主張するとともに、羽毛田宮内庁長官には罵声を浴びせ、更には辞任まで要求する横暴ぶりに、多くの国民はただ唖然とするばかりであります。
 このところの小沢幹事長のワンマン政治には怒りが込み上げてきますが、民主党の皆さんの良識は一体何処へいったのでしょうか。このままでは「鳩山内閣」は極めて短命に終ると予測します。
 小沢氏の権謀術数を容赦しない岡田、菅さん等民主の良識人は蛮勇を奮ってこの危機を乗り越えて頂きたいと遥か彼方からではありますがお願い申し上げます。

12月12日 誰か止めてくれないか小沢「総統」の蛮行 
 中国の習副主席の来日に「陛下」が皇居で会見と朝刊で厳しく報道していた。もとよりこれは小沢訪中団の歓迎式典に対するお礼返しと小沢幹事長の「お山の大将」振りを中国側に認めさせる一手法と誰もが想像するでしょうが、恐ろしきはその経過であります。鳩山総理に「何をもたもたしている、陛下との会見はやるのだ」とのごり押しに、にべもなく承諾し、平野官房長を通じ、宮内庁に働きかけたと掲載されております。
 天皇の政治的利用は社民党が猛反対してきた点でしょう、民主党内にも同様の思想の方も多数いるはずです。全く原理、原則が小沢の腹一つでは決せられるようでは、一体この日本はどこに行ってしまうのか、本当に心配です。早々に民主党は幹事長の更迭を蛮勇を奮って実行すべきであります。

12月11日 総統、中国へ行く
 今日の読売新聞では小沢訪中団について、「友好一色」のタイトルが大きな活字で掲載されています。更に「朝ズバ」では、所要時間僅か2秒の胡主席とのツーショットに140人のわが国会議員が雁首を揃えてお待ちになっている映像をみた時、つくづく総選挙の惨敗を後悔したところでした。
 標題に敢えて、「総統」というイメージの芳しくない漢字を用いましたが、将に小沢幹事長は危険な人物、一日も早く政界から追放すべきでしょう。そのためには、嘗て「親分・田中角栄」を逮捕した検察の勇気に期待します。
 一方、昨晩は「鬼のいぬ間」にと岡田・前原ら7人の顔役が赤坂の料亭に集まったという。しかも、世話人の渡辺恒三氏は小沢訪中を知らなかったと恍けているのであった。
 ほんとにこんなことで日本の政治を民主党に任されるのか心配です。

12月10日  久しぶりに自身の年を感ずる 
 一昨日、或る小人数の会合に講師として呼ばれ、調子付いて1時間30分ほど講演してしまいました。帰宅して早々に布団に潜り、眠りについたものの、途中で目が覚め、以来寝付けず何故かどっと疲れが甦ったのでした。立ったままの一時間半は老体に厳しすぎたようです。話を聞いてくれた方々は大変ご満足されたようでしたが、その反動でしょうか、年を感じました。

12月7日  要らぬ心配でしょうが民主党の明日 
 どれほどの人が心配しているかは判りませんが、民主党の小沢幹事長の存在が「危険」に思えてなりません。もともと、「ヒトラー」に憧れる小沢氏は「総理の椅子」がすっ飛んだその時、それまでの「にこやかな仮面」を外し、「我利我利亡者」と化したのであります。そして今、幹事長という権力を濫用、全ての政策、地域の陳情・要望などは「小沢フィルター」を通さねば実行できないシステムにしたという。恐らく、地域のダムの請願もこのフィルターを通過して初めて、担当の官僚が呼ばれ、問答無用の押し付けが行われるものと憂うるのであります。民主党代議士さん、暮々もお気をつけ下さい。

12月3日  どうする普天間飛行場の移設問題 
 党内の意見統一に戸惑っていた鳩山総理に更に困る動きが出てきた。
 普天間飛行場のキャンプ・シュワブ沿岸部への移設に対し、民社党の福島党首が「連立離脱」も辞さないとの強気の姿勢を遂に現した。もとより民社党と社民党はは沖縄の基地問題に対しては相入れない対立があったところであれば、総理の「決着は来年」の発言は福島党首にとって、極めて好都合、これ幸いと内閣に釘をさしたのであった。
 ところで、民主党政府には国外移転を提案する勇気はないでしょう。その上、対米政策が不穏な昨今であれば、「県内はNO」などと強気な発言は切り出せません。
 平野官房長も記者団に対し「年内決着」とは言っていないなどと配慮のない発言で総理を庇っているようだが、最近は「全員納得」を政策決定の物差しにしている様子が見える。 こんなことで本当に大丈夫?

12月2日  小沢独裁政治を憂うる 
 最近の民主党の政策や党運営の方針に常に小沢幹事長の影が付きまといます。今朝のテレビで鳩山総理の検察調べは一応行わず、秘書段階に留めるとの報道に「やれやれ」の思いは禁じ得ませんが致し方ないでしょう。寧ろこの際、幹事長のの怪しい懐を存分に調べてほしい。自民党を離党して以来、新政党を「旗揚げしては潰す」乱暴な政界渡りを繰り返し、その都度、国からの政党助成金を自身の懐にする「国家反逆罪」とも云うべき行動を抜けぬけやってきた最もあくどい男と云えるでしょう。そろそろ、検察はここに軸足を移して対処すべきと考えます。

12月1日  愈々最後の月となりました 
 「師走」は陰暦の12月の異名ですが、今朝のテレビで司会者が「先生も走る」忙しい月だから「師走」というと解説されていた。恐らく「師」の語感から「学校の先生」を連想したために云ったでしょうが、「師」は教師ではなく、坊さんが経をあげるために駆け回ることから生まれた言葉で、師は僧の師匠を指すのであります。
 年取ると本当に1年が早いもので、私の政治生命もだんだん怪しくなってまいりました。さて、このホームページの書き込みも読者の皆様に引きづられ、心に浮かぶよしなし事を書き綴ってまいりました。これにお付き合い戴いている皆様、本当に有難うございます。

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