天野進吾の一期一会|あまのしんご静岡県議会議員公式サイト

古希を経過しても尚、意気揚々・・・

地方政治に携って40年、自らの信念に固執しながらも「大道」を歩んでおります。
昭和40年代の初め、徒手空拳の若者が、情熱だけで政治の世界に挑戦したこの半世紀の歴史に、未だ「終り」はありません。年々、人口は減少し、都市としての潜在活力が失われていく時代背景の中で、数年前から提唱し続けてきた「日本平のカジノ構想」は、まさに本市が蘇(よみがえ)る「ラストチャンス」と位置付け、中傷に戸惑うこともなく活動しております。今暫く「この老兵」も消え去ることはありません。

天野進吾はどういう政治家なのか?

天野進吾

昭和44年の初め、たった一人でアメリカを訪問。昭和62年、45歳で静岡市長選に。誰もが「無謀な戦い」と制止する言葉を振りはらい、私は確信を以って駒を進めたのでありました。

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天野進吾の天野進吾的ココロ

進吾スコープ

天野進吾が視る。語る。今日のできごと。まつりごと。

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天野進吾のコラム(最新5件)

北朝鮮の不思議。

国民の多くが「食えない」状況下にあって、北朝鮮の「ミサイル実験」など継続出来る環境については、これまでも指摘してきましたが、愈々、そのバックに「中国あり」を払拭できない段階にいたりました。
 国民の多くが食う事も出来ない北朝鮮には到底考えられない「人材と軍事費」であります。 勿論、「軍備増強と研究」に中国企業が関わっている事は自明の処ですが、北朝鮮には経済的にも、技術的にも中国企業の協力なくして、出来ない今日の「ミサイル」実験でしょう。
 聞けば中国の応援なくして出来ない行動です。中国の軍事関連企業にとって、北朝鮮の「ミサイル発射」は歓迎すべき実験であり、政府公認の「死の商人」にとっては誠に有難い北朝鮮です。
 中国は今、北朝鮮を介して「ミサイル」実験を繰り返し、兵器の増強、充実を図っている事は火を見るより明らかでしょう。

2017/05/29

「大学無償化は有意義か」の曽野綾子氏の言葉。

 「大学の無償化」が今、国会で論議されようとしている。
 誰もが大学に入学できる社会と云えば聞こえも良いが、本当に必要な制度でしょうか?そんなに大事でしょうか。
 恐らくそんな制度が生まれた折には「18歳の若者達」は時代の要請に応えて創られた「阿呆大学」への道を選ぶでしょう。
 処で今の日本に「大学無償化」などと云う制度設計は本当に必要でしょうか?
 今の若者たちを見て「大学無償化」論を本当に論議する人々の心については理解できない処です。
 それは「貧富による差別」をなくすためでしょうか。寧ろ、若者の厳しい環境に打ち勝つ逞しさが失われ、若者たちから「挑戦」する心を喪失する事になるのではないか。
 纏まらぬうちに記載し、中途半端の原稿で恐縮でした。

2017/05/28

県民所得第3位の静岡県というが…。

県民所得の統計の出る度に不思議に思うが、どうしてこの街が、静岡県が、県民所得番付第3位にランクされるのでしょう。勿論、統計には誤りはないでしょうから信じますが、私は以前から「静岡県民」は買い物で「ネギる事は恥ずかしい」の習慣があり、正札を信ずる風習がありました。
 それによって事業主は十分な利益を、そして従業員にも細やかであれその見返りが報酬として与えられる。そう静岡県民性は「お人よし」の閉まらない性格、それ故、恐らく全国でも最高の「インフレ県」と云えるのではないでしょうか。
 貴方は商店街で買い物した折、一度でも「ねぎった事」ありますか。殆ど値札を信じ、支払っているでしょう。
 「値切るなんて…」恥ずかしい事、その心が「県民所得第3位」という貫禄を維持し、継続できる原動力ではないでしょうか。

2017/05/27

不可解な石破氏の言動

凡そ、韓国に「おべっか」使いの為に、その後、日本に多大な損害を被らせた政治家の言動はこれまでにも屡々、問題化し、後を絶ちません。
 今朝の新聞にも自己顕示欲の権化と化した・石破茂氏の「他愛無い・悲しい言動」が報じられていました。
 「慰安婦問題」で言わずもがなの石破氏が27年の日韓合意に関し、「韓国の納得を得るまで日本は謝罪するしかない」と述べたと新聞に掲載されております。
 これに対し石破氏は「謝罪」という言葉は一切使っていない、「相互が納得するまで努力を続けるべきだ」と話したという。
 恐らく、この言葉を聞いた日本の政治関係者なら誰もが石破氏の「ピント外れ」の発言に落胆する事でしょう。
 日韓合意は既に「元慰安婦を支援する財団に10億円を拠出」し解決済みと日本政府は考えています。そんな時の石破氏のこの発言は目指す「総理の椅子」は夢のまた夢、遠ざかるばかりであります。

2017/05/25

訃報欄に見つけた友人の名前。

凡そ7時過ぎ、私は事務所に入り、日課として先ず静岡新聞の訃報欄を開きます。そして誰も知り合いのいない事を確認してからパソコンに向き合い、「今日のコラム」に対峙するのが常となっています。
 処が今日の訃報欄にまさかの「望月暹」とあるのではありませんか。「暹」の名前は稀ですから、咄嗟に「ガリ」かと思った処へ、電話のベルが鳴る。
 思いは同じく同級生から、明日の通夜を一緒にと約束し電話を切る。
 「ガリ」とは「がり勉」から来た綽名と聞いているが、卒業後は県庁に勤務、商工部長にまで昇進し、退職後も各種団体の役員に名を連ね、その後も私達のクラスリーダーとして頑張っていました。
 その彼が突然に「鬼籍」に入ろうとは、僅かのご無沙汰を申し訳なく思った次第です。

2017/05/24

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