天野進吾の一期一会|あまのしんご静岡県議会議員公式サイト

古希を経過しても尚、意気揚々・・・

地方政治に携って50年、自らの信念に固執しながらも「大道」を歩んでおります。
昭和40年代の初め、徒手空拳の若者が情熱だけで政治の世界に挑戦したこの半世紀の歴史に、未だ「終り」はありません。年々、人口は減少し、都市としての潜在活力が失われていく時代背景の中で、数年前から提唱し続けてきた「日本平のカジノ構想」は、「大型豪華客船」まさに本市が蘇(よみがえ)る「ラストチャンス」と位置付け、中傷に戸惑うこともなく活動しております。今暫く「この老兵」も消え去ることは」できません。

天野進吾はどういう政治家なのか?

天野進吾

昭和44年の初め、たった一人でアメリカを訪問。昭和62年、45歳で静岡市長選に。誰もが「無謀な戦い」と制止する言葉を振りはらい、私は確信を以って駒を進めたのでありました。

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天野進吾の天野進吾的ココロ

進吾スコープ

天野進吾が視る。語る。今日のできごと。まつりごと。

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天野進吾のコラム(最新5件)

市長選はいずこに、

2019/01/22

長い間のお休み、失礼しました。

 昨日、自民党静岡市支部の推薦状が田辺市長に渡されました。
 夜のニュース番組には途中退席の私の顔まで大きく写されておりました。
 もとより、30名余の党役員の中で、主張し退席したのは私一人、勿論、それで結構ですが、何と論議の嫌いな方ばかり、そんな思いをもって「退室」いたしました。
 ところで、いつも不思議に思うのですが、国政でも県政でも、屡々論議することを忘れて、事前の「議事進行」を守って、、口を挟む者あらば「問答無用」とこれを切り捨てる、否、切り捨てられる前に自分の奥歯で「体制に合うようかみ砕く」、そんな会議が我が国の政界には昔から跋扈しております。
 正直申し上げます。私達自民党の執行者の考えはしばしば、市民感情と大きな隔たりがあることをお送りいたします。知らねばなりません。
 私達はそろそろ「大衆」と呼ばれる「市民」の心に立ち返るべきであります。

2019/01/22

静岡新聞の読者欄から・・・。

 今朝の静岡新聞の読者欄に「心ある投稿文」が掲載されております。
 先程、姉がその文章をコピーして事務所に持ち込みました。投稿のタイトルは「小学生の夢かなえ箱根力走」であります。
 島田の山下さんの投稿ですが、是非、多くの方々にお読みいただきたく、今日のコラムに取り上げました。
 ――それは今では茶色に変色した静岡新聞の小さな「切り抜き」、平成21年10月23日とあり、当時11歳の少年・三須健乃介君の投稿文でした。
 「夢は箱根駅伝、陸上がんばる」
 投稿者の山下さんはその新聞の切れ端を後生大事に残しておいたのでした。
 今年の1月2日、箱根駅伝の実況中継の中で、「中央大学、3区の三須健之介・・・」のアナウンサーの声を聴いたとき、「あ!あの三角君だ!」と思わず声を上げたのでした。
 そう、彼は夢を実現したのだった。
 小、中、高と箱根駅伝を目指して頑張ったその努力に、改めて拍手を送るとともに、投稿してくれた島田の山下よし江さんに感謝いたします。

2019/01/17

あー稀勢の里・・・。

 昨日、一昨日と他愛もなく敗れた「稀勢の里」が本日、遂に引退しました。
 ここ3日間の不甲斐ない敗戦はその引退に些かのまし同情は生まれません。
 初場所の前の「連合稽古」を見た親方衆の言葉入力は「期待できる」の言葉を屡々聞いたが、始まれば、予想とは全くの裏腹に、他愛無い3連敗、その無様な敗戦を見た誰もが「もう、終わり」の烙印を押したことでしょう。
 テレビに映る「稀勢の里」の姿には「闘争心」の欠片もありませんでした。
 唯一の日本人横綱を目一杯応援しきた者には、些か残念な終焉でした。

2019/01/16

今日は梅原猛さんの訃報が・・・。

 遥か以前のことですが、日本の美術界を大いに騒がせた「真贋事件」がありました。
 それは古来より「型破りな僧」で有名な「円空上人」が描いた絵が、ある寺の壁の中から偶然発見されたということでした。
 ご案内のように、僧・円空の「仏像」は夙に有名だが、円空作の「絵画」は一枚としてない、にも拘らず、長野県のある寺の壁の中から「円空」の名前が書かれた「仏像」の絵画が発見されたと大騒ぎ、日本美術界ではその真贋について2分、結局、その作品の出処を逆に辿っていけば、と云う事で調査したしたところ、第一発見者がことでした古紙に仏像の絵を描いたところ、大変上出来だったところから、これを知人に安く売り、そこをスタートに「円空」の絵画は転々と人手に渡り、最後は東京の骨董商から100万円で買った男が美術学界に持ち込み、その真贋が問題化したのでした。その道を逆に辿れば、出展が判り、一件、笑い話になりました。
 長々、駄文を書きましたが、その「円空上人」の研究家であった哲学者「梅原猛」さんが12日に逝去されました。ご案内のことかと存じますが、本県では梅原先生を顧問格にお願いしてきた関係もあり、敢えて一筆申し上げました。

2019/01/15

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