天野進吾の一期一会|あまのしんご静岡県議会議員公式サイト

古希を経過しても尚、意気揚々・・・

地方政治に携って50年、自らの信念に固執しながらも「大道」を歩んでおります。
昭和40年代の初め、徒手空拳の若者が情熱だけで政治の世界に挑戦したこの半世紀の歴史に、未だ「終り」はありません。年々、人口は減少し、都市としての潜在活力が失われていく時代背景の中で、数年前から提唱し続けてきた「日本平のカジノ構想」は、まさに本市が蘇(よみがえ)る「ラストチャンス」と位置付け、中傷に戸惑うこともなく活動しております。今暫く「この老兵」も消え去ることはありません。

天野進吾はどういう政治家なのか?

天野進吾

昭和44年の初め、たった一人でアメリカを訪問。昭和62年、45歳で静岡市長選に。誰もが「無謀な戦い」と制止する言葉を振りはらい、私は確信を以って駒を進めたのでありました。

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天野進吾の天野進吾的ココロ

進吾スコープ

天野進吾が視る。語る。今日のできごと。まつりごと。

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天野進吾のコラム(最新5件)

表純子の名前が復活!

 3月25日の私のコラムのタイトルは「表純子の名前が消えた」のでした。一体何が原因でお休みになっていたのか不明ですが、漸く帰ってきました。・・やれやれ・・です。
 プロのスポーツ選手としては些か「薹(とう)」が立ってしまいましたが、本県所属の女子プロ選手であり、何といってもご主人がキャデーを務め、夫婦円満を見せつける「おもろいプレーヤー」、ゴルフ場の芝生が潰れてしまうような大型体躯、でもギャラリーには微笑ましい姿に映っていました。
 調べてみれば何と誕生日が私と同じ2月2日、爾来、全くの傍観者ながら応援して来ました。
 その「表純子」選手が今日の最終日を迎えました。思いっきり頑張ってください。
 処で昨日の大相撲、横綱・稀勢の里は鶴竜を圧倒、漸く10勝目を勝ち取り、「引退」の声を払拭することができました。
 大したファンではありませんが、長老のお二人の活躍に何故かホッとしたところでした。

2018/09/23

驚いた、日吉代議士の暴挙!

 勿論、「日吉代議士」と言っても、ピンとくる方は殆どいないだろう、そんな男にも少なからずの報酬を国費から支払い続けることに些か疑問に思えてきます。
 今朝の新聞に「落下傘候補として7区から出馬、比例復活」した日吉代議士、19日の夜、入党を考える市議や来年の県議選立候補を予定する仲間達が集まり、県連の「立ち上げ」の準備をしていたにも拘わらず、翌日には「立憲民主党を離党」という、驚くべき「忍術」を見せたのでした。
 恐らく、数を頼みの小沢一郎代議士の甘い誘いに乗ってしまった結果でしょうが、思うに、彼は政治家はもとより社会人としての務めを果たせない「いい加減な奴」とお見受けします。
 そんないい加減な男も「比例」という訳の解らない選挙制度ゆえに当選し、高給を以て処遇しなければならない現行の選挙制度には早々と「メス」を入れて戴きたいと考えますが・・・。

2018/09/22

「圧勝意識」が招いた欲求不満。

 正直言って、安倍陣営はもとより石破陣営にあってもこの度の選挙結果には満足できない処でしょう。
 殊に開票数日前の報道では「安倍圧勝」を予測しておりましたが、何時もの事だがこうした予測は結果として「判官贔屓(ほうがんびいき)」をもたらし、思わざる結果を招くこと屡々ですが、今回も心配した通りの結果を招いたのでした。
 それにしてもトンチンカンな新聞があったものです。3年後の総裁選挙に期待する得票だったと「石破候補」を持ち上げていましたが、2度も敗れた候補に「白羽の矢」が立つことはあり得ないと考えますが。

2018/09/21

今年も「大道芸」の日が近づきました。

 間もなく四半世紀になるでしょう、多くの市民の期待の下に今年も11月冒頭「大道芸ワールドカップ」が開催されます。
 そんな折、一冊の興味ある本に出会い、早速その紹介者にお願いしたところ、翌日には届けて戴きました。タイトルは「綱渡りの男」。
 ご案内でしょう、ニューヨークの世界貿易センタービル、実に400㍍の高さを誇っていましたが、その貿易センター落成(1974年8月)の直前に、このツインタワーの屋上に真夜中、仲間と共に二つのビルに400㍍のワイヤーロープを張り、綱渡りを実行したのでした。
 その実行者はフランスの大道芸人フィリップ・プチィ、それ以前にも故郷パリにあるノートルダム寺院の二つのタワーの間にロープを張って、その上を歩き、下の見物人を驚かせたことがあり、彼にとってはニューヨークで同じことをしたに過ぎないとのことでした。
 それにしても楽しいのは、時の裁判長の判決が「町の子供達のために、公園で綱渡りをするように・・・」
 正直言って、昭和43年にたった一人でニューヨークの5番街で垣間見た大道芸が私のワールドカップの原点になりました。いいよねェー・大道芸・・・。

2018/09/20

凄い発見では?、外国少年が撮影した「150年前の日本」、の写真。

何気なくヤフーの"深読みチャンネル”を眺めてて、そのタイトルに吸い込まれました。
 「150年前の日本」を外国少年が撮影した写真集の話である。
その画像は 徳川幕府が終わって間もない、明治初頭の江戸の風景でした。
 例えば、明治5年頃の山下元町の外人居留地の写真や虎ノ門周辺に生きる人々の風景など貴重な写真が紹介されていました。
 処で、なぜこの貴重な写真が広く表(おもて)に出なかったのか、不思議に思いました。
 オーストリア帝国が我が国と修好条約を結ぶために来日した使節団に随行した写真家の助手としてミヒャエル・モーザーは来日、条約締結後も日本に残って各地を撮影、それは極めて鮮明な写真でした。
 そんな素晴らしい写真がどうして封印されてきたのか、驚きでした。

2018/09/19

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