天野進吾の一期一会|あまのしんご静岡県議会議員公式サイト

古希を経過しても尚、意気揚々・・・

地方政治に携って40年、自らの信念に固執しながらも「大道」を歩んでおります。
昭和40年代の初め、徒手空拳の若者が、情熱だけで政治の世界に挑戦したこの半世紀の歴史に、未だ「終り」はありません。年々、人口は減少し、都市としての潜在活力が失われていく時代背景の中で、数年前から提唱し続けてきた「日本平のカジノ構想」は、まさに本市が蘇(よみがえ)る「ラストチャンス」と位置付け、中傷に戸惑うこともなく活動しております。今暫く「この老兵」も消え去ることはありません。

天野進吾はどういう政治家なのか?

天野進吾

昭和44年の初め、たった一人でアメリカを訪問。昭和62年、45歳で静岡市長選に。誰もが「無謀な戦い」と制止する言葉を振りはらい、私は確信を以って駒を進めたのでありました。

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天野進吾の天野進吾的ココロ

進吾スコープ

天野進吾が視る。語る。今日のできごと。まつりごと。

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天野進吾のコラム(最新5件)

「危険極まりないポケモン」の実態。

何しろ時代に取り残された我々にとって突然、流行りだした「ポケモン」の実態を昨日、県庁に出かけた折に知らされました。
 中堀の周りにはスマートホンを手にした若者たちが「横断歩道」で立ち止まることなく、更に車両に目を配ることなく、ひたすら「画面」に注視しながら歩く人々の姿に驚きました。
 聞けばポケモン「GO」の出現する場所に駿府公園に選ばれ、為に多くの若者たちが集まって来たのだと運転席の息子は解説する。
 だったら、週末の呉服町や七間町など商店街にポケモン君にお出掛け願ったら如何なものか、暫し、交通安全の事を打ち忘れて、「賑わいのある町」を脳裡に描いておりました。
 それはさておき考えてみれば、平成に入っての四半世紀、即ち「自動車電話」の出現の後、恐ろしいスピードで私達周辺は変革してきました。勿論、その時代に取り残され私達ですが、正直ただ驚くばかりで、そのことに寂しさは微塵も感じません。
 若しかしたら「時代に取り残された老人」の強がりでしょうか。でも、「びっくり」ばかりが続きます。

2016/07/26

月曜日は都知事選の概況報道に終始。

愈々、終盤戦に突入、新聞各社は週末の投票動向の調査結果を報道しています。
 各社の調査結果を見る限り、最早、「鳥越氏」の目はなくなったと確定してもいいでしょう。しかし思うに鳥越氏は「出馬」そのものに資格はなかった。討論会をキャンセルするその姿勢と体力では知事は務まりません。更に遠慮した「宇都宮健児」氏も「鳥越応援」には立たない等、老人の悪あがきだったと私は思いました。
 総じて予想通り、「小池百合子」氏の「有利」は明白でしょう。調査段階では各層から「確実な支持」もあり、一歩有利は新聞各社が共通して報道する処ですが、さりとて、増田氏の予想外の健闘に驚いております。
 選挙民の中には「鳥越」を見限った序に、同じ男の候補者に、という心理が働くことも少なくないでしょう。
 また「小池百合子」候補の傍若無人な態度を嫌う男どもも少なくない様ですから。

2016/07/25

哀れ、捨て置かれた中国の農村部の現実。

中国・河北省と云えば北京から遠くない距離、その邢台(けいたい)市で洪水が発生し、230人が死亡・行方不明になったと今日の新聞記事にありました。
 勿論、その被害の大きさは日本でも屡々、見られるところですが、敢えて掲載したのはこの原因が「ダムの放流」にあって、下流地域の住民には全くの「警鐘なし」と云う。
 勿論、「大国中国」のこと、これっぽち事に「何故騒ぐ?」、「何時もの事では?」と訝(いぶか)る方も多いでしょうが、「南シナ海」の軍備増強などに目一杯の予算を使いながらも、国民生活は「後からついてくる」の思想は当分、払拭されない事でしょう。
 中国政府にとっては、農村部の国民に対しては殆ど歯牙にもかけない象徴的記事でしょう。
 
 

2016/07/24

「ジリ貧」街道をつき進む民進党。

先の参院選が象徴するように、民主党の岡田代表の意図が愈々、解らなくなった。殊に共産党を巻き添えにしての「民共連携」は明らかに国民から遊離したものと映るだろう。そんな事も解らないかと門外漢ながら思った処です。
 そう、新聞に書かれている様に民主党は「ジリ貧」街道をまっしぐらに突き進んでおります。
 正直云って、岡田克也氏が代表になった当時、「自由主義経済をまともに享受し、実践してきた『岡田家』であれば、自民にとっても容易ならざる相手」と思った事もありましたが、正直云って「政治という舞台を見る目」がなかったのでしょう。
 結局、彼がなしたことは、党内に生まれた「亀裂」にも中途半端な手立てを持っての対処、即ち、問題を糊塗する事だけに終始してきた結果が今日を齎したものと考えます。
 今朝の新聞に掲載されている鳥越応援団「野党、初の勢ぞろい」の写真を見て、つくづく民主党の【自主性の無さ」と「選択の過ち」を感じ戯言(たわごと)を記しました。

2016/07/23

「沈黙の駿河湾」に見る東海地震説のいい加減さ。

もとより太平楽の私であれば、東海地震など最初から「眉に唾して」無視していましたが、今朝の静岡新聞に掲載された「沈黙の駿河湾」を拝見すれば愈々、40年前の石橋克彦説に騙されたの感覚が昂ぶります。
 上田誠也東大名誉教授の言を借りれば、石橋説は「この部分だけに大地震が起こっていない、だから次はここだ」の提言であって、「凡そ学術的なものではなかった」という。正直云って驚きました、この地震学の大家の言葉。
 東海地震説が叫ばれて以来、静岡県がその対策の為に予算化した費用は2兆4千億円と云われております。早い頃に学校や橋梁など、「耐震」を前提に建て替え、或は補強してきた殆どの建造物は今まさに「御破算で願いましては・・・」となり、補強、改造したそれらの構造物の賞味期限は残すところあと僅かになりました。
「元の木阿弥」の語源を思い出します。

2016/07/22

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