天野進吾の一期一会|あまのしんご公式サイト

お世話になりました。
この4月をもって、選挙あるいは政治とお別れです。
長い間、ありがとうございました。
これからは、一市井の人となって、ひとり呟いていきます。

天野進吾のコラム(最新5件)

いい加減にせよ、大河ドラマの歴史考察。

 過日の大河ドラマ「麒麟が来る」に極めて不快な思いを禁じ得ませんでした。
 ご存知、織田信長の奇襲によって今川義元は敗れたが、テレビの中では今川勢の先陣を務めた松平元康(家康)は戦う前から、「今川義元」に「見下り半」を突き付けたような筋書き、そこで一言、「ありゃなんだ」、来週の「麒麟」はどう展開させるのか、だんだん阿保らしくなってくる「大河ドラマ」に私はただ、唖然としたところです。
 処で、横内町に「来迎院」という寺が、寧ろ「横内幼稚園」の方が今では有名ですが、このお寺、「駿府城」を築城し、ここを終の棲家をした「家康」は、桶狭間での「義元の訃報」を知って、敵中を何とか潜り抜けて、故郷「岡崎」の「大樹寺」に逃げ込む。ここで大樹寺の住職から自立することを説教され、そこから新たな、しかし壮大な人生に挑戦するのであって、「義元を軽んじ、信長に尻尾を振った」元康ではありません。
 このあたりの歴史は多くの人の知る処であれば、いい加減な、出鱈目なドラマはいけません。
 全国の「大河ドラマ」ファンの溜息を無視してはいけません。
 さて、全くの余談になりますが、この「来迎院」は家康が2代将軍「秀忠」に「将軍職」を譲り、駿府城を終の棲家としたとき、自身の窮地を諭してくれた岡崎の「大樹寺」の住職への返礼として「来迎院」を建立され、その裏庭には「家康、お手植えの李(スモモ)の木」があります。更にその木の下に設えた「小さな池」に今、子供を連れた「カルガモ」が元気に活動しているとのことです。
以上、報告終わり。

2020/06/12

「大井川とリニア新幹線」を見て。

 只今、SBSテレビで「大井川」の水問題」を放映、これを見て、率直に言えば、十分に「納得」する内容でした。「川勝知事」県民のためにこれからも頑張ってください。
 扨て、川勝知事の指摘する処、将に「正鵠」を得たご指摘とおもいます。どうぞ、これからも妥協することなく、戦ってほしい、またこの番組を見た誰もが、理解し納得したことでしょう。
 私は昔から、「狭い日本、そんなに急いで何処へ行く!」を基本に考えていますので、愛知県知事の愚かしい「言い分」に情けなくなります。
 第一、この新幹線の莫大な建設費用は誰が持つのでしょう。仮に受益者負担の原則を実行した場合には「JR東海」利用する沿線住民が負担することになり、将来の「東海道線」の利用料金は他の鉄道料金より遥かに高額になる事、確実と思いますが如何でしょう。
は箆棒(べらぼう)な料金になるのではと心配します。

2020/05/31

学校の「9月入学」に慎重論。

 コロナ旋風に動揺してか、この際、「9月入学」に変更しては、という自称「知識人」の声がクローズアップしておりましたが、漸くこの馬鹿々々しい提言も大衆から疎外され、今朝の静岡新聞には「慎重論強まる」と見出しにある通り、全国市長会では8割の市区長が導入に反対、そんな中小池東京都知事は「甘らしく」、「社会改革の一つとして検討すべきだ」という。
 処で私は」「3月に卒業、4月は入学は」は日本の歴史が作った「決まり」であれば、アメリカやヨーロッパに媚びを売ることも、9月の新学期時代に備えることも、、さして日本の利益に繋がるとは思いません。
 暦はこよみ、ご都合主義で「変更」する事は止めておきましょう。
止めておきましょう 勿論、私は反対です。

2020/05/27

人心、愈々、狭くなりつつある。

 今朝の静岡新聞の1面トップに「黒川検事長、賭けマージャンか」の見出しで“コテンパン”に叩かれています。
 勿論、黒川氏の行動は、例え、気心知れた仲間うちであれ、「時期が時期、立場が立場」であれば、「不用心」この上なしの「軽率な行動」でした。
 詳細は今後に待つ処ですが、「麻雀」好きの黒川氏を「嵌(は)めるために仕組んだ罠」であったかもしれません。仲間の一人が「黒川氏と・・・」の言葉を聞いた新聞記者が、同僚まで「売ってしまう」悲しい根性に些か驚くものです。
 第一、仲間のマンションでの行為が、何故、新聞に漏れるのか、仲間の記者の「騙しうち」に思えてなりません。
 昨今、中傷し、裏切り、「自己中心主義」の輩の何と多きことかと愕然しました。
 「桑原、くわばら」の昨今ですね。
 
 

2020/05/21

秀吉の「幻の城」発見と今朝の新聞に。

 写真入りで秀吉の「キリ紋の金箔瓦」が静岡新聞の一面にカラーで掲載、更にその説明書きにはご丁寧にも「秀吉が最後に気付いた城『京都新城』」とあります。
 実は「駿府公園」内で発掘された城について、その瓦が金箔瓦が見つかったという事から、郷土史家が「秀吉の築造」と新聞に掲載、以って、「秀吉の築造」といい加減な情報が流されました。
 しかし、今日の新聞報道によって、「秀吉説」は否定され、駿府公園内で一昨年発見された城跡は、1580年代、未だ天下に程遠い徳川家康が自身としては初めて築造した「お城」であって、長い間の家康築造の「城」はこれで決まったと心密かに安堵しております。
 近年、歴史学者と地学者は所詮、分かりっこないと考えてか、いい加減な説をまき散らしております。ご用心、ご用心!

2020/05/13

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