天野進吾の一期一会|あまのしんご公式サイト

お世話になりました。
この4月をもって、選挙あるいは政治とお別れです。
長い間、ありがとうございました。
これからは、一市井の人となって、ひとり呟いていきます。

天野進吾のコラム(最新5件)

清水庁舎移転に絡む「住民投票」の認識の浅薄さ。

 8月4日に行われた「清水庁舎」移転にかかる「住民投票」の審議は市長サイドに立つ自民党、志政会、公明党の「反対」を以ってこれを否決した。
 勿論、署名運動に協力した殆どの皆さんは住民の心が届かぬことを予期しながら、「自分たちの街」の将来を憂いて住民運動に参加したのであって、そのことに市議会は先ず「心すべき」ではなかったのではありませんか・・・。 
 殊に近年、県内各地の自治体は積極的に「町作り」に首(こうべ)を巡らし、英知を絞り、浜松を筆頭に、様々な「地域の活性化のための描き」が行われれています。
 今、エコパ前のお濠を破壊し、堀の中に訳の分からない鉄骨の「舞台」を建設していますが、嘗ては「陸鷹」交番があったこの地域は「駿府の歴史を」築いた地域であれば、些かその発想に戸惑う処であります。
 一方では「今川・徳川」の歴史を展示すべく「葵文庫」跡地に歴史館を建設する企画も何故か取ってつけた「行政」にも思えるところです。
 

2020/08/10

この5月、コラムに書いた「カラスの巣」は昨日、撤去されました。

 昨日の朝、この5月に連絡のあった「カラスの巣」の件は今日撤去致しますと電話があり、午前中の内に跡形もなく「巣」はなくなっていました。
 5月に連絡し、早速、来てくれた、担当者は電動のエレベーターで巣を見たところ、詳細は聞いておりませんが、「ハンガー」を材料とする特有の「巣」の中には卵か雛か、これを見た担当者はこれを撤去するに忍びず、「連絡を戴きながら」と丁寧な言葉で状況説明をされました。
 そして、昨日、「ハンガー」を利用し作られた「カラスの巣」は一掃されました。
  

2020/08/09

「ⅠR」事業に絡む汚職事件は中国政府の企み。

2020/08/07

昨日の「登呂」から連想してこの市に「津波」は来ないという考え。

 私の主張・・・「この町は津波は来ない」・・・?。あれほど報道で「警戒警報」を発しているのに、「津波は来ない」などと「よくもいえる、この偽善者」と非難されるところでしょうが、私は以前より遠慮なく主張してきました。
 それは昨日の「登呂はアイヌ語」の中で披露しましたが、登呂遺跡が形成された時代、即ち紀元後1世紀の住居や生活様式、丸木舟、農業の痕跡が色濃く残存しており、これ即ち、紀元後の2000年の間、大きな「津波」がなかった証ではありませんか。
 2000m以上の深海である駿河湾の分厚い海水は「怒涛の津波」を創造し難いとことでしょう。何といってもこの駿河湾沿岸には津波に惨禍は殆ど聞いたことはありません。
 あの東日本大震災の際も、県下では浜松に凡そ1㍍の津波を観測したといわれ、この界隈では津波の観測はありませんでした。
 以前より海岸近く住む人々に、「そんなに恐れなくてもいい」と宮沢賢治の言葉を引用しております。
 政治の世界を去った今、私は兼好法師に真似し、「思う事云わざれば腹ふくるる思い」と、今日も素直に掲載させていただきました。

2020/08/05

「登呂」は「塘路」、アイヌ語の「沼地」を指す言葉です。

 長い間、「登呂」の地名に疑問を抱き、10年ほど前、県立図書館に「アイヌ語」辞書の存在を知り、早速、訪ねました。
 明治37年発行のその辞書を片手に、暫し沈思黙考。その結果、「と」は「沼」を表し「おろ」は「・・・処」とありました。即ち「トオロ」は「塘路」であって「沼地」を表す「アイヌ語」と知ったのでした。北海道の釧路本線に「塘路駅」が実在しています。
 爾来、この街には何と「アイヌ語」をもとにした地名が多いことか、例に挙げれば「駿河」は即ち「スルグまたはスルガ」と呼ばれた「鳥兜(とりかぶと)」、本市の山間地には今でも美しい『鳥兜』の花は容易に発見されるとのことです。
 本日は市内に存在する「アイヌ語の地名」を書き出す程の紙面がありませんので、省略しますが、実は最近、暇に任せて「駿河はアイヌ語」のタイトルで原稿をしたためておりますのでその内に。

2020/08/04

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