天野進吾の一期一会|あまのしんご静岡県議会議員公式サイト

古希を経過しても尚、意気揚々・・・

地方政治に携って50年、自らの信念に固執しながらも「大道」を歩んでおります。
昭和40年代の初め、徒手空拳の若者が情熱だけで政治の世界に挑戦したこの半世紀の歴史に、未だ「終り」はありません。年々、人口は減少し、都市としての潜在活力が失われていく時代背景の中で、数年前から提唱し続けてきた「日本平のカジノ構想」は、まさに本市が蘇(よみがえ)る「ラストチャンス」と位置付け、中傷に戸惑うこともなく活動しております。今暫く「この老兵」も消え去ることはありません。

天野進吾はどういう政治家なのか?

天野進吾

昭和44年の初め、たった一人でアメリカを訪問。昭和62年、45歳で静岡市長選に。誰もが「無謀な戦い」と制止する言葉を振りはらい、私は確信を以って駒を進めたのでありました。

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天野進吾の天野進吾的ココロ

進吾スコープ

天野進吾が視る。語る。今日のできごと。まつりごと。

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天野進吾のコラム(最新5件)

無責任極まりない「高槻市のブロック塀」

 ここに来て高槻市の教育委員会は全国から厳しい批判の的をうけております。
 勿論、まさかのうけておりますこの度の大地震によって「事の経緯」が暴露されるところとなりましたが恐ろしいことです。
 平成15年には、防災アドバイザーの講演があり、その際、講師は通学路を歩いて、当該ブロックの危険性を教頭に指摘されたとのことであります。更に、高槻市の教育委員会にも伝えたにも拘らず、職員がブロック塀を目視し、棒で叩くなど、お遊び程度に点検したようでした。
 恐らくこれから補償問題に入るでしょうが、高槻市の責任は相当のものになるでしょう。
 「地震は天災」と逃げることの出来ない「行政側の過失」は明らかです。
 「天災は忘れた頃にやってくる」寺田寅彦の言葉を今一度思い出してみよう。

2018/06/23

今日から6月議会が開催

 年4回の県議会本会議、2月、6月、9月、12月と四季毎に本会議は開催されます。
 その中で、6月議会は通常、予算を伴う、議案は少なく、公論乙論の激しい論議もなく、寧ろ平和裏に議事進行しております。今議会も恐らく、与野党が甲論乙駁するような対立するような議案審議もないと存じます。
 じっくり当面する県政の課題に臨んでも、政党同士の激しい論争はないでしょう。寧ろ長期的課題にじっくり対峙する時期でもあります。ことに来年の春は統一地方選挙を控えますので、人によっては精神的にも忙しい日々を過ごされる方もおられるでしょう。
 そこで私の事ですが、愈々、喜寿を前にして、先ずは自身の体調管理に努め、この夏を元気に突破していきたいと存じます。

2018/06/21

漸く衆院通過したカジノ法案。

 昨日、漸くにして「統合型リゾート整備法案」が自民・公明・日本維新の会などの賛成多数で衆院を通過しました。政府は今国会の会期中に成立を目指す処となった。
 それにしても反対する野党の幹部の中で、ここ10年ほど前の国会議員の推進メンバーのなかに何人ものお名前を見ております。
 立憲民主党など野党は「拙速に採決した」として今後「徹底抗戦」の構えをみせておりますが、一体彼らは何処を見て反対しているのでしょう。
 日本にカジノが誕生したら韓国カジノが行き詰る、日本のパチンコ業界も怪しくなる、隣国への優しい心配りは結構でしょうが、舞台は間違えないでほしいと願います。
 10年後、野党の心配は「杞憂」であったと知る事でしょう。

2018/06/20

ほとほと困ったもんです、トランプ大統領。

 静岡の近郊には「おだっくい」なる方言がありますが、アメリカ大統領のトランプ氏は将に最たる「おだっくい」と表現できる人間でしょう。
 勿論、何といっても彼を選んだ米国民に齎(もたら)される損害は計り知れない処になるでしょうが、その単細胞さは今回の米朝会談の経過の中にも恥ずかしいほどに現れております。
 そんな「おだっくい」に」新聞で「ノーベル賞候補」などとと茶化した結果、同盟国の意図などそっちのけで、「好々爺」を気取り、云いたい放題、お陰で日本など友好国には「いい迷惑」、全くトランプ政治は不可解極まりなし。
 恐らく米国内でも「その昔の選択は大きな過ち」と反省している事でしょう。
 策もない単なる「道化師」に権力を持たせた結果、間もなく米国民は「覆水盆に返らず」の諺を思い知るでしょう。そして日本にも・・・。
 トランプ大統領の馬鹿々々しき政治手法にがっかりしながら今日のコラムとしました。

2018/06/19

愕然、佃前伊東市長の逮捕劇。

 「元県議の佃弘巳収賄で逮捕」のニュースに驚きました。ご案内のように市長に就任する前に県議3期を務めたことからも、当時の優しい人柄は脳裡に刻まれ、市長に転出後も県庁内で会話する機会もあり、屈託のない人柄から、議員仲間にも嫌われるタイプではありませんでした。
 ですから「前伊東市長・逮捕」のニュースは私にとっては「青天の霹靂」、新聞で初めて事件の全貌を知り、愕然としたところです。
 正直、その行為は余りにも稚拙、彼を知る一人として、問答無用の「落胆」の一言です。
 嘗ては「談合」「情報提供」など議員と行政の癒着は絶えることなき噂の数々でしたが、最近は殆ど聞くこともありませんでした。
 私も首長経験者ですが、その当時から「議員の介在」は殆ど無かったように思います。
 長い間の伊東市政に貢献した業績は一朝にして「九仞の功を一簣にかく」の譬えに変えてしまいました。
 

2018/06/17

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