天野進吾の一期一会|あまのしんご静岡県議会議員公式サイト

古希を経過しても尚、意気揚々・・・

地方政治に携って50年、自らの信念に固執しながらも「大道」を歩んでおります。
昭和40年代の初め、徒手空拳の若者が情熱だけで政治の世界に挑戦したこの半世紀の歴史に、未だ「終り」はありません。年々、人口は減少し、都市としての潜在活力が失われていく時代背景の中で、数年前から提唱し続けてきた「日本平のカジノ構想」は、「大型豪華客船」まさに本市が蘇(よみがえ)る「ラストチャンス」と位置付け、中傷に戸惑うこともなく活動しております。今暫く「この老兵」も消え去ることは」できません。

天野進吾はどういう政治家なのか?

天野進吾

昭和44年の初め、たった一人でアメリカを訪問。昭和62年、45歳で静岡市長選に。誰もが「無謀な戦い」と制止する言葉を振りはらい、私は確信を以って駒を進めたのでありました。

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天野進吾の天野進吾的ココロ

進吾スコープ

天野進吾が視る。語る。今日のできごと。まつりごと。

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天野進吾のコラム(最新5件)

「サクラエビ」の不漁原因は富士川漁協にあり。

 今朝の静岡新聞の3面は、久しぶりに「痛い処」をストレートに突いた論調で、将に「正鵠」を得た指摘だと思った次第です。
 それにしても富士川漁協(山梨県身延町)の姿勢は我田引水のとんでもない論理と言わざるを得ません。
 「サクラエビ」の不漁は毎年、問題になりながら、一度として「富士川漁協」の裏切りと思える態度は遡上してきませんでした。
 日本軽金属から多額の補償金を受け取りながら、「堰堤(えんてい)で魚が遡上しにくくなっていることへの補償であって、濁りとは一切関係ない」と前組合長は嘯くのであった。
 だったらこの際、サクラエビの不漁の原因が「水質汚濁」であることを認めさせ、これまでの莫大な補償を求めたらいいと私は考えます。
 恐らく、日本軽金は由比漁協から、多額の請求が求められるでしょう。
 余談になりますが、「富士川、安倍川、早川」の呼称は全て、「かわ」、石狩川、信濃川、天竜川、淀川、熊野川など、日本の川の呼称は「がわ」です、しかし何故か静岡県中部にあるこれらの河川は、濁っておりません。どうぞこれからも「濁りのない川」として大事にお守りください。

2019/06/24

途中ながら、久しぶりの成績、頑張れ 「表純子」

 明日が決勝だが、久しぶりに「表純子」選手が只今、10位以内にランクされています。
 何と云っても出場選手の中では最年長、私と同じ2月2日生まれの00歳、今年は中々決勝にまで進めずでしたが、今見れば「スリーアンダー」ランクも一桁、パソコンを開いて本当に驚きました。
 頑張れ!表純子選手!・・・・。

2019/06/22

憲法改正について一言。

 屡々、「憲法」問題が新聞を賑わす昨今、特に野党の皆さんに申し上げたいことをこの際、赤裸々に申し上げます。
 「憲法改正反対」は野党勢力の金科玉条のお題目、国民に向かっても「問答無用」の姿勢には呆れ返るところですが、この際、チョット小休止して聞いてください。
 敗戦によって齎された憲法は正直言って、自主憲法とは言い難い法律を進駐軍から押し付けられ、これまで後生大事に守り続けてきました。勿論、進駐軍の置き土産だから云々などと云うつもりは毛頭ありませんが、何時までも「憲法改正反対」のシュプレヒコールは見っともないところです。
 ご存知の通り、敗戦国ドイツの憲法改正は既に58回を数え、フランスまた27回実行しているのです。しかも両国の改正手続きは日本の場合のと比べ遥かにその条件は厳しい処です。
 近隣諸国の動向には全く見向きもせず、恰も宗教人のお題目のように、聞く耳持たず「反対」
「反対」をぶち上げる日本の野党には些か呆れるところです。

2019/06/19

何だろう?と、不図、見れば外堀に作業員。

昨日、セノバの向かい側を歩いていた折、お堀の中に人が見えた。立ち止まって、堀の中を見れば工事用の道具が置かれている。
 思えばこの角地はその昔、「熊鷹交番」の名称で木造のちゃちな交番がありました。勿論、そのことを知る市民は今では殆どいないことでしょう。
 「熊鷹」とは鷹狩りに使用する鷹の種類の呼称で、家康はこの界隈に生えていた鎮守の森を利用して鷹狩り用の鷹の訓練をしていたとの事です。そこからその周辺を「鷹匠町」と呼ぶようになったのでした。
 私が見た工事は人々が集うことのできる場所を造る目的というのです。
 聞けば近い将来、青葉小学校の跡地に「郷土史の展示場」を作るので、これを見に来る多くの人々のために今回の建設工事は必要だという。
 正直、駿府城の外堀の石垣を潰してやる仕事ではないと私は考えますが。
驚きました。その昔、「陸鷹(くまたか)」交番があった場所に、何やらに建設工事が行われている。
 まさかと思いつつ、お濠を臨めば、何人かの建設作業員が、仕事中。
 ”まさか!”と思いつつ、足を止めて堀を臨みこめば、既に作業は相当に進んでいた。
 一体、市役所はこの石垣を何と思っているのか。駿府城の一部ではないでしょうか。
 「陸鷹」とは家康が鷹狩りに使った鷹の種類をいい、その昔、セノバ周辺には鎮守の森があり、そこで家康が「鷹狩り」の訓練していたところから、命名された地名された地名であり、「鷹匠」のもとになったのでした。

2019/06/12

「駿河」は「するぐ」、「トリカブト」を意味するアイヌ語です。

 以前から「アイヌ語」に関心をもって、折に触れその種の勉強をしてきましたが、ここにきて有り余る時間の中で、今一度、アイヌ語勉強を始めようかと考えております。
 タイトルの「トリカブト」が「駿河」の語源と言えば、「何・・・それ?」と思われるでしょうが、今でも「トリカブト」は安倍奥、特に井川方面には自生しております。
 数千年前、人々はその「トリカブト」から抽出した「毒」を「矢じり」や「武器」に塗り狩猟していたのでした。人々はその毒を「するが、又はするぐ」と呼称し、のちになって、そこから「駿河」の地名が誕生したといわれております。
 「登呂」の地名は「塘路」がもとではないだろうか。「塘路」とは沼地を意味し北海道の釧路湿原の中に「塘路」という地名が今でもあります。この「塘路」と「登呂」はともに沼地を意味しております。
 最近、特に関心を抱いている地域が伊豆半島です。「あらり」「めら」「うぐす」など明らかに日本語ではありません。「戸田」と書いて「へた」、「土肥」と書いて「とい」、専門書によれば「と」は接頭語で、「ひ」は川のある場所の意味、「へ」は海辺を表し「た」は場所を示す接尾語だそうです。
 「安良里」「妻良」「宇久須」など明らかに敢えて漢字を当てはめた地名ですが、伊豆には多くのアイヌ語をもとにした地名が残存しております。
 アイヌ民族こそ縄文時代を築いた日本人だと私は考えております。

2019/06/09

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