天野進吾の一期一会|あまのしんご静岡県議会議員公式サイト

古希を経過しても尚、意気揚々・・・

地方政治に携って50年、自らの信念に固執しながらも「大道」を歩んでおります。
昭和40年代の初め、徒手空拳の若者が情熱だけで政治の世界に挑戦したこの半世紀の歴史に、未だ「終り」はありません。年々、人口は減少し、都市としての潜在活力が失われていく時代背景の中で、数年前から提唱し続けてきた「日本平のカジノ構想」は、「大型豪華客船」まさに本市が蘇(よみがえ)る「ラストチャンス」と位置付け、中傷に戸惑うこともなく活動しております。今暫く「この老兵」も消え去ることは」できません。

天野進吾はどういう政治家なのか?

天野進吾

昭和44年の初め、たった一人でアメリカを訪問。昭和62年、45歳で静岡市長選に。誰もが「無謀な戦い」と制止する言葉を振りはらい、私は確信を以って駒を進めたのでありました。

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天野進吾の天野進吾的ココロ

進吾スコープ

天野進吾が視る。語る。今日のできごと。まつりごと。

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天野進吾のコラム(最新5件)

長野県・井戸尻考古館見学を企画中です。

 「井戸尻遺跡」をご承知の方は少ないでしょう。日本国内には数多くの遺跡がありますが、門外漢には関心の無い世界か、この遺跡も長野県外の方には殆ど知られておりません。
 本市の「登呂遺跡」ですら、嘗ては社会科の教科書の冒頭に「日本の曙」と取り上げられていましたが、その後の研究、発見などにより、訪れる人々も激減しております。
 そんな中、敢えて隣県の「井戸尻考古館」を訪ねる企画が仲間内で誕生した裏には、井戸尻遺跡が凡そ5000年前の縄文遺跡であり、更に井川にある割田原遺跡はじめ川根方面の遺跡と交流があったと考えられるからであり、遅まきながら当時の「文化」を、見たい知りたいと思ったからです。
 井川にある「割田原」遺跡はその昔、発電所建設の為にその一部は水没しましたが、未だ多くの「縄文文化」が発見されております。
 例えば、当時、動物を射る弓の矢の先には今でも地域に群生している「猛毒のトリカブト」が使われていました。
「トリカブト」は今でも安倍奥には群生しておりますが、そのトリカブトはアイヌ語では「スルガ、またはスルグ」と発音され、ここに「スルガ」の語源になったと私は考えます。
 こんなこと、書き出したら切りがありませんので、「アイヌ語」については異常、失礼します。

2018/10/16

初めての経験、パソコンの故障ではなく、私の技能の未熟から。

 久しく「コラム」を休んでいましたが、たった今修繕が終わり、即刻書き出した処です。
 休みの原因はパソコンの故障にはあらずして、偏に私の未熟なる技能がもとに、生まれた悲しき故障、しかも自力では修理不能ゆえの出来事でした。ために生まれた小休止でした。
 たった今、息子が「ああやれ、こうやれ!」の手荒い指導で時間はかかりましたが漸く、元に戻りました。
 さて、昨日は親しい知人の」「R&O」の20周年事業がグランシップで盛大に開かれ、記念の「出し物」も魅力的でしたので、家内共々出かけて参りました。
 記念セミナーは3部に分かれ、「リハビリ専門医からのメッセージ」そして「イルカ」さんのライブ、最後は「林家木久扇」師匠の落語でした。
 一言で評すれば「最高傑作」の催しでした。殊に驚いたのは「笑点」の木久扇師匠、実物を初めて見ましたが、久方振りの「話芸」をご披露頂き、聴衆は只々笑いの連続、大満足のひと時でした。
 僅か20年前、国1沿いに誕生したあの施設が、その後ひたすら突っ走って今日の「静岡リウマチ整形外科リハビリ病院」に成長したのでした。今後益々の飛躍とご繁栄をお祈りお致します。

2018/10/15

女性社長比率6%と低水準。

 今朝の静岡新聞に「企業のトップ」が女性の比率は、、静岡県は何と全国で43位であると掲載されています。
 民間調査会社の「帝国データバンク」の調査によりますが、恐らくこの記事を見た殆どの方も、「なるほど」と同感したことでしょう。同時にその数値は本県の県民性を如実に表していると誰もが思ったところでしょう。
 やる気のない「マーマー」主義、「煮えたら食わず」の他人任せ、自己主張をしないことを誇る性格など、将に「天下泰平」を骨の髄から沁み込ませてしまった静岡人には「太平の世」にこそ、その存在が発揮される特色を持つ県民性であります。
 自らが積極的に挑戦することなく、「台風」の過ぎ去るのをじっと待つ「我慢の姿」は決して褒められる姿ではないのですが・・・。

2018/10/11

李明博元韓国大統領に懲役15年の判決。

 李大統領の末期、よせばいいのに、独り日本海に浮かぶ島「竹島」に飛び移り、子供のように領土権を主張した見苦しい姿は、今なお鮮明に私の脳裡に残っています。
 殊に小さな漁船から突き出た岩礁に飛び移り、子供のようにはしゃいでいた姿は限りない反日意識を思わずにいられませんでした。
 その見っともない姿から僅か5年、この度ソウル中央地裁は李明博氏に「懲役15年」の判決を言い渡したのでした。
 それにしても、何故、韓国の歴代の大統領の多くが、時に殺され、或いは自殺、更には今度のように裁判で重罪に処せられのでしょうか?
 政治に携わる一人として甚だ残念なことです。

2018/10/10

「藤村」詩集と私

 聊か気障なタイトルですが、一筆啓上。
 過日の文化祭の中での「私のスピーチ」をお聞きになった方には、その中に「島崎藤村の若菜集」の冒頭の言葉は、何と‟センチメンタル”なと驚かれた事でしょう。
 その際に申し上げましたが、正直言って「藤村詩集」は「高校時代の私のお友達」でした。
 勿論、私自身は「文学青年」とは程遠い処に生きておりましたが、何故か「藤村の詩」には愛着を覚え、爾来、脳裡にそのいくつかが暗記され、口ずさんでいた処でした。
 その若菜集の冒頭のことば「遂に新しき詩歌の時は至れり。そは美しき曙の如くなりき・・・」
 恰も清水港に新たな光明、即ち「ゲンティン香港」の本格参入に思えたのであります。
 これまで、殆ど行政の手立てがなかった「日本平」に新たな光が舞い込んできました。
 家康が根城としたこの駿府は確実に「日本を代表するアミューズメント都市」に、その姿を変えているでしょう。

2018/10/09

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