静岡県議会議員 天野進吾

 愈々、予定された知事選が告示されます。この知事選と都議選が引き続く衆議院選挙の展望を占う材料とも言われておりますが、総じて厳しい環境の中にあると云えるでしょう。この後、本県では衆院選・参議院の補選と続きますが、率直に云って自民党にとっては将に危機存亡の時、麻生総裁にもしっかりして欲しいものです。

天野進吾-トピックス

 トピックス一覧のページへ

天野進吾-コラム

7月2日 県知事・東国原英夫と作家・島田清次郎に見る 
 東国原知事が自民党を選んだ理由として「民主党は次期代表選で私を選ばないだろう。自民党総裁になる可能性、確率は高い」と説明し、更に「僕が行けば負けない」と政権交代を阻止できると断言した。
 この新聞記事を見ながら私は作家・島田清次郎を思い出した。大正期、「プロレタリア」と呼ばれる金沢の貧民街に生れ育った島田清次郎は二十歳(はたち)前後で自伝的小説「地上」を書き上げ、これが幸運にも新潮社から出版されるや一気に日本国内を席巻したのであります。将に時代の寵児と騒がれた清次郎は「有頂天」になっていきました。
 しかし、その後発刊した「地上2・3・4」は彼の傍若無人の行動と相俟って文学界から「弊履(へいり)の如く」捨てられ、数年後、誰に看取られることなく精神病院で死んでいったのであります。
 驕るな東国原英夫、所詮三枚目の役者からのデビューであったことを忘れることなく、その持ち前の「才」を謙虚に堂々と生かして頑張って欲しい。今暫くは宮崎県知事として。
 

7月1日  早くも迷走の半年は過ぎました。 
 年取った証拠か、月日の経過は本当に早いもので、今日から年の後半に入ります。
 年初の私のホームページには麻生内閣の「自爆と総選挙後の下野」について書いておりますが、思い返せば、昨年の暮、私達の当初の小さな期待が裏切られて以来、麻生内閣もよくぞこれまで厳しい世間の風に耐えられたものとホトホト感心致します。
 愈々、任期満了を間近にして、進退極まったと思いきや、宮崎のタレント知事の登用を思いついたのでした。
 しかし、取って付けたこのシナリオは決して自民党にとって「海路の日和」にはならないでしょう。

6月30日  町の薬屋さんも消えていく 
 小泉内閣の政策の中で「規制緩和」の4文字ほど日本経済に大きな間違いをもたらしたものはありません。当時の新聞はすべからく、「自由経済」の社会にあって「規制は無き」をもって正解とする風潮にあふれ、これを批判する政治家は皆無でした。
 爾来、大店舗法は形骸化し、零細な商店は潰され、酒屋も米屋も看板を外し、店先に独り座っていたタバコ屋のおばさんの仕事までもコンビニに奪われていきました。そして今、ちょっとした医療相談相手の薬屋さんも廃業の道に誘導しているのであります。薬がコンビニで買えることが本当に「是」でしょうか、便利がそんなに大事でしょうか、皆で考える時が来たと思わずにはいられません。

6月29日  地が出た東国原知事の迷走 
 前知事の汚職によってチャンスを得た東国原知事はその任期半ばにして早くも新たな転身を準備していると云う。宮崎県民にとって、貴方は単に「宮崎ブランド」のCMタレントにしか過ぎなかったのでしょうか?
 率直に言ってその破天荒振りは宮崎県民の期待であり、全国の田舎から見れば垂涎の的でもありました。
 ならばせめて任期一杯、地方自治の勉強と抱えた行政上の問題点を充分に把握して国政の壇上からこれを質すと言うなら理解もできましょう。それには余りにも「唐突」過ぎて納得できるものではありません。

6月27日  自民党のマークは象でした 
 昨日の朝、推敲を重ねての名文をホームページに掲載すべく「更新」ボタンを勢い良く押したところ、原稿は瞬時に消えていました。こんな馬鹿げた行為は何時まで続けるのか阿呆らしくなって外出してしまいました。
 さて、黄昏(たそがれ)の自民党にそれでも僅かな期待をもって、努力しているのであります。大学生時代に入党しましたから党歴50年になんなんとする間、自民党の党員として極めて朴訥に貢献してきたものと考えます。
 嘗ては、自由経済を旨とする自民党、社会主義を標榜する日本社会党、マルクス・レーニンの共産社会を目指す共産党など目標が明示されておりましたが、何時の間にか「玉虫色政党」にノンポリ連が住み込み、1億ブランド化の様相を呈してきました。
 今朝のテレビでは、不況下に喘ぐインド経済を取り上げる中、某観光地が思いついた「窮余の一策」が映し出されておりました。インドと云えば象です。しかし象では客が喜ばない、そこで象の鼻から顔から尻尾までを黒い布で被い、目の周辺などを白く描いて巨大なパンダを作り出し、子供らの人気を博していました。
 そういえば、自民党のマークは50年前から「象」でした。

6月25日  政治も変だが報道も可笑しい 
 一昨日、自民党の古賀選対委員長が東国原知事に面会、その折の両人のやり取りが昨日のスポーツ新聞のトップに大きく報道され、余りのバカバカしさに愕然としたのであります。
 大見出しの活字は東国原知事が「自分を総裁選にしてくれるなら、衆議院に廻ってもいい」との言葉でありましたが、しかし時間と共に、この表現は新聞記者の勝手な判断と売らんかな精神による「ペンの走り」が招いた創作内容であることが判明したのでした。
 今朝のの静岡新聞に掲載された週刊文春と新潮の広告内容は将に「政治の漫画化と有名人の秘密の暴露」に終始していると云っても過言ではありません。
 週刊誌と云えど天下の公器であれば、その姿勢を改めてもいいのではありませんか。

6月23日  「カジノ構想はどうなりましたか?」 
 昨日も静岡市議から【カジノはどうなっているでしょうか?】と問われ、私は現在の政治環境から小休止している旨、回答しておきました。昨年の秋以来、国はもとより県内も同様の体制不安の中であれば、「カジノ」という近寄り難い「飴」を公に標榜するほどの勇気と機会を持てないまま時間が経過しております。そんな折の市議からのお尋ねでしたので、これを好機と静岡市議団の中に「日本平カジノ誘致議員連盟」を立ち上げてもらうよう要請しておきました。
 ご案内のように、裾野に予定するポートピアの建設はお隣の御殿場市を巻き添えに、愈々混乱の真っ只中にあることを思えば「カジノ」誘致など必死の覚悟を決めなければいけないでしょう。諸外国のカジノ都市に共通する出発点は皆、「風紀を乱し、青少年に悪影響をもたらす」のシュプレヒコールの嵐であったという。

6月22日  愈々、中盤戦に突入の県知事選挙 
 それにしても、「関係者」だけが踊っている選挙戦です。
 その原因は通常なら半年前には候補者が出揃い、それぞれの地盤・組織を動員、激しい運動が展開されているはずであります。ご案内のように、今回は知事の5選出馬の声明が本年3月と切羽詰っての事で、そのため各党の対応も押っ取り刀で準備に奔走、殆ど県民不在の謗りのなかで今日を迎えてしまったのであります。
 選挙公報など夫々の候補者の主張にも時間を掛けての公約も見られず、あまつさえ有権者に「媚」を売るが如き提言すら見られます。今回も某候補のマニヘストには「知事給与を3割カットする」など名古屋市長ばりの「あほらしき」提言がありましたが、これも最近の、屡々、見られる有権者向けの甘言のひとつです。
 処で知事の給与をご存知でしょうか、月額131万円です、これが本県の最高責任者の報酬として妥当な金額でしょうか、勿論、金の多寡で出馬する訳ではありませんが、地方銀行の役員にも及ばない現今の知事の給与は果して高いものとお考えのことでしょうか?

6月19日  オウンゴールによる点の取り合いの与野党 
 漸く自民が首を長くして待っていた小沢氏と西松建設の関りが今日の東京地裁で暴露されました。「天の声」とは昔懐かしい業界用語ですが、或いは東北方面では今尚健在している語彙かもしれません。四半世紀前には私達の周辺でも屡々耳にし、「天の声」をはじめ「談合」「話し合い」など業者間の取り決めは大事でした。更に業者の言を借りるなら、それは「生き残る」ための方便であり、反社会性の行為という意識は微塵もありませんでした。
 しかし、現代では許されません。何故ならこれを禁止する法律があるからです。
 小沢さん、やっぱり不味かったですね、これまた御名御璽、代表を降りていて民主は助かりました。

6月18日 愈々、知事選挙が始まる。 
 この度の知事選は本来関わりのない筈の要因が意外なほどに影響し、これが当落を決定するのではないかと感ずるのであります。例えば、テレビ新聞では近々行われる総選挙を窺う材料であるとか、また名古屋・千葉などの市長選挙で自民党が3連敗してきた風が静岡ではどのように吹くのか、将に全国区の話題を提供してきたのであります。しかし、それ以外にも昨日行われた党首討論の惨めな麻生総理の姿は、率直に云って与党自民党に厳しい逆風となって襲ってくるでしょう。殊に地方選挙において自民3連敗の報道は確実に「民主有利」に働くと考えます。何故なら総選挙に向って、都議選を含めて地方選挙5連敗は判官びいきの日本人に恰好の溜飲材料であると思うからです。
 さて、現時点では3候補の中で、誰が有利かは全く判りません。

6月16日  連想ー日本水産の「ズワイガニ」表示から 
 日本水産の冷凍商品「ずわいがにコロッケ」のズワイガニは安価な「紅ズワイガニ」であって、公取は直ちに排除命令を出したと今朝の新聞に掲載されている。ズワイガニが松葉ガニと呼ばれ超高級な食材であることは夙にご案内の通りである、それ故今更の思いも致しますが、やはり駄目は駄目でしょう。
 そんな陳腐な記事を見ながら、自由民主党と民主党の名称に思いを馳せました。元はと云えば自民党の枠から飛び出した議員や、政治家になりくても自民党には入る余地がなく、仕方なく民主党に籍を置いた方々の集団が、立て続けの自民党のオウンゴールに得点し、今や言いたい放題の秀吉振りです。
 もって【「紅」ずわいがに】も国民の信頼を失う寸前に至ったのであります。

6月15日  千葉市長選挙は当然の帰結 
 負けた自民党の細田幹事長の「KY」には些か驚かされます。更に「前市長が収賄で逮捕されたのであれば、仕方がない」の発言はこれから総選挙を迎える党の代表たる意識を微塵にも感じません。これまでも千葉市の場合、市長候補は時の副市長が受けてきたとのことですが、贈収賄事件の市長の下で勤めてきた副市長はないでしょう。余りにも市民感情を無視し、また短絡過ぎる候補者の選択と云わざるを得ません。
 さて、これから31歳の市長のお手前を拝見させて頂きましょう。
 処で民主党は選挙戦術の一つとして若年候補を各種選挙に擁立して参りましたが、一つ心配があります。民主党は恰も30年前に建設された「団地族」になってしまいます。今は若くて活気もあリ、団地運営も順調でしょうが、10年、20年経てば即ちお隣、ご近所、皆、年寄りという「政党」となってしまうのではありませんか。余計なお節介ですが序に申し上げておきます。

6月14日  政治不信と政治家への信頼 
 今朝の静岡新聞に世論調査会が行った調査結果が掲載されている。もとより想像した通りの結果であり、「政治に不満」83%「政治家を信頼していない」76%は正直に云って悲しき日本の姿であります。
 40年程前、私は独りでアメリカの主要都市を1ヶ月かけて旅をしたことがあります。 英会話はもとより不十分、そのためにアンケートを自作し、これを携帯、様々な人々と接触して大衆の声を直接聞いてきました。そのアンケートの第一は「ベトナム戦争の是非」に始まり、「徴兵令」が来た時の対応、「政治家への信任」など国民の政治への「関心と信頼」を聞き出したのでした。
 そして解ったことは、米国民は日本人にくらべ遥かに政治を自分のものにしていると言うことであった。
 ジョン・F・ケネディの大統領就任演説も政治的土壌があればこそ理解出来る言葉でありました。
 話は戻って、日本人の非政治性は若しかしたら、「否定を基本とする報道」の影響とも私には思えるのですが如何でしょうか。

6月13日  嗚々、いよいよ御名御璽か、自民党 
 昨日のこのページでは「衣川の戦い」を譬え話として引用しましたが、今日は中国の諺である「泣いてばしょくを斬る」が新聞・テレビにも採用されております。
 鳩山総務相を更迭した今回の騒動が、諸葛孔明の「ばしょく」を斬る場面に相当するか否かは解りませんが、いずれにせよ、2日にわたって日中両国の比喩の利用は悲しき自民党の実態を譬えたものです。
 これまでに「西川問題」が硬直してしまった原因は総理の優柔不断な姿勢にほかなりません。そしてこの締り無き性格が最も政治判断を必要とする解散・総選挙の時期を逸してしまったのでした。
 近く迎える総選挙に対峙する全国の衆議院議員のお心はいかばかりかとお察し申し上げます。アゲンストの風は愈々強くなるばかり、自民党の大敗は最早避けられない状況と云わざるを得ません。

6月11日  我が自由民主党の明日の姿か 
 何故か、遥か昔の、しかも漠然たる記憶の中であれば、勘違いもありましょうが、今、何気なく高校時代の日本史の授業の際、聞きかじった「衣川の一戦」を思い出したのであります。
 当時、私は所詮作り話、後世の人間の創作だろうと思いながらも和歌の趣旨に惹かれて覚えておりました。
 「年をへし糸の乱れの苦しさに、衣の盾は綻びにけり」・・前九年の役において源頼義・義家父子が奥羽の豪族安部氏を討伐した際の秘話・・・義家は必死で逃げる安倍貞任を追いつつ、その背中に向って「衣の盾は綻びにけり」と勝利を確信して叫んだのでありました。その時、馬上の貞任は「年をへし糸の乱れの苦しさに」と上の句を返したのでした。
 戦いの真っ只中、例え歴戦のつわものといえど、そんなゆとりはあろう筈がありません。がこの一場面を得意気に話す教師の言葉は脳裡に刻まれて50年間を経過しました、そして今、初めて文章の題材にさせて頂きました。
 処で今の自由民主党もどこか「衣川」に似ていると思いませんか。

6月10日 「17年度に消費税12%」の見出しに驚く
 解散総選挙を目前としている今、聞きなれた「10%」超の数値を切り出す麻生総理の政治感覚に与党の私ですら心配になります。率直に言って現行の「消費税5%」は韓国の半分、ヨーロッパ諸国の4分の1の低さでありました。このことは国政にあっても、殆ど論じられてきませんでしたが、12%となれば野党の総攻撃は免れません。
 序に昨日、総理は都議会選挙事務所を訪れ、候補者のご子息を見ながら【「親の背中を見て子は育つ」というから「世襲結構、がんばれ」との自説を説いていた】と新聞に書かれています。私も「世襲」については、有権者側の判断であって非難する気はありません。 しかし、麻生総理には言われたくはありません。吉田総理の孫と云うだけで衆議院議員に当選し、吉田総理とは裏腹に、周囲にはおべっか使って階段をよじ登り、その間無教養さを暴露することなく、戦後政治の英雄・吉田茂への国民の熱い思いが、全国の党員票となって総理の椅子を得たのでした。これぞ、将に世襲の代表と云っても間違いないでしょう。

6月8日  厳しい自民党への風 
 今朝の静岡新聞には愈々、迎える総選挙の予測が書かれておりました。勿論内容について精査するまでもなく、厳しい予測は私自身、肌で理解できます。しかしそれにしても自民党の衰退は恐ろしい限りです。その原因は言うまでもなく、昨年来の大臣を初めとする愚かしい与党議員の言動に他なりません。更に総理自身の「盆」を読む能力の無さが重篤にさせてしまったのであります。誠に残念なことです。
 そんな折、二匹の鳩が「血は水よりも濃い」の諺を裏打ちするように企んでいます。
 私自身、何時の日か変な兄弟の「手打ち」式があるだろうと案じておりましたが遂にその時が参りました。西川日本郵政社長の更迭も当初からの作戦であったと考えます。
 昨年の麻生内閣誕生時、私はこのホームページで指摘しておきましたが、自分に跪く人間ばかりを身の回りに置いた無責任さが今日を招いたのです。
 返す返すも民主・小沢代表の時代に解散、総選挙を実施していれば、こんな事態にはならなかったでしょう。

6月6日  嬉しくないニュースが新聞に 
 今朝の静岡新聞には余り嬉しくない記事が掲載されていた。
 その1、川勝氏の知事選出馬の表明は予定通りだが、二面の記事では民主党本部が、立候補を予定している海野徹氏の出馬を抑える算段を覗かせている。例によって策士・小沢前代表の発想のようだが、何ゆえに離党している海野氏に、出馬辞退を促そうとするのか、勿論民主党の一本化と川勝氏への集票のためであることは理解できるが、間違ってもお土産付きの辞退斡旋であってはなりません。寧ろ堂々と戦うことが県民の期待でしょう。
 その2、前日にスタートした富士山静岡空港は心配なことに天候不良で欠航が相次いだのである。以前私の知り合いが当該地は霧が心配だと嘯いていたことを思い出す。どの程度の濃霧であったか解りませんが、安全策として2本の出航と2機の着陸を回避したと報道されている。更に中国東方航空の日本支社長は定期航空の維持について厳しい観測を述べており、心配この上ないところである。

6月5日  「満席に翼誇らし一番機 苦難の日々も遥かな空へ」 
 静岡空港の開港に際して歌った石川知事の短歌は20年の長き歴史と折々に去来する思いを素直に言い表しているでしょう。「本当にご苦労様」
 昨日、富士山静岡空港は開港いたしました。幸いまずまずの利用状況に関係者は胸を撫ぜ下ろしたところででしょう。
 用地買収の難航、国内経済のバブル崩壊、報道機関の嘲笑的非難、伴って広がる建設反対運動の台頭、こうしたこにより平成15年の完成予定は大きく遅れ、更には小さな瑕疵から2500㍍の滑走路は短縮を余儀なくされるなど、県政最大の建設事業は終始苦労の連続でした。されば石川知事の歌にあるように、満席をもって静岡空港が内外にその存在感を誇示できるよう関係者の一層の奮起に期待します。
 「ホームページ」をご愛読頂ける方にもこの際、空港のご利用を期待します。

6月3日 「病膏肓(やまい、こうこう)に入る」、総裁選の前倒し提案 
 「一体何を考えているのか、自民党の幹部」この期に及んで今尚、麻生降ろしか。
 今朝の新聞には「総裁選の前倒し実施を実現する会」への呼びかけが町村派の無名の代議士から発信されたとある。
 ヤクザ用語で「盆暗」という言葉があるが、要は流れが読めない人間をいう。一体「総裁選の実施」など考えられる状況にあるでしょうか。目前に迫る解散総選挙となれば、残念ではありますが自民党の政権維持は殆ど不可能としか私の目には映りません。「首謀者山本拓代議士」の選挙区はそんなにも優しい方々ばかりですか。
 総じて今日の自民党は余りにも長い太平楽の世に親しみ、何時しか、村山・細川政権時代の屈辱をお忘れになってしまったようであります。
 「病膏肓に入る」とは中国故事で「不治の病」に罹ったことを言う。

6月2日  明後日は静岡空港の開港です 
 石川知事はもとより空港に関わりをもった多くの人々にとって、ここ数日は「感慨」の日々でありましょう。当然ながら私も開港後の利用に深く関心をもって臨んできました。
 例えば沖縄に住む娘が帰省するに当たり航空機の予約をすれば、その状況を聞く、或いはインターネットで他の航路の予約状況を調べるなど、利用状況に関心の日々でもあります。 それでなくても、世界経済の厳しさを反映して、わが国の殆どの空港は赤字に陥っているとのニュースを耳にします。
 開港間もなく「みのもんた」をはじめ週刊誌等の娯楽報道の餌食にはされたくありません。
 そんな折、今朝の新聞にはFDAのチケットの発売状況が掲載されておりました。一言で「出足は好調」の寸評に何となく嬉しく思ったところです。

5月30日  粛々と進む坂本選対、しかし不安が・・ 
 今日は自民党の総務会、ここで正式に自民党の推薦候補としての手続きが行われます。
 極めて限られた選挙日程であり、一方では自民党に厳しいアゲンストの風が吹いている最中、坂本候補の前途は決して安穏とは云えないでしょう。
 そうした中で今朝の新聞では静岡文化芸術大学の川勝平太学長がこれまでの姿勢を一変させ、6月5日に正式回答をすると言う。
 率直に言って、その趣旨極めて理解し難く、第一、周囲の厳しい空気の中で県政を慮(おもんばか)って、川勝氏を推戴した方々の心を彼自身、どのように感じているでしょうか。
 諺に言う「六日の菖蒲(あやめ)」になりはしないでしょうか。

5月29日  これをもって畿内説が九州説を凌駕か? 
 江戸時代より続いていた邪馬台国の所在地抗争は奈良・箸墓古墳の築造期が炭素による年代測定法によって、これが「卑弥呼」の死亡時期と一致することから、恐らく長い論争にピリオドが打たれるものと思います。
 私も歴史は好きです、殊に古代史は夢の世界であり、敢えて言うなら「結論なき」をもって正解と云うべきでしょう。以前「明石原人」についてこの欄で書いたことがあります。30年前の友人の結婚式の引き出物はあの分厚い「広辞苑」でした。その時の広辞苑には明石原人について具体的に明示されておりましたが、今の広辞苑には項すら出ておりません。何故か淋しい思いを禁じ得ません。同様に邪馬台国論争も近い将来消えていく運命でしょうか。

5月28日  大山鳴動するも坂本氏と海野氏の争いに 
 昨日、漸く坂本氏の出馬表明がありました。3月の石川知事の辞任声明に始まって県政は混迷しながらも、今漸く方向が決定しました。この上は相手を見縊(みくび)ることなく7月5日に向って邁進してください。
 さて愈々今日は「天野進吾と創る文化祭」です。勿論、企画の目的は私の後援会活動に要する資金の捻出ではありますが、ご参加の方々にはご満足のいただける出し物を準備しております。
 さて、今年は本県が国文祭(国民文化祭の略)の「当番県」です。国体のように年毎に各都道府県を輪番で実施されておりますが、何故か毎年同様の企画で展開されています。
 英知を込めた「これが静岡の文化だ」と云う奇想天外の出し物はないでしょうか。

5月26日  始末の悪い駄々っ子の核実験 
 「これまでは駄々っ子振りが功を奏し、安全と平和を第一義とする諸国から折にふれて美味しい土産を戴いた。しかし最近に至って、世界はどうも自分達に冷たい、また理解者でもあったノムヒョン前韓国大統領の突然の死も悲しいことである、一方自分の体も甚だ芳しくない」・・・私と同年齢の金正日君は考えました。その結果思いついた策は、ミサイルを3発を発射と、更には究極の恐喝手段として「これがある」と地下核実験をやってみせたのである。
 ほとほと情けない根性である。この際ロシアも中国もすっとぼけて「知らぬ顔の半兵衛」を決め込むしかないでしょう。駄々っ子には無視することが最善の手段である。

5月24日  禍根を残すノムヒョン前大統領の自殺 
 金大中元韓国大統領のご子息が逮捕、拘留されていることはご案内のところです。
 昨年来、その金大統領の後継ノムヒョン氏のご夫人が警察当局に取り調べられていることについて、4月13日の私のホームページにも記載してあります。処がまさか、ノ前大統領自身が自殺するとは・・・驚きであります。
 韓国では政権交代の後、必ず旧政権時代の「闇の部分」が穿り出される、先の金大中氏の場合もご子息が逮捕されているが、この泥仕合の起因の一つにこれまで私も深く考えずに提唱してきた所謂「大統領制度」という権力機構にあるのではと考えさせられます。この際改めて議院内閣制の総理と絶対権力の大統領の違いを勉強してまいります。
  韓国の立志伝中の代表ノムヒョン氏の突然の死に心より哀悼を捧げます。

5月22日 「弱り目に祟り目」の静岡空港 
 6月4日、待望の静岡空港の開港に、このインフルエンザ騒ぎは将に「祟り目」に他なりません。
 昨年来の未曾有の経済不況下、その余波から国内航空需要は一気に下落、4日の開港日すら満席にならない状況下でしたが、更にこの度のインフルエンザ騒ぎで、相次ぐ予約取り消しなど厳しい状況に陥ってしまいました。
 今朝も、友人からの電話で、「韓国2泊3日、14800円」のツアーが売り出されたと言う。驚くべき廉価である。そんな最中、例えば「静岡ー福岡便」の搭乗率保証は座席の7割を欠けた場合、1人当たり15800円を日航に支払うという「県と日航」との約束が恨めしい限りです。
 処で、目前に迫った県知事選挙においては是非とも公約の一つに「搭乗率保証は認めがたい」の一項目を加えて頂きたいと考えます。半年後に数億円を日航に払うようなことのないように。 

5月21日  お邪魔でしょうがコマーシャル 
 14日のホームページにも掲載しましたが、愈々来週は私の政治資金を目的とする「天野進吾と創る文化祭」が開催されます。
 1万円、2万円といった高額な資金パーテーが屡々、シテーホテル等で開催されております。勿論、私も事務所経費や冠婚葬祭など出費は多く、経理は極めて逼迫の折、政経パーテーも考えましたが、幸い本市には立派な市民会館がありますので、ここを会場に企画致しました。「演説で金を取るのか」とお叱りを頂くかもしれませんが、戦前の時局演説会は全て有料であったと聞きます。どうぞ、ご理解戴き、ご来場ください。また当日の出し物、「竜神太鼓やマジック」など楽しいひと時をご提供できるものと思います。
 大事なことですからもう1度言います、「今月28日(木)午後6時半、市民会館中ホール、会費は5000円」よろしく。

5月21日  天下分け目となった県知事候補の選考劇 
 ご案内のように、18日の自民党県連大会において、坂本参議院議員の知事選出馬を要請したにも拘らず、今日の新聞では、私を含めた自民党議員有志が、超党派で大学学長の擁立を策していることが掲載されています。一体何のことと疑問を覚える方もすくなくないでしょう。
 これまでも一貫して、候補者の選考に当っては、石川県政の良き点は更に伸ばし、質すべきは決然とこれを改める勇気のある候補、そのためには脱官僚候補を条件のの第1として思慮して来たはずです。それ故、今尚私には、自民党の選考過程で何故、坂本候補が浮上してきたのか判りません。また、18日の県連大会以降、今になっても、出馬宣言をしないその姿勢に疑問を抱くことは不自然なのでしょうか。石川知事の最初の出馬劇も全党の協力の中、「県民党」の看板でデビューしました。
 知事を政党間の争いにしたくない。それが私の思いです。

5月20日 石川県知事の辞表提出に思う
 16年に及ぶ石川知事のご労苦に衷心より感謝申し上げます。
 平成初期のバブル経済の中で誕生した石川県政の課題と行政需要は各般に及び、「何でもOK」のよき時代でした。ところが一転して夢想だにしない激しい経済不況に日本は転落、あまつさえ退任間際になっての世界的不況と静岡空港に纏わりつく諸問題など、この4期16年の歳月は誠にご苦労の連続でありご同情を禁じえないところでありました。
 思えば、知事の就任時、当時の古老県議から「斉藤県政の継続を」強要されたと聞きましたが、若しその言葉が知事の脳裡にあり、石川知事の舵取りに影響を与えたものであったなら、誠に残念に他なりません。斉藤県政からの課題、例えば空港の建設はもとより、紛々たる悪評のグランシップとSPACなど、恐らく後継者ゆえの苦悩は、在任中払拭することはなかったでしょう。
 しかし、行政能力については常々高く評価させて頂いておりました、本県の潜在的エネルギーはお陰さまで高く評価されるまでになりました。有難うございました。

5月19日  理解出来ない坂本候補の姿勢 
 昨日の自民党県連の大会において、推薦決議されながら、「参議院開催中でもあり、また、後援会長にもご意見を伺うので暫くお時間を」と出馬について具体的に触れなかった坂本氏の姿勢は多くの党員仲間の期待を削ぐものでありました。
 昨日のこのページにも記載しましたが、坂本氏の姿勢は「大事の前の覚悟」には余りにも遠く、7月5日が知事選の投票日であることを思えば、正直納得できない態度でした。恐らく、大会に出席した多くの党員はその意志を聞いて、拍子抜けしてしまったところでしょう。又、思うに今日の静岡県に解決せねばならない課題は山積しており、相当の覚悟がなければ果たしえない職務であります。
 今日の新聞によれば、納得できなかった議員の一部が昨夜、他派の県議と浜松で会合とありますがこれについても、万が一、坂本氏が不出馬となれば残余の時間がなく、自民党として万策尽きることを慮(おもんばか)った県議等の使命感とご理解ください。

5月18日 本日は自民党県連大会です。 
 県知事候補も正式決定しないまま、本日、県連大会を迎えようとは夢想もしませんでした。昨日も日曜日ながら党の総務会を開催しました、正直に言って党執行部は「坂本参議院議員」の処遇に大変ご苦労されておりました。云うまでもないことですが、自民党から推薦してほしいというなら当該者はその前に「立候補」の意志を表明すべきであります。 いずれの政党であれ「公認または推薦」を申請するに当っては、先ずはご当人の出馬の意志が前提であり、「乃公(だいこう)出(い)でずんば」の決意なくして今日の静岡県知事などでき様がありません。
 お膳にお箸を揃えて「どうぞ召し上がり下さい」とはどなたにも云えません。
 さて、今日の県連大会の運営委員長は私です。

5月17日  新型インフルは狂牛病の二の舞か 
 遂に神戸市の高校生にも新型インフルが感染、更に他の都市においても疑われる患者が発生したとテレビ、新聞で大きく取り上げられている。確かに「新型」ということであれば、蔓延した際の医療対策を思えば「事は事件」でしょうが、それにしても理解できないことが多い。
 もとよりメキシコに始まった今回のインフルエンザ、世界で数十人の死者が出た模様だが、この程度の病気は、これまで新聞に取り上げられることはなかった。今回も「豚インフレ」の言葉からニュース性があり、また人々の動揺を誘ったのかもしれない。
 処で何故かこれまで毎日のように克明に報道されてきた海外の罹患のニュースはその後全く見えないし、国内にあっても最初に罹患した横浜のご夫人のその後の様子については全く報道されていない。
 嘗て厚生省の役人が「狂牛病」の言葉をもって、誇大に国民を震撼させ、牛肉離れを引き起こした一件と極めて類似しているように私には思えてならない。

5月16日  知事候補の選考は将に「五里霧中」となる 
 朝な夕なに県政記者は知事候補の選考経過を確かめるべく、県庁の廊下を東奔西走しています。しかし実態は誰にも掴めず、更にここに至って、状況は極めて流動的に推移しているのが偽らざる様相と云えるでしょう。
 自民党の「坂本参院議員」についても、民主党の「榛葉参院議員」についても一時は本命視されながら、近頃は怪しい気配を感じます。畢竟(ひっきょう)するに確固たるご当人の意思が見えず、「他人任せ、状況如何」の姿勢が責任ある立場の人々の堪忍袋の緒を緩めてしまったからではないでしょうか。
 軍歌を知る人なら、「何処まで続く泥濘(ぬかるみ)ぞ、三日、二日と食もなく・・」の歌詞を思い出す昨今であります。

5月14日  今日は恐縮ながらコマーシャルを 
 今月28日(木)PM6時半より静岡市民会館において「天野進吾と創る文化祭」を開催致します。
 これはもとより「政治献金」を目的とした事業でありますが、近年多くの国会、県会議員がホテルで1万円パーティを開催しております。
 実は私も7年前にはセンチュリーホテルで祝賀会を催したことがありましたが、形ばかりの飲食、高額なルームチャージなどによって、売り上げの半分ほどを支払うことを思い、爾来、市民会館を会場として、椅子に座ってゆっくりと、音楽や民芸などを楽しんで戴き、更には日頃私が何を考え、どのようにこの街、この静岡県を築いていこうとしているのか、後援者の皆様に聞いていただける場として企画致したものであります。
 参加費は5000円です。これによる剰余金は私の事務所経費に充当させていただきます。
      お時間がありましたならお出掛け下さい。

5月13日  民主党代表選挙に思う 
 勿論、門外漢の私が云うことではないが、早々に代表選を開催しようとする策は小沢体制の継続を期するグループの魂胆であろう。今日の新聞にも岡田、鳩山両氏の対決と見出しされているように、既に両候補は出馬したものと理解します
 正直、敵方に存在する私は寧ろ「鳩山氏」の代表就任を期待します。それは背水にたった自民党に小さなチャンスを齎すのは、国民受けする岡田氏では、次期衆院選は甚だ厳しいものと感ずるからであります。
 それにしてもわが総理の極楽トンボ振りには呆れます、さっさと解散総選挙にむかうべき時を逃し、ただ総理の快適な座布団に座って「俺らが春」を楽しんでいるとしか思えないのであります。
 さて、これから自民党の知事候補を決める選対小委員会が開催されます、大山鳴動してその結果は如何、私も存分にも物申してきましたので今日は素直に拝聴して参ります。

5月12日 突然の小沢代表の辞任は如何
 来るべき時が突然やってきた。二枚腰、三枚腰の小沢さん、率直に云って総理目前にしての辞表提出は断腸の思いであったでしょう。しかしそれが貴方の運命、否、これまで貴方自身が司直の世話にならなかったことが幸運でした。行くところ胡散臭い金の噂は常に付きまとってきた小沢一郎でした。
 しかし、もって貴方の内閣は夢物語に終焉したのであります。
 さて、思うにわが党は相手のオウンゴールに助けられ、僅かづつですが内閣支持率が好転してきたことに気をよくし、結局「解散」の絶好機を逃してしまいました。
 小沢代表が率いる民主党との対決にこそ小さな勝機があったのではないかと私は考えます。総選挙は愈々近づきました。

5月11日  焦眉の急の知事選候補は 
 先に行われた自民党選挙対策小委員会において、急転直下、予定していた民間人候補が撃沈し、当日、出席した国会議員や県議から推戴され、意欲すら見せていた「坂本参議院議員」のみが現在の候補選考の俎上に上がっているところであります。
 一方、民主党は紆余曲折しながらも、私が当初から報道記者に示唆してきた通り、参議院議員・榛葉賀津也氏に落ち着くものと思われます。
 正直言って自民党にとっては極めて苦しい局面と云えるでしょう。当然の事ながら参院の補選があり、一方では衆院選の解散総選挙が焦眉のところまで来ております。しかも総選挙の予測が大変厳しい状況下であれば、当面する県知事選挙をどのように乗り切るべきか執行部でなくても心労の日々であります。

5月9日 個人として、今心配している事・・・
 悩みや心配は如何なる状況下にあっても尽きることはありません。勿論、身近な家族の問題、老後の心配など所詮晴れ渡る日など願うが間違いでしょう。しかし、予想外の経済危機に際して、今、多くの人々は「生計」という避けて通ることのできない課題に直面し、困惑しております。同様に私も政治生活40年になりますが、遂に自身の懐を省みることなく只選択したこの道一筋を闊歩して今日に至りました。そこに存在する大いなる悩みは人々と同様であります。
 それにも拘らず、今の私の脳裡を常時刻んでいる心配事は知事選を契機とする自民党県連の執るべき手段であります。誰もが関心を寄せる県知事選挙は、先の党選対小委員会から一挙に「五里夢中」の淵に投げ出され、しかもその選択は焦眉の急となっております。
 また一方では6月4日の富士山静岡空港の開港を間近にして、搭乗予約の予想外の少なさは大いなる心配であります。どうか、航空料金の極端に廉価なこの時期ですのでこのホームページをご覧下さる皆様の「旅立ち」にご期待致します。

5月8日 再び混迷の淵に、知事選問題 
一昨日の自民党県連選対小委員会で執行部はその日、出席者の誰もが自分たちの案に賛同されるものと考え提案した処が、突然のシナリオの転換によって、予想外の方向に流れてしまったのであった。
 もとより議事を司る柳沢会長ら党執行部は長い苦心の末の成果であれば、その提案を出席した県議らは容易に受け入れてくれるものと考え、自信を持って会議に臨んだのでした。即ち「与野党なしの県民知事」を創出することを願って、水面下では民主党関係者とも意向の摺合わせの上での提案でした。
 処がこの日、「相乗り構想」は土壇場で沈没してしまったのでした。まさかの坂は何処にもあると言うように、同日開催の民主系会派の席上で「相乗り」案が紛糾、頓挫してしまったのであった。今日の静岡新聞だはこの時の模様を殆ど正確に記載されているが、正直言って「相乗り方式の挫折」は民主関係者の責任と云わざるを得ない、更に「坂本候補」の誕生の場合には民主系の皆様はどうするのか、最終局面に至って私は寂寞たる思いで時の推移を見守っております。

5月6日  弱者を装い、繁盛する輩(やから)の根絶を 
 障害者向けの郵便料金制度を悪用して、殆ど只同様の料金でダイレクトメールを送っていた家電量販大手のベスト電器が捜査されて久しい。
 愈々、今月には役員等を立件する方針と新聞は伝えている。しかし、誰もが連想するように、この発見しやすいインチキが長い間見逃されてきた裏には郵便事業会社(日本郵便)の社員が関わっていたものと確信します。
 親方日の丸の狡さは未だ癒えずということか。それにしても、障害者団体や弱者救済を装い、これを商売の道具にする「食えない輩」をさっさと根絶したいものですね!

5月5日  愈々、知事選候補の選考も終盤に 
 このホームページの読者は恐らく、私の月刊紙「Shingo―Scope」もお読みのことと存じますが、5月号については昨日郵送の準備をしましたので近々お届けできると存じます。さて5月号の大見出しは「ダッジロールする知事候補の選考」、副題としてー遅くとも連休明けにはーと提起しておきました。さて連休も大詰めとなった今日の静岡新聞には知事選の周辺が掲載されております。内容は極めて実態を掴んだ内容かと思います。明日、自民党小選挙対策が開催され、そこで大筋が決定されるものと存じます。さて、その内容ですが、選考のタイムリミットが近づく状況下、私が幾度となく、このページで主張してきましたが、「県民の知事」を標榜するなら全党の協力が頂ける候補者を推挙したいと願うものであります。

5月4日  引き続いて「政治家の世襲」について 
 今朝の新聞には、飽きもせず「政治家の世襲制」について自民党幹部の談話が掲載されていた。
 記事の内容は、世襲候補が初めて出馬する際はこれを「非公認」とする原則を党規に加えるようにすれば如何とある。率直に云って的外れもいいとこと云わざるを得ません。
 即ち「政治家の世襲」問題が巷間指摘されている背景は「政党云々」ではなく、寧ろ、今日の政治が限られた人々によって構築され、大衆とは程遠い存在であることの欲求不満の現れであります。
 選挙には昔から「地盤・看板・鞄」が三種の神器と云われ、政党の「公認」はその後の付随物にすぎません。「世襲」とはこの三つのバンの引継ぎであって、徒手空拳の大衆の怨嗟なのであります。

5月2日  政治家の世襲について一言 
 何処から今回の世襲問題が提起されたか定かではないが、選挙が近づく度に持ち上がる。特に今回は法律によってこれを禁止するという途轍もない発想がその根底にあるようだ。ところで日本文化について一寸考えてみたい。歌舞伎はもとより茶道、華道など所謂家元制度にとって「文化」は継承されているが、そこには自身の実力が認められず「欲求不満」に泣く人々は決して少なくはないでしょう。能力は希薄でも家元の子は家元、市川家や中村家に生れた歌舞伎役者は自ずから恵まれた階段を歩む。若しその制度を否定するなら政治化の世襲も禁止すればいい。
 しかし、私は初めて市議会に打って出た時から「自分だけの選択」、後を継がせようとは仮初にも考えませんでした。
 率直に云って今の選挙区制度であれば、新人の当選は以前より遥かに難しくなっていることは事実だが、所詮、法律で禁ずることではないと考える

5月1日  以前はメーデーでしたが、 
 愈々、5月、快晴のなか、大自然に新たな生命の胎動を感じます。タイトルにはメイデーの一文字を記載しましたが、時代の変化か、テレビでは行楽の人出の予想が先行しております。 
 さて、「知事選」については、昨日までの4日間マカオ・台湾へ旅して不在でしたので、昨日は大いなる変化を期待して登庁しましたが、残念ながら一向に新たな動きは見えませんでした。現在の候補擁立の閉塞状況はこれまでも私が指摘してきたように、各党が面子にこだわっての候補擁立の姿勢であり、その限りにおいては、県民の期待には応えられるものではありません。県知事は県民の代表であることを忘れてはなりません。

4月30日  充実したマカオ、台湾の訪問でした 
 今回の旅行参加者の殆どが満足しての帰国であったでしょう。一方、行政に関わる議員、県職員にあっても充実した会議、実り多き提案など、近い将来の富士山静岡空港にとって意義ある内容の訪問であり、会議でありました。殊に中華航空の台湾ー静岡の定期便就航は実現性の高い路線と踏んだところでした。またエアーマカオについても好印象をもって帰ってきました。処でマカオ便についてですが、中部国際空港が動き出す前に就航を取り付けるべきと信じます。恐らくその提携が将来の本県の新たな観光政策や空港の利活用に貢献できるものと信じます。

4月25日  明日からマカオ・台湾の3泊4日 
 今回の旅行は静岡空港にとっても極めて意義あるものになるでしょう。開港を目前にした今、やがて来る各路線の搭乗率不足や赤字問題など、憂えることの多い本県空港事情を思えば、私が以前から声高に提案してきた「マカオ路線」の新設は当面の大きな救いとなるものと考えます。ですから今回はカジノ誘致議員連盟のメンバーだけでなく、県当局の職員も随行する「大げさ」な旅行になっております。
 幸い、相手方も今回の私達の訪問を期待しているとの事ですので、目一杯の日程ですが、元気良く、実り豊かな土産をもってきたいと存じます。

4月24日 政治改革の中の世襲制問題
 民主党の政治改革推進本部では今、世襲立候補の制限が論議されている。
 小選挙区制度になって国会議員の顔ぶれは極端に世襲化の進行が見られるが、その理由として、今日ではタレント候補でない限り容易に立候補できる環境を作り得ない、殊に人間関係の過疎化の中にあって、地縁、血縁の薄情さ、多額ではなくても必要な選挙資金の確保など、余ほどの方でない限り新たな挑戦は困難であります。その結果、時代と共に世襲制度は愈々華やかになってきているのでいる。
 ところで民主党の皆さんにお聞きしたい、度ごとに脱官僚を叫ぶ政党にしては官僚出身の所属国会議員が増えておりますが、この点は何故音なしでしょう、今回の世襲制の烽火はまさか世襲の代表小沢・鳩山体制への当て付けの現れではないでしょうね。追伸、世襲制についての私の意見は後日申し上げます。

4月23日  驚いた「議員力検定」の実施 
 夕刊に「議員力検定」を全国7会場で行うと掲載されている。大変驚きました。記事をつぶさに読んだが趣旨や目的については残念ながら理解できず、私は早速、同協会に電話をかけたのでした。
 解ったことは、行政学を専門とする大学教授らによってこの「検定」が企画されているという事であり、電話に出た事務局員(恐らく全くの門外漢でしょう)の説明には納得できるかけらすらありませんでした。先に問題を起した「漢字検定」と同様極く限られた先生方の「意向」や「企み」が根底にあり、法曹界も総務省も関わりない所で企画されたものと考えます。
 ところで、どうしてこんないい加減で、意味のない、無責任な企画が報道され、新聞の記事となって宣伝されるのか私には理解できません。
 

4月22日 <太字>「県知事候補はどうなったの?」県民の声に答える
 タイトルは華々しいところですが、残念ながら昨日の自民党の議員総会はこと知事選については具体的な対応策はありませんでした。ただ私は状況からしてこれまでも提案してきた3党が同一テーブルに座して統一候補を選択すべきことだけ提案しておきました。
 しかし、今では特に選挙に関りない方でも、候補者選定の遅れを我々に指摘し、様々なご提言、ご意見を頂く状況になって参りました。急がねば。

4月21日  小沢代表の選択は自民にとって小さな救い 
 総選挙まで小沢体制を決め込んだ民主党の選択は自民党にとって確かな「救い」でありました。正直云って私は岡田体制の再現を恐れていました。
 民主党が何故今回「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」決断をしなかったのか理解できません。勿論、小沢氏にとって長い流転の末の総理の椅子を簡単に譲ることはできないでしょうが、国民の政権交代の輿望に応えるためには、そして党の団結力を各議員が再認識する機会として絶好の機会と考えておりました。
 されど自民党にとっては厳しいアゲンストの風に変わりありませんが。

4月20日 「障害者郵便」は愈々、渦中へ
 僅かな時間の経過で事件は別な展開を見せ始めました。今日の新聞に初めて国会議員の名前が披露、恐らくここから新たな伸展が考えられます。
 民主党の牧義夫代議士は事件の当事者「新生企業」を擁護すると受け取られる国会での質問について、「自分の信念、社会正義実現のために質した」と云う。
 翻って日本の政界を揺るがした「撚糸事件」を私は連鎖的に思い出すのでありました。
 白濁した記憶ですので詳細は定かではありませんが、民社党の横手文雄代議士が地元の繊維業界からの要請に応えて質問、後にこれが業界への利益誘導として問題化、哀れ横手氏と自民党の稲村左近四郎氏の2人が有罪となって政界を去っていったのである。正直、私はこの2人について当時、同情を禁じえなかった事を覚えております。
 この撚糸事件に比べれば、「障害者郵便」の場合、同情すべき「社会正義」のかけらすら見出すことは出来ません。

4月19日  怒り心頭の障害者郵便の悪用 
 何時も頭に来る事は、社会が「ために」作った制度を悪用し、法外な利益をあげる輩の何と多いことか。
 この度の障害者郵便事件はその最たる狡さ、誠にもって悲しい。しかし、今、私達がこの事件に直面した時、単に憤怒し、捜査の進展にのみ期待することはやめよう。寧ろこの犯罪を引き起こした背景について、厳しい目を向けたい。若しかしたら郵便局内にその不正を敢えて見逃してきた環境も考えられるのではないか。担当者ならDMの扱い数などから当然のこと、疑いの目を向けると私は考える。
 「君子、豹変」の言葉通り、兎角それまでの善人が、差し出された甘い誘いを躊躇なく懐に入れてしまう姿は人類の歴史でもある。
 「制度」が発起の目的を遂行できるよう当該担当者には常に自尊心を胸に執行して頂きたい。

4月18日  知事選に変化なし、そこで解散風は・・ 
 今朝の静岡新聞には衆議院の解散は「8月以降に」と公明党太田代表の麻生総理への直訴が大きく取り上げられていました。
 もとより公明党は都議選を重要な柱と位置づけ、昨年来「解散風」が立てば必ず都議選との関わりが論議されてきました。確かに6月解散ともなれば、都議選は吹っ飛んでしまうでしょう、しかし、そんなことを不安視するのも、公明党が完全な組織政党だからであります。  ご案内のように、我々自民党にとって党組織の応援は皆無、更に必要な選挙資金も自己調達、日常の活動による手作り組織が全ての選挙対策であれば、公明党のような十分なお膳立ての組織選挙は垂涎の的、何と幸せな組織選挙でしょうか。
 でも、この度の知事選にあって私が勝手に東奔西走できるのも、またホームページに自由に自己主張を掲載できるのも「自由民主党」だから可能なのです。
 

4月16日  迷走させられる報道記者の苦労 
 新聞をはじめ報道に携わる方々のご苦労を拝察する時、ただ一言「ご苦労さん」と云いたくなります。朝な夕なに鳴る携帯電話や事務所への来訪を彼等の上司は承知しているだろうか、混迷する「知事候補」のテーマは只々彼等を翻弄させるのであった。
 昨日もある新聞記者からの電話に驚いた、「自民党の参議院議員が有力」と他紙に報じられたことについてのコメントだった。どこから得た情報か知る由もないが私は素直に否定した。今、単独で自民党が候補者を擁立できる状況にはない、民主党だって同様だろう、この際、自、民、公が共同歩調で候補の擁立を考えるべき時であり、県民もまた期待しているものと考えます。

4月15日 焦燥感すら漂う知事候補の選考
 4月も今日から後半に入ります、それにも拘らず全く知事選の候補者が各党から提案されてこないことに焦燥の念すら抱きます。勿論、私も県議会に席を置く1人であれば、自身の可能な守備範囲にあってこれまでも、これと思う方には面会、要請を続けて参りました。
 しかし、知事辞任の元凶「立ち木」も来月の中頃には伐採とのことでありますから、選挙日程も自ずから推定できる処となりました。されば、私達は県民の立場に立って、知事は「純粋無所属」の観点から各党、各会派はこの際、席を同じくして候補の擁立を考えるべき時に至ったと私は主張します。
 早々、県民の期待に応える候補者が誕生するものと考えます。

4月13日  ノ・ムヒョン前大統領夫人が取りしべられる。 
 朴政権以来、韓国においては政権交代の度毎に、前大統領の身内が逮捕されてきた。しかもその全てが多額の金銭に纏わる刑事事件である。あの金大中氏においてもご子息が逮捕され、そして今回はノ・ムヒョン夫人が検察当局に呼ばれ、1億円の臭い金銭授受が取調べの対象になっている。勿論、わが国の政界にも怪しい金銭の動きは枚挙に遑ないところでありますが、韓国はひどすぎるのではないでしょうか。

4月11日  カナサシ重工は会社更生法しか道はなかったのか? 
 操業を停止していたカナサシ造船が遂に更正法の手続きを開始した。しかし更正法による再建は極めて厳しいものでしかも長期間の停滞を余儀なくされるでしょう。
 新採用の社員ばかりでなく、140人の従業員の生活はどうなるのか、関係者の苦悩は尽きないところであります。
 ところで、参考までに疑問を投げかけますが、こうした場合行政が手を差し伸べることは如何でしょうか、確かに経営側のいい加減さがここに来て露呈され、カナサシ重工については慎重を要するでしょうが、将来、同様に起きる地元大手企業の危機に際して、例えば静岡市が保証人となって銀行融資を実行させるという手段は如何なものでしょうか。倒産によって地域経済の混迷をもたらし、更に下請け、関連企業の連鎖も心配することを思えば、何らかの対応策も検討しておいてもいいのではありませんか。

4月9日  補正予算の財政支出は選挙目当てか 
 勿論、選挙対策には違いませんが、政府与党が提案した補正予算の15兆円について、日頃の麻生総理の根拠無き「不況脱却」論を裏書した乱暴な発想と私には思えてなりません。愈々、返済不能な借金の山、しかも国民への「媚」にも近い短絡にして、継続性のない、その場凌ぎの政策の数々でした。本当にこれで良いのか心配になります。
 ところが、民主党も押っ取り刀のまま、昨日、小沢代表が記者会見で発表した。その提案は与党案に5兆円を上積みして、総額20兆円の大風呂敷でありました。本当に驚きました。何故か小学校の児童会を見ているようですが、如何でしょうか?

4月8日  今日は花祭り、そこで雑学を 
 今でも東京人は「ひ」と発音できず、「し」となってしまう。例えば本会議においても「建設費」を「けんせつし」と発言している。その昔、江戸の飾り職人はかんざしや櫛など作る際、鏝(こて)による半田ずけが一般的でした。この半田ずけは温度が生命、熱過ぎれば「半田」がポとりと落ちてしまうのである。そしてこの作業は失敗に終わる。この時、職人は声高に「火が強よかった」と言うところを「しが強かった」と云ったのであった。これを聞いた仲間が「今日は4月8日、お釈迦さまの日だ」と叫んだ、ここから失敗した折、「お釈迦になちゃった」というのである。語源辞典に書かれております。
 ついでに「おじゃんになちゃった」と云う言葉はその昔、火災があった時、近所にある火の見櫓に登って半鐘を打って人々に知らせた。その半鐘の打ち方によって、近郊の火事、遠方の火災と打ち分けられていたが、鎮火した際はジャーン・ジャーンとゆっくり鳴らしていた、ここから駄目になった時の言葉として「オジャン」なる言葉が生れました。

4月6日 北朝鮮のミサイルに絡んで国連は
 昨日は北朝鮮の長距離ミサイルが発射され、「衛星」となることなく太平洋に落下したとのニュースが世界を駆け巡ったのでした。これに対し殆どの国々はこの北朝鮮の蛮行を非難するすると共に、わが国は国連を通じ、安保理決議違反として新たな決議案を提出する予定であると麻生総理は得意気に会見しておりました。一方、ロシアと中国は慎重な姿勢をみせ、恐らくわが国を始めとす自由主義国に対し、例の如く「拒否権」をちらつかせ、有耶無耶にしてしまう算段でしょう。
 今、国連は常任理事国の一致した決議でなければ取り上げられません。それは「拒否権」の存在です。米・英・仏・ロ・中の5常任理事国が有する拒否権を1国でも行使すれば、決議案は成立しないのであります。
 戦前は世界平和の護持のため、国際連盟がありましたが、そこには「拒否権」という絶対権力はありませんでした。日本が連盟を脱退するに至ったのも「権威なき国連」ゆえに可能でありました。その反省から国連の設立時、5大国に「拒否権」をが誕生したのですが、矢張り指導力無き国際機構にすぎませんした。

4月3日  一寸一言、議員報酬について 
 昨年、福島県の矢祭町で、日本初、日当制の議員報酬を施行したのであった。勿論、財政厳しき村にとって、議員の費用弁償もバカにならないとの判断から実施された制度であるが、私の主義からは甚だ歓心しません。
 矢祭町では議員の報酬は日当3万円としたのでした、結果それまでの報酬の3分の1、年間報酬は120万6000円とのことであります。
 しかし、この発想の根源に「安ければいい」の短絡的発想が潜在しているように思えるのであります。
 イギリスの経済学者マックス・ウエーバーは著書「職業としての政治」の中で、本当の政治家を求めるならば「政治家」を職業にする意欲が必要であることを指摘しております。政治を軽く見る国には、所詮、軽い政治しか与えられません。

4月2日  断られ潰されて今日に至っております 
 正直に申しますと知事の候補者として私が理解している範囲内でも「2人の要請拒否と1人の潰し」がありました。「潰し」とは一部の県議会議員らの要請に受諾、また当人の思想・県政への意欲・夢など大変期待できる人物と喜んだのもつかの間、ある種の圧力に精神的な脆さからか、一気に萎(しぼ)んでしまいました。本当に残念でした。また「拒否組」は現在も学術、論壇で活躍、知事の所得の数倍も稼ぎ、更には無責任発言も批判されない自由人であれば、「小さな綻(ほころ)び」に翻弄される政治の世界を敬遠するのも理解できますが。

4月1日  気がついたら久しくサボっていました 
 1昨日から研修のため東京へ、勿論、議員が集まれば「知事候補」の論議が中心です。 実は、知事候補の選考は五里夢中の中、「困っている」が本音です。正直言って現状にあっては、自民党単独での候補推戴は極めて難しいと私は考えております。それは今から自民、民主が夫々候補を擁立すれば、莫大な経費も必要でしょう、また過激な選挙戦を展開することになる知事選であれば、誰が1党からの推薦で出馬を決断するでしょうか。総選挙も控えている現段階にあっては、全党が協力できる候補者を見出す必要があろうと私は考えております。

3月27日  知事・石川嘉延と甲子園球場 
 間もなく私の背中に置かれたテレビが春の選抜大会を放映致します。本県代表の掛川西高校の試合の実況であります。
 さて、16年前の夏の甲子園大会の本県代表は今日と同じ「掛川西高」でした。
 その掛川西高校のOBである石川嘉延氏が、静岡県知事に就任したのは1ヶ月前の県大会の直前でした。そのことは私にとって忘れがたき思い出があります。
 その年の秋、天皇・皇后両陛下が静岡県を行幸することとなり、驚くことに当日の昼食を知事・市長・両議会議長で会食する処となったのであります。
 6人の静かな歓談のなか、突然皇后陛下から市議会議長に向って質問されました。「私の学生時代、高校野球では静高、静商が静岡を代表しておりましたが、今は如何でしょうか」・・静商出身の鈴木議長は突然のことで答える術が見つからず、間を置いた。その時私は陛下に「静商は謙譲の精神に溢れており、今年の決勝は掛川西と静商でしたが、7月に就任した知事の顔を立てて、静商は掛川に譲ったのです、ですから現在も静商、静高ともに健在です」。この説明に両陛下とも笑顔の中で納得したのでした。

3月26日  一夜たっての知事の辞任劇 
 突然の石川知事の辞任発表は県庁周辺にマグニチュード8の揺れを引き起こしました。
 実は私が昨日、県庁を訪れた際、閑古鳥の鳴く自民党控え室に驚いたのでありますが、後で聞いて判ったことは、「空港議連」の議員団が石川県の視察の最中にあり、そこに何と驚いたことに副知事も同行していたのでありました。勿論、副知事にとっても、寝耳に水の「記者会見」で誰一人相談もなければ、関知もしていなかったのであります。
 勿論、最後の決断は本人の意思であります、されど「潔い」の形容詞は私の気持ちからは生れません。正直に云って空港関連での「立ち木」問題、日航との「搭乗率保証」など最近の知事の動きには独善的対応が目立っておりました。
 それはさておき、私の目には所詮5選は不可能でしょうから、この度の「辞任劇」は時宜を得たものと勝手に解釈しております。愈々、本格的に知事の候補者擁立に入って参ります。

3月25日  不可解な「継続と辞任」に驚く 
 昨日の小沢代表の記者会見は極めて要領を得ないその場凌ぎの対応と云わざるを得ませんでした。しかし、この小沢氏の代表継続は明らかに「自民党」に有利な対応と思われます。所詮、小沢氏の疑惑は多くの国民の知るところであれば、この度の西松建設の疑惑について払拭できるものではありません、自民党にとっては有難い選択でした。
 閑話休題(それはさておき)、寝起きに冷水を浴びせられたように「石川県知事の辞任」問題が飛び出してきた。今朝の静岡新聞に驚いた他紙の記者からの一報は未だ6時半前でした。勿論夢想だにしなかったニュースであれば、朝食後、早速私は情報の火元を知るべく勝手に探ってみまました。
 率直に云って、新聞に掲載されている「自民党関係からの情報」については全くいい加減でした。ただ知事サイドは開港の邪魔になるあの立ち木を「大井」某に処分させることを期して辞任の道を選んだという不可解な結論に至ったのである。
 知事のこの度の選択は甚だ理解し難く、時間をかけてじっくり調査してまいります。

3月24日  ただ今、静岡市議会選挙の真っ只中 
 政令市となって二度目の市議会選挙が佳境に入っています。清水区の状況は私には解説できませんが、葵区、駿河区について大まかに批評するなら、両陣営ともに少数激戦と評価されるでしょう。この傾向は戦後一貫した傾向であって、例えば私が初めて市議選に出馬した昭和42年の折は定員48人のところに70人ほどが立候補するほどの激戦でした。恐らく少数化の流れは地域をつくる「連帯感の希薄」によるものでしょう。昔は学区や地域が面子にかけて候補者を擁立、更に選挙戦ともなれば「無料のドンちゃん騒ぎ」が毎晩続く、かてて加えて現金入りの茶封筒が提供される、これこそ「4年に一度」の地域のお祭りでありました。
 さて葵、駿河の両選挙区に静岡大学に在籍のまま、立候補している若者がいます。共に留年していればこそ被選挙権(25歳から立候補できる)を学生のまま得られたことでしょうが、履歴を拝見するに、残念ながら御両人とも「今日」を期して存分な準備をしてきたようには思えません、単に「経験」と割り切って出馬するも結構だが、「若さ」だけでは市民の注目と支持は得られないと私は思います。

3月23日  明日、小沢代表に御名御璽か? 
 愈々(いよいよ)、大久保秘書の拘置期限が今日一杯、明日は小沢代表が最も怖れていた「起訴」という最悪の日になるでしょう。逮捕以来、民主党は検察の横暴を訴えて、小沢側の正当性を主張しておりましたが、「起訴」となれば、小沢さんの出処進退について最早避けることはできません。
 実際、東北地方の大型建設の請負状況は確実に「小沢の声」が響いています、しかも今に始まった事ではなく、自民党所属時代から培った資金源であることは夙に有名です。
 小沢さん、例の政党助成金は何処へ始末してしまったのでしょう、「億」と云われる助成金は国民の税金で決して貴方のものではない筈です。

3月22日  最近のマスコミの風潮か、「言葉尻」を大げさに問題化 
 大臣や知事の言葉は勿論その発言には十分な心使いが必要であることは言わずもがなでしょう。しかし、近年の風潮として他愛もない言葉尻を捉えてこれを誇張、もって一時の記事の材料にする極めて怪しい内容に屡々お目に掛かる。
 今朝の小さな記事も同様である、「田舎では株をやっていると怪しくみられる」の言は麻生総理の官邸で開かれた経済危機克服のための有識者会合での発言だそうである。「株屋」との表現は証券会社とその従業員を見下すものとこの記事は訴えている。
 しかし、日本においても証券会社の社員となれば「垂涎の的」の職業でしょう、第一官邸内で、選ばれしかも心置きなく意見を必要とする人々の会合であれば、礼服を召した意見交換など無用と云えます。記者の皆さんも四角四面の囲いから這い出して、下手な日本人の「冗句(ジョーク)」について、理解しまた寛大であって欲しいと願う次第です。

3月21日 あの派遣労働者の首切り、失業、宿無し問題はどうした? 
 昨年の暮からの世界経済の凋落を反映して、テレビ、新聞は一斉に「派遣労働者」の失業やホームレス化をテーマとして時に政府や行政の無策ぶりを批判した報道を連日流していました。その後、更に大企業を始め多くの会社では、雇用調整の名のもとに首切りが展開されていきました。一方、地方自治体も報道に圧倒され押っ取り刀で、短期雇用の仕事を探し、「優しい行政」を演じたのでした。しかし結果は殆ど無意味と云っても過言ではありませんでした。それは基本姿勢に大きな誤りがあるからです、即ち「世間体」を意識して生れた「その場凌ぎ」の方策であるからであります。
 処で、大企業の労働組合は今「春闘」に忙しいようです。その戦う労働者の幹部は「自らの賃上げ」についてはしっかり頑張っているが、「派遣打ち切り」された悲しい労働者についてはどう考えているでしょうか、聞きたいものです。

3月20日  日テレの虚偽報道問題について 
 今朝の静岡新聞の3面に昨年11月放送した「バンキシャ」について、報道人としての回顧録が掲載されております。
 実は多かれ少なかれ、私自身の体験の中にも迷惑千万な報道がありました。報道人の勝手な思い込み、或いは情報提供者の作為に疑問を抱きながらも功名心から、半捏造とも云えるやり方で事件を報道してきたことも事実です。
 数年前、民主党の議員が架空の情報を国会で披露、その結果、議員辞職の果てに自殺した青年がおりましたが、他人のプライバシーに関る報道は殊に万全の配慮をもって取材、報道をお願いします。

3月17日  トヨタなど製造派遣社員の廃止に傾く 
 日本経済新聞の朝刊のトップにリコー・トヨタなど主要企業が今後原則として派遣社員を「ゼロ」とする新たな雇用制度を模索するとあった。自動車など経験を必要とするこれ等の企業にとって、最長3年と定められている労働力に頼っては品質や生産性の向上に問題があるとして、今後は直接雇用に切り替えるという。誠に結構なことです。この派遣制度が大手を振ってそれまでの雇用関係を変えてしまったのも、「規制緩和」の延長に誕生した小泉政策の乱暴な労働政策であったのです。
 処が今朝の「アサズバ」でみのもんたは開口一番「では派遣会社はどうなるの」と声高に叫んだのであった。「派遣会社」の成長こそ、わが国の労働環境をぶち壊したものという感覚は「みのもんた」には皆無だったことをその叫びに見たのでした。
 

3月14日 総選挙はどうした?民主党
 「早期解散」、「不信任案決議」など激しく与党を罵倒してきた民主党も「あの日」以来とんと元気がありません。
 今朝は寝ぼけ眼の私の耳に「みのもんた」の声が届いていた。その例の事件のやり取りの中、民主党の国会議員が相変わらずの論理をもって検察を糾弾していた。「総選挙を目前にした今、検察の調べが入ること事態、誠に遺憾、明らかにある種の目的をもった捜査だ」とほざいている。それでは何時ならいいのか、キャスターが尋ねればいいものと私は考える、麻生内閣の誕生時?或いは昨年の中頃?所詮何時であっても可笑しくはありません。そんな感覚では政権政党になった時どうするのでしょうか、疑いたくなります。

3月12日  21年当初の県議会が終わって 
 10日が最終日、もって21年度予算が成立しました。残念ながら今年の当初予算はパンチ力が足りませんでした。寧ろ後顧の憂いを禁じえない日航の搭乗者保証が今尚、脳裡に深く刻まれております。一昨日の知事の記者会見における発言、「議会の付帯決議はある意味で当然、重く受け止める」とある。しかし、若し最初からその思いがあったなら何故我々を斯くも困惑させる議案を提出するのか、理解に苦しむのである。とは言え、それでもこの搭乗者保証については安心ならないのであります。
 まさか「知事選の前の議会へのお世辞」ではないでしょうね。

3月11日  往年の理性派西岡武夫は何処行った。 
 嘗て自民党に所属していた時代の西岡武夫氏は政治感覚の優れた理性派と私は見ていた。ところが民主党に疎開して以来その名も見る機会が殆どなかったが、昨日、久しぶりにテレビでご尊顔を拝した。率直に言って「爺さん」になったが最初の印象、次に「呆けてきた」のかの淋しい印象でした。
 西岡氏は「検察当局が世論操作している」と切り出し更に「樋渡利秋検事総長を国会へ招致すべきだ」と議運の理事会で提案した。この言葉が裏書するように、未だ民主党はこの度の小沢党首に係る西松建設の違法献金問題を政治的圧力による「でっち上げ」と解釈しているようである。昨日も、語気荒く記者会見をする小沢代表の進退は確実に近づいてきていると私は思う。

3月10日 迂闊すぎる漆間氏の発言だが・・
 「自民党に捜査が波及することはない」、西松建設の献金事件で官房副長官の漆間氏は「オフレコ」と断った上で雑談調に周辺の記者団に語ったとのことであった。ところが昨今の若手新聞記者にはオフレコの鉄則に理解がなかったようである。早速「活字」に、しかも大きく扱い、恐らく各新聞社としても退っ引きならない状況に陥ったのである。実は私達も屡々、記者からオフレコを前提とした質問を受ける、例えば今は「県知事選挙」の行方について尋ねられる。オフレコが「オフレコ」でなくなったら、正直、ものは言えません。

3月7日  市議会選挙の告示日が近づく 
 3月29日が市議会選挙の投票日、今将に老若男女それぞれが、選対を組んで万全な準備を構築している。静岡市の2区にも高齢化社会を映してか、70代の現職、新人が頑張る。その中で20代の若者も虎視眈々と照準を定める、私は勿論のことだが「その意気や良し」大いに頑張って欲しいと願う。
 ところで私が初めて市議会に当選した昭和42年の選挙は実に70人程が立候補しその競争率は1・5倍強と記憶している。当時は「地盤、看板、靴」は選挙の3種の神器と云われ、市会議員はその地域のボス的存在であり、懐の温かい(財産家)人間のやる「お仕事」と誰もが考えておりました。そのため、所謂(いわゆる)浮動票なる言葉はさらになく、地域ごとに鉄壁の守りで争っておりました。
 親戚も頼る組織も皆無の私は許された10日間の選挙戦を街頭演説一本で貫き、その回数は300回以上になったと思います。旧来の地域イズムに反発する小さな期待こそ私の唯一の当落を決める糧でした。あれから40年、時代は大きく変化し個人が主役の時代になりました、頑張ってください、徒手空拳の若者達に私はエールを贈らせて頂きます。

3月6日  ほっと一息の自民党 
 この度の西松建設に絡む献金問題は、意外に他愛なく民主党の底の浅さと無策ぶりを露呈したものだった。殊に公設秘書の逮捕という一報が入ってからの民主党執行部の押っ取り刀ぶりは些か滑稽でした。小沢代表の記者会見については全く準備なしで出向せた愚かさ、鳩山幹事長に至っては「指揮権」発動を言外に匂わせ、その結果、検察側の心情を考えず、独りよがりの詭弁は民主党の支援者にも落胆させたことでしょう。
 さて、恐らく明日、明後日の休日は小沢代表の検察からの「お呼び出し」の時と私は考えます。そして来週は民主党の代表が辞めるストーリーへと続くのではないかと勝手に思連想しております。
 しかし、この事が自民党にとってアゲンストからホローの風になると思うは大間違いです。やっぱり、自民の前途は真っ暗闇が正直な市民感情です。

3月5日  哀れ小沢代表の末路を見る 
 これまで私はこのホームページで、折にふれて小沢民主党の「裏事情」について指摘してきました。
 彼は田中角栄、金丸信の金庫番として頭角を現し、のちに脱党してからは共に行動した多くに盟友を裏切り、踏みにじりながら、一人民主党の党首に迄昇りつめたのであります。
 しかし、何時かは・・・と私は案じてきたところでした。
 さて鳩山幹事長の記者会見のお粗末さに多くの国民は驚いたところでした、同様に小沢代表の検察批判は明らかに墓穴を掘ってしまったのでした。恐らく今日当りには、民主党執行部の辞表が新聞活字となるでしょう。
 勿論、このことが麻生内閣にとって決して得点にはならないことを自覚して頂きたいと思います。

2月28日  予算案通過で解散総選挙が近づく 
 「うちも悪いわー」
 県議会開催中であれば、必然的に各選挙区の按配が話題となります。その際、捨て台詞のように出てくる言葉が冒頭の言、明らかに昨年の暮より、更には1月ごろの雰囲気より自民党所属の議員の見方は厳しくなっております。
 昨日、漸く予算案が衆議院を通過しました。新聞はもって自民党内の「麻生退陣」の声が高まるだろうと予測、トップに「早期解散」を示唆しております。
 私も最早、麻生内閣にピリオドを打つことに全く躊躇しません。戦い敗れて野に帰ればいいでしょう。そして態勢と組織を刷新して新たな出発に私は期待いたします。

2月26日  未だ迷路にある延命治療 
 福岡大病院の救命救急センターで行われた延命治療の中止が新聞の一面をかざるとは驚いた。正直言って「尊厳死」は家族の同意と複数の医師等の判断によって法的な問題もなく行われているものと考えていました。ところが現実は、肉親の情愛はもとより、刑法にも関係し、更に医療の基本精神とのギャップもあり、殆ど行われていないようです。
 また一方では、こんなこともありました。招待された懇親会で「お久しぶり」で始まった御婦人の会話のなかに、「誰々さんのご主人、3年も意識なく機械で生きているの」という悲しむべきか、医療機器の進歩と喜ぶべきか些か戸惑う趣旨を耳にしたのであります。そしてこの会話の最後に「死んでしまえば年金もなくなってしまうものね」でした。
 「成る程」と思わずにはいられない名言でした。
 

2月25日  今議会で最も頭の痛い搭乗率保証 
 愈々本年の6月4日、満身創痍ではありますが、待望の静岡空港が開港されます。
 本当に長期に亘っての石川県政最大の行政課題でありました。勿論、これをもって課題の達成ではなく、これからが積年の心配が「杞憂」であったか否かを知らされるのであります。
 ところが、この度、静岡ー福岡便について日本航空から「搭乗率保証」という奇想な要望が出され、今議会に上程されたのであります。「搭乗率保証」とは以前、能登空港において羽田便を増発してほしいとの要望で実行されたことがありましたが、本件も当該飛行機の定員の70%を切った場合には1人につき15,800円のペナルティを支払うという極めて理解できない議案であります。しかも福岡便は日に3便、凡そ定員は400名余、現時点ではどれだけの旅客が見込めるのか皆目見当がつかない状況下、昨日来、独り苦慮している処であります。

2月24日  疑問が先の海野徹氏の知事選出馬表明 
 正直に云って、一昨年の静岡市長選挙の出馬劇も、小島静岡市長に対する甚だ芳しくない市民感情だけを味方に出馬、その結果はご存知の通りの僅差で敗れたのであったが、今回の知事選出馬の意向も恐らく同様の発想から生れたものでありましょう。しかも、その出馬声明の記者会見にあって、これまで反対してきた静岡空港の建設については「今更反対しても始まらない」と記者に答えた、嘗(かつ)て、自民党の県議時代は賛成側にあり、離党し民主党に草鞋(わらじ)を脱いだ時には建設反対を唱え、そして民主から袖にされた今になっては、「これが県民の飛躍台になれば」と何時の間にか嘗ての盟友も、政界のカメレオンとなってしまったようだ。
 実は今、県知事選挙について、多くの皆さんが「どうあるべきか」真剣に検討し、模索している状況下にあって、貴方の出馬表明は将に水を差すものであり、市民の嘲笑の中にあって、「瓢箪から駒」に期待する海野氏に私は淋しく思うのあります。

2月23日  権謀術数の県政の中で 
 正直、私は自らの力なさを省みることなく、これまでも無鉄砲と思われるほど「権力」に挑戦して来ました。さしずめ「蟷螂の斧(とうろうのおの)」と比喩するのが的確と云えるでしょう、それは20代の市議の時代から、与党に属しながらも「是は是、非は非」を主張、その結果、政治的にも、経済的にも損ばかりしてきたと思います。しかも、それは考えた結果ではなく、自身の本能にも近い所からきていたのでした。
 ことに静岡市長当時、県内の市長からは県都ゆえに、県政への「要望や文句」の代弁者にされ、県執行部には「目の上のたんこぶ」であったでしょう。更に知事の独善的な県政運営は最早「病気」と訝るほど非常識極まりないものでした。例を挙げれば切がありません、国道1号の沿線にある男女共同参画センターの建設は最たるもの、まさに金日正ばりの我儘であり、どんなに多くの職員が苦しんだか量り知れません。清水市長の宮城嶋さんも本当に泣かされました。
 「ワンマン」の言葉はもって、これを最後にしたいものと思います。

2月20日  巷の噂それは県知事選挙 
 恐らく私のホームページを見られる方に「何故知事選挙について書かないだろうか」と訝る方も居られると思います。正直に云って与党に属する議員の殆どは現在の知事選の動向には極めて敏感に、しかし口を噤んでその成り行きに注視しているところと存じます。
 それは、自分がアウトサイダーになりたくない、権力機構の傘下にあり、地域の選挙民の支持を保全していたいという「公僕の理論」に徹しているからでしょう。
 さて、今から18年前のある日、市長室にいた私に当時の衆議院2区の杉山憲夫氏から電話があり、近々東京に来たなら会いたいとのこと、日を置かず、私は指定されたホテルの小さな部屋で三区の熊谷弘氏と三者で密談に及んだのでした。それは次期県知事の候補者に自治省の石川嘉延氏を担ぎ出そうとの趣旨でありました。私は県議会当時から久しくお付き合いのある石川氏であればもとより賛成、すんなりと手を打ったのでありました。
 斎藤県政に終止符を打つべく、石川嘉延氏の擁立の動きはこの瞬間に始動したのでありました。
 しかし、同時にこれを切っ掛けに、私の「市長辞任」劇がスタートするのでありました。(慌てずに続きます)

2月19日  天を仰ぎて唾する小泉元総理 
 「現在の3分の2の議席は誰によるものか、考えてもらいたい」小泉氏は給付金法案の再議決についてこんなコメントを残したのである。確かに前回の地すべり的自民党の大勝は私が屡々指摘してきたことだが、小泉総裁がとった手段は、戦時中の翼賛選挙と変わらない強権、専制による危険極まりない手法でした。恐らくその反動がその後の参院選挙に現れ、自民党が自滅の道を辿って来た原因と考えるのであります。
 今、小泉氏が主張するように、本人が本会議をボイコットするようなら、天に唾するようなもので、必ずや貴方の顔に降りかかるでしょう。既にご自身は引退を表明、その席をご子息にとのことであれば、ここに至っての犬の遠吠えは辞めて欲しいと願わずにはいられません。

2月17日  驚きました、中川財務相の辞任 
 これまでも、私がこのホームページで予測したことが、次の段階で現実のものになったことは屡々でしたが、今日の様に朝書き込んだ内容がズバリ夕刊の一面に出ていようとは、些か驚きでした。勿論、私としては胸を撫で下ろしたところです。
 最近与野党の政争も「白け」の雰囲気の中であれば、今回の泥酔事件は民主党にとって恰好の材料、所詮、退任しか道はないのであれば、さっさと結論を出した今回の処置は良かったと考えるものであります。

2月17日  満身創痍の麻生内閣に再び 
 財務相と云えば嘗ての大蔵大臣であります。勿論、中川昭一氏が任命された時、多くの識者はその人事に疑問を呈しておりました。彼の教養の無さ、深酒の習慣など、彼を知る同僚は当然のように危惧し、厳重注意も喚起しておりました。
 それにしても「風邪薬」故の酩酊とは誰も耳を傾けません。情けないことです、総理を夢見ていた亡父中川一郎氏も息子の体たらくに草葉の陰で落胆していることでしょう。
 今日、問責決議案が提出されるようですが、時間がありますのでさっさと辞表を提出したら如何でしょう。麻生総理への最後の感謝とお詫びを込めて。

2月16日  NHKスペシャル「沸騰都市シンガポール」を見て 
 今年の大河ドラマ「天地人」は極めて不人気である。にも拘らず私は習慣から8時になればテレビを前にしております。実はその後の番組「沸騰都市」に関心があったからかも知れません。
 今週の「沸騰都市」はシンガポールが舞台です。、20年前に訪れたシンガポールは私の想像より遥かなスピードで「大国」化しておりました。
 その番組の中では紹介されませんでしたが、凡そ10数年前、今日のシンガポールの飛躍の「起爆剤」となった「極めて巧緻」な手法を忘れる事はありませんでした。それはある日、国王が新聞で、シンガポール出身でカナダの医学界で大活躍している医師の事を知ったのでした。国王はその場で当該医師に帰国するよう電話で命じたのでした。勿論、その裏書として必要とする如何なる経済的応援を厭わない、更に帰国の際には諸外国の有能な医師達を伴って来て欲しい、人種・国家など一切問わない、シンガポールのために働いてくれる優秀な人材を求めていると云って電話を切ったのでした。
 今、シンガポールは今尚、この方程式で極めて恐ろしい程の発展を続けております。

2月15日 「しずおか演劇祭実験劇場」を見る
 昨晩は家内の友人等と一緒に、障害者と健常者が演ずる「しずおか演劇祭実験劇場」を見学するためには食事もそこそこに、「グランシップ」に出かけました。出し物は「義賊と殿様」、これまでも幾度かこの実験劇場を訪れていますが、正直に云って、今回が最高傑作でした。今晩も2公演ありますから、お急ぎお出掛け下さい。
 さて、この演劇の魅力は、配役が全くの素人でありながら、営利や役柄までも無視して与えられた役割を貫徹しているところでありましょう。又演出、脚本など本当に感心致しました。この狭い静岡市内にも、これほどの卓越した能力をもつ方が居られることを知り嬉しく思いました。有難うございました。

2月14日 「落日は燃えず」小泉元総理の苦悩
 久しぶりに小泉流の断定的口調を聞きました。しかし既にご本人が後継を決め、引退表明している今日、説得力なく小泉チルドレン達もソッポを向いてしまう始末、恐らく寂莫たる時の変化を感じているところでしょう。3年半前、貴方がとった翼賛政治の怖さを、チルドレンは知っているのです。下手に動けば抹消される、そう政界はまさに「横断歩道」です、如何に理論正しくとも、一人で渡っては危険です。国会の哲学と云えるでしょう。
 処で、私は「盆暗」ゆえにこれまで信念だけで戦い、その結果、幾度も失敗してまいりましたが、「病膏肓(やまいこうこう)に入る」の例え通り、黄昏(たそがれ)に入っても「蟷螂の斧」を振り回しております。

2月13日  これより2月定例議会が開催されますが 
 今年度の大綱を決める当初予算議会ではありますが、率直に云って議員の多くは「石川知事の進退」が最大の関心事であり、困惑の原因でもあります。
 過日、「立ち木」の主・大井某が何を意図して知事に面会を求めたか定かではありませんが、彼の愚かな提言が寧ろ知事への同情を増幅させたとも言われ、愈々知事の「五選出馬」の決意を固くさせてしまったのであります。
 しかし、それでもなお、「五選」は困難でありましょう、一つに県民の潜在的多選批判、二つに測量のミスによる開港延期と滑走路の短縮です。この二つのハンデは容易に払拭できるものではありません。
 石川知事、確かに貴方の行政手腕については与野党議員も評価するところですが、如何ですか、この際は後継者にたのんでは、そして貴方が抱く地方行政の欲求不満を別の舞台で思い切って頑張ってみては!

2月10日  情けない麻生総理の言論と行動 
 新聞は飽きることなく今日も麻生内閣の支持率を掲載しております。20%を切った時点で支持率の調査は無用と思いましたが、恐らく大新聞は蛇足と思いつつも「いじめっ子」の本性を発揮して、更には多くの読者への「へつらい」をもって書き立てているのでしょう。それにしても麻生総理の呼び名が「あほう総理」にならぬよう自身の発言と行動にはお気を付けください。
 私が自由民主党に入党したのが大学3年の時でした。未だ戦後の貧しさがあちこちに散見される「夢多き時代」でした。爾来、瞬く間に垂涎の的であった3Kもいつの間にか当たり前の日常品、国民生活は外国から羨望されるほどの大きな発展をなしえました。この間、安保を始めとする外交、更には安保ただ乗りと云われた防衛政策、教育、福祉など身の丈に余る恩恵の中で私達は恵まれた政治路線を歩んできました。それはもとより国民の英知と努力の結果でしょう、しかし政治もまた正鵠を得たものの証しであったはずでありますす。もう結構、早期解散、総選挙を!

2月6日  お久しぶりです、細野豪志君 
 タレント女性と週刊誌を賑わせた静岡県第5区の細野豪志議員が久しぶりに予算委員会の質問に立ち、健在振りを発揮しておりました。その質問内容が前頁の「渡り」「天下り」問題です。でも今一度、脚下照顧して見て下さい。「渡り」問題など今更、国会で論議することに恥ずかしくはないでしょうか。高級官僚の退職金、殊に天下った先のべらぼうな「報酬と退職金」については長い間、折にふれて新聞等で批判されてきた処です。
 今更、鬼の首を取った形相でパネルを指差しながら、声高に質すのも決して「カッコ」いいものはありません。
 どうぞ、間もなくあなた方が政権を執ることになるでしょうから、同様の質問を自民党から頂かないよう頑張ってください。

2月5日 「天下り」「渡り」を廃止するというトリック
 折にふれてその主張を変えてきた麻生総理のカメレオン的答弁も、遂に昨日は民主党の誘いに乗って、高級官僚の「天下り」や「渡り」について規制する法案を今年中に提案すると明言したのであります。
 恐らく殆どの国会議員はそのことについて常に疑問と不満を抱いてきた課題であれば、総理の夢想外の発言に驚いたことと存じます。
 しかし、ご案内のように近く実施される総選挙は確実に与野党の逆転となるでしょう。 とすれば、この天下りや渡り問題は全て民主党など現在の野党内閣の重要課題として引き継ぐ処となります。
 正直言って、現在の官僚機構を一気に変革できる政党はないでしょう。なぜなら、戦後のわが国経済の偉大な伸展の裏に、この官僚達の弛まざる努力と英知があったからであり、政治も官僚が引いた路線を踏襲して来たに過ぎないからであります。
 「天下り」は先ず公務員の60歳停年の遵守から、そして「渡り」は無駄な公益法人等の整理から始まります。

2月3日 「マカオに直行チャーター便」の見出しに驚く
 県西部の企業や自治体、観光関連団体で組織する「県西部地域富士山静岡空港利用促進協議会」が6月4日の開港に合わせ、「マカオ」に直行便を出すという。新聞記事は22面ながら、紙面に隠された浜松経済圏の心に私は驚愕しました。「マカオ」への誘いは明らかに西部地区に「カジノ建設」を意図したものであります。ご案内のように数年来、私は「日本平カジノ構想」を持論として政治活動してまいりましたが、その課程で浜松地区もカジノの齎(もたら)す経済効果、更に最後の都市発展の起爆剤として理解し、今、官民一体となって動き出したのであります。今、私は焦燥感の真っ只中におります。嘗て浜松とは「医科大学誘致運動」に破れ、浜松の後塵を拝した経験がありますが、その悪夢が今将に甦ってきたのであります。

2月2日  早くも来た誕生日 
 今日が67歳の誕生日です。昭和42年、私は満を持して静岡市議会議員の選挙に打って出ました。凡そ1・5倍の激しい競争率でしたが、徒手空拳(地盤・看板・鞄の全てがないこと)の私には、10日間の選挙活動が全てを決めるものでした。1日50回を目標とした街頭演説は瞬く間に市民の驚きとなって知れ渡りました。その結果、初陣は静岡新聞の3面のトップを飾ることができたのでありました。
 爾来、今日まで自民党に所属しながらも私は信条として常に「是は是、非は非」の姿勢を貫いて来ました。その最たる出来事は市長当時、如何とも抑えがたい感情の果て、遂に時の県知事の逆鱗(げきりん)に触れ、その結果市長の職を辞したのであります。しかし、応援して頂いた市民にはお詫びしますが、私の何物も恐れない、将に「無畏の精神」の発露とご寛容下さい。こうして40年余り、今なお私は本市の将来を描いて地方政治に生き続けております。有難うございました。

2月1日  やはり日本語の学習を督促 
 昨年の12月県議会において、私は一般質問としては甚だ頓狂な質問かもしれませんでしたが、「幼児教育から英語の導入を」と云った現代の風潮に反発、日本語教育の重要性を開陳したのでした。勿論、「蟷螂の斧」(とうろうのおの)の範疇ではありましたが、私の思想の一つでもありました。
 さて、「ダボス会議」における麻生総理の演説の中で、またしても漢字の読み違えが新聞に披露されております。もとより外国人には判りようはありませんが、誠に情けないの限りであります。所詮、外務省の役人が書いた原稿でしょうが、事前に一度声を出して読めば「おつき」が指摘してくれるでしょう。
 確かに日本語の「語彙」は他国に比べ特段多いと言われ、4文字熟語や諺など新たに学ぶには容易ではありませんが、そこに「日本の文化」が潜在しております。小学校では「英語」より先ずは「国語」を、殊に昨今の母親達のいい加減な日本語に感化される前に学ぶべきと信じます。

 コラムのページへ

検索エンジン:SEO対策 SEO対策実績 ホームページ制作 ホームページ制作会社 検索エンジン登録 無料ホームページ アバター ホームページ制作静岡