天野進吾の一期一会|あまのしんご静岡県議会議員公式サイト

古希を経過しても尚、意気揚々・・・

地方政治に携って50年、自らの信念に固執しながらも「大道」を歩んでおります。
昭和40年代の初め、徒手空拳の若者が情熱だけで政治の世界に挑戦したこの半世紀の歴史に、未だ「終り」はありません。年々、人口は減少し、都市としての潜在活力が失われていく時代背景の中で、数年前から提唱し続けてきた「日本平のカジノ構想」は、まさに本市が蘇(よみがえ)る「ラストチャンス」と位置付け、中傷に戸惑うこともなく活動しております。今暫く「この老兵」も消え去ることはありません。

天野進吾はどういう政治家なのか?

天野進吾

昭和44年の初め、たった一人でアメリカを訪問。昭和62年、45歳で静岡市長選に。誰もが「無謀な戦い」と制止する言葉を振りはらい、私は確信を以って駒を進めたのでありました。

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天野進吾の天野進吾的ココロ

進吾スコープ

天野進吾が視る。語る。今日のできごと。まつりごと。

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天野進吾のコラム(最新5件)

潔く「方向転換」しては如何でしょう。

 昨日の静岡新聞には大規模地震対策特別措置法(大震法)の見直しによって国の中央防災会議の方向転換について「真正面」に取り組んできた新聞社としての「心」が集約されておりました。
 正直云って40年前、降って湧いたように、東大の助手だった「石橋克彦」氏が駿河湾沖地震説を発表、「明日にも大地震が・・・」人々を戦々恐々させ、一躍、「石橋教授」は時代の寵児となって、何時しか東大の名誉教授にまで出世したのでした。
 爾来、地震対策は県政の最大課題として莫大な県費をこれに充当、その結果、、その本県の借金は2兆数千億円に膨れ上がっていったのでした。毎日5億余の返済を続けても永遠に終わらない借金の山です。
 本日の大自在には自主防災組織や学校関係者に聞き取りした結果、「不確実でも発生の可能性があるなら情報を出してほしい」と云う。「発生の可能性があるなら・・・」の前提で質せば聞くまでもない回答が記載されておりました。

2018/04/20

公務員ランナー・川内選手の快挙を祝う。

 ご存知・公務員ランナー川内優輝選手があのボストンマラソンで堂々の優勝、本当に「おめでとうございます」。
 タイムも2時間15分、大雨・強風そして気温4度の厳しい条件の中、終盤に真骨頂の粘りを見せて、日本人ではあの瀬古利彦選手以来の快挙をなしました。本当におめでとう。
 埼玉県の職員として働きながらの輝かしき「勲章」ではありませんか。
 さて、今年の夏は隔年に開催される「ジャパンアルプスレース」が予定されております。
 勿論、この大会には本市の消防職員・望月将悟君が5連覇をかけて出場します。
 大会は富山県魚津市をスタートして北アルプス・中央アルプス・南アルプスと将に本州を横断し、そのゴールは、その静岡の大浜海岸です。
 前回の大会では何と「5日」を切り、4日と23時間55分の新記録でゴールしました。
 望月君も遂に40代に突入、今年はどんな戦いをするでしょう。
 恐らく今年も仲間らと一緒に「魚津海岸」のスタートを見に行くことになるでしょう。
 今年も市民挙げて、街頭からそしてゴールの海岸に集って、その壮挙を称えましょう。

2018/04/18

「クルーズ船寄港38回」新聞に掲載される。

 私が議会で日本平「IR」構想を声高に提唱して以来、恐らく20年近くになるだろう。
 市民の多くは私の主張に対し、「犬の遠吠え」或いは「誇大妄想」と揶揄してきましたが、ご案内のように、愈々、我が国も「世界140か国」の「カジノ」認可国の仲間入りも間近となりました。
 これによって愈々、大阪や長崎・北海道など「カジノ」導入を期待する都道府県が動き出したところです。
 ところで、本県は「泰山鳴動」すれど未だ動かず、ひとり静かに成り行きを見ているのです。
 そんな鷹揚とした構えのできるのも、今、清水港が新たな時代を迎えたからです。 
 17年に国交省の国際旅客船拠点形成港湾の指定を受け、海外のクルーズ船企業と積極的に提携した結果表記のように昨年は38回の寄港が実現したのでした。
 ことにメインは国際旅客船企業であり、同時に「カジノ」を柱とする「ゲンティン香港社」と提携できたことであり、それはであり、それ将に千載一遇の幸運でした。
 近い将来、外国の豪華客船の寄港が横浜や名古屋などの寄港数を大幅に凌駕してくれるものと考えます。
 そこに「日本平」を含むコンベンション構想が光輝くのです。
 勿論、それによる恩恵は私たちのずーと後のことですが。

2018/04/17

孫の結婚披露宴に出掛けました。

 昨日は孫の美咲さんの結婚式に出席するため、早朝から息子の車で逗子に出掛けました。
 前日の天気予報では極めて怪しい天気図でしたが、打って変わって明るい太陽の光が「シーサイドリビエラ」に降り注ぎ、青々とした湘南の海とそこに遊ぶヨットの美しい景観が写っておりました。
 美咲さんは以前、ここ「シーサイドリビエラ」に勤務していたこともあり、従業員上げの大サービスに全ての招待客は心からの喜びを思ったところでした。
 聞けば現代っ子らしく、今年中には「赤ちゃんが誕生」とのこと。
 そう、私にとっては「ひ孫」になります。
 それにしても「お天気」は味方し、湘南の海も美しく映え、豪華な料理に舌鼓を打ちながらの楽しい一日でした。

2018/04/15

「清水港火発計画を乗り越えて・・・」

 川勝知事の「反対」もあり、先月、清水港火力発電所計画は終焉しました。
 当然のことながら予定された55万㎡の広大な土地利用が今後の大きな話題であり、課題です。
 何といっても近い将来、清水港には多くの豪華客船が寄港、日本を代表する港へと、姿を変える清水港であれば、この度のJXTG社の決断は清水港にとって誠に「天与の贈り物」であり、これを「未来を創造する導火線」としなくてはならないでしょう。
 そのための第一歩の会合が21日、清水テレサで開かれます。
 嘗て、火発計画の反対運動の口火となった集会の最後に突然、客席に大人しくしていた私を指名、「一言」が求められ、言葉の準備もなかった私はお集まりいただいた市民に向かって次のように訴えたのでした。
「合併して清水の地名は消えてしまったが、心まで消さないでください。福岡と合併し、名前を失った博多は今も「博多」の心で生きています。「博多人形・博多どんたく・博多織」など博多の名前は今でも生きております。どうぞ、清水の個性を大事に生かしてほしい・・・。」
 
 

2018/04/13

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